宇治拾遺物語:一條桟敷屋、鬼の事

水無瀬殿 宇治拾遺物語
巻第十二
12-24 (160)
一條桟敷屋
巻第十三
上緒の主

 
 今は昔、一條桟敷屋に、ある男とまりて、傾城とふしたりけるに、夜中ばかりに、風ふき、雨ふりて、すさまじかりけるに、大路に、「諸行無常」と詠じて過ぐる者あり。
 なに者ならんと思ひて、蔀をすこし押し明けてみければ、長は軒と等しくて、馬の頭なる鬼なりけり。
 恐ろしさに、蔀を掛けて、奥の方へ入りたれば、この鬼、格子押しあけて、顔をさし入れて、「よく御覧じつるな、御覧じつるな」と申しければ、太刀を抜きて、入らば斬らんと構へて、女をば、そばに置きて待ちけるに、「よくよく御覧ぜよ」と言ひて去にけり。
 

 百鬼夜行にてあるやらんと、恐ろしかりけり。それより、一条の桟敷屋には、またも泊まらざりけるとなん。