伊勢物語 40段:すける物思ひ あらすじ・原文・現代語訳

第39段
源の至
伊勢物語
第二部
第40段
すける物思ひ
第41段

 
 目次
 

 ・あらすじ(大意)
 

 ・原文
 

 ・現代語訳(逐語解説)
 
  けしうはあらぬ 心いきほひ よしなし 
 
  絶え入り 願立て いき出で
 
  まさにしなむ
 
 
 
 

あらすじ

 
 
 むかし、若い男が、ごく普通の(?)女を好きになった。
 しかし男の親が、これはいかんと、この女を追いやろうとした(つまりこの女は、普通にみれば、この家の女中。普通だから女の中(≠下女)。
 「けしうはあらぬ」を容姿が悪くないとするのは、文脈に即していない。この段は普通のことを大変だと騒いで、おかしいという話だから)。
 

 そうこうしているうちに、何やら高ぶってきている(??)様子であったので、一刻の猶予もならんと、親は女をお払い箱にした(売り払った)。
 男は血の涙を流すように、目を真っ赤にして泣いたが、涙も女もとどめることもできず、女は結局そのまま(連れられ?)出て行ってしまった。
 

 ここで男が歌を詠んだが、この歌は前段の歌とかかっている。

 いでていなば 誰か別れの かたからぬ ありしにまさる けふは悲しも(本段)

 出でていなば 限りなるべみ ともしけち 年へぬるかと なく声を聞け(前段)
 

 これを合わせると、
 「出て行ってしまうなんて、悲しすぎる。こんなに別れが辛く難しいものとは。わたしの泣く声を聞いて欲しい」という、実に情けない歌である。
 (前段と文脈は違うが、近い歌で枕を同じにしているのは、意味を読み込んでいるという歌の基本。そこまで漫然と書いていない)
 

 という歌を残して、男は失踪≒家出してしまった(この「絶え入り」は、気絶とされるようだが違う。どうやって突如気絶するのか)。
 親は慌てて必死に願立てをしたところ、入相(いりあい・日没)頃に絶え入り、翌日イヌの(20時)頃に、辛うじて発見された(「いき出でたり」)。
 いぬというのに、いたとはこれいかに。
 いやそれ以前に、必死なはずの親も、追いかけたり探したりしてない、親が親なら子も子だわ。帰るの子は帰るのだわ。
 

 むかしの若い人(親子)は、このような好き勝手な(失意で気絶だ、いや失踪だ、いやよく戻ったとかいう、しょうもない)物思いをしたのである。
 

 「今の翁まさにしなむや」
 その心は、おやおや、好きな相手よりおやを選んだか。おれだったら恋に死ぬけどね。あ、でもそんな間もなく自然に死ぬか。
 今の若い者は情けないとか、そういうジジくさいこといってないもんね。そんなことで物思い、自虐でしめくくったお話でした。
 
 

 因みに「今の翁」とは、「むかし男」を裏返した表現。つまり著者。
 今とか昔としかつかないのは、著者しかいない。よって、「今は昔」(竹取)というのも著者。
 
 
 
 

原文

男女
及び
和歌
定家本 武田本
(定家系)
朱雀院塗籠本
(群書類従本)
  第40段 すける(物)思ひ あかぬわかれ
   
 むかし、若き男、  むかし、わかきおとこ、  昔わかき男。
  けしうはあらぬ女を思ひけり。 けしうはあらぬ女を思ひけり。 けしうあらぬ人を思ひけり。
  さかしらする親ありて、 さかしらするおやありて、 さかしらするおやありて。
  思ひもぞつくとて、 おもひもぞつくとて、 おもひもつくとて。
  この女を この女を このをんなを
  ほかへ逐ひやらむとす。 ほかへをひやらむとす。 ほかへならんといふ[おひやらんとすイ]。
  さこそいへ、まだ逐ひやらず。 さこそいへ、いまだをいやらず。  
       
