紫式部集32 閉ぢたりし:原文対訳・逐語分析

31紅の 紫式部集
第三部
言い寄る夫

32閉ぢたりし
33東風に
原文
(実践女子大本)
現代語訳
(渋谷栄一)
注釈
【渋谷栄一】
「文散らしけり」  「わたしの送った手紙を他人に見せた」 【散らしけり】-紫式部の手紙を他人に見せたということ。
と聞きて、 と聞いたので、  
「ありし文ども、 「いままでのわたしの手紙を、 【おこせずは】-実践本「をこす」は定家の仮名遣い。
とり集めておこせずは、 すべて集めて返さなければ、  
返り事書かじ」と、 もう返事は書きません」と、  
言葉にてのみ 使者に口上で 【言葉にてのみ】-口上で。使者に言わせたもの。
言ひやりければ、 言わせたところ、  
「みなおこす」とて、 「すべてお返しします」と言って、 【おこす】-「をこす」は定家の仮名遣い。
いみじく怨じたりければ、 ひどく恨んでいたので、 【いみじく怨じたりければ】-主語は相手宣孝。
睦月十日ばかりのことなりけり。 それは睦月十日ころのことであった。  
     
閉ぢたりし 春になって閉ざされていた 【閉ぢたりし上の薄氷】-作者の心、態度を譬喩する。
上の薄氷 谷川の薄氷も  
解けながら せっかく解け出したというのに 【解けながら】-宣孝との結婚成立〈少し打ち解けること〉をいう。
さは絶えねとや それでは絶えてしまえとおっしゃるのですか 【さは】-連語「さは」(副詞「さ」+係助詞「は」)それでは。
【絶えねとや】-ヤ下二「絶え」連用形+完了の助動詞「ね」命令形、格助詞「と」、間投助詞「や」詠嘆。
山の下水 川の水のように〈見ず知らずの関係に戻りましょうか〉

【山の下水】-谷川の水。夫婦仲を譬喩。

〈山の下水は伏流の地下水に掛け、見ず知らずの関係を象徴すると解する(独自説)。

×山のかげを流れる水。隠れた恋情を比喩(新大系)。下水は表面的には見えない仲で夫婦は不適。渋谷注は訳と整合しない。新大系の恋情説は文言に根拠がない〉