枕草子76段 内裏の局、細殿いみじうをかし

ありがたき 枕草子
上巻中
76段
内裏の局
臨時の祭

(旧)大系:76段
新大系:73段、新編全集:73段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:78段
 

能因本段冒頭:うち局は


 
 内裏の局、細殿いみじうをかし。
 上の蔀上げたれば、風いみじう吹き入りて、夏もいみじう涼し。
 冬は、雪、霰などの、風にたぐひて降り入りたるもいとをかし。せばくて、わらはべなどののぼりぬるぞあしけれども、屏風のうちにかくしすゑたれば、こと所の局のやうに、声高く笑わらひなどもせで、いとよし。昼なども、たゆまず心づかひせらる。夜はまいてうちとくべきやうもなきが、いとをかしきなり。
 

 沓の音、夜一夜聞こゆるが、とどまりて、ただおよびひとつしてたたくが、その人なりと、ふと聞こゆるこそをかしけれ。いとひさしうたたくに、音もせねば、寝入りたりとや思ふらむとねたくて、すこしうちみじろぐ、衣のけはひ、さななりと思ふらむかし。
 冬は、火桶にやをら立つる箸の音も、しのびたりと聞こゆるを、いとどたたきはらへば、声にてもいふに、かげながらすべりよりて聞く時もあり。
 

 また、あまたの声して詩誦し、歌などうたふには、たたかねどまづあけたれば、ここへとしも思はざりける人も立ちとまりぬ。ゐるべきやうもなくて立ちあかすも、なほをかしげなるに、几帳の帷子いとあざやかに、裾のつまうちかさなりて見えたるに、直衣のうしろにほころびたえず着たる君たち、六位の蔵人の青色など着て、うけばりて遣戸のもとなどに、そばよせてはえ立たで、塀のかたにうしろおして、袖うちあはせて立ちたるこそをかしけれ。
 

 また、指貫いと濃う、直衣あざやかにて、色々の衣どもこぼし出でたる人の、簾をおし入れて、なからいりたるやうなるも、外より見るはいとをかしからむを、清げなる硯引き寄せて文書き、もしは鏡乞ひて見なほしなどしたるは、すべてをかし。
 

 三尺の几帳を立てたるに、帽額の下ただすこしぞある、外の立てる人と内にゐたる人と物いふが、顔のもとにいとよくあたるたるこそをかしけれ。たけのたかくみじかからむ人などや、いかがあらむ。なほ世の常の人はさのみあらむ。