  人の子なれば、 人のこなれば、 人の子なれば。
  まだ心いきほひなかりければ、 まだこゝろいきおひなかりければ、 まだ心ごゝろのいきをひなくて。
  とどむるいきほひなし。 とゞむるいきおひなし。 えとゞめず。
  女もいやしければ、すまふ力なし。 女もいやしければ、すまふちからなし。 女もいやしければ。すまふちからなし。
       
  さる間に さるあひだに、 さこそいへ。まだえやらずなるあひだに。
  思ひはいやまさりにまさる。 おもひはいやまさりにまさる。 思ひはいやまさりにまさる。
  にはかに親この女を逐ひうつ。 にはかにおや、この女をゝひうつ。 おやこの女ををひいづ。
  男、血の涙をながせども、 おとこ、ちのなみだをながせども、 男ちのなみだをおとせども。
  とどまるよしなし。 とゞむるよしなし。 とゞむるちからなし。
  率て出でていぬ。 ゐていでゝいぬ。 つひにいぬれ[ゐていでていぬイ]。
      女かへし人につけて。
       
     いつこまて
 おくりはしつと人とはゝ
      あかぬ別れの
  淚河まて
       
  男泣く泣くよめる。 おとこ、なくなくよめる。  おとこなく〳〵よめる。
       

77
 いでていなば
 誰か別れのかたからぬ
 いでゝいなば
 たれかわかれのかたからむ
 いとひては
 誰か別の難からん
  ありしにまさる
  けふは悲しも
  ありしにまさる
  けふはかなしも
  ありしにまさる
  けふは悲しな
       
  とてよみて絶え入りにけり。 とよみてたえいりにけり。 とよみてたえいりにけり。
  親あわてにけり。 おやあはてにけり。 おやあはてにけり。
  なほ思ひてこそいひしか、 猶思ひてこそいひしか、 なをざりに思ひてこそいひしか。
  いとかくしもあらじと思ふに、 いとかくしもあらじとおもふに、 いとかくしもあらじとおもふに。
  真実に絶え入りにければ、 しんじちにたえいりにければ、 まことにたえいりたれば。
  まどひて願立てけり。 まどひて願たてけり。 まどひて願などたてけり。
       
  今日の入相ばかりに絶え入りて、 けふのいりあひ許にたえいりて、 けふのいりあひばかりにたえいりて。
  又の日の戌の時ばかりになむ、 又の日のいぬの時ばかりになむ、 又の日のいぬの時ばかりになん。
  辛うじていき出でたりける。 からうじていきいでたりける。 からうじていきいでたりける。
       
  むかしの若人は、 むかしのわか人は、 むかしのわか男は。
  さる好けるもの思ひをなむしける。 さるすける物おもひをなむしける。 かゝるすける物思ひなんしける。
  今の翁まさにしなむや。 いまのおきな、まさにしなむや 今のおきなまさにしなんやは。
   

現代語訳

 
 

けしうはあらぬ

 

むかし、若き男、けしうはあらぬ女を思ひけり。
さかしらする親ありて、思ひもぞつくとて、この女をほかへ逐ひやらむとす。
さこそいへ、まだ逐ひやらず。

 
 
むかし若き男
 むかし若い男が、
 
 (これは、いつもの「むかし男」ではないという趣旨の表記でもある。だから記述が外面的。
 素直にみれば、いつもの男による事実をもとにした物語。若いと対比させて一番最後に出てくる「翁」)
 

けしうはあらぬ女を思ひけり
 別に大したことはない(普通の)女を思っていた。
 

 (「おかしくない=つりあっている」という意味を含む。だから続いて親の「さかしら」がでてくる。
 これを「容姿がそう悪くはない」などとするのは、若干ずれている。
 大したことがないと悪くないは違う。後者はむしろ良い意味を含んでいる。前者は中立・普通。)
 

