伊勢物語 83段:小野 原文全文・比較対照

第82段
渚の院
伊勢物語
第三部
第83段
小野
第84段
さらぬ別れ

 
 目次
 

 ・あらすじ(大意)
 

 ・原文
 

 ・現代語訳(逐語解説)
 
  れいの狩 とくいなむ 草ひき結ぶ 
 
  御髪おろし ものがなし 
 
  夕暮にかへる
 
 
 

あらすじ

 
 
 惟喬親王前段の宴会の後、宮に帰る時の話。
 見送って、みなさっさと帰ろうとすると、禄をやると言って引き留めてきたが結局くれず、子分の馬頭(在五)もブーたれた。
 

 馬頭に垂れられたのが堪えたか、暫くして親王はハゲてしまう(御髪下ろし)。
 
 (馬頭に坊頭で合わせたのでしょうか。いいえ、心理的に物凄くもろかったのです。そう見たから、この文脈で書いている。
 前段から徹底して幼く描かれている人物なので、ヌクヌクした家から出家などしない。ボウズにして気を引きたかっただけ)
 

 著者(not馬頭)はその様子を哀れに思い、正月の挨拶(仕事)がてら、その有難いお髪をナムナム拝みに行った(これは義務という意味)。
 そうすると、かつての幼い様子はどこへやら、何ともフケこんでいる。
 そこに少しでもいると(実にどうでもよくて)時間が物凄く長く感じられ、
 どうでもいい忘れていた過去(一年ほど前)を思い出し、もうあの禄の話も完全に忘れているよなと。
 そして、また引き留められて謎の恩を着せられる前に、泣く泣く帰った。
 
 おわり。
 
 ただし次に出てくる85段では、自分の着ている服をよこしてきた(御ぞぬぎて給へけり)。
 一般ではこれを、理屈を超えた主従関係の証と見るんだと。意味不明。
 理屈を超えた頭剃りあげの時代劇かって。みんなで坊すりゃおかしくない?
 どこかの国をばかにはできんでしょ。
 
 
 

原文

男女
及び
和歌
定家本 武田本
(定家系)
朱雀院塗籠本
(群書類従本)
  第83段 小野(の雪)
   
   むかし、  むかし、  昔。
水無瀬にかよひ給ひし惟喬の親王、 みなせにかよひたまひしこれたかのみこ、 みなせにかよひ給ふこれたかのみこ。
  れいの狩しにおはします供に れいのかりしにおはしますともに、 れいのかりしありき給ひにけり。御ともに
  馬頭なる翁つかうまつれり。 うまのかみなるおきなつかうまつれり。 うまのかみなりけるおきなつかうまつれり。
  日ごろへて宮にかへり給うけり。 日ごろへて、宮にかへりたまうけり。 日比へて宮にかへり給ひけり。
       
   御送りしてとくいなむと思ふに、  御をくりしてとくいなむと思に、  御をくりしてとくいなんとおもふに。
  おほきみたまひ禄賜はむとて、 おほみきたまひ、ろくたまはむとて、 おほみき給ひろく給はせんとて。
  つかはさざりけり。 つかはさゞりけり。 つかはさざりければ。
  この馬頭心もとながりて、 このむまのかみ心もとながりて、 こゝろもとなくて。
       

151
 枕とて
 草ひき結ぶこともせじ
 まくらとて
 くさひきむすぶ事もせじ
 枕とて
 草引むすふこともせし
  秋の夜とだに
  たのまれなくに
  秋の夜とだに
  たのまれなくに
  秋のよとたに
  たのまれなくに
       
  とよみける。 とよみける。 とよみければ。
  時はやよひのつごもりなりけり。 時はやよひのつごもりなりけり。 やよひのつごもりなりけり。
       
   みこ大殿籠らで  みこ、おほとのごもらで  みこおほとのごもらで
  あかし給うてけり。 あかしたまうてけり。 あかし給ひけり。
  かくしつゝまうで仕うまつりけるを、 かくしつゝまうでつかうまつりけるを、 かくしつゝまいりつかうまつりけるを。
  思ひのほかに、 おもひのほかに、 思ひのほかに
  御髪おろし給うてけり。 御ぐしおろしたまうてけり。 御ぐしおろさせ給ひて。
      小野といふ所にすみ給ひけり。
       
