源氏物語 初音:巻別和歌6首・逐語分析

玉鬘 源氏物語
和歌一覧
各巻別内訳
23帖 初音
胡蝶

 
 源氏物語・初音(はつね)巻の和歌6首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。

 

 内訳:2×2(、明石)、1×2(紫上、明石姫君)※最初最後
 

初音・和歌の対応の程度と歌数
和歌間の文字数
即答 2首  40字未満
応答 0  40~100字未満
対応 2首  ~400~1000字+対応関係文言
単体 2首  単一独詠・直近非対応

※分類について和歌一覧・総論部分参照。

 

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 上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。

 なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
 


  原文
(定家本校訂)
現代語訳
(渋谷栄一)
352
薄氷
解けぬる池の
には
世に曇りなき
影ぞ
並べる
〔源氏〕薄い氷も
解けた池の
鏡のような面には
世にまたとない
二人の影が並んで映っています
353
曇りなき
池の鏡

よろづ代を
すむべき影ぞ
しるく見えける
〔紫上〕一点の曇りのない
池の鏡に
幾久しく
ここに住んで行くわたしたちの影が
はっきりと映っています
354
月を
にひかれて
る人に
今日
初音聞かせよ
〔明石〕長い年月を
子どもの成長を
待ち続けていましたわたしに
今日はその
初音を聞かせてください
355
ひき別れ
れども

立ちし
根を忘れめや
〔明石姫君〕別れて
何年も経ちましたが
わたしは
生みの
母君を忘れましょうか
356
めづらしや
のねぐらに
木づたひて
谷の古巣
へる
〔明石〕何と珍しいことか、
花の御殿に住んでいる鴬が

谷の古巣を
訪ねてくれたとは
357
ふるさとの
春の梢に
ね来て
世の常ならぬ
を見るかな
〔源氏〕昔の邸の
春の梢を
訪ねて来てみたら
世にも珍しい
紅梅の花が咲いていたことよ

 

 

 ここでの初音は、355の明石の姫君の初春の便りで、鶯は明石の姫君の例え。

 

 その便りを見た感想が356の明石(母)の歌で、それに続く源氏(明石の姫君の父)の357は356と対になってはいるが、明石を尋ねた文脈から離れて違う花(末摘花)を尋ねて「独りごち」たもので、ハナ違いやという際どい歌である(末摘花は紅花に掛け、鼻が赤い女性の例え)。

 したがって357の「世の常ならぬ花」もそのように解し(末摘花の鼻の色に掛けた表現)、さらにひるがえり、356の明石の歌の内容(めづらしやのねぐらに木づたひて谷の古巣へる)も、そこへお出かけする伏線と見る(文脈は違うが、構造上源氏と明確に対になっている)。

 花散里と対照的に、末摘花は登場時からネタの象徴で(寝た違い)、著者がふざけているところというメッセージ。

 

 なお、いずれも新春の内容で、春だから356と357の歌詞がたまたま重なった(あるいは文言のリンクに意味がない)のではないことは、前後の歌の対比から明らかであるし、女性の容姿いじりが普通だったということもない。

 だから357の直前で「紅梅の咲き出でたる匂ひなど、見はやす人もなきを見わたしたまひて」とぼかしている。「世の常ならぬ花」が紅梅のことなら、人目をはばかる理由がないし、その前に「いと鼻赤き御兄」も出てくる。そういうことは思っても、心に留めておくか何らかの形で昇華させる必要がある、それが良い大人の嗜み。