徒然草206段 徳大寺故大臣殿:原文

比叡山 徒然草
第六部
206段
徳大寺故大臣
亀山殿

 
 徳大寺故大臣殿、検非違使の別当の時、中門にて、使庁の評定行はれけるほどに、官人章兼が牛放たれて、庁の内へ入りて、大理の座の浜床の上に登りて、にれうちかみて臥したりけり。
重き怪異なりとて、牛を陰陽師のもとへつかはすべきよし、各々申しけるを、父の相国聞き給ひて、「牛に分別なし。足あれば、いづくへか登らざらん。尫弱の官人、たまたま出仕の微牛を取らるやうなし」とて、牛をば主に返して、臥したりける畳をば換へられにけり。
あへて凶事なかりけるとなん。
 

 「怪しみを見て怪しまざる時は、怪しみかへりて破る」と言へり。