竹取物語~大伴御行

 
 「大伴御行の大納言は」〔510〕から、「世にあはぬ事をば、あなたへがたとはいひ始めける」〔681〕まで。
 
 

 目次
 
 ・概要 ・本文
 
 

概要

 
 
 かぐや姫、大伴大納言には、「龍(たつ)の首に五色に光る玉あり。それをとりて給へ」〔158〕という。
 
 

本文

     
 文章
 番号
竹取物語
(國民文庫)
竹とりの翁物語
(群書類從)
     
〔510〕 大伴御行の大納言は、 大友(伴イ)の御ゆきの大納言は。
〔511〕 我家にありとある人を召し集めての給はく、 我家に有とある人めしあつめての給はく。
〔512〕 「龍(たつ)の首に
五色の光ある玉あンなり。
龍の首に
五色の光ある玉あなり。
〔513〕 それをとり奉りたらん人には、 それとりてたてまつりたらん人には。
〔514〕 願はんことをかなへん。」
との給ふ。
ねがはん事をかなへん
とのたまふ。
     
〔515〕 男(をのこ)ども
仰の事を承りて申さく、
男ども
仰の事を承て申さく。
〔516〕 「仰のことはいとも尊(たふと)し。 仰の事はいともたうとし。
〔517〕 たゞしこの玉容易(たはやす)くえとらじを、 但此玉たはやすくえとらじを。
〔518〕 况や龍の首の玉は
いかゞとらん。」と申しあへり。
いはんや龍の首の玉は
いかゞとらむと申あへり。
     
〔519〕 大納言のたまふ、 大納言のたまふ。
〔520〕 「君の使といはんものは、 てん[きみイ]の使といはんものは。
〔521〕 『命を捨てゝも
己(おの)が君の仰事をば
命をすてゝも
をのが君の仰ごとをば。
〔522〕 かなへん。』
とこそ思ふべけれ。
かなへん
とこそおもは[ふイ]べけれ。
〔523〕 この國になき
天竺唐土の物にもあらず、
此國になき
天竺唐の物にもあらず。
〔524〕 この國の海山より
龍はおりのぼるものなり。
此國の海山より
龍はおりのぼるもの也。
〔525〕 いかに思ひてか いかに思ひてか。
〔526〕 汝等難きものと申すべき。」 なんぢらかたき物と申べき。
     
〔527〕 男ども申すやう、 をのこども申やう。
〔528〕 「さらばいかゞはせん。 さらばいかがはせむ。
〔529〕 難きものなりとも、 かたき事(ものイ)成とも。
〔530〕 仰事に從ひてもとめにまからん。」と申す。 仰ごとに隨てもとめにまからむと申に。
     
〔531〕 大納言見笑ひて、 大納言見わらひて。
〔532〕 「汝等君の使と名を流しつ。 なんぢらが君の使と名をながしつ。
〔533〕 君の仰事をばいかゞは背くべき。」
との給ひて、
君のおほせごとをば如何は背くべき
との給ひて。
〔534〕 龍の首の玉とりにとて出したて給ふ。 龍の首の玉取にとて出し立給ふ。
     
     
〔535〕 この人々の 此人々の。
〔536〕 道の糧・食物に、 みちのかてくひ物に。
〔537〕 殿のうちの絹・綿・錢など とののうちのきぬ。
〔538〕   わた。
〔539〕   ぜに(銭)など。
〔540〕 あるかぎりとり出でそへて遣はす。 ある限取出てそへてつかはす。
     
〔541〕 この人々ども、歸るまでいもひをして
「我は居らん。
此人どもの歸るまでいもゐをして
我はをらん。
〔542〕 この玉とり得では家に歸りくな。」
との給はせけり。
此玉取えでは家にかへりくな
とのたまはせけり。
     
〔543〕 「おの\/仰承りて罷りいでぬ。 各仰承て罷ぬ。
〔544〕 龍の首の玉とり得ずは歸りくな。」
との給へば、
たつのかしらの玉とりえずばかへりくな
とのたまへば。
〔545〕 いづちも\/
足のむきたらんかたへいなんとす。
いづちも〳〵
足のむきたらんかたへゆか(いなイ)んとす。
〔546〕 かゝるすき事をし給ふことゝそしりあへり。 かゝるすき事をし給ふ事と誹りあへり。
     
