宇治拾遺物語:検非違使忠明の事

水飯 宇治拾遺物語
巻第七
7-4 (95)
検非違使忠明
長谷寺参籠の男

 
 これもいまは昔、忠明といふ検非違使ありけり。それが若かりける時、清水の橋のもとにて、京童部どもと、いさかひをしけり。京童部、手ごとに刀をぬきて、忠明をたちこめて、殺さんとしければ、忠明も太刀を抜きて、御堂ざまに上るに、御堂の東のつまにも、あまた立ちて、向かひあひたれば、内へ逃げて、蔀のもとを脇にはさみて、前の谷へ躍り落つ。
 蔀、風にしぶかれて、谷の底に、鳥のゐるやうに、やをら落ちにければ、それより逃げていにけり。京童部ども、谷を見おろして、あさましがり、立ち並みて見けれども、すべきやうもなくて、やみにけりとなん。