源氏物語 2帖 帚木:あらすじ・目次・原文対訳

桐壺 源氏物語
第一部
第2帖
帚木
空蝉

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 

 帚木(ははきぎ)のあらすじ

 光源氏17歳の夏。

 五月雨の夜、17歳になった光源氏のもとに、頭中将が訪ねてきた。さらに左馬頭(さまのかみ)と藤式部丞(とうしきぶのじょう)も交えて、4人で女性談義をすることになる。(この場面は慣例的に『雨夜の品定め』(あまよのしなさだめ)と呼ばれる。「夕顔」巻には、「ありしあま夜のしなさだめの後いぶかしく思ほしなるしなじなあるに」とある。)

 左馬頭は、妻として完全な女などない。家を治めるのは国よりもむずかしい。妻選びに苦労するのは好色からだけではないが、真実な心の女が望ましいといい、体験談として嫉妬深い女が左馬頭の指に食いつき、これに腹が立ち、かえりみなかった間に死んでしまった。嫉妬さえなければよい女であったのに惜しいという。つぎに、浮気な女には他に男がいて、それを見つけたので別れたという。結論としてそのときどきに必要な良識や判断があって、でしゃばらない謙遜している女がよいという。

 頭中将は、女性と付き合うなら「中の品」(中流)の女性が一番よいと前置きし、子までもうけた内縁の妻の話をする。その女は頭中将の正妻(弘徽殿女御の妹)の嫌がらせにあい、現在も行方がわからない、女児がいたため今も忘れられず、思い出すと悲しいと語る(後に内縁の妻が夕顔、子供が玉鬘だということがわかる)。

 藤式部丞は、博士の女に言い寄り、女が賢女ぶっていろいろ教えてくれたが、頭があがらず、たまたま女がニンニクを食べてくさかったときに逃げ帰ったという。

 翌日、紀伊守の屋敷に方違えのために訪れた源氏は、伊予介の後妻である、前日話題となった中流階級の女性である空蝉のことを聞き、かいま見て、興味を持ち、深夜にその部屋に忍び込み、強引に一夜を共にする。

 あの一夜以来、空蝉を忘れられない源氏。そこで源氏は、紀伊守に計って彼女の弟・小君を近侍として自分の元で仕えさせることにする。源氏から文を託された小君は、空蝉に文を届けるが「お断り申し上げなさい。」と叱られる。姉の返事を源氏に伝えると、(何故ここまでつれなくされるのか?)と自分になびかない空蝉を、『竹取物語』の「なよ竹(かぐや姫)」になぞらえる源氏だった。源氏はふたたび中河の家に行き、空蝉は源氏をさけて会わない。

(以上Wikipedia帚木_(源氏物語)より。色づけは本ページ)

 

目次
和歌抜粋内訳#帚木(14首:別ページ)
主要登場人物
 
第2帖 帚木(ははきぎ)
 光る源氏 十七歳夏の近衛中将時代の物語
 
第一章 雨夜の品定めの物語
 第一段 長雨の時節
 第二段 宮中の宿直所、光る源氏と頭中将
 第三段 左馬頭、藤式部丞ら女性談義に加わる
 第四段 女性論、左馬頭の結論
 
第二章 女性体験談
 第一段 女性体験談(左馬頭、嫉妬深い女の物語)
 第二段 左馬頭の体験談(浮気な女の物語)
 第三段 頭中将の体験談(常夏の女の物語)
 第四段 式部丞の体験談(畏れ多い女の物語)
 
第三章 空蝉の物語
 第一段 天気晴れる
 第二段 紀伊守邸への方違へ
 第三段 空蝉の寝所に忍び込む
 第四段 それから数日後
注釈
本文校訂
 

主要登場人物

 

光る源氏(ひかるげんじ)
十七歳 近衛中将
呼称:光る源氏・中将・君・客人(まらうと)
頭中将(とうのちゅうじょう)
主人公の義兄、妻葵の上の同母兄
呼称:宮腹の中将・中将・頭の君・君
左馬頭(さまのかみ)
左馬寮の長官
呼称:左馬頭・馬頭
藤式部丞(とうしきぶのじょう)
藤原の某、式部省の三等官
呼称:藤式部丞・式部
指食いの女(ゆびくいのおんな)
呼称:人・女・正身・さがな者
浮気な女(うわきなおんな)
呼称:女
内気な女(うちきなおんな)
のちの夕顔、頭中将との間に娘(玉鬘)をもうける
呼称:常夏
博士の娘(はかせのむすめ)
呼称:さかし人
紀伊守(きいのかみ)
伊予介の子、空蝉の継子
呼称:紀伊守・主人・守・朝臣
空蝉(うつせみ)
紀伊守の継母、小君の姉、伊予介の後妻、故中納言兼衛門督の娘
呼称:姉なる人・姉君・いもうと・女君・女・継母
小君(こぎみ)
故中納言兼衛門督の子、空蝉の弟
呼称:中納言の子・小君

 
 以上の内容は、全て以下の原文のリンク先参照。文面はそのままで表記を若干整えた。
 
 

原文対訳

番号 定家本
(明融臨模本
現代語訳
(渋谷栄一)
  帚木(ははきぎ)
 
 

第一章 雨夜の品定めの物語

 
 

第一段 長雨の時節

 
1  光る源氏、名のみことことしう、言ひ消たれたまふ咎多かなるに、いとど、かかる好きごとどもを、末の世にも聞き伝へて、軽びたる名をや流さむと、忍びたまひける隠ろへごとをさへ、語り伝へけむ人のもの言ひさがなさよ。
 さるは、いといたく世を憚り、まめだちたまひけるほど、なよびかにをかしきことはなくて、交野少将には笑はれたまひけむかし。
 
 「光る源氏」と、評判だけはご大層だが、非難されなさる取り沙汰が多いというのに、ますます、このような好色沙汰を、後世にも聞き伝わって、軽薄である浮き名を流すことになろうかと、隠していらっしゃった秘密事までを、語り伝えたという人のおしゃべりの意地の悪いことよ。
 とは言うものの、大変にひどく世間を気にし、まじめになさっていたところは、艶っぽくおもしろい話はなくて、交野少将からは笑われなさったことであろうよ。
 