〔547〕 賜はせたる物は
おの\/分けつゝとり、
たまはら[イ无]せたる物
各分つゝとる。
〔548〕 或あるは己が家にこもりゐ、 或はをのが家に籠り居。
〔549〕 或はおのがゆかまほしき所へいぬ。 或はをのがゆかまほしき所へいぬ。
〔550〕 「親・君と申すとも、
かくつきなきことを仰せ給ふこと。」と、
親君と申とも
かくつきなき事をの(仰イ)給ふ事と。
〔551〕 ことゆかぬものゆゑ、 ことゆかぬ・[ものイ]ゆへ。
〔552〕 大納言を謗りあひたり。 大納言をそしりあひたり。
     
     
〔553〕 「かぐや姫すゑんには、 かぐや姫すへんには。
〔554〕 例のやうには見にくし。」との給ひて、 れいやうには見にくしとの給ひて。
〔555〕 麗しき屋をつくり給ひて、 うるはしき屋を作り給ひて。
〔556〕 漆を塗り、 うるしをぬり。
〔557〕 蒔繪をし、いろへしたまひて、 蒔繪し給ひて。
〔558〕 屋の上には糸を染めて
いろ\/に葺かせて、
屋のうへにはいとをそめて
いろ〳〵ふかせて。
〔559〕 内々のしつらひには、 內々のしつらひには。
〔560〕 いふべくもあらぬ綾織物に繪を書きて、
間ごとにはりたり。
いふべくもあらぬ綾織物に繪を書て
まごと(間每)にはりたり。
     
〔561〕 もとの妻どもは去りて、 もとのめどもは。
〔562〕 「かぐや姫を必ずあはん。」とまうけして、 かぐや姫を必あはんまふけして。
〔563〕 獨明し暮したまふ。 獨明しくらし給ふ。
     
〔564〕 遣しゝ人は夜晝待ち給ふに、 つかひし人は夜晝待給ふに。
〔565〕 年越ゆるまで音もせず、 年越るまで音もせず。
〔566〕 心もとながりて、 心もとなく(かりイ)て。
〔567〕 いと忍びて、 いと忍て。
〔568〕 たゞ舍人二人召繼として ただ舍人二人召付として。
〔569〕 やつれ給ひて、 やつれ給ひ・[てイ]。
〔570〕 難波の邊(ほとり)におはしまして、
問ひ給ふことは、
難波の邊におはしまして
問給ふ事は。
〔571〕 「大伴大納言の人や、 大友(伴イ)の大納言どのの人や。
〔572〕 船に乘りて龍殺して、 ふねに乘て龍ころして。
〔573〕 そが首の玉とれるとや聞く。」 其首の玉とれるとや聞と。
〔574〕 と問はするに、 とはするに。
     
〔575〕 船人答へていはく、 舟人こたへていはく。
〔576〕 「怪しきことかな。」と笑ひて、 あやしき事哉とわらひて。
〔577〕 「さるわざする船もなし。」と答ふるに、 さるわざするふねもなしと答るに。
     
〔578〕 「をぢなきことする船人にもあるかな。 おぢなき事する船人にもある哉。
〔579〕 え知らでかくいふ。」とおぼして、 得しらでかく云とおぼして。
〔580〕 「我弓の力は、 我ゆみの力は。
〔581〕 龍あらば
ふと射殺して首の玉はとりてん。
龍あらば
ふといころして首の玉は(いイ)とりてん。
〔582〕 遲く來るやつばらを待たじ。」との給ひて、 をそくくるやつばらをまたじとの給ひて。
     
〔583〕 船に乘りて、
海ごとにありき給ふに、
船にのりて
海ごとにありき給ふに。
〔584〕 いと遠くて、 いと遠くて。
〔585〕 筑紫の方の海に漕ぎいで給ひぬ。 筑紫のかたの海に漕出給ひぬ。
     
     
〔586〕 いかゞしけん、 いかゞしけむ。
〔587〕 はやき風吹きて、 はやき風吹て。
〔588〕 世界くらがりて、 世界くらがりて。
〔589〕 船を吹きもてありく。 船を吹もてありく。
〔590〕 いづれの方とも知らず、 いづれのかたともしらず。
〔591〕 船を海中にまかり入りぬべくふき廻して、 舟を海中にまかり入ぬべく吹まはして。
〔592〕 浪は船にうちかけつゝまき入れ、 波は船に打かけつゝまき入。
〔593〕 神は落ちかゝるやうに閃きかゝるに、 神はおちかゝるやうにひらめきかゝるに。
〔594〕 大納言は惑ひて、 大納言はまどひて。
〔595〕 「まだかゝるわびしきめハ見ず。 まだかゝる佗しさめ・[はイ]みず。
〔596〕 いかならんとするぞ。」との給ふ。 いかならんとするぞとのたまふ。
     
