奥の細道 雲巌寺:原文対照



『おくのほそ道』
素龍清書原本 校訂
『新釈奥の細道』
   当国雲巌寺の奥に 當國雲岸寺のおくに
  仏頂和尚山居の跡あり。 佛頂和尙山居の跡あり
     

8
 竪横の 五尺にたらぬ 草の庵  たてよこの 五尺にたらぬ 草の庵

9
 結ぶもくやし 雨なかりせば  むすぶもくやし 雨なかりせば
     
  と、松の炭して岩に書き付け侍りと、 と松の炭して岩にかきつけ侍りと
  いつぞや聞こえ給ふ。 聞へ給ふ
     
  その跡見んと、雲巌寺に杖を曳けば、 其跡見んと雲岸寺に杖をひけば
  人々進んでともにいざなひ、 人にすゝんでともにいざなひ
  若き人多く道のほどうち騒ぎて、 若き人多く道の程うちさわぎて
  おぼえずかの麓に到る。 覺へずかの麓に至る
  山は奥ある気色にて、 山はおくあるけしきにて
  谷道遙かに、松杉黒く、苔しただりて、 谷道遙に松杉黑く苔したゝりて
  卯月の天今なほ寒し。 卯月の天今猶寒し
  十景尽くる所、橋を渡つて山門に入る。 十景つくる所橋を渡て山門に入る
     
   さて、かの跡はいづくのほどにやと、 扨かのあとはいづくの程にやと
  後の山によぢ登れば、 後の山によぢのほれは
  石上の小庵、岩窟に結び掛けたり。 石上の小庵岩窟にむすびかけたり
  妙禅師の死関、 妙禪師の死關
  法雲法師の石室を見るがごとし。 法雲法師の石室を見るが如し
     

10
 木啄も 庵は破らず 夏木立  木啄も 庵はやぶらす 夏木立
     
  と、とりあへぬ一句を柱に残し侍りし。 一本コノとナシ取あへぬ一句を柱に殘し侍し

 8「竪横の 五尺にたらぬ 草の庵」

 「結ぶもくやし 雨なかりせば」

 これは何気なく見ると一つの和歌だが、直後に「松の炭して岩に書き付け」とあり、これで十中八九、下の句を別人が書いたであろうことが解る。

 つまりこの二首は伊勢物語69段・狩の使「続松の炭して歌の末を書きつぐ」に由来したものと解される(芭蕉が歌番を意識したかは不明だが、10番目の句も同じ雲巌寺で括られており、偶然にしては良くできているので意図したと見たい。三首は日光・雲巌寺・平泉の三か所だけ)。