源氏物語 賢木:巻別和歌33首・逐語分析

源氏物語
和歌一覧
各巻別内訳
10帖 賢木
花散里

 
 源氏物語・賢木(さかき)巻の和歌33首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。

 

 内訳:16(源氏)、5(藤壺)、4(六条御息所)、2(朧月夜)、1×6(斎宮の女別当、親王=兵部卿宮:藤壺兄:紫父、王命婦=藤壺付女房、紫上、朝顔、頭中将)※最初最後
 

賢木・和歌の対応の程度と歌数
和歌間の文字数
即答 13首  40字未満
応答 15首  40~100字未満
対応 4首  ~400~1000字+対応関係文言
単体 1首  単一独詠・直近非対応

※分類について和歌一覧・総論部分参照。

 

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 上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。
 なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
 


  原文
(定家本校訂)
現代語訳
(渋谷栄一)
133
神垣は
しるしの杉も
なきものを
いかにまがへて
折れ
〔六条御息所〕ここには
人の訪ねる目印の杉も
ないのに
どうお間違えになって
折った榊なのでしょう
134
少女子が
あたりと思へば
葉の
香をなつかしみ
とめてこそ折れ
〔源氏〕少女子がいる
辺りだと思うと
榊葉が
慕わしくて
探し求めて参ったのです
135
暁の
別れはいつも
露けきを
こは世に知らぬ
秋の空かな
〔源氏〕明け方の
別れにはいつも
涙に濡れたが
今朝の別れは今までにない涙に曇る
秋の空ですね
136
おほかたの
秋の別れ
悲しきに
鳴く音な添へそ
野辺の松虫
〔六条御息所〕ただでさえ
秋の別れというものは
悲しいものなのに
さらに鳴いて悲しませてくれるな
野辺の松虫よ
137
八洲もる
国つ御神
心あらば
飽かぬ別れの
をことわれ
〔源氏→斎宮〕大八洲をお守りあそばす
国つ神も
お情けがあるならば
尽きぬ思いで別れなければならない
わけをお聞かせ下さい
138
代答
国つ神
空にことわる
らば
なほざりごとを
まづや糾さむ
〔斎宮の女別当〕国つ神が
お二人の仲を
裁かれることになったならば
あなたの実意のないお言葉を
まずは糺されることでしょう
139
そのかみを
今日はかけじと
忍ぶれど
心のうちに
ものぞ悲しき
〔六条御息所〕昔のことを
今日は思い出すまいと
堪えていたが
心の底では
悲しく思われてならない
140
振り捨てて
今日は行くとも
鈴鹿川
八十瀬の波に

袖は濡れじや
〔源氏〕わたしを振り捨てて
今日は旅立って行かれるが、
鈴鹿川を渡る時に
袖を濡らして
後悔なさいませんでしょうか
141
鈴鹿川
八十瀬の波に
濡れ
濡れず
伊勢まで誰れか
思ひおこせむ
〔六条御息所〕鈴鹿川の
八十瀬の波に
袖が濡れるか濡れないか
伊勢に行った先まで誰が
思いおこしてくださるでしょうか
142
行く方を
眺め
もやらむ
この秋は
逢坂山を
霧な隔てそ
〔源氏〕あの行った方角を
眺めていよう、
今年の秋は
逢うという逢坂山を
霧よ隠さないでおくれ
143
蔭ひろみ
頼みし松
枯れにけむ
下葉散りゆく
年の暮かな
〔親王=兵部卿宮:藤壺兄(全集注釈) ×蛍宮(全集巻末認定)〕
木蔭が広いので
頼りにしていた松の木は
枯れてしまったのだろうか
その下葉が散り行く
今年の暮ですね
144
さえわたる
池の鏡の
さやけきに
見なれし影
見ぬぞ悲しき
〔源氏〕氷の張りつめた
池が鏡のようになっているが

