古事記~カグツチ(迦具土) 原文対訳

神生み③ 古事記
上巻 第一部
イザナギとイザナミ
カグツチ(迦具土)
黄泉①
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)
故爾
伊邪那岐命
詔之。
 かれここに
伊耶那岐の命の
詔のりたまはく、
 そこで
イザナギの命の
仰せられるには、
愛我那邇妹
命乎。
〈那邇二字
以音下效此〉
「愛うつくしき
我あが汝妹なにも
の命を、
「わたしの
最愛の妻を
謂易
子之一木乎。
子の一木ひとつけに
易かへつるかも」
とのりたまひて、
一人の子に
代えたのは殘念だ」
と仰せられて、
乃匍匐
御枕方。
御枕方みまくらべに
匍匐はらばひ
イザナミの命の
枕の方や
匍匐
御足方而。
御足方みあとべに
匍匐ひて、
足の方に
這はい臥ふして
哭時。 哭なきたまふ時に、 お泣なきになつた時に、
於御淚
所成神。
御涙に
成りませる神は、
涙で
出現した神は
坐香山之
畝尾
木本。
香山かぐやまの
畝尾うねをの
木のもとにます、
香具山の
麓の小高い處の
木の下においでになる

泣澤女神。
名は
泣澤女
なきさはめの神。
泣澤女
なきさわめの神です。
     

其所神避之
伊邪那美神者。
かれ
その神避りたまひし
伊耶那美の神は、
この
お隱れになつた
イザナミの命は

出雲國與
伯伎國

比婆之山也。
出雲の國と
伯伎ははきの國との
堺なる
比婆ひばの山に
葬をさめまつりき。
出雲いずもの國と
伯耆ほうきの國との
境にある
比婆ひばの山に
お葬り申し上げました。
     
於是
伊邪那岐命。
ここに
伊耶那岐の命、
 ここに
イザナギの命は、
拔所
御佩之
十拳劔斬
其子
迦具土神之頸。
御佩みはかしの
十拳とつかの劒を拔きて、
その子
迦具土かぐつちの神の
頸くびを斬りたまひき。
お佩はきになつていた
長い劒を拔いて
御子みこの
カグツチの神の
頸くびをお斬りになりました。
     
爾著
其御刀
前之血。
ここに
その御刀みはかしの
前さきに著ける血、
その劒の先に
ついた血が
走就
湯津石村。
湯津石村
ゆついはむらに
走たばしりつきて
清らかな巖いわおに
走りついて
所成神名
石拆神。
成りませる神の名は、
石拆いはさくの神。
出現した神の名は、
イハサクの神、

根拆神。
次に
根拆
ねさくの神。
次に
ネサクの神、

石筒之男神。
次に
石筒
いはづつの男をの神。
次に
イハヅツノヲの神
であります。
〈三神〉    
     
次著
御刀本血亦
走就
湯津石村。
次に
御刀の本に著ける血も、
湯津石村に
走りつきて
次に
その劒のもとの方についた血も、
巖に
走りついて
所成神名。 成りませる神の名は、 出現した神の名は、
甕速日神。 甕速日
みかはやびの神。
ミカハヤビの神、

樋速日神。
次に樋速日
ひはやびの神。
次に
ヒハヤビの神、

建御雷之男神。
次に
建御雷
たけみかづちの男をの神。
次に
タケミカヅチノヲの神、
亦名
建布都神。
〈布都二字
以音下效此〉
またの名は
建布都
たけふつの神、
またの名を
タケフツの神、
亦名
豐布都神。
〈三神〉
またの名は
豐布都
とよふつの神三神。
またの名を
トヨフツの神
という神です。
     

集御刀之
手上血。
次に
御刀の手上たがみに
集まる血、
次に
劒の柄に
集まる血が
自手俣
漏出。
手俣たなまたより
漏くき出でて
手のまたから
こぼれ出して
所成神名。
〈訓漏云久伎〉
成りませる
神の名は、
出現した
神の名は
闇淤加美神。
〈淤以下三字
以音下效此〉
闇淤加美
くらおかみの神。
クラオカミの神、

闇御津羽神。
次に
闇御津羽
くらみつはの神。
次に
クラミツハの神
であります。
     
上件 (上の件、 以上
自石拆神以下。 石拆の神より下、 イハサクの神から
闇御津羽神
以前。
闇御津羽の神
より前、
クラミツハの神まで
并八神者。 并はせて八神は、 合わせて八神は、
因御刀所
生之神者也。
御刀に因りて
生りませる神なり。)
御劒によつて
出現した神です。
     
所殺
迦具土神之於
 殺さえたまひし
迦具土かぐつちの神の
 殺されなさいました
カグツチの神の、
頭所
成神名。
頭に
成りませる神の名は、
頭に
出現した神の名は
正鹿山〈上〉
津見神。
正鹿山津見
まさかやまつみの神。
マサカヤマ
ツミの神、

於胸所
成神名。
次に
胸に
成りませる神の名は、
胸に
出現した神の名は
淤縢山
津見神。
〈淤縢二字
以音〉
淤縢山津見
おとやまつみの神。
オトヤマ
ツミの神、

於腹所
成神名。
次に
腹に
成りませる神の名は、
腹に
出現した神の名は
奧山〈上〉
津見神。
奧山津見
おくやまつみの神。
オクヤマ
ツミの神、

於陰所
成神名。
次に
陰ほとに
成りませる神の名は、
御陰みほとに
出現した神の名は
闇山
津見神。
闇山津見
くらやまつみの神。
クラヤマ
ツミの神、

於左手所
成神名。
次に
左の手に
成りませる神の名は、
左の手に
出現した神の名は
志藝山
津見神。
志藝山津見
しぎやまつみの神。
シギヤマ
ツミの神、
〈志藝二字
以音〉
   

於右手所
成神名。
次に
右の手に
成りませる神の名は、
右の手に
出現した神の名は
羽山
津見神。
羽山津美
はやまつみの神。
ハヤマ
ツミの神、

於左足所
成神名。
次に
左の足に
成りませる神の名は、
左の足に
出現した神の名は
原山
津見神。
原山津見
はらやまつみの神。
ハラヤマ
ツミの神、

於右足所
成神名。
次に
右の足に
成りませる神の名は、
右の足に
出現した神の名は
戶山
津見神。
戸山津見
とやまつみの神。
トヤマ
ツミの神であります。
     
〈自
正鹿山津見神。
(正鹿山津見の神より マサカヤマ
ツミの神から

戶山津見神。
戸山津見の神まで トヤマ
ツミの神まで
并八神〉 并はせて八神。) 合わせて八神です。
     
故所斬之
刀名。
かれ斬りたまへる
刀の名は、
そこでお斬りになつた
劒の名は

天之尾羽張。
天の尾羽張をはばり
といひ、
アメノヲハバリ
といい、
亦名謂。 またの名は またの名は
伊都之尾羽張
〈伊都二字以音〉
伊都いつの尾羽張
といふ。
イツノヲハバリ
ともいいます。
神生み③ 古事記
上巻 第一部
イザナギとイザナミ
カグツチ(迦具土)
黄泉①