徒然草144段 栂尾の上人:原文

人の終焉 徒然草
第四部
144段
栂尾の上人
御随身

 
 栂尾の上人、道を過ぎ給ひけるに、河にて馬洗ふ男、「あしあし」と言ひければ、上人立ち止まりて、「あな尊や。宿執開発の人かな。阿字阿字と唱ふるぞや。いかなる人の御馬ぞ。余りに尊く覚ゆるは」と尋ね給ひければ、「府生殿の御馬に候ふ」と答へけり。
「こはめでたき事かな。阿字本不生にこそあなれ。うれしき結縁をもしつるかな」とて感涙を拭はれけるとぞ。