   正月にをがみたてまつらむとて、  む月におがみたてまつらむとて、  む月におがみたてまつらんとて
  小野にまうでたるに をのにまうでたるに、 まうでたるに。
  比叡の山のふもとなれば、雪いとたかし。 ひえの山のふもとなれば、雪いとたかし。 ひえの山のふもとなれば雪いとたかし。
  しひて御室にまうでて しゐてみむろにまうでゝ しゐてみむろにまうでて
  をがみたてまつるに、 おがみたてまつるに、 おがみ奉るに。
  つれづれと つれづれと つれ〴〵と
  いとものがなしくておはしましければ、 いとものがなしくておはしましければ、 いと物がなしうておはしましければ。
  やゝ久しくさぶらひて、 やゝひさしくさぶらひて、 やゝ久しく侍らひて。
  いにしへのことなど思ひ出で聞えけり。 いにしへの事など思ひいでゝきこえけり。 いにしへの事など思ひ出て聞えさせけり。
       
  さてもさぶらひてしがなと思へど、 さてもさぶらひてしがなとおもへど、 さてもさぶらひてしがなとおもへども。
  公事どもありければ、 おほやけごとゞもありければ、 おほやけごともあれば
  えさぶらはで、 えさぶらはで、 えさぶらはで。
  夕暮にかへるとて、 ゆふぐれにかへるとて、 暮にかへるとてよめる。
       

152
 忘れては
 夢かぞとおもふ思ひきや
 わすれては
 ゆめかとぞ思ふおもひきや
 忘れては
 つゝ古今夢かとそ思ふおもひきや
  雪ふみわけて
  君を見むとは
  雪ふみわけて
  きみを見むとは
  雪ふみ分て
  君をみんとは
       
  とてなむ泣く泣く来にける。 とてなむなくなくきにける。 とよみてなん。なく〳〵かへりにける。
   

現代語訳

 
 

れいの狩

 

むかし、水無瀬にかよひ給ひし惟喬の親王、
れいの狩しにおはします供に馬頭なる翁つかうまつれり。
日ごろへて宮にかへり給うけり。

 
 
むかし
 

水無瀬にかよひ給ひし惟喬の親王
 水無瀬に通いなさっていた惟喬親王が
  

 惟喬親王(844-897≒53歳)
 (872年病のため出家し小野に隠棲。つまりこの段は28歳時)
 

れいの狩しにおはします供に
 例の狩をなさるお供に
 
 れいの狩:82段(渚の院)での話。
 狩とは名ばかりで、ただ酒を飲んで遊んでいた。
 

馬頭なる翁つかうまつれり
 馬頭の爺を連れていた。
 
 これは業平のことというのは常識だろうが、
 前82段では「右馬頭なりける人」「その人の名忘れにけり」
 だったので「翁」は明らかに意図した蔑称。もちろん馬頭も在五同様蔑称。
 役職? 当てただけ。バカとか阿保とか書くわけにいかんので。
 
 右馬頭なりける人(78段・山科の宮)
 右馬頭なりける翁(77段・安祥寺)
 このような符合でも、77段で業平と認定されない。権威ある誰かか認定しないとダメなのだな。
 

日ごろへて宮にかへり給うけり
 日頃の遊びを経て、(水無瀬の宮から)京の宮に帰ることになった。
 
 つまりここまでは導入の要旨で、帰ってしまったという意味ではない。
 

 

とくいなむ

 

御送りしてとくいなむと思ふに、
おほきみたまひ禄賜はむとて、つかはさざりけり。

 
 
御送りして、とくいなむと思ふに
 見送りして、さっさと帰ろうと思うと
 
 前段の文脈。馬頭はともかく、著者は無理につき合わされている。81段塩釜で、河原左大臣宅で親王達の集会に呼ばれ目をつけられた。
 なお、著者は「在五」を「けぢめ見せぬ心」(63段)とし、「在原なりける男」(65段)としているので、これは著者(むかし男)ではない。
 むかし男は人目を忍ぶことが最大のポリシー(だから匿名)、在原は後宮に「人の見るをも知でのぼり」とされ、著者(むかし男)ではありえない。
 この両者を混同することは、伊勢の価値観、著者の大切にしている価値を全否定している。業平のような多動の淫奔と同一視することがそれ。
 

 とく 【疾く】
 :すぐに。早速。急いで。
 

 いぬ 【往ぬ・去ぬ】
 :立ち去る。行ってしまう。

おほきみたまひ禄賜はむとて
 大君のたまい、褒美を授けるといって
 

 たまひ:前段で著者は「のたまひ」を連発していたが、ここではそれを包んでいる

 賜はむ:無理につきあわせ、一人だけ先に寝たことを受けている。少しは反省したか。
 

つかはさざりけり
 そう言いながら与えず、帰るに帰させない。
 

 つかはす 【遣はす】
 :行かせる。やる。与える。贈る。
 
 ここでは賜るとかけて、そう言いつつやらない。セコいなあ。
 というか、あとの出家する文脈からすると寂しいんだよな。本当にただの子供なんだよ。なりは大人でも。
 それは業平も同じ。だから仲良し(「常に率ておはしましけり」82段)。でもそれでは人の上には立てんわ。
 
