古事記~ヌナカハ姫の歌  原文対訳

八千矛の歌 古事記
上巻 第三部
大国主の物語
ヌナカハ姫の歌
スセリ姫への歌
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)
爾其
沼河日賣。
 ここにその
沼河日賣
ぬなかはひめ、
 そこで、その
ヌナカハ姫が、
未開戶。 いまだ戸を開ひらかずて まだ戸を開あけないで、
自内歌曰。 内より歌よみしたまひしく、 家の内で歌いました歌は、
     
夜知富許能 迦微能美許等 八千矛やちほこの神の命 ヤチホコの神樣、
奴延久佐能 賣邇志阿禮婆 ぬえくさの 女めにしあれば、 萎しおれた草のような女のことですから
和何許許呂 宇良須能登理叙  吾わが心 浦渚うらすの鳥ぞ。 わたくしの心は 漂う水鳥、
伊麻許曾婆 和杼理邇阿良米 今こそは 吾わ鳥にあらめ。 今いまこそわたくし鳥どりでも
能知波 那杼理爾阿良牟遠 後は 汝鳥などりにあらむを、 後のちにはあなたの鳥になりましよう。
伊能知波 那志勢多麻比曾 命は な死しせたまひそ。 命いのち長ながくお生いき遊あそばしませ。
伊斯多布夜 阿麻波世豆迦比 いしたふや 天馳使、 下におります走り使をする者の
     
許登能 加多理碁登母 事の語りごとも 事ことの語かたり傳つたえは
許遠婆 こをば。 かようでございます。
     
阿遠夜麻邇 比賀迦久良婆 青山に 日が隱らば、 青い山やまに日ひが隱かくれたら
奴婆多麻能 用波伊傳那牟 ぬばたまの 夜は出でなむ。 眞暗まつくらな夜よになりましよう。
阿佐比能 恵美佐加延岐弖 朝日の 咲ゑみ榮え來て、 朝のお日樣ひさまのようににこやかに來て
多久豆怒能 斯路岐多陀牟岐 たくづのの 白き腕ただむき コウゾの綱のような白い腕、
阿和由岐能 和加夜流牟泥遠 沫雪の わかやる胸を 泡雪のような若々しい胸を
曾陀多岐 多多岐麻那賀理 そ叩だたき 叩きまながり そつと叩いて手をとりかわし
麻多麻傳 多麻傳佐斯麻岐 眞玉手 玉手差し纏まき 玉のような手をまわして
毛毛那賀爾 伊波那佐牟遠 股もも長に 寢いは宿なさむを。 足を伸のばしてお休みなさいましようもの。
阿夜爾 那古斐支許志 あやに な戀ひきこし。 そんなにわびしい思おもいをなさいますな。
夜知富許能 迦微能美許登 八千矛の 神の命。 ヤチホコの神樣かみさま。
     
許登能 迦多理碁登母 事の語りごとも 事ことの語かたり傳つたえは、
許遠婆 こをば。 かようでございます。
     
故其夜者。
不合而。
 かれその夜は
合はさずて、
 それで、その夜は
お會あいにならないで、
明日夜
爲御合也。
明日くるつひの夜
御合みあひしたまひき。
翌晩
お會あいなさいました。

 

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