2  まだ中将などにものしたまひし時は、内裏にのみさぶらひようしたまひて、大殿には絶え絶えまかでたまふ。
 忍ぶの乱れ(奥入02)やと、疑ひきこゆることもありしかど、さしもあだめき目馴れたるうちつけの好き好きしさなどは好ましからぬ御本性にて、まれには、あながちに引き違へ心尽くしなることを、御心に思しとどむる癖なむ、あやにくにて、さるまじき御振る舞ひもうち混じりける。
 
 まだ近衛中将などでいらっしゃったころは、内裏にばかりよく伺候していらっしゃって、大殿邸には途切れ途切れに退出なさる。
 お浮気事かと、お疑い申すこともあったが、そんなふうに浮気っぽいありふれた思いつきの色恋事などは好きでないご性格で、時たまには、やむにやまれない予想を狂わせる気苦労の多い恋を、お心に思いつめなさる性癖が、あいにくおありで、よろしくないご素行もないではなかった。
 
 
 

第二段 宮中の宿直所、光る源氏と頭中将

 
3  長雨晴れ間なきころ、内裏の御物忌さし続きて、いとど長居さぶらひたまふを、大殿にはおぼつかなく恨めしく思したれど、よろづの御よそひ何くれとめづらしきさまに調じ出でたまひつつ、御息子の君たちただこの御宿直所の宮仕へを勤めたまふ。
 
 長雨の晴れ間のないころ、宮中の御物忌みが続いて、ますます長々と伺候なさるのを、大殿邸では待ち遠しく恨めしいとお思いになっていたが、すべてのご装束を何やかやと新しい様相に新調なさっては、ご子息の公達がひたすらこのご宿直所の宮仕えをお勤めになる。
 
4  宮腹の中将は、なかに親しく馴れきこえたまひて、遊び戯れをも人よりは心安く、なれなれしく振る舞ひたり。
 右の大臣のいたはりかしづきたまふ住み処は、この君もいともの憂くして、好きがましきあだ人なり。
 
 宮がお生みになった中将は、兄弟の中でも親しくお馴染み申されて、遊び事や戯れ事においても誰よりも気安く、親密に振る舞っていた。
 右大臣が気を配ってお世話なさる住居には、この中将の君もとても何となく気が進まずにいて、いかにも好色人らしい遊び人なのである。
 
5  里にても、わが方のしつらひまばゆくして、君の出で入りしたまふにうち連れきこえたまひつつ、夜昼、学問をも遊びをももろともにして、をさをさ立ちおくれず、いづくにてもまつはれきこえたまふほどに、おのづからかしこまりもえおかず、心のうちに思ふことをも隠しあへずなむ、睦れきこえたまひける。
 
 実家でも、ご自分の部屋の装飾を眩しくして、源氏の君がお出入りなさるのにいつもお供申し上げなさっては、昼も夜も、学問をも音楽をもご一緒申して、少しもひけをとらず、どこにでも親しくご一緒申し上げなさるうちに、自然と遠慮もしていられず、胸の中に思うことをも隠しきれず、お親しみ申されるのであった。
 
6  つれづれと降り暮らして、しめやかなる宵の雨に、殿上にもをさをさ人少なに、御宿直所も例よりはのどやかなる心地するに、大殿油近くて書どもなど見たまふ。
 近き御厨子なる色々の紙なる文どもを引き出でて、中将わりなくゆかしがれば、
 所在なく雨が一日中降り続いて、しっとりした夜の雨に、殿上の間でもろくに人少なで、ご宿直所もいつもよりはのんびりとした気分なので、大殿油を近くに寄せて書物などを御覧になる。
 近くの御厨子にあるさまざまな色彩の紙に書かれた手紙類を取り出して、中将がひどく見たがるので、
7  〔源氏〕「さりぬべき、すこしは見せむ。
 かたはなるべきもこそ」
 〔源氏〕「差し支えのないのを、少しは見せよう。
 不体裁なものがあってはいけないから」
8  と、許したまはねば、  と、お許しにならないので、
9  〔頭中将〕「そのうちとけてかたはらいたしと思されむこそゆかしけれ。
 おしなべたるおほかたのは、数ならねど、程々につけて、書き交はしつつも見はべりなむ。
 おのがじし、恨めしき折々、待ち顔ならむ夕暮れなどのこそ、見所はあらめ」
 〔頭中将〕「その気を許していて人に見られたら困ると思われなさる手紙にこそ興味があります。
 普通のありふれたのは、つまらないわたしでも、身分相応に、互いにやりとりしては見ておりましょう。
 それぞれが、恨めしく思っている折々や、心待ち顔でいるような夕暮などの文が、見る価値がありましょう」
10  と怨ずれば、やむごとなくせちに隠したまふべきなどは、かやうにおほぞうなる御厨子などにうち置き散らしたまふべくもあらず、深くとり置きたまふべかめれば、二の町の心安きなるべし。
 片端づつ見るに、「かくさまざまなる物どもこそはべりけれ」とて、心あてに「それか、かれか」など問ふなかに、言ひ当つるもあり、もて離れたることをも思ひ寄せて疑ふも、をかしと思せど、言少なにてとかく紛らはしつつ、とり隠したまひつ。
 
 と怨み言をいうので、高貴な方からの絶対にお隠しにならねばならない手紙などは、このようになおざりな御厨子などにちょっと置いて散らかしていらっしゃるはずはなく、奥深く別にしまって置かれるにちがいないようだから、これらは二流の気安いものであろう。
 少しずつ見て行くと、「こんなにも、いろいろな手紙類がございますね」と言って、当て推量に「これはあの人か、あれはこの人か」などと尋ねる中で、言い当てるものもあり、外れているのをかってに推量して疑ぐるのも、おもしろいとお思いになるが、言葉少なに答えて何かと言い紛らわしては、取ってお隠しになった。
 
