徒然草112段 明日は遠き国へ:原文

囲碁双六 徒然草
第三部
112段
明日は遠き国
四十にも

 
 明日は遠き国へ赴くべしと聞かん人に、心静かになすべからんわざをば、人言ひかけてんや。
俄かの大事をも営み、切に歎く事もある人は、他の事を聞き入れず、人の愁へ、喜びをも問はず。
問はずとて、などやと恨むる人もなし。
されば、年もやうやう闌け、病にもまつはれ、況んや世をも遁れたらん人、またこれに同じかるべし。
 

 人間の儀式、いづれの事か去り難からぬ。
世俗の黙し難きに従ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心の暇もなく、一生は、雜事の小節にさへられて、空しく暮れなん。
日暮れ、塗遠し。
吾が生すでに蹉跎たり。
諸縁を放下すべき時なり。
信をも守らじ。
礼儀をも思はじ。
この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ。
うつつなし、情けなしとも思へ。
毀るとも苦しまじ。
誉むとも聞き入れじ。