古事記 市辺之忍歯王の悲劇~原文対訳

都夫良意美と目弱王 古事記
下巻⑤
20代 安康天皇
皇弟大長谷=雄略の殺戮物語
市辺之忍歯王=安康のいとこ
意富祁と袁祁
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

カラフクロウの謎々

     
自茲以後。  これより後、  それから後に、
淡海之
佐佐紀
山君之祖。
淡海の
佐佐紀ささきの
山やまの君が祖おや、
近江の
佐々紀ささきの
山の君の祖先の
名韓帒白。 名は韓帒からふくろ白さく、 カラフクロが申しますには、
淡海之
久多
〈此二字以音〉
綿之蚊屋野。
「淡海の
久多綿くたわたの
蚊屋野かやのに、
「近江の
クタワタの
カヤ野に
多在猪鹿。 猪鹿しし多さはにあり。 鹿が澤山おります。
其立足者。 その立てる足は、 その立つている足は
如荻原。 荻すすき原の如く、 薄原すすきはらのようであり、
指擧角者。 指擧ささげたる角つのは、 頂いている角は
如枯樹。 枯松からまつの如し」
とまをしき。
枯松かれまつのようでございます」
と申しました。
     

忍歯王:夜既に曙ぬ

     
此時
相率
市邊之
忍齒王。
この時
市の邊べの
忍齒おしはの王を
相率あともひて、
この時に
イチノベノ
オシハの王を
伴なつて
幸行淡海。 淡海にいでまして、 近江においでになり、
到其野者。 その野に到りまししかば、 その野においでになつたので、
各異作
假宮
而宿。
おのもおのも異ことに
假宮を作りて、
宿りましき。
それぞれ別に
假宮を作つて、
お宿りになりました。
     
爾明旦。  ここに明くる旦、 翌朝まだ
未日出之時。 いまだ日も出でぬ時に、 日も出ない時に、
忍齒王。 忍齒の王、 オシハの王が
以平心。 平つねの御心もちて、 何心なく
隨乘御馬。 御馬みまに乘りながら、 お馬にお乘りになつて、
到立
大長谷王
假宮之傍而。
大長谷の王の
假宮の傍に
到りまして、
オホハツセの王の
假宮の傍に
お立ちになつて、
詔其
大長谷王
子之御伴人。
その大長谷の王子の
御伴人みともびとに
詔りたまはく、
オホハツセの王の
お伴の人に
仰せられますには、
     
未寤坐。 「いまだも
寤めまさぬか。
「まだ
お目寤ざめになりませんか。
早可白也。 早く白すべし。 早く申し上げるがよい。
夜既曙訖。 夜は既に曙あけぬ。 夜はもう明けました。
可幸猟庭。 獵庭かりにはにいでますべし」
とのりたまひて
獵場においでなさいませ」
と仰せられて、
乃進馬出行。 馬を進めて出で行きぬ。 馬を進めておいでになりました。
     

忍歯王射殺解体さる

     
爾侍
其大長谷王之
御所人等。
ここに大長谷の王の
御許みもとに
侍ふ人ども、
そこで
そのオホハツセの王の
お側の人たちが、
白宇多弖
物云王子。
〈宇多弖
三字以音〉
「うたて
物いふ御子なれば、
「變つた事を
いう御子ですから、
故應愼。 御心したまへ。 お氣をつけ遊ばせ。
亦宜堅
御身。
また御身をも
堅めたまふべし」
とまをしき。
御身おんみをも
お堅めになるがよいでしよう」
と申しました。
     
即衣中服甲。 すなはち衣みその中に
甲よろひを服けし、
それでお召物の中に
甲よろいをおつけになり、
取佩弓矢。 弓矢を佩おばして、 弓矢をお佩おびになつて、
乘馬出行。 馬に乘りて出で行きて、 馬に乘つておいでになつて、
倏忽之間。 忽の間に たちまちの間に
自馬往雙。 馬より往き雙ならびて、 馬上でお竝びになつて、
拔矢。 矢を拔きて、 矢を拔いて
射落其忍齒王。 その忍齒の王を射落して、 そのオシハの王を射殺して、
乃亦切其身。 またその身みみを切りて、 またその身を切つて、
入於馬樎。 馬樎ぶねに入れて、 馬の桶に入れて
與土等埋。 土と等しく埋みき。 土と共に埋めました。
都夫良意美と目弱王 古事記
下巻⑤
20代 安康天皇
皇弟大長谷=雄略の殺戮物語
市辺之忍歯王=安康のいとこ
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