11  〔源氏〕「そこにこそ多く集へたまふらめ。
 すこし見ばや。
 さてなむ、この厨子も心よく(訂正跡01)開くべき」とのたまへば、
 〔源氏〕「そなたこそ、たくさんお有りだろう。
 少し見たいね。
 そうしたら、この厨子も気持ちよく開けよう」とおっしゃると、
12  〔頭中将〕「御覧じ所あらむこそ、難くはべらめ」など聞こえたまふついでに、「女の、これはしもと難つくまじきは、難くもあるかなと、やうやうなむ見たまへ知る。
 ただうはべばかりの情けに、手走り書き、をりふしの答へ心得て、うちしなどばかりは、随分によろしきも多かりと見たまふれど、そもまことにその方を取り出でむ選びにかならず漏るまじきは、いと難しや。
 わが心得たることばかりを、おのがじし心をやりて、人をば落としめなど、かたはらいたきこと多かり。
 
 〔頭中将〕「御覧になる値打のものは、ほとんどないでしょう」などと申し上げなさる、そのついでに、「女性で、これならば良しと難点を指摘しようのない人は、めったにいないものだなと、だんだんと分かってまいりました。
 ただ表面だけの風情で、手紙をさらさらと走り書きしたり、時節に相応しい返答を心得て、ちょっとするぐらいのは、身分相応にまあまあ良いと思う者は多くいると拝見して来ましたが、それも本当にその方面の優れた人を選び出そうとすると、絶対に選に外れないという者は、本当にめったにないものですね。
 自分の得意なことばかりを、それぞれ得意になって、他人を貶めたりなどして、見ていられないことが多いです。
 
13  親など立ち添ひもてあがめて、生ひ先籠れる窓の内なるほどは(奥入01)、ただ片かどを聞き伝へて、心を動かすこともあめり。
 容貌をかしくうちおほどき、若やかにて紛るることなきほど、はかなきすさび(訂正跡02)をも、人まねに心を入るることもあるに、おのづから一つゆゑづけてし出づることもあり。
 
 親などが側で大切にかわいがって、将来性のある箱入娘時代は、ちょっとした才能の一端を聞き伝えて、関心を寄せることもあるようです。
 容貌が魅力的でおっとりしていて、若々しくて家事にかまけることのないうちは、ちょっとした芸事にも、人まねに一生懸命に稽古することもあるので、自然と一芸をもっともらしくできることもあります。
 
14  見る人、後れたる方をば言ひ隠し、さてありぬべき方をばつくろひて、まねび出だすに、『それ、しかあらじ』と、そらにいかがは推し量り思ひくたさむ。
 まことかと見もてゆくに、見劣りせぬやうは、なくなむあるべき」
 世話をする人は、劣った方面は隠して言わず、まあまあと言った方面をとりつくろって、それらしく言うので、『それは、そうではあるまい』と、見ないでどうしてあて推量で貶めることができましょう。
 本物かと思って付き合って行くうちに、がっかりしないというのは、きっとないでしょう」
15  と、うめきたる気色も恥づかしげなれば、いとなべてはあらねど、われ思し合はすることやあらむ、うちほほ笑みて、  と言って、嘆息している様子も気遅れするほど大したものなので、全部が全部というのではないが、ご自身でもなるほどとお思いになることがあるのであろうか、ちょっと笑みを浮かべて、
16  〔源氏〕「その、片かどもなき人は、あらむや」とのたまへば、  〔源氏〕「その、一つの才能もない人というのは、いるものだろうか」とおっしゃると、
17  〔頭中将〕「いと、さばかりならむあたりには、誰れかはすかされ寄りはべらむ。
 取るかたなく口惜しき際と、優なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数等しくこそはべらめ。
 人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて、隠るること多く、自然にそのけはひこよなかるべし。
 中の品になむ、人の心々、おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。
 下のきざみといふ際になれば、ことに耳たたずかし」
 〔頭中将〕「さあ、それほどのような所には、誰が騙されて寄りつきましょうか。
 何の取柄もなくつまらない身分の者と、素晴らしいと思われるほどに優れた者とは、同じくらいございましょう。
 家柄が高く生まれると、家人に大切に育てられて、人目に付かないことも多く、自然とその様子が格別でしょう。
 中流の女性にこそ、それぞれの気質や、めいめいの考え方や趣向も見えて、区別されることがそれぞれに多いでしょう。
 下層の女という身分になると、格別関心もありませんね」
18  とて、いと隈なげなる気色なるも、ゆかしくて、  と言って、何でも知っている様子であるのも、興味が惹かれて、
19  〔源氏〕「その品々や、いかに。
 いづれを三つの品に置きてか分くべき。
 元の品高く生まれながら、身は沈み、位みじかくて人げなき。
 また直人の上達部などまでなり上り、我は顔にて家の内を飾り、人に劣らじと思へる。
 そのけぢめをば、いかが分くべき」
 〔源氏〕「その身分身分というのは、どのように考えたらよいのか。
 どれを三つの階級に分け置くことができるのか。
 元の階層が高い生まれでありながら、今の身の上は落ちぶれ、位が低くて人並みでない人。
 また一方で普通の人で上達部などまで出世して、得意顔して邸の内を飾り、人に負けまいと思っている人。
 その区別は、どのように付けたらよいのだろうか」
20  と問ひたまふほどに、左馬頭、藤式部丞、御物忌に籠もらむとて参れり。
 世の好き者にて物よく言ひとほれるを、中将待ちとりて、この品々をわきまへ定め争ふ。
 いと聞きにくきこと多かり。
 
 とお尋ねになっているところに、左馬頭や藤式部丞が御物忌に籠もろうとして参上した。
 当代の好色者で弁舌が達者なので、中将は待ち構えて、これらの品々の区別の議論を戦わす。
 まことに聞きにくい話が多かった。
 
 
 

