枕草子73段 しのびたる所にありては

夜烏 枕草子
上巻中
73段
しのびたる所
懸想人

(旧)大系:73段
新大系:70段、新編全集:70段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:74, 75段(後段)
 


 
 しのびたる所にありては、夏こそをかしけれ。いみじくみじかき夜の明けぬるに、つゆ寝ずなりぬ。やがてよろづの所あけながらあれば、すずしく見えわたされたる。なほいますこしいふべきことのあれば、かたみにいらへなどするほどに、ただゐたる上より、烏の高く鳴きていくこそ、顕証なる心地してをかしけれ。
 

 また、冬の夜のいみじうさむきに、うづもれ臥して聞くに、鐘の音の、ただ物の底なるやうにきこゆる、いとをかし。鳥の声も、はじめは羽のうちに鳴くが、口をこめながら鳴けば、いみじう物ふかくとほきが、明くるままにちかく聞こゆるもをかし。