枕草子31段 心ゆくもの

過ぎにし方 枕草子
上巻上
31段
心ゆくもの
檳榔毛は

(旧)大系:31段
新大系:28段、新編全集:29段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:31段
 


 
 心ゆくもの よくかいたる女絵の、ことばをかしうつけておほかる。物見のかへさに、乗りこぼれて、をのこどもいとおほく、牛よくやる者の車走らせたる。しろくきよげなるみちのくに紙に、いといとほそう、かくべくはあらぬ筆してふみかきたる。うるはしき糸のねりたる、あはせぐりたる。てうばみに、てうおほくうちいでたる。物よくいふ陰陽師して、河原にいでて呪詛のはらへしたる。よる寝おきてのむ水。
 

 つれづれなる折りに、いとあまりむつまじうもあらぬまらうどの来て、世の中の物語、この頃のあることのをかしきもにくきもあやしきも、これかれにかかりて、おほやけわたくしおぼつかなからず、聞きよきほどにかたりたる、いと心ゆく心地す。
 

 神、寺などにまうでて物申さするに、寺は法師、社は禰宜などの、くらからずさわやかに、思ふほどにもすぎてとどこほらず聞きよう申したる。