第三段 左馬頭、藤式部丞ら女性談義に加わる

 
21  〔頭中将〕「なり上れども、もとよりさるべき筋ならぬは、世人の思へることも、さは言へど、なほことなり。
 また、元はやむごとなき筋なれど、世に経るたづき少なく、時世に移ろひて、おぼえ衰へぬれば、心は心としてこと足らず、悪ろびたることども出でくるわざなめれば、とりどりにことわりて、中の品にぞ置くべき。
 
 〔頭中将〕「成り上がっても、元々の相応しいはずの家柄でない者は、世間の人の思うことも、そうは言っても、やはり違います。
 また、元は高貴な家筋であるが、世間を渡る手づるが少なく、時勢におし流されて、声望も地に落ちてしまうと、気位だけは高くても思うようにならず、不体裁なことなどが生じてくるもののようですから、それぞれに分別して、中の品に置くのが適当でしょう。
 
22  受領と言ひて、人の国のことにかかづらひ営みて、品定まりたる中にも、またきざみきざみありて、中の品のけしうはあらぬ、選り出でつべきころほひなり。
 なまなまの上達部よりも非参議の四位どもの、世のおぼえ口惜しからず、もとの根ざし卑しからぬ、やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかはらかなりや。
 
 受領と言って、地方の政治に掛かり切りにあくせくして、階層の定まった中でも、また段階段階があって、中の品で悪くはない者を、選び出すことができる時勢です。
 なまじっかの上達部よりも非参議の四位連中で、世間の信望もまんざらでなく、元々の生まれも卑しくない人が、あくせくせずに暮らしているのが、いかにもさっぱりした感じですよ。
 
23  家の内に足らぬことなど、はたなかめるままに、省かずまばゆきまでもてかしづける女などの、おとしめがたく生ひ出づるもあまたあるべし。
 宮仕へに出で立ちて、思ひかけぬ幸ひとり出づる例ども多かりかし」など言へば、
 暮らしの中で足りないものなどは、ないようなのにまかせて、物惜しみせずに眩しいほど大切にかしずいている娘などが、非難のしようがないほどに立派に成人しているのもたくさんいるでしょう。
 宮仕えに出て来て、思いもかけない幸運を得た例などもたくさんあるものです」などと言うと、
24  〔源氏〕「すべて、にぎははしきによるべきななり」とて、笑ひたまふを、  〔源氏〕「およそ、金持ちなのが良いということだね」と言って、お笑いになるのを、
25  〔頭中将〕「別人の言はむやうに、心得ず仰せらる」と、中将憎む。
 
 〔頭中将〕「他の人が言うような、意外なことをおっしゃる」と言って、中将は憎らしがる。
 
26  〔左馬頭〕「元の品、時世のおぼえうち合ひ、やむごとなきあたりの内々のもてなしけはひ後れたらむは、さらにも言はず、何をしてかく生ひ出でけむと、言ふかひなくおぼゆべし。
 うち合ひてすぐれたらむもことわり、これこそはさるべきこととおぼえて、めづらかなることと心も驚くまじ。
 なにがしが及ぶべきほどならねば、上が上はうち(訂正跡03)おきはべりぬ。
 
 〔左馬頭〕「元々の階層と、時勢の信望が兼ね揃い、高貴な家で内々の振る舞いや様子が劣っているようなのは、まったく今更言うまでもないが、どうしてこう悪く育てたのだろうかと、残念に思われましょう。
 両方兼ね揃って優れているようなのも当たり前で、この女性こそは当然のことだと思われて、珍しいことだと気持ちも動かないでしょう。
 わたくしごとき者の手の及ぶ範囲の女性ではないので、上の品の上は措いておきましょう。
 
27  さて、世にありと人に知られず、さびしく(訂正跡04)あばれたらむ葎の門に、思ひの外にらうたげならむ人の閉ぢられたらむこそ、限りなくめづらしくはおぼえめ。
 いかで、はたかかりけむと、思ふより違へることなむ、あやしく心とまるわざなる。
 
 ところで、世間で人に知られず、寂しく荒れたような草深い家に、思いも寄らないいじらしいような女性がひっそり閉じ籠められているようなのは、この上なく珍しく思われましょう。
 どうしてまあ、こんな人がいたのだろうと、想像していたことと違ったのが、不思議に気持ちが引き付けられるものです。
 
28  父の年老い、ものむつかしげに太りすぎ、兄の顔憎げに、思ひやりことなることなき閨の内に、いといたく思ひあがり、はかなくし出でたることわざも、ゆゑなからず見えたらむ、片かどにても、いかが思ひの外にをかしからざらむ。
 
 父親が年を取り、見苦しく太り過ぎ、兄弟の顔が憎々しげで、想像するにたいしたこともない家の奥に、とてもたいそう誇り高く、ちょっとした芸事でも、雅趣ありげに見えるようなのは、生かじりの才能であっても、どうして意外なことでおもしろくないことがありましょうか。
 
29  すぐれて疵なき方の選びにこそ及ばざらめ、さる方にて捨てがたきものをは」  特別に欠点のない方面の女性選びは実現難しいでしょうが、それはそうした者として捨てたものですねえ」
30  とて、式部を見やれば、わが妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふにや、とや心得らむ、ものも言はず。
 
 と言って、式部丞を見やると、式部は自分の妹たちがまあまあの評判であることを思っておっしゃるのか、と受け取ったのであろうか、何とも言わない。
 
31  〔源氏〕「いでや、上の品と思ふ(訂正*05)にだに難げなる世を」と、君は思すべし。
 白き御衣どものなよかなるに、直衣ばかりをしどけなく着なしたまひて、紐などもうち(訂正跡06)捨てて、添ひ臥したまへる御火影、いとめでたく、女にて見たてまつらまほし。
 この御ためには上が上を選り出でても、なほ飽くまじく見えたまふ。
 
 〔源氏〕「さてどんなものか、上の品と思う中でさえ難しい世の中なのに」と、源氏の君はお思いのようである。
 白いお召物で柔らかな物の上に、直衣だけを気楽な感じにお召しになって、紐なども結ばずに、物に寄り掛かっていらっしゃる灯影は、とても素晴らしく、女性として拝したいくらいだ。
 この源氏の君のおんためには、上の上の女性を選び出しても、猶も満足ではなさそうにお見受けされる。
 
