源氏物語 45帖 橋姫:あらすじ・目次・原文対訳

竹河 源氏物語
第三部
第45帖
橋姫
椎本

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 
 

 橋姫のあらすじ

 薫20歳から22歳までの話。

 そのころ、世の中から忘れられた宮がいた。桐壺院の八の宮(第八皇子)で、光源氏の異母弟である。冷泉院の東宮時代、これを廃し代わりに八の宮を東宮に擁立せんとの弘徽殿大后方の陰謀に加担させられたため、時勢が移るとともに零落していったのである。今は北の方に先立たれ、宇治の地で出家を望みながらも二人の姫君(大君、中君)を養育しつつ日一日を過ごしている。宇治山の阿闍梨から彼を知った〔源氏の妻から生まれた柏木の子〕は、その俗聖ぶりに強く惹かれ八の宮のもとに通うようになりますます傾倒してゆく。

 通い始めて3年目の秋、八の宮不在の宇治邸を訪れたは、有明の月の下で箏と琵琶とを合奏する姫君たちを垣間見る。屈託のない、しかも気品高く優雅な姫君たちに、薫はおのずと心惹かれる。

 薫は女房を介して大君に逢いたく思うが、代わりに老女房の弁が現れる。弁は故柏木の乳母子(めのとご、乳母の娘)で、今は八の宮の侍女である。弁は、薫の出生の秘密と柏木の遺言を伝えることを約束する。また薫は、案内してくれた邸の従者に自らが着ていた直衣を贈る。

 京に戻ってから薫は大君と弁の言葉が気になって頭から離れない。薫は匂宮に宇治の姫君たちの存在を語り、匂宮はその話題にいたく興味を示し、「ついに薫にも恋が訪れたか」と驚く。

 十月上旬、八の宮は姫君たちの存在を薫に打ち明け、死後の後見を託したいと願い出る。

 その晩、薫は弁と昔語りをし、弁から手紙の束を入れた袋を受け取る。帰京後、開けてみると柏木と女三宮の手紙の束がひどい黴臭と共に出てきた。女三宮の出産を喜ぶ柏木の死の間際の筆跡のあまりのなまなましさに、薫はとまどいを隠せない。母女三宮を訪ねるが、無心に経を読む尼姿に接した薫は、秘密を知ったことを話す気になれなくなり、ひとり胸中に抱え込もうとするのだった。

(以上Wikipedia橋姫(源氏物語)より。色づけは本ページ)
 
目次
和歌抜粋内訳#橋姫(13首:別ページ)
主要登場人物
 
第45帖 橋姫
 薫君の宰相中将時代
 二十二歳秋から十月までの物語
 
第一章 宇治八の宮 隠遁者八の宮
第二章 薫、八の宮と親交を結ぶ
第三章 薫 八の宮の娘たちを垣間見る
第四章 薫、出生の秘密を知る
 
 
第一章 宇治八の宮の物語
 隠遁者八の宮
 第一段 八の宮の家系と家族
 第二段 八の宮と娘たちの生活
 第三段 八の宮の仏道精進の生活
 第四段 ある春の日の生活
 第五段 八の宮の半生と宇治へ移住
 
第二章 宇治八の宮の物語
 薫、八の宮と親交を結ぶ
 第一段 八の宮、阿闍梨に師事
 第二段 冷泉院にて阿闍梨と薫語る
 第三段 阿闍梨、八の宮に薫を語る
 第四段 薫、八の宮と親交を結ぶ
 
第三章 薫の物語
 八の宮の娘たちを垣間見る
 第一段 晩秋に薫、宇治へ赴く
 第二段 宿直人、薫を招き入れる
 第三段 薫、姉妹を垣間見る
 第四段 薫、大君と御簾を隔てて対面
 第五段 老女房の弁が応対
 第六段 老女房の弁の昔語り
 第七段 薫、大君と和歌を詠み交して帰京
 第八段 薫、宇治へ手紙を書く
 第九段 薫、匂宮に宇治の姉妹を語る
 
第四章 薫の物語
 薫、出生の秘密を知る
 第一段 十月初旬、薫宇治へ赴く
 第二段 薫、八の宮の娘たちの後見を承引
 第三段 薫、弁の君の昔語りの続きを聞く
 第四段 薫、父柏木の最期を聞く
 第五段 薫、形見の手紙を得る
 第六段 薫、父柏木の遺文を読む
 出典
 校訂
 

主要登場人物

 

薫(かおる)
源氏の子〔と一般にみなされる柏木の子、頭中将の孫〕
呼称:宰相中将・中将・中将の君
匂宮(におうのみや)
今上帝の第三親王
呼称:三の宮・宮
八の宮(はちのみや)
桐壺帝の第八親王
呼称:古宮・宮・親王・俗聖・聖
大君(おおいきみ)
八の宮の長女
呼称:女君・姫君
中君(なかのきみ)
八の宮の二女
呼称:若君・君
冷泉院(れいぜいいん)
桐壺帝の第十皇子
呼称:帝・院・院の帝
今上帝(きんじょうてい)
朱雀院の皇子
呼称:内裏
女三の宮(おんなさんのみや)
薫の母宮
呼称:入道の宮
弁の尼君(べんのあまぎみ)
柏木の乳母の娘
呼称:弁の君・老い人・古人・古者

 
 以上の内容は、薫の〔〕以外、全て以下の原文のリンクから参照。
 
 
 

原文対訳

和歌 定家本
(明融臨模本
現代語訳
(渋谷栄一)
  橋姫
 
 

第一章 宇治八の宮の物語 隠遁者八の宮

 
 

第一段 八の宮の家系と家族

 
   そのころ、世に数まへられたまはぬ古宮おはしけり。
 母方なども、やむごとなくものしたまひて、筋異なるべきおぼえなどおはしけるを、時移りて、世の中にはしたなめられたまひける紛れに、なかなかいと名残なく、御後見などももの恨めしき心々にて、かたがたにつけて、世を背き去りつつ、公私に拠り所なく、さし放たれたまへるやうなり。
 
 その頃、世間から忘れられていらっしゃった古宮がおいでになった。
 母の里方なども、立派な家柄でいらっしゃって、特別の地位につくべき評判などがおありであったが、時勢が変わって、世間から冷たく扱われなさった騷ぎに、かえってその声望も衰え、ご後見の人びとなども何となく恨めしい思いをして、それぞれの理由で、政界から退き去り退き去りして、公私ともに頼る人がなくなり、孤立していらっしゃるようである。
 
   北の方も、昔の大臣の御女なりける、あはれに心細く、親たちの思しおきてたりしさまなど思ひ出でたまふに、たとしへなきこと多かれど、古き御契りの二つなきばかりを、憂き世の慰めにて、かたみにまたなく頼み交はしたまへり。
 
 北の方も、昔の大臣の姫君であったが、しみじみと心細く、両親がお考えになっていらっしゃっした事などを思い出しなさると、譬えようもない悲しいことが多いが、深いご親密な夫婦仲の又とないのだけを、憂世の慰めとして、お互いにこの上なく頼り合っていらっしゃった。
 
   年ごろ経るに、御子ものしたまはで心もとなかりければ、さうざうしくつれづれなる慰めに、「いかで、をかしからむ稚児もがな」と、宮ぞ時々思しのたまひけるに、めづらしく、女君のいとうつくしげなる、生まれたまへり。
 
 幾年もたったのに、お子がお出来にならなくて気がかりだったので、所在ない寂しい慰めに、「何とかして、かわいらしい子が欲しいものだ」と、宮が時々お思いになりおっしゃっていたところ、珍しく、女君でとてもかわいらしい子がお生まれになった。
 
   これを限りなくあはれと思ひかしづききこえたまふに、さし続きけしきばみたまひて、「このたびは男にても」など思したるに、同じさまにて、平らかにはしたまひながら、いといたくわづらひて亡せたまひぬ。
 宮、あさましう思し惑ふ。
 
 この子をこの上なくかわいいと思って大切にお育て申していらっしゃったところに、また続いて妊娠なさって、「今度は男の子であって欲しい」などとお思いになったが、同じく女の子で、無事には出産なさったが、とてもひどく産後の肥立ちが悪くてお亡くなりになってしまった。
 宮は、驚き途方に暮れなさる。
 
 
 

第二段 八の宮と娘たちの生活

 
   「あり経るにつけても、いとはしたなく、堪へがたきこと多かる世なれど、見捨てがたくあはれなる人の御ありさま、心ざまに、かけとどめらるるほだしにてこそ、過ぐし来つれ、一人とまりて、いとどすさまじくもあるべきかな。
 いはけなき人びとをも、一人はぐくみ立てむほど、限りある身にて、いとをこがましう、人悪ろかるべきこと」
 「年月を過すにつけても、まことに暮らしにくく、堪え難いことが多い世の中だが、見捨てることのできないいとしい人たちのご様子、人柄に、心を引き止められて、過ごして来たのだが、独り残って、ますます味気ない感じがするな。
 幼い子供たちをも、独りで育てるには、身分格式のある身なので、まことに愚からしく、体裁の悪いことであろう」
   と思し立ちて、本意も遂げまほしうしたまひけれど、見譲る方なくて残しとどめむを、いみじう思したゆたひつつ、年月も経れば、おのおのおよすけまさりたまふさま、容貌の、うつくしうあらまほしきを、明け暮れの御慰めにて、おのづから見過ぐしたまふ。
 
 とご決心なさって、出家も遂げたくお思いになったが、見譲る人もなくて残して行くのを、ひどくおためらいになりながら、年月がたつと、それぞれ成長なさっていく様子、器量が、美しく素晴らしいので、朝夕のお慰めとして、いつしか年月をお過ごしになる。
 
   後に生まれたまひし君をば、さぶらふ人びとも、「いでや、折ふし心憂く」など、うちつぶやきつつ、心に入れても扱ひきこえざりけれど、限りのさまにて、何ごとも思し分かざりしほどながら、これをいと心苦しと思ひて、  後からお生まれになった姫君を、お仕えする女房たちも、「まあ、悪い時にお生まれになって」などと、ぶつぶつ呟いては、身を入れてお世話申し上げなかったが、臨終の床で、何お分りにならない時ながら、この子をとてもお気の毒にと思って、
   「ただ、この君を形見に見たまひて、あはれと思せ」  「ただ、この姫君をわたしの形見とお思いになって、かわいがってください」
   とばかり、ただ一言なむ、宮に聞こえ置きたまひければ、前の世の契りもつらき折ふしなれど、「さるべきにこそはありけめと、今はと見えしまで、いとあはれと思ひて、うしろめたげにのたまひしを」と、思し出でつつ、この君をしも、いとかなしうしたてまつりたまふ。
 容貌なむまことにいとうつくしう、ゆゆしきまでものしたまひける。
 
 とだけ、わずか一言、宮にご遺言申し上げなさったので、前世からの約束も辛い時だが、「そうなるはずの運命だったのだろうと、ご臨終と見えた時まで、とてもかわいそうにと思って、気がかりにおっしゃったことよ」と、お思い出しになりながら、この姫君を特に、とてもかわいがり申し上げなさる。
 器量は本当にとてもかわいらしく、不吉なまで美しくいらっしゃった。
 
   姫君は、心ばせ静かによしある方にて、見る目もてなしも、気高く心にくきさまぞしたまへる。
 いたはしくやむごとなき筋はまさりて、いづれをも、さまざまに思ひかしづききこえたまへど、かなはぬこと多く、年月に添へて、宮の内も寂しくのみなりまさる。
 
 姫君は、気立てはもの静かで優雅な方で、外見も態度も、気高く奥ゆかしい様子でいらっしゃる。
 大切にしたい高貴な血筋は勝っていて、姉妹どちらも、それぞれに大切にお育て申し上げなさるが、思い通りに行かないことが多く、年月とともに、宮邸の内も何となく段々と寂しくばかりなって行く。
 
   さぶらひし人も、たつきなき心地するに、え忍びあへず、次々に従ひてまかで散りつつ、若君の御乳母も、さる騷ぎに、はかばかしき人をしも、選りあへたまはざりければ、ほどにつけたる心浅さにて、幼きほどを見捨てたてまつりにければ、ただ宮ぞはぐくみたまふ。
 
 仕えていた女房も、頼りにならない気がするので、辛抱することができず、次々と辞めて去って行き、若君の御乳母も、あのような騒動に、しっかりした人を、選ぶことがお出来になれなかったので、身分相応の浅はかさで、幼い君をお見捨て申し上げてしまったので、ただ宮がお育てなさる。
 
 
 

第三段 八の宮の仏道精進の生活

 
   さすがに、広くおもしろき宮の、池、山などのけしきばかり昔に変はらで、いといたう荒れまさるを、つれづれと眺めたまふ。
 
 そうは言っても、広く優雅なお邸の、池、築山などの様子だけは昔と変わらないで、たいそうひどく荒れて行くのを、所在なく眺めていらっしゃる。
 
   家司なども、むねむねしき人もなきままに、草青やかに繁り、軒のしのぶぞ、所え顔に青みわたれる。
 折々につけたる花紅葉の、色をも香をも、同じ心に見はやしたまひしにこそ、慰むことも多かりけれ、いとどしく寂しく、寄りつかむ方なきままに、持仏の御飾りばかりを、わざとせさせたまひて、明け暮れ行ひたまふ。
 
 家司なども、しっかりとした人もいないままに、草が青々と茂って、軒の忍草が、わがもの顔に一面に青みわたっている。
 四季折々の花や紅葉の、色や香を、同じ気持ちでご賞美なさったことで、慰められることも多かったが、ますます寂しく、頼みとする人もないままに、持仏のお飾りだけを、特別におさせになって、明け暮れお勤めなさる。
 
   かかるほだしどもにかかづらふだに、思ひの外に口惜しう、「わが心ながらもかなはざりける契り」とおぼゆるを、まいて、「何にか、世の人めいて今さらに」とのみ、年月に添へて、世の中を思し離れつつ、心ばかりは聖になり果てたまひて、故君の亡せたまひにしこなたは、例の人のさまなる心ばへなど、たはぶれにても思し出でたまはざりけり。
 
