源氏物語 手習:巻別和歌28首・逐語分析

蜻蛉 源氏物語
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53帖 手習
夢浮橋

 
 源氏物語・手習(てならい)巻の和歌28首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。

 

 内訳:12()、8(中将=妹尼の娘婿)、7(妹尼=横川僧都の妹)、1(薫=頭中将の孫)※最初最後
 

手習・和歌の対応の程度と歌数
和歌間の文字数
即答 7首  40字未満
応答 9首  40~100字未満
対応 9首  ~400~1000字+対応関係文言
単体 3首  単一独詠・直近非対応

※分類について和歌一覧・総論部分参照。

 

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 上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。

 なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
 


  原文
(定家本校訂)
現代語訳
(渋谷栄一)
767
身を投げし
涙の川の
早き瀬を
しがらみかけて
誰れか止めし
〔八宮三女:通称浮舟〕涙ながらに身を投げた
あの川の
早い流れを
堰き止めて
誰がわたしを救い上げたのでしょう
768
我かくて
憂き世の中に
めぐるとも
誰れかは知らむ
月の都
〔浮舟〕わたしがこのように
嫌なこの世に
生きているとも
誰が知ろうか、
あの月が照らしている都の人で
769
あだし野の
風になびくな
女郎花
我しめ結はむ
道遠くとも
〔中将:妹尼の娘婿→浮舟〕浮気な
風に靡くなよ、
女郎花
わたしのものとなっておくれ、
道は遠いけれども
770
代答
移し植ゑて
思ひ乱れぬ
女郎花
憂き世を背く
草の庵に
〔妹尼:横川僧都の妹〕ここに移し植えて
困ってしまいました
女郎花です
嫌な世の中を逃れた
この草庵で
771
松虫の
声を訪ねて
来つれども
また萩原の
に惑ひぬ
〔中将→浮舟〕松虫の
声を尋ねて
来ましたが
再び萩原の
露に迷ってしまいました
772
代答
秋の野の
分け来たる
狩衣
葎茂れる
宿にかこつな
〔妹尼〕秋の野原の
露を分けて来たため
濡れた狩衣は
葎の茂った
わが宿のせいになさいますな
773
代贈
深き夜の
月をあはれと
見ぬ人や
山の端近き
宿に泊らぬ
〔妹尼代作(浮舟)〕夜更けの
月をしみじみと
御覧にならない方が
山の端に近い
この宿にお泊まりになりませんか
774
山の端
入るまで月を
眺め見む
閨の板間も
しるしありやと
〔中将→浮舟〕山の端に
隠れるまで月を
眺ましょう
その効あって
お目にかかれようかと
775
忘られぬ
昔のこと
竹の
つらきふしにも
音ぞ泣かれける
〔中将〕忘れられない
昔の人のことや

つれない人のことにつけ
声を立てて泣いてしまいました
776
の音に
昔のこと
偲ばれて
帰りしほども
袖ぞ濡れにし
〔妹尼〕笛の音に
昔のことも
偲ばれまして
お帰りになった後も
袖が濡れました
777
はかなくて
世に古川の
憂き瀬には
尋ねも行かじ
二本の
〔浮舟〕はかないままに
この世に
つらい思いをして生きているわが身はあの古川に
尋ねて行くことはいたしません、
二本の杉のある
778
答:
古川の
のもとだち
知らねども
過ぎにし人に
よそへてぞ見る
〔妹尼〕あなたの昔の人のことは

存じませんが
わたしはあなたを亡くなった娘と
思っております
779
心には
秋の夕べを
分かねども
眺むる袖に
露ぞ乱るる
〔浮舟〕わたしには
秋の情趣も
分からないが
物思いに耽るわが袖に
露がこぼれ落ちる
780
山里の
秋の夜深き
あはれをも
もの思ふ人
思ひこそ知れ
〔中将〕山里の
秋の夜更けの
情趣を
物思いなさる方は
ご存知でしょう
781
憂きものと
思ひも知らで
過ぐす身を
もの思ふ人
人は知りけり
〔浮舟〕情けない
身の上とも分からずに
暮らしているわたしを
物思う人だと
他人が分かるのですね
782
なきものに
身をも人をも
思ひつつ
捨ててしをぞ
さらに捨てつる
〔浮舟〕死のうと
わが身をも人をも
思いながら
捨てた世を
さらにまた捨てたのだ
783
限りぞと
思ひなりにし
の中を
返す返す
背きぬるかな
〔浮舟〕最期と
思い決めた
世の中を
繰り返し
背くことになったわ
784
遠く
漕ぎ離るらむ
海人舟に
乗り遅れじと
急がるるかな
〔中将〕岸から遠くに
漕ぎ離れて行く
海人舟に
わたしも乗り後れまいと
急がれる気がします
785
心こそ
憂き世の
離るれど
行方も知らぬ
海人の浮木を
〔浮舟〕心は
厭わしい世の中を
離れたが
その行く方もわからず
漂っている海人の浮木です
786
木枯らしの
吹きにし
麓には
立ち隠すべき
蔭だにぞなき
〔妹尼〕木枯らしが
吹いた山の
麓では
もう姿を隠す
場所さえありません
787
待つ人も
あらじと思ふ
里の
梢を見つつ
なほぞ過ぎ憂き
〔中将〕待っている人も
いないと思う
山里の
梢を見ながらも
やはり素通りしにくいのです
788
贈:
おほかたの
世を背きける
君なれど
厭ふによせて
身こそつらけれ
〔中将→浮舟〕一般の
俗世間をお捨てになった
あなた様ですが
わたしをお厭いなさるのにつけ、
つらく存じられます
789
かきくらす
野山の
眺めても
降りにしことぞ
今日も悲しき
〔浮舟〕降りしきる
野山の雪を
眺めていても
昔のことが
今日も悲しく思い出される
790
山里の
間の若菜
みはやし
なほ生ひ先の
頼まるるかな
〔妹尼〕山里の
雪の間に生えた若菜を
摘み祝っては
やはりあなたの将来が
期待されます
791
深き
野辺の若菜
今よりは
君がためにぞ
年もむべき
〔浮舟〕雪の深い
野辺の若菜も
今日からは
あなた様のために
長寿を祈って摘みましょう
792
袖触れ
人こそ見えね
花の香
それかと匂ふ
春のあけぼの
〔浮舟〕袖を触れ合った
人の姿は見えないが、
花の香が
あの人の香と同じように匂って来る、
春の夜明けよ
793
見し人は
影も止まらぬ
水の上に
落ち添ふ涙
いとどせきあへず
〔薫〕あの人は
跡形もとどめず、
身を投げたその川の面にいっしょに
落ちるわたしの涙が
ますます止めがたいことよ
794
尼衣
変はれる身にや
ありし世の
形見に袖を
かけて偲ばむ
〔浮舟〕尼衣に
変わった身の上で、
昔の
形見としてこの華やかな衣装を身に
つけて、今さら昔を偲ぼうか