32  さまざまの人の上どもを語り合はせつつ、  さまざまな女性について議論し合っていって、
33  〔左馬頭〕「おほかたの世につけて見るには咎なきも、わがものとうち頼むべきを選らむに、多かる中にも、えなむ思ひ定むまじかりける。
 男の朝廷に仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことの器ものとなるべきを取り出ださむには、かたかるべしかし。
 されど、賢しとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、上は下に輔けられ、下は上になびきて、こと広きに譲ろふらむ。
 
 〔左馬頭〕「通り一遍の仲として付き合っているには欠点がなくい女でも、わが伴侶として信頼できる女性を選ぼうとするには、たくさんいる中でも、なかなか決め難いものですなあ。
 男性が朝廷にお仕えし、しっかりとした世の重鎮となるような方々の中でも、真の優れた政治家と言えるような人物を数え上げるとなると、難しいことでしょうよ。
 しかし、賢者と言っても、一人や二人で世の中の政治を執り行えるものではありませんから、上の人は下の者に助けられ、下の者は上の人に従って、政治の事は広いものですから互いに委ね合っていくのでしょう。
 
34  狭き家の内の主人とすべき人一人を思ひめぐらすに、足らはで悪しかるべき大事どもなむ、かたがた多かる。
 とあればかかり、あふさきるさにて(奥入03)、なのめにさてもありぬべき人の少なきを、好き好きしき心のすさびにて、人のありさまをあまた見合はせむの好みならねど、ひとへに思ひ定むべきよるべとすばかりに、同じくは、わが力入りをし直しひきつくろふべき所なく、心にかなふやうにもやと、選りそめつる人の、定まりがたきなるべし。
 
 狭い家の中の主婦とすべき女性一人について思案すると、できないでは済まされないいくつもの大事が、こまごまと多くあります。
 ああ思えばこうであったり、何かと食い違って、不十分ながらにもまあまあやって行けるような女性が少ないので、浮気心の勢いのままに、世の女性の有様をたくさん見比べようとの好奇心ではないが、ひたすら伴侶としたいばかりに、同じことなら、自ら骨を折って直したり教えたりしなければならないような所がなく、気に入るような女性はいないものかと、選り好みしはじめた人が、なかなか相手が決まらないのでしょう。
 
35  かならずしもわが思ふにかなはねど、見そめつる契りばかりを捨てがたく思ひとまる人は、ものまめやかなりと見え、さて、保たるる女のためも、心にくく(訂正*07)、推し量らるるなり。
 されど、何か、世のありさまを見たまへ集むるままに、心に及ばずいとゆかしきこともなしや。
 君達の上なき御選びには、まして、いかばかりの人かは足らひたまはむ。
 
 必ずしも自分の理想通りではないが、いったん見初めた前世の約束だけを破りがたく思い止まっている人は、誠実であると見え、そうして、一緒にいる女性のためにも、奥ゆかしいものがあるのだろうと自然と推量されるものです。
 しかし、なあに、世の中の夫婦の有様をたくさん拝見していくと、想像以上にたいして羨ましいと思われることもありませんよ。
 公達の最上流の奥方選びには、なおさらのこと、どれほどの女性がお似合いになりましょうか。
 
36  容貌きたなげなく、若やかなるほどの、おのがじしは塵もつかじと身をもてなし、文を書けど、おほどかに言選りをし、墨つきほのかに心もとなく思はせつつ、またさやかにも見てしがなとすべなく待たせ、わづかなる声聞くばかり言ひ寄れど、息の下にひき入れ言少ななるが、いとよくもて隠すなりけり。
 なよびかに女しと見れば、あまり情けにひきこめられて、とりなせば、あだめく。
 これをはじめの難とすべし。
 
 容貌がこぎれいで、若々しい年頃で、自分自身では塵もつけまいと身を振る舞い、手紙を書いても、おっとりと言葉選びをし、墨付きも淡く関心を持たせ持たせし、もう一度はっきりと見たいものだとじれったく待たせ、わずかばかりの声を聞く程度に言い寄っても、息を殺して声小さく言葉少ななのが、とてもよく欠点を隠すものですなあ。
 艶っぽくて女性的だと見えると、度を越して情趣にこだわって、調子を合わせると、浮わつきます。
 これを、第一の難点と言うべきでしょう。
 
37  事が中に、なのめなるまじき人の後見の方は、もののあはれ知り過ぐし、はかなきついでの情けあり、をかしきに進める方なくてもよかるべしと見えたるに、また、まめまめしき筋を立てて耳はさみがちに美さうなき家刀自の、ひとへにうちとけたる後見ばかりをして。
 
 家事の中で、疎かにできない夫の世話という点では、物の情趣が度を過ごし、ちょっとした折の風情があり、趣味性に過度になるのはなくてもよいことだろうと思われますが、また一方で、家事一点張りで、額髪を耳挟みがちに飾り気のない主婦で、ひたすら世帯じみた世話だけをしているのも。
 
38  朝夕の出で入りにつけても、公私の人のたたずまひ、善き悪しきことの、目にも耳にもとまるありさまを、疎き人に、わざとうちまねばむやは。
 近くて(訂正*08)見む人の聞きわき思ひ知るべからむに語りも合はせばやと、うちも笑まれ、涙もさしぐみ、もしは、あやなきおほやけ腹立たしく(訂正跡09)、心ひとつに思ひあまることなむど多かるを、何にかは聞かせむと思へば、うちそむかれて、人知れぬ思ひ出で笑ひもせられ、『あはれ』とも、うち独りごたるるに、『何ごとぞ』など、あはつかにさし仰ぎゐたらむ(訂正*10)は、いかがは口惜しからぬ。
 
