枕草子95段 ねたきもの

上の御局 枕草子
上巻下
95段
ねたき
かたはらいたき

(旧)大系:95段
新大系:91段、新編全集:91段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:100段
 


 
 ねたきもの 人のもとにこれより遣るも、人の返りごとも、書きてやりつるのち、文字一つ二つ思ひなほしたる。とみの物縫ふに、かしこう縫ひつと思ふに、針をひき抜きつれば、はやくしを結ばざりけり。また、かへさまに縫ひたるもねたし。
 

 南の院におはします頃、「とみの御物なり。誰も誰もあまたして時かはさず縫ひてまゐらせよ」とて、賜はせたるに、南面にあつまりて、御衣の片身づつ、誰かとく縫ふと、ちかくもむかはず、縫ふさまも、いと物ぐるほし。命婦の乳母、いととく縫ひはててうち置きつる、ゆだけの片の身を縫ひつるが、そむきざまなるを見つけで、とぢめもしあへず、まどひ置きて立ちぬるが、御背あはすれば、はやくたがひたりけり。
 わらひののしりて、「はやく、これ縫ひなほせ」といふを、「誰、あしう縫ひたりと知りてかなほさむ。綾などならばこそ、裏を見ざらむ人も、げにとなほさめ、無紋の御衣なれば、何をしるしにてか、なほす人誰もあらむ。まだ縫ひ給はざらむ人になほさせよ」とて、聞かねば、「さいひてあらむや」とて、源少納言の君などいふ人達の、もの憂げにとりよせて縫ひ給ひしを、見やりてゐたりしこそをかしかしりか。
 

 おもしろき萩、薄などを植ゑて見るほどに、長櫃持たる者、鋤などひきさげて、ただ掘りに掘りて往ぬるこそわびしうねたけれ。よろしき人などのある時はさもせぬものを、いみじう制すれども、「ただすこし」などうちいひて往ぬる、いふかひなくねたし。
 

 受領などの家に、さるべき所の下部などの来て、なめげにいひ、さりとて我をばいかがせむなど思ひたる、いとねたげなり。
 

 見まほしき文などを、人の取りて、庭に下りて見たるが、いとわびしきねたく、追ひていけど、簾のもとにとまりて見たる心地こそ、飛びも出でぬべき心地すれ。