〔597〕 楫取答へてまをす、 梶とりこたへて申。
〔598〕 「こゝら船に乘りてまかりありくに、 こゝら舟にのりてまかりありくに。
〔599〕 まだかくわびしきめを見ず。 まだかく侘しきめを見ず。
〔600〕 御(み)船海の底に入らずは
神落ちかゝりぬべし。
御船海のそこにいらば
神おちかゝりぬべし。
〔601〕 もしさいはひに神の助けあらば、
南海にふかれおはしぬべし。
もし幸に神のたすけあらば
南海にふかれおはしぬベし。
〔602〕 うたてある
主(しう)の御(み)許に
仕へ奉(まつ)りて、
うたてある
主のみもとに
つかふまつりて。
〔603〕 すゞろなる死(しに)を
すべかンめるかな。」
とて、楫取なく。
すゞろなるしにを
すベかめるかな
とかぢとりなく。
     
〔604〕 大納言これを聞きての給はく、 大納言是を聞ての給く。
〔605〕 「船に乘りては
楫取の申すことをこそ
高き山ともたのめ。
船に乘ては
梶とりの申ことをこそ
高き山ともたのめ。
〔606〕 などかくたのもしげなきことを申すぞ。」
と、あをへどをつきての給ふ。
などかくたのもしげなき事を申ぞ
とあをへどをつきての給ふ。
     
〔607〕 楫取答へてまをす、 かぢ取答て申。
〔608〕 「神ならねば
何業をか仕(つかうまつ)らん。
神ならねば
何わざをかつかふまつらむ。
〔609〕 風吹き浪はげしけれども、 風吹波はげしけれども。
〔610〕 神さへいたゞきに
落ちかゝるやうなるは、
神さへいたゞきに
おちかゝるやうなるは。
〔611〕 龍を殺さんと
求め給ひさぶらへばかくあンなり。
辰を殺さんと
救[求イ]給ふ故にある也。
〔612〕 はやても龍の吹かするなり。 はやても龍のふかするなり。
〔613〕 はや神に祈り給へ。」といへば、 はや神にいのり給へといふ。
     
〔614〕 「よきことなり。」とて、 よき事也とて。
〔615〕 「楫取の御(おん)神聞しめせ。 梶とりの御神きこしめせ。
〔616〕 をぢなく心幼く をと[ちイ]なく心おさなく。
〔617〕 龍を殺さんと思ひけり。 龍をころさむと思ひけり。
〔618〕 今より後は 今より後は。
〔619〕 毛一筋をだに
動し奉らじ。」と、
けのすぢ(ゑイ)一すぢをだに
うごかしたてまつらじと。
〔620〕 祝詞(よごと)をはなちて、 よごとをはなちて。
〔621〕 立居なく\/呼ばひ給ふこと、 たちゐなく〳〵よばひ給ふこと。
〔622〕 千度(ちたび)ばかり
申し給ふけにやあらん、
千度ばかり
申給ふけにやあらん。
〔623〕 やう\/神なりやみぬ。 漸々神なりやみ。
〔624〕 少しあかりて、 すこし光て。
〔625〕 風はなほはやく吹く。 風は猶はやく吹。
     
〔626〕 楫取のいはく、 梶取のいはく。
〔627〕 「これは龍のしわざにこそありけれ。 是はたつのしわざにこそありけれ。
〔628〕 この吹く風はよき方の風なり。 此吹風はよき方の風也。
〔629〕 あしき方の風にはあらず。 惡敷かたのかぜにはあらず。
〔630〕 よき方に赴きて吹くなり。」といへども、 よき方へおもむきて吹なりといへども。
〔631〕 大納言は是を聞き入れ給はず。 大納言は是を聞入給はず。
     
     
〔632〕 三四日(みかよか)ありて
吹き返しよせたり。
三四日ふきて
吹かへしよせたり。
〔633〕 濱を見れば、
播磨の明石の濱なりけり。
濱をみれば
播磨のあかしの濱なり鳧。
〔634〕 大納言
「南海の濱に吹き寄せられたるにやあらん。」
と思ひて、
大納言
南海の濱に吹よせられたるにやあらむ
とおもひて。
〔635〕 息つき伏し給へり。 いきつきふし給へり。
     