 朝夕の出勤や帰宅につけても、公事や私事での他人の振る舞いや、善いこと悪いことで、目にも耳にも止まった有様を、親しくもない他人にわざわざそっくり話して聞かせたりしましょうか。
 親しい妻で理解してくれそうな者とこそ語り合いたいものだと思われ、つい微笑まれたり、涙ぐんだり、あるいはまた、無性に公憤をおぼえたり、胸の内に収めておけないことが多くあるのを、理解のない妻に、何で聞かせようか、聞かせてもしかたがない、と思いますと、ついそっぽを向きたくなって、人知れない思い出し笑いがこみ上げ、『ああ』とも、つい独り言を洩らすと、『何事ですか』などと、間抜けた顔で見上げるようなのは、どうして残念に思われないでしょうか。
 
39  ただひたふるに子めきて柔らかならむ人を、とかくひきつくろひてはなどか見ざらむ。
 心もとなくとも、直し所ある心地すべし。
 げに、さし向ひて見むほどは、さてもらうたき方に罪ゆるし見るべきを、立ち離れてさるべきことをも言ひやり、をりふしにし出でむわざのあだ事にもまめ事にも、わが心と思ひ得ることなく深きいたりなからむは、いと口惜しく頼もしげなき咎や、なほ苦しからむ。
 常はすこしそばそばしく心づきなき人の、をりふしにつけて出でばえするやうもありかし」
 ただひたすら子供っぽくて柔軟な女を、いろいろと教え諭してはどうして妻としないでいられようか。
 心配なようでも、きっと直し甲斐のある気持ちがするでしょう。
 なるほど、一緒に生活するぶんには、そんなふうでもかわいらしさに欠点も許され世話をしてやれようが、離れていては必要な用事などを言いやり、時節に行なうような事柄の風流事にも実用事などにも、自分では判断ができず深い思慮がないのは、まことに残念で頼りにならない欠点が、やはり困ったものでしょう。
 普段はちょっと無愛想で親しみの持てない女性が、何かの事に思わぬでき映えを発揮するようなこともありますからね」
40  など、隈なきもの言ひも、定めかねていたくうち嘆く。  などと、至らない所のない論客も、結論を出しかねて大きく溜息をつく。
 
 

第四段 女性論、左馬頭の結論

 
41  〔左馬頭〕「今は、ただ、品にもよらじ。
 容貌をばさらにも言はじ。
 いと口惜しくねぢけがましきおぼえだになくは、ただひとへにものまめやかに、静かなる心のおもむきならむよるべをぞ、つひの頼み所には思ひおくべかりける。
 あまりのゆゑよし心ばせうち添へたらむをば、よろこびに思ひ、すこし後れたる方あらむをも、あながちに求め加へじ。
 うしろやすくのどけき所だに強くは、うはべの情けは、おのづからもてつけつべきわざをや。
 
 〔左馬頭〕「今は、ただもう、家柄にもよりません。
 容貌はまったく問題ではありません。
 ひどく気にくわないひねくれた性格でさえなければ、ただひたすら実直で、落ち着いた心の様子がありそうな女性を、生涯の伴侶としては考え置くのがよいですね。
 余分な情趣を解する心や気立てのよさが加わっているようなのを、それを幸いと思い、少し足りないところがあるようなのも、無理に期待し要求するまい。
 安心できてのんびりとした性格さえはっきりしていれば、表面的な情趣は、自然と身に付けることができるものですからね。
 
42  艶にもの恥ぢ(訂正*11)して、恨み言ふべきことをも見知らぬさまに忍びて、上はつれなくみさをづくり、心一つに思ひあまる時は、言はむかたなくすごき言の葉、あはれなる歌を詠みおき、しのばるべき形見をとどめて、深き山里、世離れたる海づらなどにはひ隠れぬるをり。
 
 思わせぶりにはにかんで見せて、恨み言をいうべきことをも見知らないふうに我慢して、表面は何げなく平静を装い、胸に収めかね思いあまった時には、何とも言いようのないほどの恐ろしい言葉や、哀切な和歌を詠み残し、思い出になるにちがいない形見を残して、深い山里や、辺鄙な海浜などに姿を隠してしまう女がいます。
 
43  童にはべりし時、女房などの物語読みしを聞きて、いとあはれに悲しく、心深きことかなと、涙をさへなむ落としはべりし。
 今思ふには、いと軽々しく、ことさらびたることなり。
 心ざし深からむ男をおきて、見る目の前につらきことありとも、人の心を見知らぬやうに逃げ隠れて、人をまどはし、心を見むとするほどに、長き世のもの思ひになる、いとあぢきなきことなり。
 『心深しや』など、ほめたてられて、あはれ進みぬれば、やがて尼になりぬかし。
 思ひ立つほどは、いと心澄めるやうにて、世に返り見すべくも思へらず。
 『いで、あな悲し。
 かくはた思しなりにけるよ』などやうに、あひ知れる人来とぶらひ、ひたすらに憂しとも思ひ離れぬ男、聞きつけて涙落とせば、使ふ人、古御達など、『君の御心は、あはれなりけるものを。
 あたら御身を』など言ふ。
 みづから額髪をかきさぐりて、あへなく心細ければ、うちひそみぬかし。
 忍ぶれど涙こぼれそめぬれば、折々ごとにえ念じえず、悔しきこと多かめるに、仏もなかなか心ぎたなしと、見たまひつべし。
 濁りにしめるほどよりも(奥入04)、なま浮かびにては、かへりて悪しき道にも漂ひぬべくぞおぼゆる。
 絶えぬ宿世浅からで、尼にもなさで尋ね取りたらむも、やがてあひ添ひて、とあらむ折もかからむきざみをも、見過ぐしたらむ仲こそ、契り深くあはれならめ、我も人も、うしろめたく心おかれじやは。
 
