宇治拾遺物語:児のそら寝(児の掻餅するに空寝したる事)

源大納言雅俊 宇治拾遺物語
巻第一
1-12
児(ちご)のそら寝
田舎の児

 
 これも今は昔、比叡の山に児ありけり。
 僧たち宵のつれづれに、「いざ掻餅せん」と言ひけるを、この児心寄せに聞きけり。
 「さりとて、し出さんを待ちて寝ざらんもわろかりなん」と思ひて、片方にて出で来るを待ちけるに、すでにし出したるさまにて、ひしめき合ひたり。
 

 この児、「定めて驚かさんずらん」と待ちゐたるに、僧の、「物申し候はん。驚かせ給へ」と言ふを、うれしとは思へども、「ただ一度にいらへんも、待ちけるかともぞ思ふ」とて、「今一声呼ばれていらん」と念じて寝たるほどに、「や、な起し奉りそ。幼き人は寝入り給ひにけり」といふ声のしければ、あなわびしと思ひて、「今一度起せかし」と思ひ寝に聞けば、ひしひしとただ食ひに食ふ音のしければ、すべなくて、無期の後に、「えい」といらへたりければ、僧たち笑ふ事限りなし。
 

源大納言雅俊 宇治拾遺物語
巻第一
1-12
児(ちご)のそら寝
田舎の児