 このような足手まといたちにかかずらっているのでさえ、心外で残念で、「自分ながらも思うに任せない運命であった」と思われるが、まして、「どうして、世間の人並みに今更再婚などを」とばかり、年月とともに、世の中をお離れになり、心だけはすっかり聖におなりになって、故君がお亡くなりになって以後は、普通の人のような気持ちなどは、冗談にもお思い出しならなかった。
 
   「などか、さしも。
 別るるほどの悲しびは、また世にたぐひなきやうにのみこそは、おぼゆべかめれど、あり経れば、さのみやは。
 なほ、世人になずらふ御心づかひをしたまひて、いとかく見苦しく、たつきなき宮の内も、おのづからもてなさるるわざもや」
 「どうして、そんなにまで。
 死別の悲しみは、二つと世に例のないようにばかり、思われるようだが、時がたてば、そんなでばかりいられようか。
 やはり、普通の人と同じようなお心づかいをなさって、とてもこのような見苦しく、頼りない宮邸の内も、自然と整って行くこともあるかも知れません」
   と、人はもどききこえて、何くれと、つきづきしく聞こえごつことも、類にふれて多かれど、聞こしめし入れざりけり。
 
 と、人は非難申し上げて、何やかやと、もっともらしく申し上げることも、縁故をたどって多かったが、お聞き入れにならなかった。
 
   御念誦のひまひまには、この君たちをもてあそび、やうやうおよすけたまへば、琴習はし、碁打ち、偏つきなど、はかなき御遊びわざにつけても、心ばへどもを見たてまつりたまふに、姫君は、らうらうじく、深く重りかに見えたまふ。
 若君は、おほどかにらうたげなるさまして、ものづつみしたるけはひに、いとうつくしう、さまざまにおはす。
 
 御念誦の合間合間には、この姫君たちを相手にし、だんだん成長なさると、琴を習わせ、碁を打ち、偏つぎなどの、とりとめない遊びにつけても、二人の気立てを拝見なさると、姫君は、才気があり、落ち着いて重々しくお見えになる。
 若君は、おっとりとかわいらしい様子をして、はにかんでいる様子に、とてもかわいらしく、それぞれでいらっしゃる。
 
 
 

第四段 ある春の日の生活

 
   春のうららかなる日影に、池の水鳥どもの、羽うち交はしつつ、おのがじしさへづる声などを、常は、はかなきことに見たまひしかども、つがひ離れぬをうらやましく眺めたまひて、君たちに、御琴ども教へきこえたまふ。
 いとをかしげに、小さき御ほどに、とりどり掻き鳴らしたまふ物の音ども、あはれにをかしく聞こゆれば、涙を浮けたまひて、
 春のうららかな日の光に、池の水鳥たちが、互いに羽を交わしながら、めいめいに囀っている声などを、いつもは、何でもないことと御覧になっていたが、つがいの離れずにいるのを羨ましく眺めなさって、姫君たちに、お琴類をお教え申し上げなさる。
 とてもかわいらしげで、小さいお年で、それぞれ掻き鳴らしなさる楽の音色は、しみじみとおもしろく聞こえるので、涙を浮かべなさって、
 

619
 「うち捨てて つがひ去りにし 水鳥の
 仮のこの世に たちおくれけむ
 「見捨てて去って行ったつがいでいた水鳥の雁は
  はかないこの世に子供を残して行ったのだろうか
 
   心尽くしなりや」  気苦労の絶えないことだ」
   と、目おし拭ひたまふ。
 容貌いときよげにおはします宮なり。
 年ごろの御行ひにやせ細りたまひにたれど、さてしも、あてになまめきて、君たちをかしづきたまふ御心ばへに、直衣の萎えばめるを着たまひて、しどけなき御さま、いと恥づかしげなり。
 
 と、目を拭いなさる。
 容貌がとても美しくいらっしゃる宮である。
 長年のご勤行のために痩せ細りなさったが、それでも気品があって優美で、姫君たちをお世話なさるお気持ちから、直衣の柔らかくなったのをお召しになって、つくろわないご様子、とても恥ずかしくなるほど立派である。
 
   姫君、御硯をやをらひき寄せて、手習のやうに書き混ぜたまふを、  姫君、お硯を静かに引き寄せて、手習いのように書き加えなさるのを、
   「これに書きたまへ。
 硯には書きつけざなり」
 「これにお書きなさい。
 硯には書き付けるものでありません」
   とて、紙たてまつりたまへば、恥ぢらひて書きたまふ。
 
 とおっしゃって、紙を差し上げなさると、恥じらってお書きになる。
 
 

620
 「いかでかく 巣立ちけるぞと 思ふにも
 憂き水鳥の 契りをぞ知る」
 「どうしてこのように大きくなったのだろうと思うにも
  水鳥のような辛い運命が思い知られます」
 
   よからねど、その折は、いとあはれなりけり。
 手は、生ひ先見えて、まだよくも続けたまはぬほどなり。
 
 よい歌ではないが、その状況は、とてもしみじみと心打たれるのであった。
 筆跡は、将来性が見えるが、まだ上手にお書き綴りにならないお年である。
 
   「若君も書きたまへ」  「若君もお書きなさい」
   とあれば、今すこし幼げに、久しく書き出でたまへり。
 
 とおっしゃると、もう少し幼そうに、長くかかってお書きになった。
 
 

621
 「泣く泣くも 羽うち着する 君なくは
 われぞ巣守に なりは果てまし」
 「泣きながらも羽を着せかけてくださるお父上がいらっしゃらなかったら
  わたしは大きくなることはできなかったでしょうに」
 
   御衣どもなど萎えばみて、御前にまた人もなく、いと寂しくつれづれげなるに、さまざまいとらうたげにてものしたまふを、あはれに心苦しう、いかが思さざらむ。
 経を片手に持たまひて、かつ読みつつ唱歌をしたまふ。
 
 お召し物など皺になって、御前に他に女房もなく、とても寂しく所在なさそうなので、それぞれたいそうかわいらしくいらっしゃるのを、不憫でいたわしいと、どうして思わないことがあろうか。
 お経を片手に持ちなさって、一方では読経しながら唱歌もなさる。
 
   姫君に琵琶、若君に箏の御琴、まだ幼けれど、常に合はせつつ習ひたまへば、聞きにくくもあらで、いとをかしく聞こゆ。
 
 姫君に琵琶、若君に箏のお琴を、まだ幼いけれど、いつも合奏しながらお習いになっているので、聞きにくいこともなく、たいそう美しく聞こえる。
 
 
 

第五段 八の宮の半生と宇治へ移住

 
   父帝にも女御にも、疾く後れきこえたまひて、はかばかしき御後見の、取り立てたるおはせざりければ、才など深くもえ習ひたまはず、まいて、世の中に住みつく御心おきては、いかでかは知りたまはむ。
 高き人と聞こゆる中にも、あさましうあてにおほどかなる、女のやうにおはすれば、古き世の御宝物、祖父大臣の御処分、何やかやと尽きすまじかりけれど、行方もなくはかなく失せ果てて、御調度などばかりなむ、わざとうるはしくて多かりける。
 
 父帝にも母女御にも、早く先立たれなさって、しっかりしたご後見人が、取り立てていらっしゃらなかったので、学問なども深くお習いになることができず、まして、世の中に生きていくお心構えは、どうしてご存知でいらっしゃったであろうか。
 身分の高い人と申す中でも、あきれるくらい上品でおっとりした、女性のようでいらっしゃるので、古い世からのご宝物や、祖父大臣のご遺産や、何やかやと尽きないほどあったが、行方もなくあっけなく無くなってしまって、ご調度類などだけが、特別にきちんとして多くあった。
 
   参り訪らひきこえ、心寄せたてまつる人もなし。
 つれづれなるままに、雅楽寮の物の師どもなどやうの、すぐれたるを召し寄せつつ、はかなき遊びに心を入れて、生ひ出でたまへれば、その方は、いとをかしうすぐれたまへり。
 
 参上してご機嫌伺いしたり、好意をお寄せ申し上げる人もいない。
 所在ないのにまかせて、雅楽寮の楽師などのような、優れた人を召し寄せ召し寄せなさっては、とりとめない音楽の遊びに心を入れて、成人なさったので、その方面では、たいそう素晴らしく優れていらっしゃった。
 
   源氏の大殿の御弟におはせしを、冷泉院の春宮におはしましし時、朱雀院の大后の、横様に思し構へて、この宮を、世の中に立ち継ぎたまふべく、わが御時、もてかしづきたてまつりける騷ぎに、あいなく、あなたざまの御仲らひには、さし放たれたまひにければ、いよいよかの御つぎつぎになり果てぬる世にて、え交じらひたまはず。
 また、この年ごろ、かかる聖になり果てて、今は限りと、よろづを思し捨てたり。
 
 源氏の大殿の御弟君でいらっしゃったが、冷泉院が春宮でいらっしゃった時に、朱雀院の大后が、あるまじき企みをご計画になって、この宮を、帝位をお継ぎになるように、ご威勢の盛んな時、ご支援申し上げなさった騒動で、つまらなく、あちら方とのお付き合いからは、遠ざけられておしまいになったので、ますますあちら方のご子孫の御世となってしまった世の中では、交際することもお出来になれない。
 また、ここ数年、このような聖にすっかりなってしまって、今はこれまでと、万事をお諦めになっていた。
 
   かかるほどに、住みたまふ宮焼けにけり。
 いとどしき世に、あさましうあへなくて、移ろひ住みたまふべき所の、よろしきもなかりければ、宇治といふ所に、よしある山里持たまへりけるに渡りたまふ。
 思ひ捨てたまへる世なれども、今はと住み離れなむをあはれに思さる。
 
 こうしているうちに、お住まいになっていた宮邸が焼けてしまった。
 不幸続きの人生の上に、あきれるほどがっかりして、お移り住みなさるような適当な所が、適当な所もなかったので、宇治という所に、風情のある山荘をお持ちになっていたのでお移りになる。
 お捨てになった世の中だが、今は最後と住み離れることを悲しく思わずにはいらっしゃれない。
 
   網代のけはひ近く、耳かしかましき川のわたりにて、静かなる思ひにかなはぬ方もあれど、いかがはせむ。
 花紅葉、水の流れにも、心をやる便によせて、いとどしく眺めたまふより他のことなし。
 かく絶え籠もりぬる野山の末にも、「昔の人ものしたまはましかば」と、思ひきこえたまはぬ折なかりけり。
 
 網代の様子が近く、耳もとにうるさい川の辺りで、静かな思いに相応しくない点もあるが、どうすることもできない。
 花や紅葉や、川の流れにつけても、心を慰めるよすがとして、いよいよ物思いに耽るより他のことがない。
 こうして世間から隔絶して籠もってしまった野山の果てでも、「亡き北の方が生きていらっしゃったら」と、お思い申し上げなさらない時はなかった。
 
 

622
 「見し人も 宿も煙に なりにしを
 何とてわが身 消え残りけむ」
 「北の方も邸も煙となってしまったが
  どうしてわが身だけがこの世に生き残っているのだろう」
 
   生けるかひなくぞ、思し焦がるるや。
 
 生きている効もないほど、恋い焦がれていらっしゃるよ。
 
 
 

第二章 宇治八の宮の物語 薫、八の宮と親交を結ぶ

 
 

第一段 八の宮、阿闍梨に師事

 
   いとど、山重なれる御住み処に、尋ね参る人なし。
 あやしき下衆など、田舎びたる山賤どものみ、まれに馴れ参り仕うまつる。
 峰の朝霧晴るる折なくて、明かし暮らしたまふに、この宇治山に、聖だちたる阿闍梨住みけり。
 
 ますます、山また山を隔てたお住まいに、訪問する人もいない。
 賤しい下衆など、田舎びた山住みの者たちだけが、まれに親しくお仕え申し上げる。
 峰の朝霧が晴れる時の間もなくて、明かし暮らしなさっているが、この宇治山に、聖めいた阿闍梨が住んでいた。
 
   才いとかしこくて、世のおぼえも軽からねど、をさをさ公事にも出で仕へず、籠もりゐたるに、この宮の、かく近きほどに住みたまひて、寂しき御さまに、尊きわざをせさせたまひつつ、法文を読みならひたまへば、尊がりきこえて、常に参る。
 
 学問がたいそうできて、世人の評判も低くはなかったが、めったに朝廷の法要にも出仕せず、籠もっていたところに、この宮が、このように近い所にお住みになって、寂しいご様子で、尊い仏事をあそばしながら、経文を読み習っていらっしゃるので、尊敬申し上げて、常に参上する。
 
   年ごろ学び知りたまへることどもの、深き心を解き聞かせたてまつり、いよいよこの世のいとかりそめに、あぢきなきことを申し知らすれば、  長年学んでお知りになった事柄などで、深い意味をお説き申し上げて、ますますこの世が仮の世で、無意味なことをお教え申し上げるので、
   「心ばかりは蓮の上に思ひのぼり、濁りなき池にも住みぬべきを、いとかく幼き人びとを見捨てむうしろめたさばかりになむ、えひたみちに容貌をも変へぬ」  「心だけは蓮の上に乗って、きっと濁りのない池にも住むだろうことを、とてもこのように小さい姫君たちを見捨てる気がかりさだけに、一途に僧形になることもできないのだ」
   など、隔てなく物語したまふ。
 
 などと、隔意なくお話なさる。
 
 
 

第二段 冷泉院にて阿闍梨と薫語る

 
   この阿闍梨は、冷泉院にも親しくさぶらひて、御経など教へきこゆる人なりけり。
 京に出でたるついでに参りて、例の、さるべき文など御覧じて、問はせたまふこともあるついでに、
 この阿闍梨は、冷泉院にも親しく伺候して、御経などお教え申し上げる僧なのであった。
 京に出た折に参上して、いつものように、しかるべき教典などを御覧になって、ご下問あそばすことがある折に、
   「八の宮の、いとかしこく、内教の御才悟り深くものしたまひけるかな。
 さるべきにて、生まれたまへる人にやものしたまふらむ。
 心深く思ひ澄ましたまへるほど、まことの聖のおきてになむ見えたまふ」と聞こゆ。
 