 子供でございましたころ、女房などが物語を読んでいたのを聞いて、とても気の毒に悲しく、何と深く思いつめたことかと、涙までを落としたのでございました。
 今から思うと、とても軽薄で、わざとらしいことです。
 愛情の深い夫を残して、たとえ目の前に薄情なことがあっても、夫の気持ちを分からないかのように姿をくらまして、夫を慌てさせ、本心を見ようとするうちに、一生の後悔となるのは、大変につまらないことです。
 『深い考えだ』などと、褒め立てられて、気持ちが昂じてしまうと、そのまま尼になってしまいますよ。
 思い立った当座は、まことに気持ちも悟ったようで、世俗の生活を振り返ってみようなどとは思わない。
 『まあ、何とおいたわしい。
 こうもご決心されたとは』などと言ったように、知り合いの人が見舞いに来たり、すっかり嫌だとも諦めてない夫が、聞きつけて涙を落とすと、召使いや、老女たちなどが、『ご主人さまのお気持ちは、愛情深かったのに。
 惜しいおん身を』などと言う。
 自分でも切り落とした額髪を触って、手応えなく心細いので、泣顔になってしまう。
 堪えても涙がこぼれ出してしまうと、何かの時々には我慢もできず、後悔も多いようなので、仏もかえって未練がましいと、きっと御覧になるでしょう。
 濁世に染まっている間よりも、生悟りは、かえって悪道に堕ちさ迷うことになるに違いなく思われます。
 切っても切れない前世からの宿縁も浅くなく、尼にもさせず捜し出したような仲も、そのまま連れ添うことになって、あのような時にもこのような時にも、知らないふうにしているような夫婦仲こそ、宿縁も深く愛情も厚いと言えましょうに、自分も相手も、不安で自然と気をつかわずにいられましょうか。
 
44  また、なのめに移ろふ方あらむ人を恨みて、気色ばみ背かむ、はたをこがましかりなむ。
 心は移ろふ方(訂正跡12)ありとも、見そめし心ざしいとほしく思はば、さる方のよすがに思ひてもありぬべきに、さやうならむたぢろきに、絶えぬべきわざなり。
 
 また、いいかげんに愛情も冷めてきたような夫を恨んで、態度に表わして離縁するようなのは、これまたばかげたことでしょう。
 愛情は他の女に移ることがあったとしても、結婚した当初の愛情をいとしく思うならば、そうした縁の伴侶と思って続くこともきっとあるでしょうに、そのようなごたごたから、夫婦の仲まで切れてしまうのです。
 
45  すべて、よろづのことなだらかに、怨ずべきことをば見知れるさまにほのめかし、恨むべからむふしをも憎からずかすめなさば、それにつけて、あはれもまさりぬべし。
 多くは、わが心も見る人からをさまりもすべし。
 あまりむげにうちゆるべ見放ちたるも、心安くらうたきやうなれど、おのづから軽き方にぞおぼえはべるかし。
 繋がぬ舟の浮きたる例(奥入05)も、げにあやなし。
 さははべらぬか」
 総じて、どのようなことでも心穏やかに、嫉妬するときには知っている程度にほのめかし、恨み言をいうような場合にもかわいらしくそれとなく言えば、それによって、愛情も一段と増すことでしょう。
 一般に、自分の浮気心も妻の態度から収まりもするのです。
 あまりやたらに勝手にさせ放任しておくのも、男からは気が楽でかわいらしいようだが、いつのまにか軽い女に見られるものです。
 繋がない舟の譬えもあり、なるほど思慮がない。
 そうではございませんか」
46  と言へば、中将うなづく。
 
 と言うと、中将は頷く。
 
47  〔頭中将〕「さしあたりて、をかしともあはれとも心に入らむ人の、頼もしげなき疑ひあらむこそ、大事なるべけれ。
 わが心あやまちなくて見過ぐさば、さし直してもなどか見ざらむとおぼえたれど、それさしもあらじ。
 ともかくも、違ふべきふしあらむを、のどやかに見忍ばむよりほかに、ますことあるまじかりけり」
 〔頭中将〕「今さし当たって、美しいとも気立てがよいとも思って気に入っているような女に、不安な疑いがあるのは重大でしょう。
 自分が乱心せずに大目に見てやっていたら、気持ちを変えて添い遂げないこともないだろうと思われますが、そうとばかりも言えまい。
 いずれにしても、夫婦仲がうまくいかないようことがあってもそれを、気長にじっと堪えているより以外に、良い手段はないようですな」
48  と言ひて、わが妹の姫君は、この定めにかなひたまへりと思へば、君のうちねぶりて言葉まぜたまはぬを、さうざうしく心やましと思ふ。
 馬頭、物定めの博士になりて、ひひらきゐたり。
 中将は、このことわり聞き果てむと、心入れて、あへしらひゐたまへり。
 
 と言って、自分の妹の姫君は、この結論に当てはまっていらっしゃると思うと、源氏の君が居眠りをして意見をさし挟みなさらないのを、物足りなく不満に思う。
 左馬頭がこの評定の博士になって、さらに弁じ立てていた。
 頭中将は、この弁論を最後まで聴こうと、熱心になって、受け答えしていらっしゃった。
 
49  〔左馬頭〕「よろづのことによそへて思せ。
 木の道の匠のよろづの物を心にまかせて作り出だす(訂正跡13)も、臨時のもてあそび物の、その物と跡も定まらぬは、そばつきさればみたるも、げにかうもしつべかりけりと、時につけつつさまを変へて、今めかしきに目移り(訂正*14)てをかしきもあり。
 大事として、まことにうるはしき人の調度の飾りとする、定まれるやうある物を難なくし出づることなむ、なほまことの物の上手は、さまことに見え分かれはべる。
 
 〔左馬頭〕「いろいろのことに引き比べてお考えくだされ。
 木工の道の匠がいろいろの物を思いのままに作り出すのも、その場限りの趣向の物で、そうした型ときまりのないものは、見た目には洒落ているのも、なるほどこういうふうにも作るのだと、時々に従って趣向を変えて、目新しいのに目が移って趣のあるものもあります。
 重大な事柄として、本当にれっきとした人の調度類で装飾とする、一定の様式というようなのがあるものを立派に作り上げることは、やはり本当の名人は、違ったものだと見分けられるものでございます。
 
