源氏物語 椎本:巻別和歌21首・逐語分析

橋姫 源氏物語
和歌一覧
各巻別内訳
46帖 椎本
総角

 
 源氏物語・椎本(しいがもと)巻の和歌21首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。

 

 内訳:5×3(匂宮=今上帝三宮、薫、八宮長女=通称大君)、4(八宮次女=中の君=中の宮)、2(八宮=源氏の異母弟)※最初最後
 

椎本・和歌の対応の程度と歌数
和歌間の文字数
即答 6首  40字未満
応答 8首  40~100字未満
対応 5首  ~400~1000字+対応関係文言
単体 2首  単一独詠・直近非対応

※分類について和歌一覧・総論部分参照。

 

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 上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。

 なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
 


  原文
(定家本校訂)
現代語訳
(渋谷栄一)
632

吹きとく
声はあれど
てて見ゆる
遠方の白
〔八宮:源氏の異母弟〕山風に乗って
霞を吹き分ける
笛の音は聞こえますが
隔てて見えます
そちらの白波です
633
遠方こちの
汀に
つとも
なほ吹きかよへ
宇治の川
〔匂宮:今上三宮〕そちらとこちらの
汀に波は
隔てていても
やはり吹き通いなさい
宇治の川風よ
634

匂ふあたりに
尋ね来て
同じかざしを
折りてけるかな
〔匂宮〕山桜が
美しく咲いている辺りに
やって来て
同じこの地の美しい桜を插頭しに
手折ったことです
635
かざし折る
花のたよりに
賤の
垣根を過ぎぬ
春の旅人
〔八宮次女:中の君〕插頭の
花を手折るついでに、
山里の
家は通り過ぎてしまう
春の旅人なのでしょう
636
われなくて
草の庵は
荒れぬとも
このひとことは
かれじとぞ思ふ
〔八宮〕わたしが亡くなって
草の庵が
荒れてしまっても
この一言の約束だけは
守ってくれようと存じます
637
いかならむ
にかかれせむ
長き
契りむすべる
草の庵は
〔薫〕どのような
世になりましても
訪れなくなることはありません
この末長く約束を結びました
草の庵には
638
鹿鳴く
秋の山里
いかならむ
小萩が露の
かかる夕暮
〔匂宮→中の君〕牡鹿の鳴く
秋の山里は
いかがお暮らしでしょうか
小萩に露の
かかる夕暮時は
639
代答
涙のみ
りふたがれる
山里
籬に鹿
諸声に鳴く
〔大君代作(中の君)〕涙ばかりで
霧に塞がっている
山里は
籬に鹿が
声を揃えて鳴いております
640

友まどはせる
鹿の音を
おほかたにやは
あはれとも聞く
〔匂宮〕朝霧に
友を見失った
鹿の声を
ただ世間並に
しみじみと悲しく聞いておりましょうか
641
色変はる
浅茅を見ても
墨染に
やつるる
思ひこそやれ
〔薫〕色の変わった
浅茅を見るにつけても
墨染に身
をやつしていらっしゃるお姿を
お察しいたします
642
色変はる
をば露の
宿りにて
わが身ぞさらに
置き所なき
〔八宮長女:通称大君〕喪服に色の変わった
袖に露は
おいていますが
わが身はまったく
置き所もありません
643
秋霧の
晴れぬ雲居に
いとどしく
この世をかり
言ひ知らすらむ
〔薫〕秋霧の
晴れない雲居で
さらにいっそう
この世を仮の世だと
鳴いて知らせるのだろう
644
君なくて
岩のかけ道
絶えしより
をも
なにとかは見る
〔八宮長女:通称大君〕父上がお亡くなりになって
岩の険しい山道も
絶えてしまった今
松の雪を
何と御覧になりますか
645
奥山の
葉に積もる
とだに
消えにし人を
思はましかば
〔八宮次女:中の宮〕奥山の
松葉に積もる
雪とでも
亡くなった父上を
思うことができたらうれしゅうございます
646
雪深き
のかけはし
君ならで
またふみかよふ
跡を見ぬかな
〔八宮長女:通称大君〕雪の深い
山の懸け橋は、
あなた以外に
誰も踏み分けて
訪れる人はございません
647
つららとぢ
駒ふみしだく
川を
しるべしがてら
まづや渡らむ
〔薫〕氷に閉ざされて
馬が踏み砕いて歩む
山川を
宮の案内がてら、
まずはわたしが渡りましょう
648
立ち寄らむ
蔭と頼みし
椎が本
空しき床に
なりにけるかな
〔薫〕立ち寄るべき
蔭とお頼りしていた
椎の本は
空しい床に
なってしまったな
649
唱:贈
君が折る
峰の蕨と
見ましかば
知られやせまし
春のしるしも
〔大君?〕父宮が摘んでくださった
峰の蕨
でしたら
これを春が来たしるしだと
知られましょうに
650
唱:答
雪深き
汀の小芹
誰がために
摘みかはやさむ
親なしにして
〔中の君?〕雪の深い
汀の小芹も
誰のために
摘んで楽しみましょうか
親のないわたしたちですので
651
つてに見し
宿の桜を
この春は
隔てず
りてかざさむ
〔匂宮〕この前は、事のついでに眺めた
あなたの桜を
今年の春は
霞を隔てず
手折ってかざしたい
652
いづことか
尋ねてらむ
墨染に
みこめたる
宿の桜を
〔八宮次女:中君〕どこと
尋ねて手折るのでしょう
墨染に
霞み籠めている
わたしの桜を