 「八の宮が、たいそうご聰明で、教典のご学問にも深く通じていらっしゃいますなあ。
 そのようになるはずの方として、お生まれになったのでいらっしゃる方なのでしょうか。
 お考えが深く悟り澄ましていらっしゃるほどは、本当の聖の心構えのようにお見えになります」と申し上げる。
 
   「いまだ容貌は変へたまはずや。
 俗聖とか、この若き人びとの付けたなる、あはれなることなり」などのたまはす。
 
 「まだ姿は変えていらっしゃらないのか。
 俗聖とか、ここの若い人達が名付けたというのは、殊勝なことだ」などと仰せになる。
 
   宰相中将も、御前にさぶらひたまひて、「われこそ、世の中をばいとすさまじう思ひ知りながら、行ひなど、人に目とどめらるばかりは勤めず、口惜しくて過ぐし来れ」と、人知れず思ひつつ、「俗ながら聖になりたまふ心のおきてやいかに」と、耳とどめて聞きたまふ。
 
 宰相中将も、御前に伺候なさって、「自分こそは、世の中を実に面白くなく悟っていながら、その行いなどを、人目につくほどは勤めず、残念に過ごして来てしまった」と、人知れず反省しながら、「在俗のまま聖におなりになる心構えとはどのようなものか」と、耳を止めてお聞きになる。
 
   「出家の心ざしは、もとよりものしたまへるを、はかなきことに思ひとどこほり、今となりては、心苦しき女子どもの御上を、え思ひ捨てぬとなむ、嘆きはべりたうぶ」と奏す。
 
 「出家の本願は、もともとお持ちでいらっしゃったが、つまらないことに心がにぶり、今となっては、お気の毒な姫君たちのお身の上を、お見捨てになることができないと、嘆いておられます」と奏す。
 
   さすがに、物の音めづる阿闍梨にて、  そうは言っても、音楽は賞美する阿闍梨なので、
   「げに、はた、この姫君たちの、琴弾き合はせて遊びたまへる、川波にきほひて聞こえはべるは、いとおもしろく、極楽思ひやられはべるや」  「なるほど、また、この姫君たちが、琴を合奏なさって楽しんでいらっしゃるのが、川波と競って聞こえますのは、たいそう興趣あって、極楽もかくやと想像されますね」
   と、古体にめづれば、帝ほほ笑みたまひて、  と、古風に誉めるので、院の帝はほほ笑みなさって、
   「さる聖のあたりに生ひ出でて、この世の方ざまは、たどたどしからむと推し量らるるを、をかしのことや。
 うしろめたく、思ひ捨てがたく、もてわづらひたまふらむを、もし、しばしも後れむほどは、譲りやはしたまはぬ」
 「そのような聖の近くにお育ちになって、この世の方面のことは、暗かろうと想像されるが、興趣あることだね。
 気がかりで見捨てることができず、苦にしていらっしゃるだろうことが、もし、少しでも後に自分が生き残っているようであったら、後見役をお譲りなさらないだろうか」
   などぞのたまはする。
 この院の帝は、十の御子にぞおはしましける。
 朱雀院の、故六条院に預けきこえたまひし、入道宮の御例を思ほし出でて、「かの君たちをがな。
 つれづれなる遊びがたきに」などうち思しけり。
 
 などと仰せになる。
 この院の帝は、第十の皇子でいらっしゃるのであった。
 朱雀院が、故六条院にお預け申し上げなさった入道宮のご先例をお思い出しになって、「あの姫君たちを欲しいものだ。
 所在ない遊び相手として」などとお思いになるのであった。
 
 
 

第三段 阿闍梨、八の宮に薫を語る

 
   中将の君、なかなか、親王の思ひ澄ましたまへらむ御心ばへを、「対面して、見たてまつらばや」と思ふ心ぞ深くなりぬる。
 さて阿闍梨の帰り入るにも、
 中将の君は、かえって、親王が悟り澄ましていらっしゃるお心づかいを、「お目にかかって、お伺いしたいものだ」と思う気持ちが深くなった。
 そうして阿闍梨が山に帰ていくときにも、
   「かならず参りて、もの習ひきこゆべく、まづうちうちにも、けしき賜はりたまへ」  「きっと参って、お教えて戴けるよう、まずは内々にでも、ご意向を伺ってください」
   など語らひたまふ。
 
 などとお頼みになる。
 
   帝の、御言伝てにて、「あはれなる御住まひを、人伝てに聞くこと」など聞こえたまうて、  院の帝が、御使者を介して、「お気の毒な御生活を、人伝てに聞きまして」など申し上げなさって、
 

623
 「世を厭ふ 心は山に かよへども
 八重立つ雲を 君や隔つる」
 「世を厭う気持ちは宇治山に通じておりますが
  幾重にも雲であなたが隔てていらっしゃるのでしょうか」
 
 
   阿闍梨、この御使を先に立てて、かの宮に参りぬ。
 なのめなる際の、さるべき人の使だにまれなる山蔭に、いとめづらしく、待ちよろこびたまうて、所につけたる肴などして、さる方にもてはやしたまふ。
 御返し、
 阿闍梨は、この御使者を先に立てて、あちらの宮に参上した。
 並々の身分で、訪問してよい人の使いでさえまれな山蔭なので、実に珍しく、お待ち喜びになって、場所に相応しい御馳走などを用意して、山里らしい持てなしをなさる。
 お返事は、
 

624
 「あと絶えて 心澄むとは なけれども
 世を宇治山に 宿をこそ借れ」
 「世を捨てて悟り澄ましているのではありませんが
  世を辛いものと思い宇治山に暮らしております」
 
   聖の方をば卑下して聞こえなしたまへれば、「なほ、世に恨み残りける」と、いとほしく御覧ず。
 
 仏道修業の方面については謙遜して申し上げなさっていたので、「やはり、この世に恨みが残っていたな」と、いたわしく御覧になる。
 
   阿闍梨、中将の、道心深げにものしたまふなど、語りきこえて、  阿闍梨は、中将の君が、道心深くいらっしゃることなどを、お話し申し上げて、
   「法文などの心得まほしき心ざしなむ、いはけなかりし齢より深く思ひながら、えさらず世にあり経るほど、公私に暇なく明け暮らし、わざと閉ぢ籠もりて習ひ読み、おほかたはかばかしくもあらぬ身にしも、世の中を背き顔ならむも、憚るべきにあらねど、おのづからうちたゆみ、紛らはしくてなむ過ぐし来るを、いとありがたき御ありさまを承り伝へしより、かく心にかけてなむ、頼みきこえさする、など、ねむごろに申したまひし」など語りきこゆ。
 
 「経文などの真意を会得したい希望が、幼い時から深く思いながら、やむをえず世にあるうちに、公私に忙しく日を過ごし、わざわざ部屋に閉じ籠もって経を読み習い、だいたいが大して役にも立たない身として、世の中に背き顔をしているのも、遠慮することではないが、自然と修業も怠って、俗事に紛れて過ごして来たが、たいそうご立派なご様子を承ってから、このように心にかけて、お頼み申し上げるのです、などと、熱心に申し上げなさいました」などとお話し申し上げる。
 
   宮、  宮は、
   「世の中をかりそめのことと思ひ取り、厭はしき心のつきそむることも、わが身に愁へある時、なべての世も恨めしう思ひ知る初めありてなむ、道心も起こるわざなめるを、年若く、世の中思ふにかなひ、何ごとも飽かぬことはあらじとおぼゆる身のほどに、さはた、後の世をさへ、たどり知りたまふらむがありがたさ。
 
 「世の中を仮の世界と思い悟り、厭わしい心がつき始めたことも、自分自身に不幸がある時、大方の世も恨めしく思い知るきっかけがあって、道心も起こることのようですが、年若く、世の中も思い通りに行き、何事も満足しないことはないと思われる身分で、そのようにまた、来世までを、考えていらっしゃるのが立派です。
 
   ここには、さべきにや、ただ厭ひ離れよと、ことさらに仏などの勧めおもむけたまふやうなるありさまにて、おのづからこそ、静かなる思ひかなひゆけど、残り少なき心地するに、はかばかしくもあらで、過ぎぬべかめるを、来し方行く末、さらに得たるところなく思ひ知らるるを、かへりては、心恥づかしげなる法の友にこそは、ものしたまふなれ」  わたしは、そうなるべき運命なのか、ただ厭い離れよと、格別に仏などのお勧めになるような状態で、自然と、静かな思いが適って行きましたが、余命少ない気がするのに、ろくに悟りもしないで、過ぎてしまいそうなのを、過去も未来も、全然悟るところがなく思われるが、かえって、恥入るような仏法の友の方で、いらっしゃいますね」
   などのたまひて、かたみに御消息通ひ、みづからも参うでたまふ。
 
 などおっしゃって、お互いにお手紙を交わし、自分自身でも参上なさる。
 
 
 

第四段 薫、八の宮と親交を結ぶ

 
   げに、聞きしよりもあはれに、住まひたまへるさまよりはじめて、いと仮なる草の庵に、思ひなし、ことそぎたり。
 同じき山里といへど、さる方にて心とまりぬべく、のどやかなるもあるを、いと荒ましき水の音、波の響きに、もの忘れうちし、夜など、心解けて夢をだに見るべきほどもなげに、すごく吹き払ひたり。
 
 なるほど、聞いていたよりもいたわしく、お暮らしになっている様子をはじめとして、まことに仮の粗末な庵で、そう思うせいか、簡素に見えた。
 同じ山里と言っても、それなりに興味惹かれそうな、のんびりとしたところもあるのだが、実に荒々しい水の音、波の響きに、物思いを忘れたり、夜などは、気を許して夢をさえ見る間もなさそうに、風がものすごく吹き払っていた。
 
   「聖だちたる御ために、かかるしもこそ、心とまらぬもよほしならめ、女君たち、何心地して過ぐしたまふらむ。
 世の常の女しくなよびたる方は、遠くや」と推し量らるる御ありさまなり。
 
 「仏道修業者めいた人のためには、このようなことも、気にならないことなのであろうが、女君たちは、どのような気持ちで過ごしていらっしゃるのだろう。
 世間一般の女性らしく優しいところは、少ないのではなかろうか」と推量されるご様子である。
 
   仏の御隔てに、障子ばかりを隔ててぞおはすべかめる。
 好き心あらむ人は、けしきばみ寄りて、人の御心ばへをも見まほしう、さすがにいかがと、ゆかしうもある御けはひなり。
 
 仏間との間に、襖障子だけを隔てていらっしゃるようである。
 好色心ある人は、気のあるそぶりをして、姫君のお気持ちを見たく、やはりどのようなものかと、興味惹かれるご様子である。
 
   されど、「さる方を思ひ離るる願ひに、山深く尋ねきこえたる本意なく、好き好きしきなほざりごとをうち出であざればまむも、ことに違ひてや」など思ひ返して、宮の御ありさまのいとあはれなるを、ねむごろにとぶらひきこえたまひ、たびたび参りたまひつつ、思ひしやうに、優婆塞ながら行ふ山の深き心、法文など、わざとさかしげにはあらで、いとよくのたまひ知らす。
 
 けれども、「そのような方面を思い離れた願いで、山深くお尋ね申した目的もなく、好色がましいいいかげんなことを口に出してふざけるのも、主旨と違うのではないか」などと反省して、宮のご様子のまことにいたわしいのを、丁重にお見舞い申し上げなさり、度々参上しては、思っていたように、在俗のまま山に籠もり修業する深い意義、経文などを、特に賢ぶることなく、まことよくお聞かせになる。
 
   聖だつ人、才ある法師などは、世に多かれど、あまりこはごはしう、気遠げなる宿徳の僧都、僧正の際は、世に暇なくきすくにて、ものの心を問ひあらはさむも、ことことしくおぼえたまふ。
 
 聖めいた人、学問のできる法師などは、世の中に多くいるが、あまりに堅苦しく、よそよそしい徳の高い僧都、僧正の身分は、世間的に忙しくそっけなくて、物事の道理を問いただすにも、仰々しく思われなさる。
 
   また、その人ならぬ仏の御弟子の、忌むことを保つばかりの尊さはあれど、けはひ卑しく言葉たみて、こちなげにもの馴れたる、いとものしくて、昼は、公事に暇なくなどしつつ、しめやかなる宵のほど、気近き御枕上などに召し入れ語らひたまふにも、いとさすがにものむつかしうなどのみあるを、いとあてに、心苦しきさまして、のたまひ出づる言の葉も、同じ仏の御教へをも、耳近きたとひにひきまぜ、いとこよなく深き御悟りにはあらねど、よき人は、ものの心を得たまふ方の、いとことにものしたまひければ、やうやう見馴れたてまつりたまふたびごとに、常に見たてまつらまほしうて、暇なくなどしてほど経る時は、恋しくおぼえたまふ。
 
 また、これといったこともない仏の弟子で、戒律を守っているだけの尊さはあるが、雰囲気が賤しく言葉がなまって、不作法に馴れ馴れしいのは、とても不愉快で、昼は、公事に忙しくなどしながら、ひっそりとした宵のころに、側近くの枕許などに召し入れてお話しなさるにつけても、まことにやはりむさ苦しい感じばかりがするが、たいそう気品高く、いたいたしい感じで、おっしゃる言葉も、同じ仏のお教えも、分りやすい譬えをまぜて、たいそうこの上なく深いお悟りというわけではないが、身分の高い方は、物事の道理を悟りなさる方法が、特別でいらっしゃったので、だんだんとお親しみ申し上げなさる度毎に、いつもお目にかかっていたく思って、忙しくなどして日を過ごしている時は、恋しく思われなさる。
 
   この君の、かく尊がりきこえたまへれば、冷泉院よりも、常に御消息などありて、年ごろ、音にもをさをさ聞こえたまはず、寂しげなりし御住み処、やうやう人目見る時々あり。
 折ふしに、訪らひきこえたまふこと、いかめしう、この君も、まづさるべきことにつけつつ、をかしきやうにも、まめやかなるさまにも、心寄せ仕うまつりたまふこと、三年ばかりになりぬ。
 
