古事記 天語歌①三重の采女~原文対訳

金鉏岡の歌 古事記
下巻⑥
21代 雄略天皇
天語歌①
天語歌②
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

三重の采女(うねめ)

     
又天皇。  また天皇、  また天皇が

長谷之
百枝槻下。
長谷の
百枝槻ももえつきの下に
ましまして、
長谷の
槻の大樹の下に
おいでになつて
爲豐樂之時。 豐の樂あかりきこしめしし時に、 御酒宴を遊ばされました時に、
伊勢國之
三重婇。
伊勢の國の
三重の婇うねめ
伊勢の國の
三重から出た采女うねめが
指擧
大御盞
以獻。
大御盞おほみさかづきを
捧げて
獻りき。
酒盃さかずきを
捧げて
獻りました。
     
爾其
百枝槻葉落
浮於大御盞。
ここにその
百枝槻の葉落ちて、
大御盞に浮びき。
然るにその
槻の大樹の葉が落ちて
酒盃に浮びました。
其婇
不知
落葉
浮於盞。
その婇
落葉の
御盞みさかづきに浮べるを
知らずて、
采女は
落葉が
酒盃に浮んだのを
知らないで
猶獻
大御酒。
なほ大御酒
獻りけるに、
大御酒おおみきを
獻りましたところ、
     
天皇。 天皇、 天皇は
看行。
其浮盞之葉。
その御盞に浮べる葉を
看そなはして、
その酒盃に浮んでいる葉を
御覽になつて、
打伏其婇。 その婇を打ち伏せ、 その采女を打ち伏せ
以刀刺充其頸。 御佩刀はかしをその頸に刺し當てて、 御刀をその頸に刺し當てて
將斬之時。 斬らむとしたまふ時に、 お斬り遊ばそうとする時に、
     

天語①:神への陳情(みなコロコロしてます)

     
其婇
白天皇。
その婇
天皇に白して曰さく、
その采女が
天皇に申し上げますには
曰莫殺吾身。 「吾が身をな殺したまひそ。 「わたくしをお殺しなさいますな。
有應白事。 白すべき事あり」とまをして、 申すべき事がございます」と言つて、
即歌曰。 すなはち歌ひて曰ひしく、 歌いました歌、
     
麻岐牟久能 纏向まきむくの 纏向まきむくの
比志呂乃美夜波 日代ひしろの宮は、 日代ひしろの宮は
阿佐比能 比傳流美夜 朝日の 日照でる宮。 朝日の照り渡る宮、
由布比能 比賀氣流美夜 夕日の 日陰がける宮。 夕日の光のさす宮、
多氣能泥能 泥陀流美夜 竹の根の 根足ねだる宮。 竹の根のみちている宮、
許能泥能 泥婆布美夜 木この根ねの 根蔓ねばふ宮。 木の根の廣がつている宮です。
夜本爾余志 八百土やほによし  多くの土を築き堅めた宮で、
伊岐豆岐能美夜 い杵築きづきの宮。 りつぱな材木の檜ひのきの御殿です。
     
麻紀佐久 ま木きさく  
比能美加度 日の御門、  
     
爾比那閇夜爾 新嘗屋にひなへやに その新酒をおあがりになる御殿に
淤斐陀弖流 生ひ立だてる 生い立つている
毛毛陀流 都紀賀延波 百足だる 槻つきが枝えは、 一杯に繁つた槻の樹の枝は、
本都延波 阿米袁淤幣理 上ほつ枝えは 天を負おへり。 上の枝は天を背おつています。
那加都延波 阿豆麻袁淤幣理 中つ枝は 東あづまを負へり。 中の枝は東國を背おつています。
志豆延波 比那袁於幣理 下枝しづえは 鄙ひなを負へり。 下の枝は田舍いなかを背おつています。
     
本都延能 延能宇良婆波 上ほつ枝えの 枝えの末葉うらばは その上の枝の枝先の葉は
那加都延爾 淤知布良婆閇 中つ枝に 落ち觸らばへ、 中の枝に落ちて觸れ合い、
那加都延能 延能宇良婆波 中つ枝の 枝の末葉は 中の枝の枝先の葉は
斯毛都延爾 淤知布良婆閇 下しもつ枝に 落ち觸らばへ、 下の枝に落ちて觸れ合い、
斯豆延能 延能宇良婆波 下しづ枝の 枝の末葉は 下の枝の枝先の葉は、
     
阿理岐奴能 美幣能古賀 あり衣ぎぬの 三重の子が 衣服を三重に著る、 その三重から來た子の
佐佐賀世流 捧ささがせる  捧げている
美豆多麻宇岐爾 瑞玉盃みづたまうきに りつぱな酒盃さかずきに
宇岐志阿夫良 浮きし脂あぶら 浮いた脂あぶらのように
淤知那豆佐比 落ちなづさひ、 落ち漬つかつて、
美那許袁呂許袁呂爾 水みなこをろこをろに、 水音もころころと、
許斯母 こしも これは
阿夜爾加志古志 あやにかしこし。 誠に恐れ多いことでございます。
     
多加比加流 比能美古 高光る日の御子。 尊い日の御子樣。
許登能 事の 事の
加多理碁登母 語りごとも 語り傳えは
許袁婆 こをば。 かようでございます。
     
故獻此歌者。  かれこの歌を獻りしかば、  この歌を獻りましたから、
赦其罪也。 その罪を赦したまひき。 その罪をお赦しになりました。
金鉏岡の歌 古事記
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天語歌①
天語歌②