伊勢物語 45段:行く蛍 あらすじ・原文・現代語訳

第44段
馬のはなむけ
伊勢物語
第二部
第45段
行く蛍
第46段
うるはしき友

 
 目次
 

 ・あらすじ(大意)
 

 ・原文対照
 

 ・現代語訳(逐語解説)
 
  人の娘のかしづく 親:泣く泣く告げ 
 
  男:いと暑きころ ♪暮れがたき
 
 
 

あらすじ

 
 
 昔男に、ある娘が物申そうとしたが、もの病(何かの病)で、もう死にそうだった。
 その思いを親が聞きつけ、それを泣く泣く男に告げた。
 男は戸惑い会いに来たが、果ててしまい、男も思い煩った。
 

 この段は、なにやら重い。
 「死ぬべき」を、どうしようもないと、「泣く泣く」にかけ、それで亡くなった。
 

 ここでは「もの言はむ」と「もの病」とかけていること、
 親が泣く泣く告げ、男は戸惑っていること、
 人の死の直後に「宵はあそび」としつつ、「ふせり」とあるから、
 恋愛ではないし、無視しているのでもない。
 つまり仕事の話。
 

 「宵はあそび」とあるから、遊ばれた女とするのは違う。この物語はそういう話ではない。
 基本マジメ。緩い意味の色好みというのは誤解(むかし男ありけり。いとまめにじちようにて、あだなる心なかりけり。103段)。
 ここでの「あそび」は、直前の出来事と対照させ、そこに全然入れない情況。
 
 というのも、本段の「時は水無月のつごもり、いと暑きころほひに」という描写と、「いかでこの男にもの言はむ」という娘が、
 96段(天の逆手)での、「水無月のもちばかりなりければ」「身に瘡も一つ二つ出でたり。時もいと暑し」と言って面倒をかけてくる女とパラレル。
 水無月は、この二箇所しか出てこない。
 
 これは、95段の「二条の后に仕うまつる男」の文脈から、こういう女達の世話をするのが、後宮に仕えた昔男の仕事。
 後宮に入れた娘だから、親が「かしづく(大事に)」している。
 ある意味、男が面倒をみていた娘だから、男も悲しい。
 蛍は儚く消える命、ひぐらしのカナカナ…という声に掛け、悲しいかな。
 
 ~
 
 なお、この段の蛍の歌は一つ続きでみる。間をはさまない歌は、この段のみ。
 紫式部は、最後に一文節付け加えることを良くしていたが、そのようなもの。
 
 そして男は縫殿にいた六歌仙。そういう経歴の歌詠みは一人しかいない。
 だから二条の后の近くにいたし、古今にも二人の歌が残っている。
 
 伊勢物語は二条の后の所に男が忍び込んだとかいう話ではない。6段にそう書いている。
 業平は後宮で人目もはばからず女につきまとって流された男(65段)。主人公ではないし、伊勢の歌は業平の歌でもない。
 そんなことしたら生きていけない。肉体の死以前に、人としての死。
 
 
 

原文対照

男女
及び
和歌
定家本 武田本
(定家系)
朱雀院塗籠本
(群書類従本)
  第45段 行く蛍 (構成が大きく変更されている)
   
 むかし、男ありけり。  むかし、おとこありけり。  むかし宫づかへしける男。
  人の娘のかしづく、 人のむすめのかしづく、 すゞろなるけがらひにあひて。
  いかでこの男にもの言はむと思ひけり。 いかでこのおとこにものいはむと思けり。 家にこもりゐたりけり。
  うちいでむこと難くやありけむ、 うちいでむことかたくやありけむ、  
  もの病になりて死ぬべきときに、 ものやみになりて、しぬべき時に、 時はみな月のつごもりなり。
  かくこそ思ひしかといひけるを、 かくこそ思ひしか、といひけるを、 夕暮に風すゞしく吹。螢など飛ちがふを。
  親聞きつけて、 おやきゝつけて、 まぼりふせりて。
  泣く泣く告げたりければ、 なくなくつげたりければ、  
  まどひ来たりけれど、死にければ、 まどひきたりけれどしにければ、  行螢 雲の上まていぬへくは
  つれづれと籠りをりけり。 つれづれとこもりをりけり。   秋風吹と かりにつけこせ
       
  時は水無月のつごもり、 時はみな月のつごもり、  昔すき者の心ばえあり。
  いと暑きころほひに、 いとあつきころをひに、 あでやかなりける人のむすめのかしづくを。
  宵はあそびをりて、 よゐはあそびをりて、 いかで物いはんと思ふ男有けり。
  夜は更けてやゝ涼しき風吹きけり。 夜ふけて、やゝすゞしき風ふきけり。 こゝろよはくいひいでんことやかたかりけん。
  蛍高く飛びあがる。 ほたるたかうとびあがる。 物やみになりてしぬべきとき。
  この男、見ふせりて、 このおとこ、見ふせりて、 かくこそおもひしかといふに。
      おやきゝつけたりけり。

84
 行く蛍
 雲の上までいぬべくは
 ゆくほたる
 雲のうへまでいぬべくは
まどひきたるほどに。しにゝければ。
  秋風吹くと
  雁に告げこせ
  秋風吹と
  かりにつげこせ
家にこもりて。つれ〴〵とながめて。
       

85
 暮れがたき
 夏のひぐらしながむれば
 くれがたき
 夏のひぐらしながむれば
 暮かたき
 夏の日くらしなかむれは
  そのことゝなく
  ものぞ悲しき
  そのことゝなく
  ものぞかなしき
  その事となく
  物そ悲しき
   