長年見慣れたそのお姿を
見られないのが悲しい
145
年暮れ
岩井の水も
こほりとぢ
見し人影
あせもゆくかな
〔王命婦=藤壺付女房〕年が暮れて
岩井の水も
凍りついて
見慣れていた人影も
見えなくなってゆきますこと
146
心から
かたがた袖を
濡らすかな
明くと教ふる
声につけても
〔朧月夜〕自分から
あれこれと涙で袖を
濡らすことですわ
夜が明けると教えてくれる
声につけましても
147
嘆きつつ
わが世はかくて
過ぐせとや
胸のあくべき
時ぞともなく
〔源氏〕嘆きながら
一生をこのように
過ごせというのでしょうか
胸の思いの晴れる
間もないのに
148
逢ふことの
かたきを今日に
限らずは
今幾をか
嘆きつつ経む
〔源氏〕お逢いすることの
難しさが今日で
おしまいでないならば
いく転生にわたって
嘆きながら過すことでしょうか
149
長き
恨みを人に
残しても
かつは心を
あだと知らなむ
〔藤壺〕未来永劫の
怨みをわたしに
残したと言っても
そのようなお心はまた一方で
すぐに変わるものと知っていただきたい
150
浅茅生の
のやどりに
君をおきて
四方の嵐ぞ
静心なき
〔源氏〕浅茅生に
置く露のようにはかないこの世に
あなたを置いてきたので
まわりから吹きつける世間の激しい風を聞くにつけ
気ががりでなりません
151
風吹けば
まづぞ乱るる
色変はる
浅茅
かかるささがに
〔紫上〕風が吹くと
まっ先に乱れて
色変わりするはかない
浅茅生の露の上に
糸をかけてそれを頼りに生きている蜘蛛のようなわたしですから
152
かけまくは
かしこけれども
そのかみ
秋思ほゆる
木綿欅かな
〔源氏〕口に上して言うことは
恐れ多いことですけれど
その昔の
秋のころのことが思い出されます
 
153
そのかみ
いかがはありし
木綿欅
心にかけて
しのぶらむゆゑ
〔斎院=朝顔〕その昔
どうだったとおっしゃるのでしょうか

心にかけて
偲ぶとおっしゃるわけは
154
九重に
隔つる
雲の上の
をはるかに
思ひやるかな
〔藤壺〕宮中には
霧が幾重にもかかっているのでしょうか
雲の上で見えない
月をはるかに
お思い申し上げますことよ
155
影は
見し世の秋に
変はらぬを
隔つる霧
つらくもあるかな
〔源氏〕月の
昔の秋と
変わりませんのに
隔てる霧のあるのが
つらく思われるのです
156
木枯の
吹くにつけつつ
待ちし間に
おぼつかなさの
ころも経にけり
〔朧月夜〕木枯が
吹くたびごとに
訪れを待っているうちに

長い月日が経ってしまいました
157
あひ見ずて
しのぶるころ
涙をも
なべての空の
時雨とや
〔源氏〕お逢いできずに
恋い忍んで泣いている
涙の雨までを
ありふれた秋の
時雨とお思いなのでしょうか
158
別れにし
今日は来れども
し人に
行き逢ふほどを
いつと頼まむ
〔源氏〕故院にお別れ申した
日がめぐって来ましたが、
雪は降ってもその人に
また行きめぐり逢える時は
いつと期待できようか
159
ながらふる
ほどはけれど
行きめぐり
今日はその世に
逢ふ心地して
〔藤壺〕生きながらえて
おりますのは辛く嫌なことですが
一周忌の今日は、
故院の在世中に
出会ったような思いがいたしまして
160
月のすむ
雲居をかけて
慕ふとも
この世の闇に
なほや惑はむ
〔源氏〕月のように心澄んだ
御出家の境地を
お慕い申しても
なおも子どもゆえのこの世の煩悩に
迷い続けるのであろうか
161
おほふかたの
きにつけては
厭へども
いつかこの世
背き果つべき
〔藤壺〕世間一般の
嫌なことからは
離れたが、
子どもへの煩悩はいつになったら
すっかり離れ切ることができるのであろうか
162
ながめかる
海人のすみかと
見るからに
まづしほたるる
松が浦島
〔源氏〕海人が住む
松が浦島という、

物思いに沈んでいらっしゃるお住まいかと存じますと
何より先に涙に暮れてしまいます
163
ありし世の
なごりだになき
浦島
立ち寄る波の
めづらしきかな
〔藤壺〕昔の
俤さえないこの松が
浦島のような所に
立ち寄る波も珍しいのに、立ち寄ってくださるとは
珍しいですね
164
それもがと
今朝開けたる

劣らぬ君が
ひをぞ見る
〔頭中将〕それを見たいと思っていた
今朝咲いた
花に
劣らないお美しさのわが君でございます
 
165
時ならで
今朝咲く
夏の雨に
しをれにけらし
ふほどなく
〔源氏〕時節に合わず
今朝咲いた花は
夏の雨に
萎れてしまったらしい、
美しさを見せる間もなく