紫式部日記 9 その夜さり御前に参りたれば 逐語分析

菊の露の歌 紫式部日記
第一部
九日の夜
十日産室に
目次
冒頭
1 その夜さり
2 御(おん)火取りに
3 御前のありさまの
4 人の呼べば局に下りて
5 夜中ばかりより騒ぎたちて

 

原文
(黒川本)
現代語訳
(渋谷栄一)
〈適宜当サイトで改め〉
注釈
【渋谷栄一】
〈適宜当サイトで補注〉

1

 その夜さり、  その日の夜に、  
御前に 中宮様の御前に  
参りたれば、 参上しましたところ、  
     
月をかしきほどにて、 月が美しい時分なので、  
端に、 簀子(すのこ)の端近に、  
御簾の下より 御簾の下から  
裳の裾など、 女房たちの
裳の裾などが、
 
ほころび出づる こぼれ出ている  
ほどほどに、 あたりに、  
小少将の君、 小少将の君や 小少将の君】-中宮付きの上臈の女房。倫子の姪、源時通の娘。〈日記初出。紫式部集における固有名詞の最多人物で最重要人物。大小ではなく小大の順にするのもその表れで、次に出る時は大納言の君の後になっている〉
大納言の君など 大納言の君などが 大納言の君】-中宮付きの上臈の女房。倫子の姪、源扶義の娘廉子。
さぶらひたまふ。 伺候していらっしゃる。  

2

御(おん)火取りに、 中宮様は
御香炉で、
 
ひと日の 先日の  
薫物(たきもの)取う出て、 薫物を取り出して、  
試み
させたまふ。
聞香を
させていらっしゃる。
 

3

御前の
ありさまの
をかしさ、
〈中宮様の
ご機嫌の
よろしさ、〉

×お庭先の趣き深い様子や、

〈通説(全集・集成・全注釈)は「御前のありさま」を中宮の庭の様子・景色とするが(新旧大系説明回避)文面上無理なので、直後「悩ましき」から素直に人々の中宮への言及と見る。

 学説は軽妙な表現を解せない点で不適当。妙だと全力で曲げ、いびつにして押し通す習性。素朴な字面から離れるのは解釈ではなく誤解〉

蔦(つた)の色の 蔦がまだ  
心もとなきなど、 色づかないじれったさなどを、  
口々聞こえさするに、 女房たちが
口々に申し上げていると、
〈つまりご機嫌をとって気を紛らわしている〉
例よりも
悩ましき
いつもよりも
苦しそうな

〈例よりも:日記冒頭「御前にも、近うさぶらふ人びと、はかなき物語するをきこしめしつつ、悩ましうおはします」の時よりも。

悩ましき:人々の口々の言及とギャップがあるのと、辛いのにうるさいから〉

御けしきにおはしませば、 ご様子でいらっしゃるので、  
御加持どもも ちょうど御加持などを  
参るかたなり、 なさる時刻であり、  
騒がしき心地して 落ち着かない感じがして  
入りぬ。 加持なさる部屋に
入った。
 

4

 人の呼べば  朋輩が呼ぶので  
局に下りて、 自分の部屋に下がって、  
しばしと
思ひしかど
少しの間横になろうと
思ったのだが
 
寝にけり。 眠ってしまった。  

5

夜中ばかりより 夜中ごろから人びとが  
騒ぎたちて
ののしる。
騒ぎ出して
大声を出している。
【夜中ばかりより騒ぎたちてののしる】-中宮彰子が産気づかれた。