現代語訳

 
 

人の娘のかしづく

 

むかし、男ありけり。
人の娘のかしづく、いかでこの男にもの言はむと思ひけり。

 
 
むかし男ありけり
 むかし男がいた。
 

人の娘のかしづく
 人の娘で大事に育てられた子(がいた)
 →これは裕福ということと、と「かつて、いた(過去)」という二つの暗示。つまり最初の一文は、全体の概要で結論。
 

 かしづく 【傅く】
 ①大事に育てる。
 ②大事に面倒見る。
 

 (末尾の補いは、「男ありけり」と対比させて補ってみる。
 「男ありけり」は全体の1/5。「むかし、男」が基本(60%)で、それ以外の場合、意図がある。
 

いかでこの男にもの言はむと思ひけり
 その子が、どうにかして、この男に物申そうと思っていた。
 

 物言う場合、普通なら文句の類。
 
 

泣く泣く告げ

 

うちいでむこと難くやありけむ、
もの病になりて死ぬべきときに、かくこそ思ひしかといひけるを、
親聞きつけて、泣く泣く告げたりければ、
まどひ来たりけれど、死にければ、つれづれと籠りをりけり。

 
うちいでむこと難くやありけむ
 家から外にでることが難しかったので、
 

 (「うち」は、家と強調をかけて)
 

もの病になりて死ぬべきときに
 ある病になって死にそうな時に
 

 もの病:この「もの」は漠然を意味する接頭語と解する。
 「もの言はむ」ともかけている。
 

かくこそ思ひしかといひけるを
 このように「かくかくしかじか」思っていると言うのを
 

親聞きつけて
 親が聞きつけて
 

泣く泣く告げたりければ
 泣く泣く(やむなく、男に)告げたので、
 
 この泣く泣くは、致し方なくという意味。
 それが、40段の「男泣く泣くよめる」や、41段「せむ方もなくてたゞ泣きに泣きけり」により示される。
 前後をつなげて書いている。
 

まどひ来たりけれど
 心地惑わせながら、その娘の家に来たのだが、
 

死にければ
 死んでしまったので、
 

つれづれと籠りをりけり
 心が沈み、家に籠っていた。
 

 つれづれ 【徒然】:
 ①手持ちぶさた。所在なさ。
 ②しんみりした寂しさ。物思いに沈むこと。
 →ここでは、主に②
 

 こもり 【籠り・隠り】
 :閉じこもって隠れること。
 
 

いと暑きころ

 

時は水無月のつごもり、いと暑きころほひに、
宵はあそびをりて、夜は更けてやゝ涼しき風吹きけり。 蛍高く飛びあがる。

 
 
時は水無月のつごもり
 時は6月の末
 (「籠り」と「つごもり」を掛けている)
 

 つごもり 【晦日・晦】
 :月の最後の日、月末。
 

いと暑きころほひに
 とても暑い頃合に
 

 ころほひ 【頃ほひ】
 :ちょうどそのころ。
 

宵はあそびをりて
 夜に遊びに行って
 

 あそび
 現代と同じ。
 

 をり 【居り】
 ①座っている。
 ②いる(存在)。
 →つまり楽しい会合に参加している様子。
 

夜は更けてやゝ涼しき風吹きけり
 夜が更けて、やや涼しい風が吹いて
 
 (少し気が晴れたという表現)
 

蛍高く飛びあがる
 蛍が高く飛び上がった。
 
 

暮れがたき

 

この男、見ふせりて、
 
行く蛍 雲の上まで いぬべくは
 秋風吹くと 雁に告げこせ
 
暮れがたき 夏のひぐらし ながむれば
 そのことゝなく ものぞ悲しき

 
この男、見ふせりて
 この男、それを見ながら伏せって
 (病に伏せっていた娘と掛けて)
 

 ふせる 【伏せる・臥せる】:
 横になる。ここではぐったりと。
 

 伏:陰暦六月の節の名前。猛暑。三伏(避ける時・払いが必要)。
 水無月でいと暑き頃合は、これを暗示。
 一応、43段「時は五月になむありける」から続いている。
 
 

行く蛍 雲の上まで いぬべくは
 逝く蛍 雲の上まで 去る頃と
 

 ゆくを逝く、蛍は儚い命の火、御葬の夜に用いられた(39段)。そこでも泣く描写がある
 

秋風吹くと 雁に告げこせ
 秋風が吹くと 代わりに雁に告げこさせ
 

 雁は、43段でほととぎすを田植えを告げる声として用いたことと同じ(「死出の田長」)。
 また「たのむの雁」(10段)つながりで、母親とも見れる。
 

暮れがたき 夏のひぐらし ながむれば
 容易にくれない夏の日に、ヒグラシ一日眺めれば
 

 ひぐらしは、日暮らし(一日中)と・セミのヒグラシを掛けた混合語。
 「ながむ」は眺めと、長い夏をかけて、秋風吹く。
 

そのことゝなく
 そのこととなく(?)
 
 そこはかとなく
 

ものぞ悲しき
 ものが悲しい。
 

 そのこととなくは、微妙な表現。よって微妙な掛かりがある。
 その子とと、泣くを掛けているだろう。ヒグラシ(一日中)の鳴き声にかけ。
 
 そして、ヒグラシはカナカナ言うので、かなしい。
 そう、秋風が吹く夕暮れに掛けて物思った。命というのは儚いものだな。