 この君が、このように尊敬申し上げなさるので、冷泉院からも、常にお手紙などがあって、長年、噂にもまったくお聞きなされず、ひどく寂しそうであったお住まいに、だんだん来訪の人影を見る時々がある。
 何かの時に、お見舞い申し上げなさること、大したもので、この君も、まず適当なことにかこつけては、風流な面でも、経済的な面でも、好意をお寄せ申し上げなさること、三年ほどになった。
 
 
 

第三章 薫の物語 八の宮の娘たちを垣間見る

 
 

第一段 晩秋に薫、宇治へ赴く

 
   秋の末つ方、四季にあててしたまふ御念仏を、この川面は、網代の波も、このころはいとど耳かしかましく静かならぬを、とて、かの阿闍梨の住む寺の堂に移ろひたまひて、七日のほど行ひたまふ。
 姫君たちは、いと心細く、つれづれまさりて眺めたまひけるころ、中将の君、久しく参らぬかなと、思ひ出できこえたまひけるままに、有明の月の、まだ夜深くさし出づるほどに出で立ちて、いと忍びて、御供に人などもなくて、やつれておはしけり。
 
 秋の末方に、四季毎に当ててなさるお念仏を、この川辺では、網代の波も、このころは一段と耳うるさく静かでないので、と言って、あの阿闍梨が住む寺の堂にお移りになって、七日程度勤行なさる。
 姫君たちは、たいそう心細く、何もすることのない日が増えて物思いに耽っていらっしゃるころ、中将の君が、久しく参らなかったなと、お思い出し申されるままに、有明の月が、まだ夜深く差し出たころに出立して、たいそうこっそりと、お供に人などもなく、質素にしておいでになった。
 
   川のこなたなれば、舟などもわづらはで、御馬にてなりけり。
 入りもてゆくままに、霧りふたがりて、道も見えぬ繁木の中を分けたまふに、いと荒ましき風のきほひに、ほろほろと落ち乱るる木の葉の露の散りかかるも、いと冷やかに、人やりならずいたく濡れたまひぬ。
 かかるありきなども、をさをさならひたまはぬ心地に、心細くをかしく思されけり。
 
 川のこちら側なので、舟なども煩わさず、御馬でいらっしゃったのであった。
 山に入って行くにつれて、霧で塞がって、道も見えない生い茂った木の中を分け入って行かれると、とても荒々しく吹き競う風に、ほろほろと散り乱れる木の葉の露が散りかかるのも、たいそう冷たくて、自分から求めてひどく濡れておしまいになった。
 このような外歩きなども、あまり御経験ないお気持ちには、心細く興味深く思われなさった。
 
 

625
 「山おろしに 耐へぬ木の葉の 露よりも
 あやなくもろき わが涙かな」
 「山颪の風に堪えない木の葉の露よりも
  妙にもろく流れるわたしの涙よ」
 
   山賤のおどろくもうるさしとて、随身の音もせさせたまはず。
 柴の籬を分けて、そこはかとなき水の流れどもを踏みしだく駒の足音も、なほ、忍びてと用意したまへるに、隠れなき御匂ひぞ、風に従ひて、主知らぬ香とおどろく寝覚めの家々ありける。
 
 山賤が目を覚ますのも厄介だと思って、随身の声もおさせにならない。
 柴の籬を分けて、どことなく流れる水の流れを踏みつける馬の足音も、やはり、人目につかないようにと気をつけていらっしゃったのに、隠すことのできない御匂いが、風に漂って、どなたの香かと目を覚ます家々があるのであった。
 
   近くなるほどに、その琴とも聞き分かれぬ物の音ども、いとすごげに聞こゆ。
 「常にかく遊びたまふと聞くを、ついでなくて、宮の御琴の音の名高きも、え聞かぬぞかし。
 よき折なるべし」と思ひつつ入りたまへば、琵琶の声の響きなりけり。
 「黄鐘調」に調べて、世の常の掻き合はせなれど、所からにや、耳馴れぬ心地して、掻き返す撥の音も、ものきよげにおもしろし。
 箏の琴、あはれになまめいたる声して、たえだえ聞こゆ。
 
 近くなるころに、何の琴とも聞き分けることができない楽器の音色が、たいそうもの寂しく聞こえる。
 「いつもこのように遊んでいらっしゃると聞いたが、その機会がなくて、親王の御琴の音色の評判高いのも、聞くことができないでいた。
 ちょうど良い機会だろう」と思いながらお入りになると、琵琶の音の響きであった。
 「黄鐘調」に調律して、普通の掻き合わせだが、場所柄か、耳馴れない気がして、掻き返す撥の音も、何となく清らかで美しい。
 箏の琴は、しみじみと優美な音がして、途切れ途切れに聞こえる。
 
 
 

第二段 宿直人、薫を招き入れる

 
   しばし聞かまほしきに、忍びたまへど、御けはひしるく聞きつけて、宿直人めく男、なまかたくなしき、出で来たり。
 
 暫く聞いていたいので、隠れていらしたが、お気配をはっきりと聞きつけて、宿直人らしい男で、何か愚直そうなのが、出て来た。
 
   「しかしかなむ籠もりおはします。
 御消息をこそ聞こえさせめ」と申す。
 
 「いかじかの理由で籠もっていらっしゃいます。
 お手紙を差し上げましょう」と申す。
 
   「何か。
 しか限りある御行ひのほどを、紛らはしきこえさせむにあいなし。
 かく濡れ濡れ参りて、いたづらに帰らむ愁へを、姫君の御方に聞こえて、あはれとのたまはせばなむ、慰むべき」
 「なに、その必要はない。
 そのように日数を限った御勤行のところを、お邪魔申し上げるのもいけない。
 このように濡れながらわざわざ参って、むなしく帰る嘆きを、姫君の御方に申し上げて、お気の毒にとおっしゃっていただけたら、慰められるでしょう」
   とのたまへば、醜き顔うち笑みて、  とおっしゃると、醜い顔がにこっとして、
   「申させはべらむ」とて立つを、  「申し上げさせていただきましょう」と言って立つのを、
   「しばしや」と召し寄せて、  「ちょっと待て」と召し寄せて、
   「年ごろ、人伝てにのみ聞きて、ゆかしく思ふ御琴の音どもを、うれしき折かな。
 しばし、すこしたち隠れて聞くべきものの隈ありや。
 つきなくさし過ぎて参り寄らむほど、皆琴やめたまひては、いと本意なからむ」
 「長年、人伝てにばかり聞いて、聞きたく思っていたお琴の音を、嬉しい時だよ。
 暫くの間、少し隠れて聞くのに適当な物蔭はないか。
 不適切にも出過ぎて参上したりする間に、皆が琴をお止めになっては、まことに残念であろう」
   とのたまふ。
 御けはひ、顔容貌の、さるなほなほしき心地にも、いとめでたくかたじけなくおぼゆれば、
 とおっしゃる。
 そのお振る舞い、容姿容貌が、そのようなつまらない男の考えでも、実に立派に恐れ多く見えたので、
   「人聞かぬ時は、明け暮れかくなむ遊ばせど、下人にても、都の方より参り、立ちまじる人はべる時は、音もせさせたまはず。
 おほかた、かくて女たちおはしますことをば隠させたまひ、なべての人に知らせたてまつらじと、思しのたまはするなり」
 「誰も聞かない時には、明け暮れこのようにお弾きになりますが、下人であっても、都の方面から参って、加わっている人がある時は、お弾かせなさりません。
 だいたい、こうして女君たちがいらっしゃることをお隠しになり、世間の人にお知らせ申すまいと、お考えになりおっしゃっているのです」
   と申せば、うち笑ひて、  と申し上げるので、ほほ笑みなさって、
   「あぢきなき御もの隠しなり。
 しか忍びたまふなれど、皆人、ありがたき世の例に、聞き出づべかめるを」とのたまひて、「なほ、しるべせよ。
 われは、好き好きしき心など、なき人ぞ。
 かくておはしますらむ御ありさまの、あやしく、げに、なべてにおぼえたまはぬなり」
 「つまらないお隠しだてだ。
 そのようにお隠しになるというが、誰も皆、類まれな例として、聞き出すに違いないだろうに」とおっしゃって、「やはり、案内せよ。
 わたしは好色がましい心などは、持っていないのだ。
 こうしていらっしゃるご様子が、不思議で、なるほど、並々には思えないのだ」
   とこまやかにのたまへば、  と懇切におっしゃると、
   「あな、かしこ。
 心なきやうに、後の聞こえやはべらむ」
 「ああ、恐れ多い。
 物をわきまえぬ奴と、後から言われることがありましょう」
   とて、あなたの御前は、竹の透垣しこめて、皆隔てことなるを、教へ寄せたてまつれり。
 御供の人は、西の廊に呼び据ゑて、この宿直人あひしらふ。
 
 と言って、あちらのお庭先は、竹の透垣を立てめぐらして、すべて別の塀になっているのを、教えてご案内申し上げた。
 お供の人は、西の廊に呼び止めて、この宿直人が相手をする。
 
 
 

第三段 薫、姉妹を垣間見る

 
   あなたに通ふべかめる透垣の戸を、すこし押し開けて見たまへば、月をかしきほどに霧りわたれるを眺めて、簾を短く巻き上げて、人びとゐたり。
 簀子に、いと寒げに、身細く萎えばめる童女一人、同じさまなる大人などゐたり。
 内なる人一人、柱に少しゐ隠れて、琵琶を前に置きて、撥を手まさぐりにしつつゐたるに、雲隠れたりつる月の、にはかにいと明くさし出でたれば、
 あちらに通じているらしい透垣の戸を、少し押し開けて御覧になると、月が美しい具合に霧がかかっているのを眺めて、簾を短く巻き上げて、女房たちが座っている。
 簀子に、たいそう寒そうに、痩せてみすぼらしい着物の女童一人と、同じ姿をした大人などが座っていた。
 内側にいる人一人、柱に少し隠れて、琵琶を前に置いて、撥をもてあそびながら座っていたところ、雲に隠れていた月が、急にぱあっと明るく差し出たので、
   「扇ならで、これしても、月は招きつべかりけり」  「扇でなくて、これでもっても、月は招き寄せられそうだわ」
   とて、さしのぞきたる顔、いみじくらうたげに匂ひやかなるべし。
 
 と言って、外を覗いている顔、たいそうかわいらしくつやつやしているのであろう。
 
   添ひ臥したる人は、琴の上に傾きかかりて、  添い臥している姫君は、琴の上に身をもたれかけて、
   「入る日を返す撥こそありけれ、さま異にも思ひ及びたまふ御心かな」  「入り日を戻す撥というのはありますが、変わったことを思いつきなさるお方ですこと」
   とて、うち笑ひたるけはひ、今少し重りかによしづきたり。
 
 と言って、ちょっとほほ笑んでいる様子、もう少し落ち着いて優雅な感じがした。
 
   「及ばずとも、これも月に離るるものかは」  「そこまでできなくても、これも月に縁のないものではないわ」
   など、はかなきことを、うち解けのたまひ交はしたるけはひども、さらによそに思ひやりしには似ず、いとあはれになつかしうをかし。
 
 などと、とりとめもないことを、気を許して言い合っていらっしゃる二人の様子、まったく見ないで想像していたのとは違って、とても可憐で親しみが持て感じがよい。
 
   「昔物語などに語り伝へて、若き女房などの読むをも聞くに、かならずかやうのことを言ひたる、さしもあらざりけむ」と、憎く推し量らるるを、「げに、あはれなるものの隈ありぬべき世なりけり」と、心移りぬべし。
 
 「昔物語などに語り伝えて、若い女房などが読むのを聞くにも、必ずこのようなことを言っていたが、そのようなことはないだろう」と、想像していたのに、「なるほど、人の心を打つような隠れたことがある世の中だったのだな」と、心が惹かれて行きそうである。
 
   霧の深ければ、さやかに見ゆべくもあらず。
 また、月さし出でなむと思すほどに、奥の方より、「人おはす」と告げきこゆる人やあらむ、簾下ろして皆入りぬ。
 おどろき顔にはあらず、なごやかにもてなして、やをら隠れぬるけはひども、衣の音もせず、いとなよよかに心苦しくて、いみじうあてにみやびかなるを、あはれと思ひたまふ。
 
 霧が深いので、はっきりと見ることもできない。
 再び、月が出て欲しいとお思いになっていた時に、奥の方から、「お客様です」と申し上げた人がいたのであろうか、簾を下ろして皆入ってしまった。
 驚いたふうでもなく、ものやわらかに振る舞って、静かに隠れた方々の様子、衣擦れの音もせず、とても柔らかくなっておいたわしい感じで、ひどく上品で優雅なのを、しみじみとお思いなさる。
 
   やをら出でて、京に、御車率て参るべく、人走らせつ。
 ありつる侍に、
 静かに出て、京に、お車を引いて参るよう、人を走らせた。
 先ほどの男に、
   「折悪しく参りはべりにけれど、なかなかうれしく、思ふことすこし慰めてなむ。
 かくさぶらふよし聞こえよ。
 いたう濡れにたるかことも聞こえさせむかし」
 「具合悪い時に参ってしまいましたが、かえって嬉しく、思いが少し慰められました。
 このように参った旨を申し上げよ。
 ひどく露に濡れた愚痴も申し上げたい」
   とのたまへば、参りて聞こゆ。
 
 とおっしゃると、参上して申し上げる。
 
 
 

第四段 薫、大君と御簾を隔てて対面

 
   かく見えやしぬらむとは思しも寄らで、うちとけたりつることどもを、聞きやしたまひつらむと、いといみじく恥づかし。
 あやしく、香うばしく匂ふ風の吹きつるを、思ひかけぬほどなれば、「驚かざりける心おそさよ」と、心も惑ひて、恥ぢおはさうず。
 
 このように見られただろうかとはお考えにもならず、気を許して話していたことを、お聞きになったろうかと、実にたいそう恥ずかしい。
 不思議と、香ばしく匂う風が吹いていたのを、思いかけない時なので、「気がつかなかった迂闊さよ」と、気も動転して、恥ずかしがっていらっしゃる。
 
