枕草子96段 かたはらいたきもの

ねたき 枕草子
上巻下
96段
かたはらいたき
あさましき

(旧)大系:96段
新大系:92段、新編全集:92段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:101段
 


 
 かたはらいたきもの、よくも音弾きとどめぬ琴を、よくも調べで、心のかぎり弾きたてたる。客人などに会ひてもの言ふに、奥の方にうちとけ言など言ふを、えは制せで聞く心地。思ふ人のいたく酔ひて、同じことしたる。聞きゐたりけるを知らで、人のうへ言ひたる。それは、何ばかりの人ならねど、使ふ人などだにかたはらいたし。
 旅立ちたる所にて、下衆どもざれゐたる。にくげなるちごを、おのが心地のかなしきままに、うつくしみ、かなしがり、これが声のままに、言ひたることなど語りたる。才ある人の前にて、才なき人の、ものおぼえ声に人の名など言ひたる。よしともおぼえぬわが歌を、人に語りて、人のほめなどしたるよし言ふも、かたはらいたし。