古事記 大御葬・四歌~原文対訳

片歌 古事記
中巻⑤
12代 景行天皇
倭建の歌物語
9 大御葬の歌
倭建命の系譜
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

1伊那賀良の歌

     
於是坐
倭后等。
及御子等。
 ここに倭やまとにます
后たち、また御子たち
 ここに大和においでになる
お妃たちまた御子たちが
諸。下到而。 もろもろ下りきまして、 皆下つておいでになつて、
作御陵。 御陵を作りき。 御墓を作つて
即匍匐廻
其地之
那豆岐田
〈自那下
三字以音〉而。
すなはち
其地そこの
なづき田に
匍匐はらばひ廻もとほりて、
そのほとりの田に
這い廻つて
哭爲
歌曰。
哭みねなかしつつ
歌よみしたまひしく、
お泣きになつて
お歌いになりました。
     
那豆岐能 なづきの 周まわりの田の
多能伊那賀良邇 田の稻幹いながらに、 稻の莖くきに、
伊那賀良爾 稻幹いながらに 稻の莖に、
波比母登富呂布 蔓はひもとほろふ 這い繞めぐつている
登許呂豆良 ところづら。 ツルイモの蔓つるです。
     

2八尋白智鳥の歌

     
於是化
八尋白智鳥。
〈智字以音〉
 ここに
八尋白智鳥しろちどりになりて、
 しかるに其處から
大きな白鳥になつて
翔天而 天翔あまがけりて、 天に飛んで、
向濱飛行。 濱に向きて
飛びいでます。
濱に向いて
飛んでおいでになりましたから、
爾其后及御子等。 ここにその后たち御子たち、 そのお妃たちや御子たちは、
於其小竹之
苅杙。
その小竹しのの
苅杙かりばねに、
其處の篠竹しのだけの
苅株かりくいに
雖足䠊破。 足切り破るれども、 御足が切り破れるけれども、
忘其痛以哭追。 その痛みをも忘れて、
哭きつつ追ひいでましき。
痛いのも忘れて
泣く泣く追つておいでになりました。
     
此時歌曰。 この時、歌よみしたまひしく、 その時の御歌は、
     
阿佐士怒波良 淺小竹原あさじのはら 小篠こざさが原を
許斯那豆牟 腰こしなづむ。 行き惱なやむ、
蘇良波由賀受 虚空そらは行かず、 空中からは行かずに、
阿斯用由久那 足よ行くな。 歩あるいて行くのです。
     

3那豆美行時の歌

     
又入其海鹽而。  またその海水うしほに入りて、  また、海水にはいつて、
那豆美
〈此三字以音〉
行時歌曰。
なづみ
行いでます時、
歌よみしたまひしく、
海水の中を
骨を折つておいでになつた時の
御歌、
     
宇美賀由氣婆 海が行けば 海うみの方ほうから行ゆけば
許斯那豆牟 腰なづむ。 行き惱なやむ。
意富迦波良能 大河原の 大河原おおかはらの
宇惠具佐 植草うゑぐさ、 草のように、
宇美賀波 海がは 海や河かわを
伊佐用布 いさよふ。 さまよい行く。
     

4濱つ千鳥の歌

     
又飛
居其磯之時。
 また飛びて
その磯に居たまふ時、
 また飛んで、
其處の磯においで遊ばされた時の
歌曰。 歌よみしたまひしく、 御歌、
     
波麻都知登理。 濱つ千鳥 濱の千鳥、
波麻用波由迦受。 濱よ行かず 濱からは行かずに
伊蘇豆多布。 磯傳ふ。 磯傳いをする。
     

大御葬

     
是四歌者。  この四歌は、  この四首の歌は
皆歌其御葬也。 みなその御葬みはふりに歌ひき。 皆そのお葬式に歌いました。
故至今其歌者。 かれ今に至るまで、 それで今でも
歌天皇之
大御葬也。
その歌は天皇の
大御葬おほみはふりに歌ふなり。
その歌は天皇の
御葬式に歌うのです。
     

白鳥御陵

     
故自其國。 かれその國より そこでその國から
飛翔行。 飛び翔り行でまして、 飛び翔たつておいでになつて、
留河内國之志幾。 河内の國の志幾しきに留まりたまひき。 河内の志幾しきにお留まりなさいました。
故於其地作御陵。 かれ其地そこに御陵を作りて、 そこで其處に御墓を作つて、
鎭坐也。 鎭まりまさしめき。 お鎭まり遊ばされました。
即號其御陵。 すなはちその御陵に名づけて  
謂白鳥御陵也。 白鳥の御陵といふ。  
     
然亦自其地
更翔天以飛行。
然れどもまた
其地より更に
天翔りて飛び行でましき。
しかしながら、
また其處から更に
空を飛んでおいでになりました。
     

膳夫の七拳脛

     
凡此倭建命。 およそこの倭建の命、 すべてこのヤマトタケルの命が
平國廻行之時。 國平むけに廻り行いでましし時、 諸國を平定するために廻つておいでになつた時に、
久米直之祖。 久米くめの直あたへが祖、 久米の直あたえの祖先の
名七拳脛。 名は七拳脛つかはぎ、 ナナツカハギという者が
恆爲膳夫以。 恆つねに膳夫かしはでとして いつもお料理人として
從仕奉也。 御伴仕へまつりき。 お仕え申しました。
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