宇治拾遺物語:柿の木に仏現ずる事

強力の学士 宇治拾遺物語
巻第二
2-14 (32)
柿の木
巻第三
盗人大将軍大太郎

 
 昔、延喜の帝の御時、五条の天神のあたり、大きなる柿の木の実ならぬあり。その木のうへに、仏あらはれておはします。京中の人、こぞりて参りけり。
 馬、車もたてあへず、人もせきあへず、拝みののしり、かくするほどに、五六日あるに、右大臣殿、心得ずおぼし給ひける間、まことの仏の、世の末に出で給ふべきにあらず、我、行きて試みんとおぼして、日の装束うるはしくて、びりやうの車に乗りて、御前多く具して集まりつどひたる者どものけさせて、車かけはづして、榻を立てて、梢を、目もたたかず、あからめもせずして、まもりて、一時ばかりあはするに、この仏しばしこそ、花も降らせ、光をもはなち給ひけれ、あまりにもあまりにもまもられて、しわびて、大きなるくそ鳶の羽折れたる、土に落ちて、まどひふためくを、童部どもよりて、うち殺してけり。さればこそとて、帰り給ひぬ。
 

 さて、時の人、この大臣を「いみじくかしこき人にておはします」とぞののしりける。
 

強力の学士 宇治拾遺物語
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柿の木
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盗人大将軍大太郎