 けしう: 【異しう・怪しう】
 ①とても。
 ②大して(~ない)。
 凄い・並外れている意味。つまりここでは並の女。
 

さかしらする親ありて
 しかし、こざかしくおせっかいをする親があって(普通に普通の女が好きなだけなのに)、
 

 さかしら【賢しら】:
 ①りこうぶる。こざかしい
 ②おせっかい。
 

思ひもぞつくとて
 こんな女とくっついたら大変だ、
 (良いこと≒さかしらなことを)思いついたと言って
 

 思ひもぞつく
 ①思ひ+もぞ+付く=くっついたら困ると思う
 ②思ひも+ぞ+つく=思いついた
 

 もぞ
 ①~にも
 ②~したら困る。~したら大変。
 (大したことないと対比させている。大事な息子が、大したことない女とくっついたら大変だ。)
 

この女を
 

ほかへ逐(をい)ひやらむとす
 他へ追いやろうとした。
 (つまり普通にみれば、女中・下女ということになる。中あるいは下。
 しかし言葉に忠実にみれば、女中が相応しい。つまりそれなり。)
 

さこそいへ
 とはいうものの
 

まだ逐ひやらず
 まだ追いやってはいなかった。(計画段階)
 
 

心いきほひ

 

人の子なれば、まだ心いきほひなかりければ、とどむるいきほひなし。
女もいやしければ、すまふ力なし。

 
人の子なれば
 (この若造も)まだ親もとの子供であったので、
 

まだ心いきほひなかりければ
 まだ気力も、財力も発言力も大したことはなかったので、
 

 心いきほひ:心+いきほひ
 

 いきほひ:①気力。②財力・権力。
 

とどむるいきほひなし
 親の発言を止めて、女を家に留める影響力がなかった。
 

女もいやしければすまふ力なし
 女も当然卑しい(住み込みで貧しい)ので、別に家を構えて住む財力などあるわけもない。
 
 

よしなし

 

さる間に思ひはいやまさりにまさる。
にはかに親この女を逐ひうつ。
男、血の涙をながせども、とどまるよしなし。
率て出でていぬ。

 
さる間に
 そうこうしている間に、
 

思ひはいやまさりにまさる
 男の思いは、まずます募り、親の思いにも勝りそうになったので、
 

 いやまさり
 いや+まさり(増さり・勝り)。
 →意向が増大し(増さり)、外の意向にかかわらなくなる様子。
 周囲との関係で、否が応でもを導く(勝り)。
 

 いや(弥):①いよいよ。ますます。②きわめて。最も。
 

 否が応でも:相手の意向にかかわらず。否定されようとも
 
 

にはかに親この女を逐ひうつ
 これを受けて、だしぬけに(男にさとらせまいと、突然に)親はこの女を放逐した。
 

 にはか【俄】
 :①突然。だしぬけ。急。
 

男血の涙をながせども
 男は血の涙を流したが、
(死ぬほどの悲しみで泣いたという意味。普通の人には、大袈裟で不相応という意味もこめている。竹取の翁の最後もそう。)
 

とどまるよしなし
 女をとどめようにもその手立てもとれず、涙もととめれなかった。
 

 よし 【由】:
 ①理由・根拠。
 ②方法・手段。
 

ゐて(▲率て)出でていぬ
 そうこうしているうちに、女は出て行ってしまった。
(率て=外の雇い先に連れていかれた・売り渡された、とも見れる)
 
 

絶え入り

 

男泣く泣くよめる。
 
いでていなば 誰か別れの かたからぬ
 ありしにまさる けふは悲しも
 
とてよみて絶え入りにけり。

 
男泣く泣くよめる
 男が泣く泣く詠んだ。
 

 泣く泣く:やむをえず。→ナクしかなすすべナク。
 (泣きたい気持ちというのは当然。
 しかるに、思い通りにならない(思うに任せない)ことを、恋というのかという問いかけが、前々段の「恋といふ」にあった)
 
 