   御消息など伝ふる人も、いとうひうひしき人なめるを、「折からにこそ、よろづのことも」と思いて、まだ霧の紛れなれば、ありつる御簾の前に歩み出でて、ついゐたまふ。
 
 ご挨拶などを伝える人も、とても物馴れていない人のようなので、「時と場合によって、何事も臨機応変に」とお思いになって、まだ霧でよく見えない時なので、先ほどの御簾の前に歩み出て、お座りになる。
 
   山里びたる若人どもは、さしいらへむ言の葉もおぼえで、御茵さし出づるさまも、たどたどしげなり。
 
 山里めいた若い女房たちは、お答えする言葉も分からず、お敷物を差し出す恰好も、たどたどしそうである。
 
   「この御簾の前には、はしたなくはべりけり。
 うちつけに浅き心ばかりにては、かくも尋ね参るまじき山のかけ路に思うたまふるを、さま異にこそ。
 かく露けき度を重ねては、さりとも、御覧じ知るらむとなむ、頼もしうはべる」
 「この御簾の前では、きまり悪うございますよ。
 一時の軽い気持ちぐらいでは、こんなにも尋ねて参れないような難しい険しい山路と存じておりましたが、これは変わったお扱いで。
 このように露に濡れ濡れ何度も参ったら、いくらなんでも、ご存知でいらっしゃろうと、頼もしく存じております」
   と、いとまめやかにのたまふ。
 
 と、とてもまじめにおっしゃる。
 
   若き人びとの、なだらかにもの聞こゆべきもなく、消え返りかかやかしげなるも、かたはらいたければ、女ばらの奥深きを起こし出づるほど、久しくなりて、わざとめいたるも苦しうて、  若い女房たちが、すらすらと何か申し上げることもできず、正体もないほど恥ずかしがっているのも、見ていられないので、年配の女房で奥に寝ている者を起こし出している間、ひまどって、わざとらしいのも気の毒になって、
   「何ごとも思ひ知らぬありさまにて、知り顔にも、いかばかりかは、聞こゆべく」  「何事も存じませんわたくしどもで、知ったふうに、どうして、お答え申し上げられましょうか」
   と、いとよしあり、あてなる声して、ひき入りながらほのかにのたまふ。
 
 と、たいそう優雅で、上品な声をして、引っ込みながらかすかにおっしゃる。
 
   「かつ知りながら、憂きを知らず顔なるも、世のさがと思うたまへ知るを、一所しも、あまりおぼめかせたまふらむこそ、口惜しかるべけれ。
 ありがたう、よろづを思ひ澄ましたる御住まひなどに、たぐひきこえさせたまふ御心のうちは、何ごとも涼しく推し量られはべれば、なほ、かく忍びあまりはべる深さ浅さのほども、分かせたまはむこそ、かひははべらめ。
 
 「実は分かっておいでなのに、辛さを知らないふりをするのも、世の習いと存じておりますが、ほかならぬあなたが、あまりにそらぞらしいおっしゃりようをなさるのは、残念に存じます。
 めったになく、何事につけ悟り澄ましていらっしゃるご生活などに、ご一緒申されておいでのご心中は、万事涼しく推量されますから、やはり、このように秘めきれない気持ちの深さ浅さも、お分かりいただけることは、効がございましょう。
 
   世の常の好き好きしき筋には、思しめし放つべくや。
 さやうの方は、わざと勧むる人はべりとも、なびくべうもあらぬ心強さになむ。
 
 世の常の好色がましいこととは、違ってお考えいただけませんか。
 そのようなことは、ことさら勧める人がありましても、言う通りにはならない決心の強さです。
 
   おのづから聞こしめし合はするやうもはべりなむ。
 つれづれとのみ過ぐしはべる世の物語も、聞こえさせ所に頼みきこえさせ、またかく、世離れて、眺めさせたまふらむ御心の紛らはしには、さしも、驚かせたまふばかり聞こえ馴れはべらば、いかに思ふさまにはべらむ」
 自然とお聞き及びになることもございましょう。
 所在なくばかり過ごしております世間話も、聞いていただくお相手として頼み申し上げ、またこのように、世間から離れて、物思いあそばしていられるお心の気紛らわしには、そちらからそうと、話しかけてくださるほどに親しくさせていただけましたら、どんなにか嬉しいことでございましょう」
   など、多くのたまへば、つつましく、いらへにくくて、起こしつる老い人の出で来たるにぞ、譲りたまふ。
 
 などと、たくさんおっしゃると、遠慮されて、答えにくくて、起こした老人が出て来たので、お任せになる。
 
 
 

第五段 老女房の弁が応対

 
   たとしへなくさし過ぐして、  たとえようもなく出しゃばって、
   「あな、かたじけなや。
 かたはらいたき御座のさまにもはべるかな。
 御簾の内にこそ。
 若き人びとは、物のほど知らぬやうにはべるこそ」
 「まあ、恐れ多いこと。
 失礼なご座所でございますこと。
 御簾の中にどうぞ。
 若い女房たちは、物の道理を知らないようでございます」
   など、したたかに言ふ声のさだすぎたるも、かたはらいたく君たちは思す。
 
 などと、ずけずけと言う声が年寄じみているのも、きまり悪く姫君たちはお思いになる。
 
   「いともあやしく、世の中に住まひたまふ人の数にもあらぬ御ありさまにて、さもありぬべき人びとだに、訪らひ数まへきこえたまふも、見え聞こえずのみなりまさりはべるめるに、ありがたき御心ざしのほどは、数にもはべらぬ心にも、あさましきまで思ひたまへはべるを、若き御心地にも思し知りながら、聞こえさせたまひにくきにやはべらむ」  「まことに妙に、世の中に暮らしていらっしゃる方のお仲間入りもなさらないご様子で、当然訪問してよい方々でさえ、人並み扱いにご訪問申される方々も、お見かけ申さないようにばかりなって行くようですので、もったいないお志のほどを、人数にも入らないわたしでも、意外なとまでお思い申し上げさせていただいておりますが、若い姫君たちもご存知でありながら、お申し上げなさりにくいのでございましょうか」
   と、いとつつみなくもの馴れたるも、なま憎きものから、けはひいたう人めきて、よしある声なれば、  と、まことに遠慮なく馴れ馴れしいのも、小憎らしい一方で、感じはたいそうひとかどの人物らしく、教養のある声なので、
   「いとたづきも知らぬ心地しつるに、うれしき御けはひにこそ。
 何ごとも、げに、思ひ知りたまひける頼み、こよなかりけり」
 「まこと取りつく島もない気がしていたが、嬉しいおっしゃりようです。
 何事も、なるほど、ご存知であった頼もしさは、この上ないことです」
   とて、寄り居たまへるを、几帳の側より見れば、曙、やうやう物の色分かるるに、げに、やつしたまへると見ゆる狩衣姿の、いと濡れしめりたるほど、「うたて、この世の外の匂ひにや」と、あやしきまで薫り満ちたり。
 
 とおっしゃって、寄り掛かって座っていらっしゃるのを、几帳の側から見ると、曙の、だんだん物の色が見えてくる中で、なるほど、質素にしていらっしゃると見える狩衣姿が、たいそう露に濡れて湿っているのが、「何と、この世以外の匂いか」と、不思議なまで薫り満ちていた。
 
 
 

第六段 老女房の弁の昔語り

 
   この老い人はうち泣きぬ。
 
 この老人は泣き出した。
 
   「さし過ぎたる罪もやと、思うたまへ忍ぶれど、あはれなる昔の御物語の、いかならむついでにうち出で聞こえさせ、片端をも、ほのめかし知ろしめさせむと、年ごろ念誦のついでにも、うち交ぜ思うたまへわたるしるしにや、うれしき折にはべるを、まだきにおぼほれはべる涙にくれて、えこそ聞こえさせずはべりけれ」  「出過ぎた者とのお咎めもあるやと、存じて控えておりますが、しみじみとした昔のお話の、どのような機会にお話申し上げ、その一部分を、ちらっとお耳に入れたいと、長年念誦の折にも、祈り続けてまいった効があってでしょうか、嬉しい機会でございますが、まだのうちから涙が込み上げて来て、申し上げることができませんわ」
   と、うちわななくけしき、まことにいみじくもの悲しと思へり。
 
 と、震えている様子、ほんとうにひどく悲しいと思っていた。
 
   おほかた、さだ過ぎたる人は、涙もろなるものとは見聞きたまへど、いとかうしも思へるも、あやしうなりたまひて、  だいたい、年老いた人は、涙もろいものとは見聞きなさっていたが、とてもこんなにまで思っているのも、不思議にお思いになって、
   「ここに、かく参るをば、たび重なりぬるを、かくあはれ知りたまへる人もなくてこそ、露けき道のほどに、独りのみそほちつれ。
 うれしきついでなめるを、言な残いたまひそかし」とのたまへば、
 「ここに、このように参ることは、度重なったが、このように物のあわれをご存知の方がいなくて、露っぽい道中で、一人だけ濡れました。
 嬉しい機会のようですので、すっかりおっしゃってください」とおっしゃると、
   「かかるついでしも、はべらじかし。
 また、はべりとも、夜の間のほど知らぬ命の、頼むべきにもはべらぬを。
 さらば、ただ、かかる古者、世にはべりけりとばかり、知ろしめされはべらなむ。
 
 「このような機会は、ございますまい。
 また、ございましても、明日をも知らない寿命を、当てにできません。
 それでは、ただ、このような老人が、世の中におったとだけ、ご存知いただきたい。
 
   三条の宮にはべりし小侍従、はかなくなりはべりにけると、ほの聞きはべりし。
 そのかみ、睦ましう思うたまへし同じほどの人、多く亡せはべりにける世の末に、はるかなる世界より伝はりまうで来て、この五、六年のほどなむ、これにかくさぶらひはべる。
 
 三条の宮におりました小侍従、亡くなってしまったと、ちらっと聞きました。
 その昔、親しく存じておりました同じ年配の者は、多く亡くなりました晩年に、遠い田舎から縁故を頼って上京して来て、この五、六年のほど、ここにこのようにしてお仕えております。
 
   知ろしめさじかし。
 このころ、藤大納言と申すなる御兄の、右衛門督にて隠れたまひにしは、物のついでなどにや、かの御上とて、聞こしめし伝ふることもはべらむ。
 
 ご存知ではないでしょう、最近、藤大納言と申すお方の御兄君で、右衛門督でお亡くなりになった方は、何かの機会にか、あのお方の事として、お伝え聞きなさっていることはございましょう。
 
   過ぎたまひて、いくばくも隔たらぬ心地のみしはべる。
 その折の悲しさも、まだ袖の乾く折はべらず思うたまへらるるを、かくおとなしくならせたまひにける御齢のほども、夢のやうになむ。
 
 お亡くなりになって、まだいかほども経っていないような気ばかりがします。
 その時の悲しさも、まだ袖が乾く時の間もなく存じられますが、このように大きくおなりあそばしたお年のほども、夢のような思われます。
 
   かの権大納言の御乳母にはべりしは、弁が母になむはべりし。
 朝夕に仕うまつり馴れはべりしに、人数にもはべらぬ身なれど、人に知らせず、御心よりはた余りけることを、折々うちかすめのたまひしを、今は限りになりたまひにし御病の末つ方に、召し寄せて、いささかのたまひ置くことなむはべりしを、聞こしめすべきゆゑなむ、一事はべれど、かばかり聞こえ出ではべるに、残りをと思しめす御心はべらば、のどかになむ、聞こしめし果てはべるべき。
 若き人びとも、かたはらいたく、さし過ぎたりと、つきじろひはべるも、ことわりになむ」
 あの故権大納言の御乳母でございました人は、弁の母でございました。
 朝夕に身近にお仕えいたしましたところ、物の数にも入らない身ですが、誰にも知らせず、お心にあまったことを、時々ちらっとお漏らしになりましたが、いよいよお最期とおなりになったご病気の末頃に、呼び寄せて、わずかにご遺言なさったことがございましたが、ぜひお耳に入れなければならない子細が、一つございますけれども、これだけ申し上げましたので、さらに続きをとお思いになるお考えがございましたら、改めてごゆっくり、すっかりお話し申し上げましょう。
 若い女房たちも、みっともなく、出過ぎた者と、非難するのも、もっともなことですから」
   とて、さすがにうち出でずなりぬ。
 
 と言って、さすがに最後まで言わずに終わった。
 
   あやしく、夢語り、巫女やうのものの、問はず語りすらむやうに、めづらかに思さるれど、あはれにおぼつかなく思しわたることの筋を聞こゆれば、いと奥ゆかしけれど、げに、人目もしげし、さしぐみに古物語にかかづらひて、夜を明かし果てむも、こちごちしかるべければ、  不思議な、夢語り、巫女などのような者が、問わず語りをしているように、珍しい話と思わずにはいらっしゃれないが、しみじみと本当のことが知りたいと思い続けて来た方面のことを申し上げたので、ひどく先が知りたいが、なるほど、人目も多いし、不意に昔話にかかわって、夜を明かしてしまうのも、無作法であるから、
   「そこはかと思ひ分くことは、なきものから、いにしへのことと聞きはべるも、ものあはれになむ。
 さらば、かならずこの残り聞かせたまへ。
 霧晴れゆかば、はしたなかるべきやつれを、面なく御覧じとがめられぬべきさまなれば、思うたまふる心のほどよりは、口惜しうなむ」
 「はっきりと思い当たるふしは、ないものの、昔のことと聞きますのも、心をうちます。
 それでは、きっとこの続きをお聞かせください。
 霧が晴れていったら、見苦しいやつした姿を、無礼のお咎めを受けるに違いない姿なので、思っておりますように行かず、残念でなりません」
   とて、立ちたまふに、かのおはします寺の鐘の声、かすかに聞こえて、霧いと深くたちわたれり。
 
 とおっしゃって、お立ちになると、あのいらっしゃる寺の鐘の音が、かすかに聞こえて、霧がたいそう深く立ち込めていた。
 
 
 

第七段 薫、大君と和歌を詠み交して帰京

 
   峰の八重雲、思ひやる隔て多く、あはれなるに、なほ、この姫君たちの御心のうちども心苦しう、「何ごとを思し残すらむ。
 かく、いと奥まりたまへるも、ことわりぞかし」などおぼゆ。
 
