枕草子63段 あかつきに帰らむ人は

河は 枕草子
上巻中
63段
あかつきに
橋は

(旧)大系:63段
新大系:60段、新編全集:61段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:28段
 

能因本段冒頭:暁に帰る人の


 
 あかつきに帰らむ人は、装束などいみじううるはしく、烏帽子の緒、元結、かためずともありなむとこそおぼゆれ。いみじくしどけなく、かたくなしく、直衣、狩衣などゆがめたりとも、誰か見知りてわらひそしりもせむ。
 

 人はなほあかつきのありさまこそ、をかしうもあるべけれ。わりなくしぶしぶに起きがたげなるを、しひてそそのかし、「明けすぎぬ。あな、見苦し」などいはれて、うちなげくけしきも、げにあかず物憂くもあらむかしと見ゆ。指貫なども、ゐながら着もやらず、まづさしよりて、夜いひつることの名残、女の耳にいひ入れて、なにわざするともなきやうなれど、帯など結ふやうなり。格子おしあげ、妻戸ある所は、やがてもろともに率ていきて、昼のほどのおぼつかなからむことなども、いひ出でにすべり出でなむは、見おくられて名残もをかしかりなむ。
 

 思ひ出所ありて、いときはやかに起きて、ひろめきたちて、指貫の腰ごそごそとかはは結ひなほし、うへのきぬも、狩衣、袖かひまくりて、よろとさし入れ、帯いとしたたかに結ひはてて、ついゐて、烏帽子の緒きとつよげに結ひ入れて、かいすうる音して、扇、畳紙など、よべ枕上におきしかど、おのづから引かれ散りにけるをもとむるに、くらければ、いかでかは見えむ、いづらいづらとたたきわたし、見出でて、扇ふたふたとつかひ、懐紙さし入れて、「まかりなむ」とばかりこそいふらめ。