宇治拾遺物語:田舎の児、桜の散るを見て泣く事

児の空寝 宇治拾遺物語
巻第一
1-13
田舎の児
小藤太

 
 これも今は昔、田舎の児比叡の山へ登りたりけるが、桜のめでたく咲きたりけるに、風のはげしく吹きけるを見て、この児さめざめと泣きけるを見て、僧のやはら寄りて、
 「などかうは泣かせ給ふぞ。この花の散るを惜しう覚えさせ給ふか。桜ははかなきものにて、かく程なくうつろひ候ふなり。されどもさのみぞ候ふ」と慰めければ、
 「桜の散らんはあながちにいかがせん、苦しからず。我が父の作りたる麦の花散りて実の入らざらん思ふがわびしき」と言ひて、さくりあげて、よよと泣きければ、うたてしやな。
 

児の空寝 宇治拾遺物語
巻第一
1-13
田舎の児
小藤太