いでていなば
 ここで出て行かないなら
 

 いでていなば
 →いでて+いなば
 出でて+去(行)なば
 
 この言葉は、前段の蛍の話の歌とかかっているので注意(後述)。
 「出でていなば  かぎりなるべみ ともしけち」
 

誰か別れの かたからぬ
 誰の別れが 難しいというのか
 
 →誰(=親)もわかってくれない。
 俺も出て行かないと男がすたる。
 

ありしにまさる
 ありえないくらい。いてもたってもいられないほど。
 

 ありしにまさる
 :ききしにまさると掛けた言葉。
 

  聞きしに勝る
 :聞いていた以上。はなはだしく。
 

けふは悲しも
 今日は悲しい
(興がない=あはれ=哀れ。ああ、おれ哀れ。)
 
 

とてよみて絶え入りにけり
 と詠んで、消えうせてしまった。
 (気を失う→× 文脈からも、それ自体でもありえない。)
 

 たえいる 【絶え入る】
 :息絶える。途絶える。
 本来は死ぬという意味だが、それでは通らないから、通るよう解釈する。
 
 これを気絶と定義するのは、伊勢のこの部分からの出典なので、それは誤訳。
 後述の「いとかくしも」「辛うじていき出でたり」という文言からも、失踪と解する他ない。
 
 前段(39段)の同じ「出でていなば」の歌は、①命の火が、②消えてしまうという場面だった。
 ここでは①命は消えてないのだから、②姿が消えたということを表している。
 つまり「絶え入る」の本質は、「消えて(い)なくなる」。
 
 

願立て

 

親あわてにけり。
なほ思ひてこそいひしか、いとかくしもあらじと思ふに、
真実に絶え入りにければ、まどひて願立てけり。

 
 
親あわてにけり
 そこで親は慌てた。
 

なほ思ひてこそいひしか
 真実息子のことを思って言ったのだが
 

 なお+思ひて+こそ+いひ+しか(れど)
 

 なお(直):偽りなく
 

 こそ:強調(本当に)
 

いとかくしもあらじと思ふに
 なぜこのような大変なことにならなければ(ならない)と思うに
 

 いとかくしも
 →いと+かくしも
 ①大変に+このような
 ②非常にも+隠して
 

真実に絶え入りにければ
 真実(本当に)、シンでしまったかと、
 

まどひて願立てけり
 心を惑わせながら、願立て(必死な祈祷)をしたのであった。
 (つまり追いかけて探しにいっていない。親が親なら、子も子。帰るの子は帰る)
 
 

いき出で

 

今日の入相ばかりに絶え入りて、
又の日の戌の時ばかりになむ、辛うじていき出でたりける。

 
今日の入相(いりあひ)ばかりに絶え入りて
 その日の日没の頃に消えて
 

又の日の戌(いぬ)の時ばかりになむ
 翌日の居ぬの時ばかりに
 

 又の日:次の日。
 

 (いぬ):午後八時中心の二時間。
 

辛うじていき出でたりける
 かろうじて、出てきたのであった。
 

 おれは家にはおれん・居る訳にはいかない、といいながら何を思ったか、良く言えば親を心配してなのか、戻って来た。
 
 結局親をとったのか、おやおや。
 
 …と、このように。
 
 

まさにしなむ

 

むかしの若人は、さる好けるもの思ひをなむしける。
今の翁まさにしなむや。

 
むかしの若人は
 昔の若い人は
 

さる好けるもの思ひをなむしける
 このように好き勝手な物思いをしたのであった。
 

 こう読まないと、好きだった相手が出て行ったことを回収せずに終わっている意味がとれない。

 そしてこのような微妙なずらしは、この物語では普通のこと。
 つまり一貫させた確実な信念がないと、ここでの若い男のように、あっちこっちぶれる。それが一般の訳し方にあらわされる。
 

今の翁まさにしなむや
 しかし、今の翁(多少年くったオレ)は違う。真実恋にしんだる!(親より好きな人をとる。10段)…という以前に、今にも死にそう。
 
 でも、ただいずれはどうしても死ぬなら、何のために命を使うのかが大事だ。行動の方向性が。
 
 恋に死ぬというのは、14段「陸奥の国」の歌の内容。「なかなかに 恋に死なずは桑子にぞ」
 
 「今どきの若い者」は、というジジ臭いこと言ってないもんね。というのが、すでにジジ臭いという自虐ネタ。