 

草ひき結ぶ

 

この馬頭心もとながりて、
 
枕とて 草ひき結ぶこともせじ
 秋の夜とだに たのまれなくに
 
とよみける。
時はやよひのつごもりなりけり。

 
 
この馬頭心もとながりて
 この馬頭じれったくなり、
 
 「この馬頭」この表現からも著者ではありえない。馬頭と確実につけることから、全体に一貫する昔男でもありえない(昔男は女方を内から描写する)。
 伊勢がむかし男・つまり著者の体験記というのはそもそもの大前提。
 当初はそうみなしていた。なぜなら、今以上に読解力がなさすぎたから(主客の安易な混同、幾多の真逆の意味での取り違え)。
 少しは情報が共有されて著者業平説が揺らいでくれば、今度は著者と「むかし男」を無理に切り分け、何とかそれを維持しようする。
 つまり当初業平とされた前提を忘れている。目先の表現だけ見て全体を見ない、いやというか、目先の表現だけ見てもおかしいのにな。
 おかしな結論でも流布しているなら、理由があるに違いない、じゃない。その理由は、一番肝心な過ちに、誰一人真摯に向き合わないことだ。
 長いものに巻かれ、筋通らんでも知ったかでゴリ押ししときゃ楽だもんな。ただそれじゃ自分の眼力は上がらんけどな。気取ってたいなら別にいいけど。
 

 こころもとながる 【心許ながる】
 :じれったく思う。不安に思う。
 

枕とて 草ひき結ぶこともせじ
 枕とて 草で結ぶことなどしたくはない
 

 草枕:旅の枕(まくら)。転じて、旅寝そのものや旅をもいう。
 【枕詞】古来、旅にあって草を結んで枕とし、夜露にぬれて仮寝をしたことから「旅寝」「夜露」などにかかる。とのこと。
 
 貴族の馬頭が、草枕を枕にすることなどない。そもそも草枕自体が象徴表現。
 これは歌の表現を知っているという露骨なアピール。だから表現が定型句をなぞったように安易。草枕をただ冗長にさせただけ。
 

秋の夜とだに たのまれなくに
 秋の夜でさえ 頼まれてもしないのに
 

 だに
 ①〔最小限〕せめて…だけでも。せめて…なりとも。
 ②〔ある状態を強調し、意中を当然のものと暗示させる〕…だって。…でさえ。…すら。▽下に打消の語を伴って。
 

とよみける
 と詠んだ。
 

時はやよひのつごもりなりけり
 時は三月の月末のことだった。
 
 これは、何ズレたこと言ってるという著者のツッコミ。御殿で草とか秋とかなんだよ、知識をひけらかして、逆にその浅さを露呈している。
 最後のシュールなツッコミを先取りして歌に読み込んでどうするのよ。何にも文脈考えんのな。まあ、知識を読むだけで精一杯なのよ。
 この馬頭は前段から、桜がなくなればいい~などと馬鹿な歌を歌って、著者に歌でダメだしされた。その口で秋、貴族皇族のお気楽な遊びで草なのよ?
 ここも同じ構図なので、その馬頭の次の歌「また、人の歌、散ればこそ」における、無名の「人」は著者ということが、ここでも裏づけられる。
 
 それを学者などは、いやそうではない、この歌も桜の歌もダメなように解すべきではないと、アクロバティックで不毛なフォローに必死になる。
 まあ、大々大前提が覆されるのは避けねばならんよな。しかし、最初に業平とみなされたのは、そうやって文字・事実を直視せず、こじつけたから。
 都合の悪いクリティカルなことは、悉く全力で無視しておいて、無条件での業平アゲという前提は動かさず、末節のどうでもいい議論を延々とする。
 安易で無責任な夢想に浸ってたいのよ。大体オエラ方の特徴。わかってなくても特殊用語羅列して格好つけてりゃいいんだから。あれ何か似てない?
 ここまで書いた著者が、業平を装っているとか、あろうことか「この馬頭」を、むかし男とみるのは、伊勢と著者に対する最大の辱め。ありえない。
 
 

御髪おろし

 

みこ大殿籠らであかし給うてけり。
かくしつゝまうで仕うまつりけるを、思ひのほかに、御髪おろし給うてけり。

 
 
みこ大殿籠らであかし給うてけり
 皇子はお部屋に今夜はこもらないで、夜を明かしたもうた。
 (これは壮絶な皮肉。前段では馬が寝るなというに一人で寝た)
 

