紫式部日記 7 二十六日、御薫物あはせ果てて 逐語分析

宿直の殿上人達 紫式部日記
第一部
宰相の君の昼寝
菊の露の歌
目次
冒頭
1 二十六日
2 上より下るる道に
3 萩、紫苑、色々の衣に
4 絵に描きたるものの姫君の
5 見上げて、もの狂ほしの
6 大方もよき人の

 

原文
(黒川本)
現代語訳
(渋谷栄一)
〈適宜当サイトで改め〉
注釈
【渋谷栄一】
〈適宜当サイトで補注〉

1

 二十六日、  八月二十六日、  
御薫物(おたきもの) 中宮様の薫物の  
あはせ果てて、 調合が終わって、  
人びとにも配らせたまふ。 〈人々にも御配りなさる。 △女房たちにもお分け与えなさる。
まろがしゐたる
人びと
へこへこしている
人々
×練香を丸めた
女房たち
が、(新大系・全集・集成・全注釈同旨)
〈上記が一致した通説で、薫物の「あはせ」と「まろがしゐたる」を同じ意に見る。しかしそもそも①語義上その必然がなく、また②両者の間に「配らせ」があり文脈は明確に与える方に移り、そして「あまた集ひ」で受け取る一連の流れになっているところ、それを無意味化して巻き戻し、更に③練香を補う点が循環論法で不適当。通説の意味で通るなら練香という限定なくても通るのが論理。通らないなら背理。本文に合わせるのではなく、自分達に合わせ意味を決めている。
 まろがし(丸がし)+居たる:平身低頭でいる人々。ありがたいことでございます、ありがたいことでございます…。それと無頓着な弁宰相の優美性の対比を通説は解せていない。対比が古文・古典の肝心とわかってない〉
あまた集ひゐたり。 数多く集まってきていた〉

×大勢集まって座っていた。

〈座っているのも、練香を丸めている解釈を前提にしたもので不適当〉

2

 上より下るる道に、 〈そこから下がる道中に〉  中宮様の御前から下りる途中に、
弁の宰相の君の 弁の宰相の君の局の 【弁の宰相の君】-前出の宰相の君と同人。藤原豊子
〈蜻蛉日記の著者・道綱の母の孫〉
戸口をさし覗きたれば、 戸口をちょっと覗き込むと、  
昼寝したまへるほどなりけり。 昼寝をなさっていた時であった。  

3

萩、紫苑、 萩や紫苑などの  
色々の衣に、 色とりどりの衣の上に、  
濃きが打ち目、 濃い紅の打ち目が、  
心ことなるを 格別に美しい小袿を  
上に着て、 上に掛けて、  
顏は引き入れて、 顏は衣の中に引っ込めて、  
硯の筥に枕して 硯の筥を枕にして 〈筥:はこ〉
臥したまへる
額つき

〈寝ておられ覗かせる
顔の上半分が〉

×臥せっていらっしゃる額つきは、

〈額つき:ひたいつき。顔の上半分、口を隠した顔つきの婉曲表現。独自。
額のあたりの様子(全集)・額の恰好(集成)・額の感じ(全注釈)→趣旨不明、なのに額面通り通すのは解釈ではなく誤解。新旧大系は説明自体回避するが疑問なら一言書けばいい〉

いとらうたげに とても可愛らしげで  
なまめかし 色っぽい〉。

優美である。

〈なま+めかし。自然/本能/天性の+装い(姉ちゃんのネイチャー。男に用いない)。独自。紫式部は色々な色に言及すると色っぽさと結びつける〉

4

絵に描きたるものの まるで絵に描いた物語の 【絵に描きたるものの姫君】-物語絵の姫君。
姫君の心地すれば、 姫君のような感じがするので、  
口おほひを 口元をおおっている衣を  
引きやりて、 引きのけて、  
「物語の女の 〈物語の女(ひと)の △「物語の中の女君の
心地も
したまへるかな」
思いでも
されているのでしょうか😁〉
感じで
いらっしゃいますね」
といふに、 と言うと、  

5

見上げて、 わたしの顔を見上げて、  
「もの狂ほしの
御さまや。
〈あなた
あったまおかしいんじゃないの?
△「気が変な人の
なさりかたですよ。
寝たる人を
心(ち)なく驚かすものか」
寝てる人の
思いも知らず起こすもの?😡〉

寝ている人を
思いやりもなく起こすなんて」

【心なく】-底本「心ちなく」。諸本、意により「心なく」と校訂する。『集成』「考えずに」、『新大系』『学術文庫』「無遠慮に」、『新編全集』「思いやりもなく」と訳す。

とて、 と言って、  
すこし起き上がり
たまへる顏の、
すこし起き上がり
なさった顏が、
 
うち赤み
たまへるなど、
〈ふと赤らんで
いらしたことなど
思わず赤らんでいらっしゃったのなどは、
こまかに
をかしうこそ
一々
可愛くおかしなことで〉

×実に上品で美しゅう(渋谷)
×繊細で実に美しゅう(新大系)
×きめのこまかな美しさ(旧大系)
×すみずみまで美しゅう(全集)
×ほんとうにかわいらしく美しゅう(旧全集)
×良くととのっていて美しく(集成)

はべりしか。 ございました。 〈しか:過去の助動詞「き」の已然形。こそ已然の係り結び〉

6

 大方も
よき人の、
 普段からも
好ましい人〉が、

×美しい

〈「良」は良好のように好と結びつく。美は優に続く状態で良の説明としては不適。これは理で学者の定義や時代で左右されない。

 これで暗に「まろがしゐたる人びと」との対照を示す。つまり一々人の機嫌を伺って動かない堂々とした人が好ましくて良い。このような対の構造を無視する練物丸め解釈は不適。

 なお宰相の君は彰子と従姉妹という身分で、紫式部は身分は下でも恐らく年は一回り以上上という立場で、その目線での描写〉

折からに、 折が折だけに、  
又こよなく さらにこの上なく  
まさるわざ
なりけり。
優れて見えること
なのであった。
〈前の「負けわざ」と対になり、そこも面白い文脈〉