枕草子124段 はづかしきもの

暑げなる 枕草子
上巻下
124段
はづかしき
むとくなる

(旧)大系:124段
新大系:119段、新編全集:120段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:128段
 


 
 はづかしきもの 色好む男の心の内。いざとき夜居の僧。みそか盗人の、さるべきものの隈々にゐて見るらむをば、誰かは知る。くらきまぎれに、ふところに物などひき入るる人もあらむかし。そはしもおなじ心に、をかしとや思ふらむ。
 

 夜居の僧は、いとはづかしきものなり。わかき人々集まりゐて、人の上をいひわらひ、そしりにくみもするを、つくづくと聞き集むらむ、心のうちはづかし。
 「あなうたて、かしがまし」など、大人びたる人のけしきばみいふをも聞き入れず、いひいひのはては、みなうち解けて寝入りぬる、後もはづかし。
 

 男は、うたて思ふさまならず、もどかしう、心づきなきことなどありと見れど、さしむかひたるほどは、うちすかして思はぬことをもいひ頼むるこそ、はづかしきわざなれ。
 まして、情けあり、好ましう、人に知られなどしたる人は、おろかなりと思はすべうももてなさずかし。心のうちにのみならず、またみな、これがことをばかれにいひ、かれが事をばこれにいひ、かたみに聞かすべかめるを、我がことをば知らで、かう語るは、なほ人よりはこよなきなめりとや思ふらむ、と思ふこそはづかしけれ。
 いで、されば、すこしも思ふ人にあへば、心はかなきなめりと見ゆることもあるぞ、はづかしうもあらぬかし。いみじうあはれに、心苦しう、見すてがたき事などを、いささかなにとも思はぬも、いかなる心ぞとこそあさましけれ。さすがに人の上をばもどき、ものをいとよういふよ。ことにたのもしき人もなき宮仕人などをかたらひて、ただならずなりぬるありさまなどをも知らでやみぬるよ。