 峰の幾重にも重なった雲の、思いやるにも隔てが多く、心痛むが、やはり、この姫君たちのご心中もおいたわしく、「物思いのありたけを尽くしていられよう。
 あのように、とても引っ込みがちでいらっしゃるのも、もっともなことだ」などと思われる。
 
 

626
 「あさぼらけ 家路も見えず 尋ね来し
 槙の尾山は 霧こめてけり
 「夜も明けて行きますが帰る家路も見えません
  尋ねて来た槙の尾山は霧が立ち込めていますので
 
   心細くもはべるかな」  心細いことですね」
   と、立ち返りやすらひたまへるさまを、都の人の目馴れたるだに、なほ、いとことに思ひきこえたるを、まいて、いかがはめづらしう見きこえざらむ。
 御返り聞こえ伝へにくげに思ひたれば、例の、いとつつましげにて、
 と、引き返して立ち去りがたくしていらっしゃる様子を、都の人で見慣れた人でさえ、やはり、たいそう格別にお思い申し上げているのに、まして、どんなにか珍しく思わないことあろうか。
 お返事を申し上げにくそうに思っているので、いつものように、たいそう慎ましそうにして、
 

627
 「雲のゐる 峰のかけ路を 秋霧の
 いとど隔つる ころにもあるかな」
 「雲のかかっている山路を秋霧が
  ますます隔てているこの頃です」
 
   すこしうち嘆いたまへるけしき、浅からずあはれなり。
 
 少し嘆いていらっしゃる様子、並々ならず胸を打つ。
 
   何ばかりをかしきふしは見えぬあたりなれど、げに、心苦しきこと多かるにも、明うなりゆけば、さすがにひた面なる心地して、  何ほども風情の見えない辺りだが、なるほど、おいたわしいことが多くある中にも、明るくなって行くと、いくら何でも直接顔を合わせる感じがして、
   「なかなかなるほどに、承りさしつること多かる残りは、今すこし面馴れてこそは、恨みきこえさすべかめれ。
 さるは、かく世の人めいて、もてなしたまふべくは、思はずに、もの思し分かざりけりと、恨めしうなむ」
 「なまじお言葉を聞いたために、途中までしか聞けなかった思いの多くの残りは、もう少しお親しみになってから、恨み言も申し上げさせていただきましょう。
 一方では、このように世間の人並みに、お扱いなさることは、意外にもお分かりにならない方だと、恨めしくて」
   とて、宿直人がしつらひたる西面におはして、眺めたまふ。
 
 と言って、宿直人が準備した西面にいらっしゃって、眺めなさる。
 
   「網代は、人騒がしげなり。
 されど、氷魚も寄らぬにやあらむ。
 すさまじげなるけしきなり」
 「網代では、人が騒いでいるようだ。
 けれど、氷魚も寄って来ないのだろうか。
 景気の悪そうな様子だ」
   と、御供の人びと見知りて言ふ。
 
 と、お供の人々は見知っていて言う。
 
   「あやしき舟どもに、柴刈り積み、おのおの何となき世の営みどもに、行き交ふさまどもの、はかなき水の上に浮かびたる、誰れも思へば同じことなる、世の常なさなり。
 われは浮かばず、玉の台に静けき身と、思ふべき世かは」と思ひ続けらる。
 
 「粗末な幾隻もの舟に、柴を刈り積んで、それぞれ何ということもない生活に、上り下りしている様子に、はかない水の上に浮かんでいるが、誰も皆考えてみれば同じことである、無常の世だ。
 自分は水に浮かぶような様でなく、玉の台に落ち着いている身だと、思える世だろうか」と思い続けられずにはいられない。
 
   硯召して、あなたに聞こえたまふ。
 
 硯を召して、あちらに申し上げなさる。
 
 

628
 「橋姫の 心を汲みて 高瀬さす
 棹のしづくに ぞ濡れぬる
 「姫君たちのお寂しい心をお察しして
  浅瀬を漕ぐ舟の棹の、涙で袖が濡れました
 
   眺めたまふらむかし」  物思いに沈んでいらっしゃることでしょう」
   とて、宿直人に持たせたまへり。
 いと寒げに、いららぎたる顔して持て参る。
 御返り、紙の香など、おぼろけならむ恥づかしげなるを、疾きをこそかかる折には、とて、
 と言って、宿直人にお持たせになった。
 たいそう寒そうに、鳥肌の立つ顔して持って上る。
 お返事は、紙の香などが、いいかげんな物では恥ずかしいが、早いのだけをこのような場合は取柄としよう、と思って、
 

629
 「さしかへる 宇治の河長 朝夕の
 しづくやを 朽たし果つらむ
 「棹さして何度も行き来する宇治川の渡し守は朝夕の雫に
  濡れてすっかり袖を朽ちさせていることでしょう
 
   身さへ浮きて」  身まで浮かんで」
   と、いとをかしげに書きたまへり。
 「まほにめやすくもものしたまひけり」と、心とまりぬれど、
 と、実に美しくお書きになっていらっしゃた。
 「申し分なく感じの良い方だ」と、心が惹かれたが、
   「御車率て参りぬ」  「お車を牽いて参りました」
   と、人びと騒がしきこゆれば、宿直人ばかりを召し寄せて、  と、供人が騒がしく申し上げるので、宿直人だけを召し寄せて、
   「帰りわたらせたまはむほどに、かならず参るべし」  「お帰りあそばしたころに、きっと参りましょう」
   などのたまふ。
 濡れたる御衣どもは、皆この人に脱ぎかけたまひて、取りに遣はしつる御直衣にたてまつりかへつ。
 
 などとおっしゃる。
 濡れたお召し物は、皆この人に脱ぎ与えなさって、取りにやったお直衣にお召し替えになった。
 
 
 

第八段 薫、宇治へ手紙を書く

 
   老い人の物語、心にかかりて思し出でらる。
 思ひしよりは、こよなくまさりて、をかしかりつる御けはひども、面影に添ひて、「なほ、思ひ離れがたき世なりけり」と、心弱く思ひ知らる。
 
 老人の話が、気にかかって思い出される。
 思っていたよりは、この上なく優れていて、立派だったご様子が、面影にちらついて、「やはり、思い離れがたいこの世だ」と、心弱く思い知らされる。
 
   御文たてまつりたまふ。
 懸想だちてもあらず、白き色紙の厚肥えたるに、筆ひきつくろひ選りて、墨つき見所ありて書きたまふ。
 
 お手紙を差し上げなさる。
 懸想文めいてではなく、白い色紙で厚ぼったい紙に、筆は念入りに選んで、墨つきも見事にお書きになる。
 
   「うちつけなるさまにやと、あいなくとどめはべりて、残り多かるも苦しきわざになむ。
 片端聞こえおきつるやうに、今よりは、御簾の前も、心やすく思し許すべくなむ。
 御山籠もり果てはべらむ日数も承りおきて、いぶせかりし霧の迷ひも、はるけはべらむ」
 「ぶしつけなようではないかと、むやみに差し控えまして、話し残したことが多いのも辛いことです。
 一部お話し申し上げておいたように、今からは、御簾の前も、気安くお許しくださいますように。
 お山籠もりが済みます日を伺っておきまして、霧に閉ざされた迷いも、晴れることでしょう」
   などぞ、いとすくよかに書きたまへる。
 左近将監なる人、御使にて、
 などと、たいそう生真面目にお書きになっている。
 左近将監である人を、お使いとして、
   「かの老い人訪ねて、文も取らせよ」  「あの老人を訪ねて、手紙を渡すように」
   とのたまふ。
 宿直人が寒げにてさまよひしなど、あはれに思しやりて、大きなる桧破籠やうのもの、あまたせさせたまふ。
 
 とおっしゃる。
 宿直人が寒そうにしてうろうろしていたのなど、気の毒にお思いやりになって、大きな桧破子のようなものを、たくさん届けさせなさる。
 
   またの日、かの御寺にもたてまつりたまふ。
 「山籠もりの僧ども、このころの嵐には、いと心細く苦しからむを、さておはしますほどの布施、賜ふべからむ」と思しやりて、絹、綿など多かりけり。
 
 翌日、あちらのお寺にも差し上げなさる。
 「山籠もりの僧たち、近頃の嵐には、とても心細く辛いだろうに、そうして籠もっていらっしゃる間のお布施を、なさらねばならないだろう」とご想像になって、絹、綿など多かった。
 
   御行ひ果てて、出でたまふ朝なりければ、行ひ人どもに、綿、絹、袈裟、衣など、すべて一領のほどづつ、ある限りの大徳たちに賜ふ。
 
 ご勤行が終わって、下山なさる朝だったので、修行者たちに、綿、絹、袈裟、法衣など、総じて一領ずつ、いるすべての大徳たちにお与えになる。
 
   宿直人が、御脱ぎ捨ての、艶にいみじき狩の御衣ども、えならぬ白き綾の御衣の、なよなよといひ知らず匂へるを、移し着て、身をはた、え変へぬものなれば、似つかはしからぬ袖の香を、人ごとにとがめられ、めでらるるなむ、なかなか所狭かりける。
 
 宿直人は、お脱ぎ捨てになった、優艷で立派な狩のお召物の、何ともいえない白い綾織物の、柔らかでいいようもなく匂っているのを、そのまま身に着けて、身は変えることのできないものなので、似つかわしくない袖の香を、会う人ごとに怪しまれたり、褒められたりするのが、かえって身の置きどころがないのであった。
 
   心にまかせて、身をやすくも振る舞はれず、いとむくつけきまで、人のおどろく匂ひを、失ひてばやと思へど、所狭き人の御移り香にて、えもすすぎ捨てぬぞ、あまりなるや。
 
 思いのままに、身を気軽に振る舞うこともきず、とても気持ち悪いまでに、人が驚く匂いを、無くしたいものだと思うが、大層な方の御移り香なので、洗い捨てることもできないのが、困ったものであるよ。
 
 
 

第九段 薫、匂宮に宇治の姉妹を語る

 
   君は、姫君の御返りこと、いとめやすく子めかしきを、をかしく見たまふ。
 宮にも、「かく御消息ありき」など、人びと聞こえさせ、御覧ぜさすれば、
 君は、姫君のお返事が、とてもよく整っていておおようなのを、風情があると御覧になる。
 父宮にも、「このようにお手紙がありました」などと、女房たちが申し上げ、御覧に入れると、
   「何かは。
 懸想だちてもてないたまはむも、なかなかうたてあらむ。
 例の若人に似ぬ御心ばへなめるを、亡からむ後もなど、一言うちほのめかしてしかば、さやうにて、心ぞとめたらむ」
 「いや、なに。
 懸想めいてお扱いなさるのも、かえって嫌なことであろう。
 普通の若い人に似ないご性格のようだから、亡くなった後もなどと、一言ほのめかしておいたので、そのような気持ちで、心にかけているのだろう」
   などのたまうけり。
 御みづからも、さまざまの御とぶらひの、山の岩屋にあまりしことなどのたまへるに、参うでむと思して、「三の宮の、かやうに奥まりたらむあたりの、見まさりせむこそ、をかしかるべけれと、あらましごとにだにのたまふものを、聞こえはげまして、御心騒がしたてまつらむ」と思して、のどやかなる夕暮に参りたまへり。
 
 などとおっしゃるのであった。
 ご自身も、さまざまなお見舞い品が、山寺にあふれたことなどをおっしゃっているころに、参ろうとお思いになって、「三の宮が、このように奥まった所に住む女が、会えば見まさりするのは、おもしろいことだろうと、せいぜい想像するだけでおっしゃっているのも、羨ましがらせて、お気持ちを揉ませ申そう」とお考えになって、のんびりした夕暮に参上なさった。
 
   例の、さまざまなる御物語、聞こえ交はしたまふついでに、宇治の宮の御こと語り出でて、見し暁のありさまなど、詳しく聞こえたまふに、宮、いと切にをかしと思いたり。
 
 いつもものように、いろいろなお話をおとり交わしなさる折に、宇治の宮のことを話し出して、見た早朝の様子などを、詳しく申し上げなさると、宮は、切に興味深くお思いになった。
 
   さればよと、御けしきを見て、いとど御心動きぬべく言ひ続けたまふ。
 
 やはり予想通りであったと、お顔色を見て、ますますお心が動くように話し続けなさる。
 
   「さて、そのありけむ返りことは、などか見せたまはざりし。
 まろならましかば」と恨みたまふ。
 
 「ところで、その来たお返事は、どうしてお見せ下さらなかったのですか。
 わたしだったなら」とお恨みになる。
 
   「さかし。
 いとさまざま御覧ずべかめる端をだに、見せさせたまはぬ。
 かのわたりは、かくいとも埋れたる身に、ひき籠めてやむべきけはひにもはべらねば、かならず御覧ぜさせばや、と思ひたまふれど、いかでか尋ね寄らせたまふべき。
 かやすきほどこそ、好かまほしくは、いとよく好きぬべき世にはべりけれ。
 うち隠ろへつつ多かめるかな。
 
 「そうです。
 実にいろいろと御覧になるような一部分さえ、お見せ下さらない。
 あのあたりは、このようにとても陰気くさい男が、独占していてよい人とも思えませんので、きっと御覧に入れたい、と存じますが、どうしてお訪ねなさることができましょう。
 気軽な身分の者こそ、浮気がしたければ、いくらでも相手のいる世の中でございます。
 人目につかない所では多いようですね。
 
   さるかたに見所ありぬべき女の、もの思はしき、うち忍びたる住み処ども、山里めいたる隈などに、おのづからはべべかめり。
 この聞こえさするわたりは、いと世づかぬ聖ざまにて、こちごちしうぞあらむ、年ごろ、思ひあなづりはべりて、耳をだにこそ、とどめはべらざりけれ。
 
 それ相応に魅力のある女で、物思いして、こっそり住んでいる家々が、山里めいた隠れ処などに、自然といるようでございます。
 この申し上げるあたりは、たいそう世間離れした聖ふうで、ごつごつしたようであろうと、長い間、軽蔑しておりまして、耳をさえ、止めませんでした。
 