 おとど 【大殿】
 ①御殿。身分の高い人のすまい、またその中の部屋の尊敬語。
 

かくしつゝ、まうで仕うまつりけるを
 そのようにして、参りながら仕えて(相手をして)いたのに
 

 まうづ 【参づ】
 参る。参上する。
 

思ひのほかに御髪おろし給うてけり
 思いもよらず、(突如)髪をおろして(坊主になって)しまった。
 
 なお、髪をおろしただけで出家という意味ではない。ただのポーズ。坊(主)だけにな。そこまでのタマではない。
 大体そういうことをするのは、ナマぬる~い環境にいる人。開祖からそう。考えてるフリ。寝そべって格好つけてる。
 でなければそんなポーズをとらない。
 

 おもひのほかなり 【思ひの外なり】
 :思いがけない。意外だ。
 
 

ものがなし

 

正月にをがみたてまつらむとて、小野にまうでたるに
比叡の山のふもとなれば、雪いとたかし。
しひて御室にまうでてをがみたてまつるに、
つれづれといとものがなしくておはしましければ、
やゝ久しくさぶらひて、いにしへのことなど思ひ出で聞えけり。

 
 
正月にをがみたてまつらむとて
 正月にそのお顔とお髪を拝もうといって
 
 もちろん壮絶な皮肉。拝むを仏にかけて髪にもかけている。もちろん髪がないことは当然知っている。
 

 をがむ 【拝む】
 ①(神仏に)礼拝する。
 ②拝顔する。お目にかかる。
 

小野にまうでたるに
 小野に参ってみれば、
 

比叡の山のふもとなれば雪いとたかし
 比叡山の麓だったので、雪がとても高かった。
 

しひて御室にまうでて
 何とかしてお部屋に参って
 

 しひて 【強ひて】
 :①無理に。無理をおして。
 
 これは慕っていたからではなく、前段で無理に付き合わされたことのお返し。
 あとは若干のお見舞い。子供のことだから。馬はもうどうかはしらんけど。こっちは最低限の礼儀は重んじる。お礼参り。
 

をがみたてまつるに
 (これが噂の仏か)ナムナムと拝むと
 

つれづれと
 ぼんやりと
 

 つれづれ 【徒然】:
 ①手持ちぶさた。退屈であること。所在なさ。
 ②しんみりしたもの寂しさ。物思いに沈むこと。
 

いとものがなしくておはしましければ
 とても物悲しそうにしていらしたので、
 

やゝ久しくさぶらひて
 やや!(これはこれは!) 久しぶりに参じれば、別人のように!
 などと言って、ちょっとだけ長く居候して
 

 やや 【稍・漸】
 :ちょっと。いくらか
 だいぶ長時間という意味ではない。それだと物凄い長い時間(数時間以上)になる。
 

 ひさし 【久し】
 :長い。主観的にかなり長い意味。
 

 さぶらふ 【侍ふ・候ふ】
 ①お仕え申し上げる。そばにお控え申し上げる。仕えるの謙譲語。
 ②参る。参上する。うかがう。行くの謙譲語。
 
 つまり「やや」「久し」「さぶらふ」いずれも多義的に用いている。
 

いにしへのことなど思ひ出で聞えけり
 (少し前のことを)大げさな思い出し話を聞く相手になった。
 
 

夕暮にかへる

 

さてもさぶらひてしがなと思へど、
公事どもありければ、えさぶらはで、夕暮にかへるとて、
 
忘れては 夢かぞとおもふ思ひきや
 雪ふみわけて 君を見むとは
 
とてなむ泣く泣く来にける。

 
 
さてもさぶらひてしがなと思へど
 はてさて、このままこうしていようかなとも思いましたが、
 

 さても 【然ても】
 〔感動詞〕それにしてもまあ。
 〔接続詞〕ところで。それはそうと。それにしても。
 〔副詞〕①そうであっても。②そのまま。そうして。
 
 ここでも全ての意味を含む。
 

公事どもありければ
 公の仕事があるので、
 (つまり私事ではない。あてつけ)
 

えさぶらはで夕暮にかへるとて
 居候はできず、夕暮れには帰るといって
 

忘れては 夢かぞとおもふ 思ひきや
 もう忘れ 夢かと思った と思いきや
 
 夢=前段でのおかしな話。
 

雪ふみわけて 君を見むとは
 雪まで踏み分け 君を見るとは これが現実
 

とてなむ、泣く泣く来にける
 と思って(せつなく)泣く泣く帰って来た。
 
 泣く泣くはもちろん皮肉。正月から坊を参るとは何の因果かねえ。