〔636〕 船にある男ども
國に告げたれば、
國の司まうで訪ふにも、
舟にある男ども
國につきたれども
國の司まうでとぶらふにも。
〔637〕 えおきあがり給はで、 えおきあがり給はで。
〔638〕 船底にふし給へり。 ふなぞこに臥たまへり。
〔639〕 松原に御み筵敷きておろし奉る。 松原に御むしろ敷ておろし奉る。
〔640〕 その時にぞ
「南海にあらざりけり。」と思ひて、
其時にぞ
南海にあらざりけりとおもひて。
〔641〕 辛うじて起き上り給へるを見れば、 からうじておきあがりたまへるを見れば。
〔642〕 風いとおもき人にて、 風いとおもき人にて。
〔643〕 腹いとふくれ、 はらいとふくれ。
〔644〕 こなたかなたの目には、 こなたかなたの目には。
〔645〕 李を二つつけたるやうなり。 すもゝを二つつけたる樣也。
〔646〕 これを見奉りてぞ、
國の司もほゝゑみたる。
是をみたてまつりてぞ
國の司もほゝえみたる。
     
〔647〕 國に仰せ給ひて、
腰輿(たごし)作らせたまひて、
國におほせ給ひて
たごしつくらせ給ひて。
〔648〕 によぶ\/に
なはれて
漸々[によふ〳〵イ]に
なはれたまひて。
〔649〕 家に入り給ひぬるを、 家に入たまひぬるを。
〔650〕 いかで聞きけん、 いかでか聞けん。
〔651〕 遣しゝ男ども參りて申すやう、 つかはしし男どもまいりて申やう。
〔652〕 「龍の首の玉を
えとらざりしかばなん、
龍のくびの玉を
えとらざらしかば。
〔653〕 殿へもえ參らざりし。 南海へもまいらざりし。
〔654〕 『玉のとり難かりしことを
知り給へればなん、
玉の取がたかりし事を
しり給へればなん。
〔655〕 勘當あらじ。』
とて參りつる。」と申す。
かむだうあらじ
とて參つると申。
     
     
〔656〕 大納言起き出でての給はく、 大納言起出のたまはく。
〔657〕 「汝等よくもて來ずなりぬ。 なむぢらよくもてこずなりぬ。
〔658〕 龍は鳴神の類にてこそありけれ。 たつはなる神のるいにこそ有けれ。
〔659〕 それが玉をとらんとて、 それが玉をとらむとて。
〔660〕 そこらの人々の
害せられなんとしけり。
そこらの人々の
がいせられむとしけり。
〔661〕 まして龍を捕へたらましかば、 ましてたつをとらへたらましかば。
〔662〕 またこともなく
我は害せられなまし。
又とこ[ことイ]もなく
我はがいせられなまし。
〔663〕 よく捕へずなりにけり。 よくとらへずやみ(なり)にける(りイ)。
     
〔664〕 かぐや姫てふ大盜人のやつが、 かぐや姫てふおほ盜人のやつが。
〔665〕 人を殺さんとするなりけり。 人をこるさむとする也けり。
〔666〕 家のあたりだに今は通らじ。 家のあたりだに今はとをらじ。
〔667〕 男どもゝなありきそ。」とて、 男どももなありきそとて。
〔668〕 家に少し殘りたりけるものどもは、 家に少殘りたりける物どもは。
〔669〕 龍の玉とらぬものどもにたびつ。 龍の玉をとらぬものどもにたびつ。
     
〔670〕 これを聞きて、 是を聞て。
〔671〕 離れ給ひしもとのうへは、 はなれ給ひしもとの上は。
〔672〕 腹をきりて笑ひ給ふ。 はらをきりて(斷腸)わらひ給ふ。
〔673〕 糸をふかせてつくりし屋は、 いとをふかせつくりし屋は。
〔674〕 鳶烏の巣に
皆咋(く)ひもていにけり。
とびからすの巢に
みなくひもていにけり。
     
     
〔675〕 世界の人のいひけるは、 世界の人いひけるは。
〔676〕 「大伴の大納言は、 大とも(伴イ)の大納言は。
〔677〕 龍の玉やとりておはしたる。」 龍の首の玉や取ておはしたる。
〔678〕 「いなさもあらず。 いなさもあらず。
〔679〕 御眼(おんまなこ)二つに
李のやうなる玉をぞ
添へていましたる。」
といひければ、
みまなこ二つに
すもゝのやうなる玉を・[ぞイ]
そへていましたる
といひければ。
〔680〕 「あなたへがた。」
といひけるよりぞ、
あなたへがた
といひけるよりぞ。
〔681〕 世にあはぬ事をば、
あなたへがた
とはいひ始めける。
世にあはぬ事をば
・[あなイ]堪がた
とはいひはじめける。