伊勢物語 68段:住吉の浜 あらすじ・原文・現代語訳

第67段
花の林
伊勢物語
第三部
第68段
住吉の浜
第69段
狩の使

 
 目次
 

 ・あらすじ(大意)
 

 ・原文対照
 

 ・現代語訳(逐語解説)
 
  降りゐつゝ 春のうみべ 
 
 
 
 

あらすじ

 
 
 昔男が、和泉住吉に行く。住吉の郡・里・浜とかけ、クリ浜として浜の貝を導く。
 ある人がその浜にかけ歌を詠めというので、
 

 雁鳴きて 菊の花さく秋はあれど 春の海辺に 住吉の浜
 

 雁と貝をかけ、鳴きとあれどを対照し、春の海辺に無きと解く。
 その心は、花がないのに歌っても甲斐なくない?
 

 と詠めば、他の人は何も詠まなかった。
 (それで、あ~不甲斐ないと)
 
 こういう時ボケて明るくするのが、あの有名な「ナニワズ」の心でないの?
 あ、チミたちナニワ出身じゃなかった?
 ナニ?「違う、そうじゃない」? 
 ナニワズじゃなくて坊ズです、なんつって。
 
 だめだこりゃ。流れ悪いわ。潮時だわ。
 
 
 
 

原文対照

男女
及び
和歌
定家本 武田本
(定家系)
朱雀院塗籠本
(群書類従本)
  第68段 住吉の浜
   
 むかし、男、  むかし、おとこ、  昔男。
  和泉の国へいきにけり。 いづみのくにへいきけり。 いづみの國にいきけり。
  住吉の郡、 すみよしのこほり、 つの國住よしのこほり
  住吉の里、 すみよしのさと、 すみよしの里
  住吉の浜を行くに、 すみよしのはまをゆくに、 のはまゆくに。
  いとおもしろければ、降りゐつゝ行く。 いとおもしろければ、おりゐつゝゆく。 いとおもしろければおりゐつゝ。
 
  ある人が住吉の浜と詠めと言ふ。 ある人、すみよしのはまとよめといふ。 ある人すみよしのはまとよめといふに。
 

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 雁鳴きて
 菊の花さく秋はあれど
 鴈なきて
 菊の花さく秋はあれど
 鴈なきて
 菊の花さく秋はあれと
  春のうみべに
  住吉の浜
  はるのうみべに
  すみよしのはま
  春は海へに
  住吉の濱
 
  と詠めりければ、 とよめりければ、 とよめりければ。
  みな人は詠まずなりけり。 みな人々よまずなりにけり。 みな人よまずなりにけり。
   

現代語訳

 
 

降りゐつゝ

 

むかし、男、和泉の国へいきにけり。
住吉の郡、住吉の里、住吉の浜を行くに、いとおもしろければ、降りゐつゝ行く。

 
 
むかし男
 

和泉の国へいきにけり
 
 和泉:大阪南部。堺を境に左下。
 
 ここでは、前段とつなげて二月の頃。
 

住吉の郡

住吉の里

住吉の浜を行くに
 
 郡は里の上のくくりだが、ここではクリ浜として貝にかける。
 もちろん、クリは貝の暗示。潮で濡れるところね。
 

いとおもしろければ
 お~おもしろいね(ウマいね)となって。
 

降(お)りゐつゝ行く
 折々降りながら行く。
(原文の比較から原語は「おりいて」。時々馬から下りて歩く。うまいねというから馬去ね、いや色々無理あるって。なんで時々。
 山の方から下ってきたという意味もある)
 
 

春のうみべ

 

ある人が住吉の浜と詠めと言ふ。
 
雁鳴きて 菊の花さく 秋はあれど
 春のうみべに 住吉の浜
 
と詠めりければ、みな人は詠まずなりけり。

 
 
ある人が住吉の浜と詠めと言ふ
 ある人が住吉の浜にかけて歌を詠めという。
 
 お~無茶ぶり。気安く言ってくれるねと。
 

雁鳴きて 菊の花さく秋はあれど
 雁鳴きと 菊花の秋はあるが、
 

春のうみべに 住吉の浜
 春の海辺にナキとかけ、住吉の浜ととく。
 
 その心は、同じ彼岸でも貝(甲斐)ねえなあ~。男ばっかで歌っても花ないじゃん。よしなはれ。
 (前段。今は春の雪の時。いちお、春秋と浜と菊花で彼岸花にかけてるの。当然ですけど。
 加えて菊花で、前段の「この世」と「みつ」の舟を三途とかけた解釈を裏づける。世の憂い? うーん、そこまで何となくで詠んでないからね)
 

と詠めりければ
 と読めば
 

みな人は詠まずなりけり
 シーンとなって、他の人はだーれも詠まなかった。これが不甲斐ないってか。
 せめて「お~!」と言って欲しい。あーあ。なんで読めてないのにしったかするかな。実力あるならともかく。謙虚でなきゃ進歩はないでしょ。
 新しい知見を取り入れ精度を上げていくことが進歩。前提がおかしいよくわからん他人の解釈に、延々しがみついてもしょうがない。
 古典の歌の理解のハードルが、ばかでもわかるほど安易なわけない。古典とは超一流という意味。だから残っているんでしょうが。
 短いから入門に良い? まるっきり逆。まるで業平のように浅はか。