   ほのかなりし月影の見劣りせずは、まほならむはや。
 けはひありさま、はた、さばかりならむをぞ、あらまほしきほどとは、おぼえはべるべき」
 ほのかな月光の下で見た通りの器量であったら、十分なものでしょうよ。
 感じや態度は、それはまた、あの程度なのを、理想的な女とは、思うべきでしょう」
   など聞こえたまふ。
 
 などと申し上げなさる。
 
   果て果ては、まめだちていとねたく、「おぼろけの人に心移るまじき人の、かく深く思へるを、おろかならじ」と、ゆかしう思すこと、限りなくなりたまひぬ。
 
 しまいには、本気になってとても憎らしく、「並大抵の女に心を移しそうにない人が、このように深く思っているのを、いい加減なことではないだろう」と、興味をお持ちになることは、この上なく高まった。
 
   「なほ、またまた、よくけしき見たまへ」  「さらに、またまた、よく様子を探って下さい」
   と、人を勧めたまひて、限りある御身のほどのよだけさを、厭はしきまで、心もとなしと思したれば、をかしくて、  と、相手を勧めなさって、制約あるご身分の高さを、疎ましいまでに、いらだたしく思っていらっしゃるので、おもしろくなって、
   「いでや、よしなくぞはべる。
 しばし、世の中に心とどめじと思うたまふるやうある身にて、なほざりごともつつましうはべるを、心ながらかなはぬ心つきそめなば、おほきに思ひに違ふべきことなむ、はべるべき」
 「いや、つまらないことでございます。
 暫くの間も、世の中に執着心を持つまい思っておりますこの身で、ほんの遊びの色恋沙汰も気が引けますが、我ながら抑えかねる気持ちが起こったら、大いに思惑違いのことも、起こりましょう」
   と聞こえたまへば、  と申し上げなさると、
   「いで、あな、ことことし。
 例の、おどろおどろしき聖言葉、見果ててしがな」
 「いや、まあ、大げさな。
 例によって、物々しい修行者みたいな言葉を、最後まで見てみたいものだ」
   とて笑ひたまふ。
 心のうちには、かの古人のほのめかしし筋などの、いとどうちおどろかれて、ものあはれなるに、をかしと見ることも、めやすしと聞くあたりも、何ばかり心にもとまらざりけり。
 
 と言ってお笑いになる。
 心の中では、あの老人がちらっと言った話などが、ますます心を騒がせて、何となく物思いがちなのに、心をとめかすことも、美しいと聞く人のことも、どれほども心に止まらないのだった。
 
 
 

第四章 薫の物語 薫、出生の秘密を知る

 
 

第一段 十月初旬、薫宇治へ赴く

 
   十月になりて、五、六日のほどに、宇治へ参うでたまふ。
 
 十月になって、五、六日の間に、宇治へ参られる。
 
   「網代をこそ、このころは御覧ぜめ」と、聞こゆる人びとあれど、  「網代を、この頃は御覧なさい」と、申し上げる人びとがいるが、
   「何か、その蜉蝣に争ふ心にて、網代にも寄らむ」  「どうして、その蜉蝣とはかなさを争うような身で、網代の側に行こうか」
   と、そぎ捨てたまひて、例の、いと忍びやかにて出で立ちたまふ。
 軽らかに網代車にて、かとりの直衣指貫縫はせて、ことさらび着たまへり。
 
 と、お省きなさって、例によって、たいそうひっそりと出立なさる。
 気軽に網代車で、かとりの直衣指貫を仕立てさせて、ことさらお召しになっていた。
 
   宮、待ち喜びたまひて、所につけたる御饗応など、をかしうしなしたまふ。
 暮れぬれば、大殿油近くて、さきざき見さしたまへる文どもの深きなど、阿闍梨も請じおろして、義など言はせたまふ。
 
 宮は、お待ち喜びになって、場所に相応しい饗応など、興趣深くなさる。
 日が暮れたので、大殿油を近くに寄せて、前々から読みかけていらした経文類の深い意味などを、阿闍梨も下山してもらい、釈義などを言わせなさる。
 
   うちもまどろまず、川風のいと荒らましきに、木の葉の散りかふ音、水の響きなど、あはれも過ぎて、もの恐ろしく心細き所のさまなり。
 
 少しもうとうととなさらずに、川風がたいそう荒々しいうえに、木の葉が散り交う音、水の響きなど、しみじみとした情感なども通り越して、何となく恐ろしく心細い場所の様子である。
 
   明け方近くなりぬらむと思ふほどに、ありししののめ思ひ出でられて、琴の音のあはれなることのついで作り出でて、  明け方近くになったろうと思う時に、先日の夜明けの様子が思い出されて、琴の音がしみじみと身にしみるという話のきっかけを作り出して、
   「さきのたびの、霧に惑はされはべりし曙に、いとめづらしき物の音、一声承りし残りなむ、なかなかにいといぶかしう、飽かず思うたまへらるる」など聞こえたまふ。
 
 「前回の、霧に迷わされた夜明けに、たいそう珍しい楽の音を、ちょっと拝聴した残りが、かえっていっそう聞きたく、物足りなく思っております」などと申し上げなさる。
 
   「色をも香をも思ひ捨ててし後、昔聞きしことも皆忘れてなむ」  「美しい色や香も捨ててしまった後は、昔聞いたこともみな忘れてしまいました」
   とのたまへど、人召して、琴取り寄せて、  とおっしゃるが、人を召して、琴を取り寄せて、
   「いとつきなくなりにたりや。
 しるべする物の音につけてなむ、思ひ出でらるべかりける」
 「まことに似合わなくなってしまった。
 先導してくれる音に付けて、思い出されようかしら」
   とて、琵琶召して、客人にそそのかしたまふ。
 取りて調べたまふ。
 
 と言って、琵琶を召して、客人にお勧めなさる。
 手に取って調子を合わせなさる。
 
   「さらに、ほのかに聞きはべりし同じものとも思うたまへられざりけり。
 御琴の響きからにやとこそ、思うたまへしか」
 「まったく、かすかに聞きましたものと同じ楽器とは思われません。
 お琴の響きからかと、存じられました」
   とて、心解けても掻きたてたまはず。
 
 と言って、気を許してお弾きにならない。
 
   「いで、あな、さがなや。
 しか御耳とまるばかりの手などは、何処よりかここまでは伝はり来む。
 あるまじき御ことなり」
 「何と、まあ、口の悪い。
 そのようにお耳にとまるほどの弾き方などは、どこからここまで伝わって来ましょう。
 ありえない事です」
   とて、琴掻きならしたまへる、いとあはれに心すごし。
 かたへは、峰の松風のもてはやすなるべし。
 いとたどたどしげにおぼめきたまひて、心ばへあり。
 手一つばかりにてやめたまひつ。
 
 と言って、琴を掻き鳴らしなさる、実にしみじみとぞっとする程である。
 一方では、峰の松風が引き立てるのであろう。
 たいそうおぼつかなく不確かなようにお弾きになって、趣きがある。
 曲目を一つだけでお止めになった。
 
 
 

第二段 薫、八の宮の娘たちの後見を承引

 
   「このわたりに、おぼえなくて、折々ほのめく箏の琴の音こそ、心得たるにや、と聞く折はべれど、心とどめてなどもあらで、久しうなりにけりや。
 心にまかせて、おのおの掻きならすべかめるは、川波ばかりや、打ち合はすらむ。
 論なう、物の用にすばかりの拍子なども、とまらじとなむ、おぼえはべる」とて、「掻き鳴らしたまへ」
 「このあたりに、思いがけなく、時々かすかに弾く箏の琴の音は、会得しているのか、と聞くこともございますが、気をつけて聴くことなどもなく、久しくなってしまったな。
 気の向くままに、それぞれ掻き鳴らすらしいのは、川波だけが合奏するのでしょう。
 もちろん、きちんとした拍子なども、身についてない、と存じます」と言って、「お弾きなさい」
   と、あなたに聞こえたまへど、「思ひ寄らざりし独り言を、聞きたまひけむだにあるものを、いとかたはならむ」とひき入りつつ、皆聞きたまはず。
 たびたびそそのかしたまへど、とかく聞こえすさびて、やみたまひぬめれば、いと口惜しうおぼゆ。
 
 と、あちらに向かって申し上げなさるが、「思いもかけなかった独り琴を、お聞きになった方さえあるのを、とても未熟だろう」と言って引き籠もっては、すっかりお聞きにならない。
 何度もお勧め申し上げなさるが、何かと言い逃れなさって、終わってしまったようなので、とても残念に思われる。
 
   そのついでにも、かくあやしう、世づかぬ思ひやりにて過ぐすありさまどもの、思ひのほかなることなど、恥づかしう思いたり。
 
 この機会にも、このように妙に、世間離れしたように思われて暮らしている様子が、不本意なことだと、恥ずかしくお思いになっていた。
 
   「人にだにいかで知らせじと、はぐくみ過ぐせど、今日明日とも知らぬ身の残り少なさに、さすがに、行く末遠き人は、落ちあふれてさすらへむこと、これのみこそ、げに、世を離れむ際のほだしなりけれ」  「誰にも何とかして知らせまいと、育てて来たが、今日明日とも知れない寿命の残り少なさに、何といっても、将来長い二人が、落ちぶれて流浪すること、これだけが、なるほど、この世を離れる際の妨げです」
   と、うち語らひたまへば、心苦しう見たてまつりたまふ。
 
 と、お話しなさるので、おいたわしく拝見なさる。
 
   「わざとの御後見だち、はかばかしき筋にははべらずとも、うとうとしからず思しめされむとなむ思うたまふる。
 しばしもながらへはべらむ命のほどは、一言も、かくうち出で聞こえさせてむさまを、違へはべるまじくなむ」
 「特別のお後見、はっきりした形ではございませんでも、他人行儀でなくお思いくださっていただきたく存じます。
 少しでも長く生きております間は、一言でも、このようにお引き受け申し上げた旨に、背きますまいと存じます」
   など申したまへば、「いとうれしきこと」と、思しのたまふ。
 
 などと申し上げなさると、「とても嬉しいこと」と、お思いになりおっしゃる。
 
 
 

第三段 薫、弁の君の昔語りの続きを聞く

 
   さて、暁方の、宮の御行ひしたまふほどに、かの老い人召し出でて、会ひたまへり。
 
 そうして、払暁の、宮がご勤行をなさる時に、あの老女を召し出して、お会いになった。
 
   姫君の御後見にてさぶらはせたまふ、弁の君とぞいひける。
 年も六十にすこし足らぬほどなれど、みやびかにゆゑあるけはひして、ものなど聞こゆ。
 
 姫君のご後見として伺候させなさっている、弁の君と言った人である。
 年も六十に少し届かない年齢だが、優雅で教養ある感じがして、話など申し上げる。
 
   故権大納言の君の、世とともにものを思ひつつ、病づき、はかなくなりたまひにしありさまを、聞こえ出でて、泣くこと限りなし。
 
 故大納言の君が、いつもずっと物思いに沈み、病気になって、お亡くなりになった様子を、お話し申し上げて泣く様子はこの上ない。
 
   「げに、よその人の上と聞かむだに、あはれなるべき古事どもを、まして、年ごろおぼつかなく、ゆかしう、いかなりけむことの初めにかと、仏にも、このことをさだかに知らせたまへと、念じつる験にや、かく夢のやうにあはれなる昔語りを、おぼえぬついでに聞きつけつらむ」と思すに、涙とどめがたかりけり。
 
 「なるほど、他人の身の上話として聞くのでさえ、しみじみとした昔話を、それ以上に、長年気がかりで、知りたく、どのようなことの始まりだったのかと、仏にも、このことをはっきりとお知らせ下さいと、祈って来た効があってか、このように夢のようなしみじみとした昔話を、思いがけない機会に聞き付けたのだろう」とお思いになると、涙を止めることができなかった。
 
   「さても、かく、その世の心知りたる人も残りたまへりけるを。
 めづらかにも恥づかしうもおぼゆることの筋に、なほ、かく言ひ伝ふるたぐひや、またもあらむ。
 年ごろ、かけても聞き及ばざりける」とのたまへば、
 「それにしても、このように、その当時の事情を知っている人が生き残っていらっしゃったよ。
 驚きもし恥ずかしくも思われる話について、やはり、このように伝え知っている人が、他にもいるだろうか。
 長年、少しも聞き及ばなかったが」とおっしゃると、
   「小侍従と弁と放ちて、また知る人はべらじ。
 一言にても、また異人にうちまねびはべらず。
 かくものはかなく、数ならぬ身のほどにはべれど、夜昼かの御影に、つきたてまつりてはべりしかば、おのづからもののけしきをも見たてまつりそめしに、御心よりあまりて思しける時々、ただ二人の中になむ、たまさかの御消息の通ひもはべりし。
 かたはらいたければ、詳しく聞こえさせず。
 
 「小侍従と弁を除いて、他に知る人はございませんでしょう。
 一言でも、また他人には話しておりません。
 このように頼りなく、一人前でもない身分でございますが、昼も夜もあの方のお側に、お付き申し上げておりましたので、自然と事の経緯をも拝見致しましたので、お胸に納めかねていらっしゃった時々、ただ二人の間で、たまのお手紙のやりとりがございました。
 恐れ多いことですので、詳しくは存じ上げません。
 
   今はのとぢめになりたまひて、いささかのたまひ置くことのはべりしを、かかる身には、置き所なく、いぶせく思うたまへわたりつつ、いかにしてかは聞こしめし伝ふべきと、はかばかしからぬ念誦のついでにも、思うたまへつるを、仏は世におはしましけり、となむ思うたまへ知りぬる。
 
 ご臨終におなりになって、わずかにご遺言がございましたが、このような身には、処置に窮しまして、気がかりに存じ続けながら、どのようにしてお伝え申し上げたらよいかと、おぼつかない念誦の折にも、祈っておりましたが、仏はこの世にいらっしゃったのだ、と存じられました。
 
   御覧ぜさすべき物もはべり。
 今は、何かは、焼きも捨てはべりなむ。
 かく朝夕の消えを知らぬ身の、うち捨てはべりなば、落ち散るやうもこそと、いとうしろめたく思うたまふれど、この宮わたりにも、時々、ほのめかせたまふを、待ち出でたてまつりてしは、すこし頼もしく、かかる折もやと、念じはべりつる力出でまうで来てなむ。
 さらに、これは、この世のことにもはべらじ」
 御覧入れたい物がございます。
 もう必要がない、いっそ、焼き捨ててしまいましょうか。
 このように朝夕の露のようにいつ消えてしまうかも分からない身の上で、放っておきましたら、他人の目にも触れようかと、とても気がかりに存じておりましたが、この邸辺りにも、時々、お立ち寄りになるのを、お待ち申し上げるようになりましてからは、少し頼もしく、このような機会もあろうかと、祈っておりました効が出て参りました。
 まったく、これは、この世だけの事ではございません」
   と、泣く泣く、こまかに、生まれたまひけるほどのことも、よくおぼえつつ聞こゆ。
 
 と、泣く泣く、こまごまと、お生まれになった時の事も、よく思い出しながら申し上げる。
 
 
 

第四段 薫、父柏木の最期を聞く

 
   「空しうなりたまひし騷ぎに、母にはべりし人は、やがて病づきて、ほども経ず隠れはべりにしかば、いとど思うたまへしづみ、藤衣たち重ね、悲しきことを思うたまへしほどに、年ごろ、よからぬ人の心をつけたりけるが、人をはかりごちて、西の海の果てまで取りもてまかりにしかば、京のことさへ跡絶えて、その人もかしこにて亡せはべりにし後、十年あまりにてなむ、あらぬ世の心地して、まかり上りたりしを、この宮は、父方につけて、童より参り通ふゆゑはべりしかば、今はかう世に交じらふべきさまにもはべらぬを、冷泉院の女御殿の御方などこそは、昔、聞き馴れたてまつりしわたりにて、参り寄るべくはべりしかど、はしたなくおぼえはべりて、えさし出ではべらで、深山隠れの朽木になりにてはべるなり。
 
 「お亡くなりになりました騷ぎで、母でございました者は、そのまま病気になって、まもなく亡くなってしまいましたので、ますますがっかり致し、喪服を重ね重ね着て、悲しい思いを致しておりましたところ、長年、大して身分の良くない男で思いを懸けておりました人が、わたしをだまして、西海の果てまで連れて行きましたので、京のことまでが分からなくなってしまって、その人もあちらで死んでしまいました後、十年余りたって、まるで別世界に来た心地で、上京致しましたが、こちらの宮は、父方の関係で、子供の時からお出入りした縁故がございましたので、今はこのように世間づきあいできる身分でもございませんが、冷泉院の女御様のお邸などは、昔、よくお噂をうかがっていた所で、参上すべく思いましたが、体裁悪く思われまして、参ることができず、深山奥深くの老木のようになってしまったのです。
 
   小侍従は、いつか亡せはべりにけむ。
 そのかみの、若盛りと見はべりし人は、数少なくなりはべりにける末の世に、多くの人に後るる命を、悲しく思ひたまへてこそ、さすがにめぐらひはべれ」
 小侍従は、いつか亡くなったのでございましょう。
 その昔の、若い盛りに見えました人は、数少なくなってしまった晩年に、たくさんの人に先立たれた運命を、悲しく存じられながら、それでもやはり生き永らえております」
   など聞こゆるほどに、例の、明け果てぬ。
 
 などと申し上げているうちに、いつものように、夜がすっかり明けた。
 
   「よし、さらば、この昔物語は尽きすべくなむあらぬ。
 また、人聞かぬ心やすき所にて聞こえむ。
 侍従といひし人は、ほのかにおぼゆるは、五つ、六つばかりなりしほどにや、にはかに胸を病みて亡せにきとなむ聞く。
 かかる対面なくは、罪重き身にて過ぎぬべかりけること」などのたまふ。
 
 「もうよい、それでは、この昔語りは尽きないようだ。
 また、他人が聞いていない安心な所で聞こう。
 侍従と言った人は、かすかに覚えているのは、五、六歳の時であったろうか、急に胸を病んで亡くなったと聞いている。
 このような対面がなくては、罪障の重い身で終わるところであった」などとおっしゃる。
 
 
 

第五段 薫、形見の手紙を得る

 
   ささやかにおし巻き合はせたる反故どもの、黴臭きを袋に縫ひ入れたる、取り出でてたてまつる。
 
 小さく固く巻き合わせた反故類で、黴臭いのを袋に縫い込んであるのを、取り出して差し上げる。
 
   「御前にて失はせたまへ。
 『われ、なほ生くべくもあらずなりにたり』とのたまはせて、この御文を取り集めて、賜はせたりしかば、小侍従に、またあひ見はべらむついでに、さだかに伝へ参らせむ、と思うたまへしを、やがて別れはべりにしも、私事には、飽かず悲しうなむ、思うたまふる」
 「あなた様のお手でご処分なさいませ。
 『わたしは、もう生きていられそうもなくなった』と仰せになって、このお手紙を取り集めて、お下げ渡しになったので、小侍従に、再びお会いしました機会に、確かに差し上げてもらおう、と存じておりましたのに、そのまま別れてしまいましたのも、私事ながら、いつまでも悲しく存じられます」
   と聞こゆ。
 つれなくて、これは隠いたまひつ。
 
 と申し上げる。
 さりげないふうに、これはお隠しになった。
 
   「かやうの古人は、問はず語りにや、あやしきことの例に言ひ出づらむ」と苦しく思せど、「かへすがへすも、散らさぬよしを誓ひつる、さもや」と、また思ひ乱れたまふ。
 
 「このような老人は、問わず語りにも、不思議な話の例として言い出すのだろう」とつらくお思いになるが、「繰り返し繰り返し、他言をしない旨を誓ったのを、信じてよいか」と、再び心が乱れなさる。
 
   御粥、強飯など参りたまふ。
 「昨日は、暇日なりしを、今日は、内裏の御物忌も明きぬらむ。
 院の女一の宮、悩みたまふ御とぶらひに、かならず参るべければ、かたがた暇なくはべるを、またこのころ過ぐして、山の紅葉散らぬさきに参るべき」よし、聞こえたまふ。
 
 お粥や、強飯などをお召し上がりになる。
 「昨日は、休日であったが、今日は、内裏の御物忌も明けたろう。
 冷泉院の女一の宮が、御病気でいらっしゃるお見舞いに、必ず伺わなければならないので、あれこれ暇がございませんが、改めてこの時期を過ごして、山の紅葉が散らない前に参る」旨を、申し上げなさる。
 
   「かく、しばしば立ち寄らせたまふ光に、山の蔭も、すこしもの明らむる心地してなむ」  「このように、しばしばお立ち寄り下さるお蔭で、山の隠居所も、少し明るくなった心地がします」
   など、よろこび聞こえたまふ。
 
 などと、お礼を申し上げなさる。
 
 
 

第六段 薫、父柏木の遺文を読む

 
   帰りたまひて、まづこの袋を見たまへば、唐の浮線綾を縫ひて、「上」といふ文字を上に書きたり。
 細き組して、口の方を結ひたるに、かの御名の封つきたり。
 開くるも恐ろしうおぼえたまふ。
 
 お帰りになって、さっそくこの袋を御覧になると、唐の浮線綾を縫って、「上」という文字を表に書いてあった。
 細い組紐で、口の方を結んである所に、あのお名前の封が付いていた。
 開けるのも恐ろしく思われなさる。
 
   色々の紙にて、たまさかに通ひける御文の返りこと、五つ、六つぞある。
 さては、かの御手にて、病は重く限りになりにたるに、またほのかにも聞こえむこと難くなりぬるを、ゆかしう思ふことは添ひにたり、御容貌も変りておはしますらむが、さまざま悲しきことを、陸奥紙五、六枚に、つぶつぶと、あやしき鳥の跡のやうに書きて、
 色とりどりの紙で、たまに通わしたお手紙の返事が、五、六通ある。
 それには、あの方のご筆跡で、病が重く臨終になったので、再び短いお便りを差し上げることも難しくなってしまったが、会いたいと思う気持ちが増して、お姿もお変わりになったというのが、それぞれに悲しいことを、陸奥国紙五、六枚に、ぽつりぽつりと、奇妙な鳥の足跡のように書いて、
 

630
 「目の前に この世を背く 君よりも
 よそに別るる 魂ぞ悲しき」
 「目の前にこの世をお背きになるあなたよりも
  お目にかかれずに死んで行くわたしの魂のほうが悲しいのです」
 
   また、端に、  また、端のほうに、
   「めづらしく聞きはべる二葉のほども、うしろめたう思うたまふる方はなけれど、  「めでたく聞いております子供の事も、気がかりに存じられることはありませんが、
 

631
 命あらば それとも見まし 人知れぬ
 岩根にとめし 松の生ひ末」
  生きていられたら、それをわが子だと見ましょうが
  誰も知らない岩根に残した松の成長ぶりを」
 
  書きさしたるやうに、いと乱りがはしうて、「小侍従の君に」と上には書きつけたり。
 
 書きさしたように、たいそう乱れた書き方で、「小侍従の君に」と表には書き付けてあった。
 
   紙魚といふ虫の棲み処になりて、古めきたる黴臭さながら、跡は消えず、ただ今書きたらむにも違はぬ言の葉どもの、こまごまとさだかなるを見たまふに、「げに、落ち散りたらましよ」と、うしろめたう、いとほしきことどもなり。
 
 紙魚という虫の棲み処になって、古くさく黴臭いけれど、筆跡は消えず、まるで今書いたものとも違わない言葉が、詳細で具体的に書いてあるのを御覧になると、「なるほど、人目に触れでもしたら大変だった」と、不安で、おいたわしい事どもなのである。
 
   「かかること、世にまたあらむや」と、心一つにいとどもの思はしさ添ひて、内裏へ参らむと思しつるも、出で立たれず。
 宮の御前に参りたまへれば、いと何心もなく、若やかなるさましたまひて、経読みたまふを、恥ぢらひて、もて隠したまへり。
 「何かは、知りにけりとも、知られたてまつらむ」など、心に籠めて、よろづに思ひゐたまへり。
 
 「このような事が、この世に二つとあるだろうか」と、胸一つにますます煩悶が広がって、内裏に参ろうとお思いになっていたが、お出かけになることができない。
 母宮の御前に参上なさると、まったく無心に、若々しいご様子で、読経していらっしゃったが、恥ずかしがって、身をお隠しになった。
 「どうして、秘密を知ってしまったと、お気づかせ申そう」などと、胸の中に秘めて、あれこれと考え込んでいらっしゃった。
 
 
 

【出典】

 
  出典1 世の憂き目見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ(古今集雑下-九五五 物部吉名)(戻)  
  出典2 君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る(古今集春上-三八 紀友則)(戻)  
  出典3 いづこにか世をば厭はむ心こそ野にも山にも惑ふべらなれ(古今集雑下-九四七 素性法師)(戻)  
  出典4 月読みの光に来ませ足引きの山重なりて遠からなくに(古今六帖五-二八四一)(戻)  
  出典5 雁の来る峰の朝霧晴れずのみ思ひ尽きせぬ世の中の憂さ(古今集雑下-九三五 読人しらず)(戻)  
  出典6 わが庵は都の巽しかぞ住む世を宇治山と人は言ふなり(古今集雑下-九八三 喜撰法師)(戻)  
  出典7 おほかたのわが身一つの憂きからになべての世をも恨みつるかな(拾遺集恋五-九五三 紀貫之)(戻)  
  出典8 優婆塞が行ふ山の椎が本あなそばそばし床にしあらねば(宇津保物語-嵯峨院二一二)(戻)  
  出典9 主知らぬ香こそ匂へれ秋の野に誰が脱ぎかけし藤袴ぞも(古今集秋上-二四一 素性法師)(戻)  
  出典10 月隠重山兮 *[*=敬+手]扇喩之 風息大虚兮 動樹教之(和漢朗詠集下-五八七)(戻)  
  出典11 思ひやる心ばかりは障らじを何隔つらむ峰の白雲(後撰集離別-一三〇六 橘直幹)(戻)  
  出典12 さむしろに衣片敷き今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫(古今集恋四-六八九 読人しらず)(戻)  
  出典13 さす棹の雫に濡るる袖ゆゑに身さへ浮きても思ほゆるかな(源氏釈所引-出典未詳)(戻)  
  出典14 梅の花立ち寄るばかりありしより人のとがむる香にぞしみぬる(古今集春上-三五 読人しらず)(戻)  
  出典15 琴の音に峰の松風かよふらしいづれの緒より調べそめけむ(拾遺集雑上-四五一 斎宮女御)(戻)  
  出典16 形こそ深山隠れの朽ち木なれ心は花になさばなりなむ(古今集雑上-八七五 兼芸法師)(戻)  
  出典17 声をだに聞かで別るる魂よりもなき床に寝む君ぞ悲しき(古今集哀傷-八五八 読人しらず)(戻)  
 
 

【校訂】

 
  備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△  
  校訂1 いとうつくしう--(/+いとうつくしう)(戻)  
  校訂2 生ひ先見えて--おいさき見えておいさき見えて(おいさき見えて<後出>/$)(戻)  
  校訂3 思ほし--お(お/+も)ほし(戻)  
  校訂4 とて--とく(く/$て)(戻)  
  校訂5 若き--わかきわかき(わかき<前出>/$)(戻)  
  校訂6 御消息--御せうそと(と/$こ)(戻)  
  校訂7 したたかに--した(た/+た)かゝ(ゝ/$)に(戻)  
  校訂8 こちごちしかる--(/+こ)ちこ(こ/$)/\しかる(戻)  
  校訂9 ものし--(/+も)のし(戻)  
  校訂10 この聞こえ--このきみも(みも/$こえ)(戻)  
  校訂11 果て果ては--はや(はや/$)はて/\は(戻)  
  校訂12 のみこそ--のみなん(なん/$)こそ(戻)  
  校訂13 たるに--たるを(を/$に)(戻)  
  校訂14 つき--つきつき(つき<後出>/$)(戻)  
  校訂15 知りにけり--しりにき(き/$けり)(戻)  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)明融臨模本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。
 明融本は、定家自筆本とほぼ同等に扱われているという。