50  また絵所に上手多かれど、墨がきに選ばれて、次々にさらに劣りまさるけぢめ、ふとしも見え分かれず。
 かかれど、人の見及ばぬ蓬莱の山、荒海の怒れる魚の姿、唐国のはげしき獣の形、目に見えぬ鬼の顔などの、おどろおどろしく作りたる物は、心にまかせてひときは目驚かして、実には似ざらめど、さてありぬべし。
 
 また、画工司に名人が多くいますが、墨描きに選ばれて、順々に見るとまったく優劣の判断は、ちょっと見ただけではつきません。
 けれども、人の見ることもできない蓬莱山や、荒海の恐ろしい魚の形や、唐国の猛々しい獣の形や、目に見えない鬼の顔などで、仰々しく描いた物は、想像のままに格別に目を驚かして、実物には似ていないでしょうが、それはそれでよいでしょう。
 
51  世の常の山のたたずまひ、水の流れ、目に近き人の家居ありさま、げにと見え、なつかしくやはらいだる形などを静かに描きまぜて、すくよかならぬ山の景色、木深く世離れて畳みなし、け近き籬の内をば、その心しらひおきてなどをなむ、上手はいと勢ひことに、悪ろ者は及ばぬ所多かめる。
 
 どこでも見かける山の姿や、川の流れや、見なれた人家の様子は、なるほどそれらしいと見えて、親しみやすくおだやかな方面などを心落ち着いた感じに配して、険しくない山の風景や、こんもりと俗塵を離れて幾重にも重ねたり、近くの垣根の内については、それぞれの心配りや配置などを、名人は大変に筆力も格別で、未熟な者は及ばない点が多いようです。
 
52  手を書きたるにも、深きことはなくて、ここかしこの、点長に走り書き、そこはかとなく気色ばめるは、うち見るにかどかどしく気色だちたれど、なほまことの筋をこまやかに書き得たるは、うはべの筆消えて見ゆれど、今ひとたびとり並べて見れば、なほ実になむよりける。
 
 文字を書いたものでも、深い素養はなくて、あちらこちらが、点を長く引いてしゃれた走り書きをし、どことなく気取っているようなのは、ちょっと見ると才気がありひとかどのように見えますが、やはり正当の書法を丹念に習得しているものは、表面的な筆法は隠れていますが、もう一度取り比べて見ると、やはり本物の方に心が惹き付けられるものですな。
 
53  はかなきことだにかくこそはべれ。
 まして人の心の、時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをば、え頼むまじく思うたまへ得てはべる。
 そのはじめのこと、好き好きしくとも申しはべらむ」
 つまらない芸事でさえこうでございます。
 まして人の気持ちの、折々に様子ぶっているような見た目の愛情は、信用がおけないものと存じております。
 その最初の例を、好色がましいお話ですが申し上げましょう」
54  とて、近くゐ寄れば、君も目覚ましたまふ。
 中将いみじく信じて、頬杖をつきて向かひゐたまへり。
 法の師の世のことわり説き聞かせむ所の心地するも、かつはをかしけれど、かかるついでは、おのおの睦言もえ忍びとどめずなむありける。
 
 と言って、にじり寄るので、源氏の君も目をお覚ましになる。
 中将はひどく本気になって、頬杖をついて向かい合いに座っていらっしゃる。
 法師が世の中の道理を説いて聞かせているような所の感じがするのも、もう一方ではおもしろいが、このような折には、それぞれの男女の体験談などを隠しておくことができないのであった。
 
 
 

第二章 女性体験談

 
 

第一段 女性体験談(左馬頭、嫉妬深い女の物語)

 
55  〔左馬頭〕「はやう、まだいと下臈にはべりし時、あはれと思ふ人はべりき。
 聞こえさせつるやうに、容貌などいとまほにもはべらざり(訂正跡15)しかば、若きほどの好き心には、この人をとまりにとも思ひとどめはべらず、よるべとは思ひながら、さうざうしくて、とかく紛れはべりしを、もの怨じをいたくしはべりしかば、心づきなく、いとかからで、おいらかならましかばと思ひつつ、あまりいと許しなく疑ひはべりしもうるさくて、かく数ならぬ身を見も放たで、などかくしも思ふらむと、心苦しき折々もはべり(訂正跡16)て、自然に心をさめらるるやうになむはべりし。
 
 〔左馬頭〕「若いころ、まだ下級役人でございました時、愛しいと思う女性がおりました。
 申し上げましたように、容貌などもたいして優れておりませんでしたので、若いうちの浮気心から、この女性を生涯の伴侶とも思い決めませんで、通い所とは思いながら、物足りなくて、何かと他の女性にかかずらっておりましたところ、大変に嫉妬をいたしましたので、おもしろくなく、本当にこうではなくて、おっとりとしていたらば良いものをと思い思い、あまりにひどく厳しく疑いましたのも煩わしくて、このようなつまらない男に愛想もつかさず、どうしてこう愛してくれるのだろうと、気の毒に思う時々もございまして、自然と浮気心も収められるというふうでもございました。
 
56  この女のあるやう、もとより思ひいたらざりけることにも、いかでこの人のためにはと(訂正跡17)、なき手を出だし、後れたる筋の心をも、なほ口惜しくは見えじと思ひはげみつつ、とにかくにつけて、ものまめやかに後見、つゆにても心に違ふことはなくもがなと思へりしほどに、進める方と思ひしかど、とかくになびきてなよびゆき、醜き容貌をも、この人に見や疎まれむと、わりなく思ひつくろひ、疎き人に見えば、面伏せにや思はむと、憚り恥ぢて、みさをにもてつけて見馴るるままに、心もけしうはあらずはべりしかど、ただこの憎き方一つなむ、心をさめずはべりし。
 
 この女の性格は、もともと自分の考えの及ばないことでも、何とかして夫のためにはと、無理算段をし、不得手な方面をも、やはりつまらない女だと見られまいと努力しては、何かにつけて、熱心に世話をし、少しでも意に沿わないことのないようにと思っていたうちに、気の勝った女だと思いましたが、何かと言うことをきくようになって柔らかくなってゆき、美しくない容貌についても、このわたしに嫌われやしまいかと、むやみに思って化粧し、親しくない人に顔を見せたならば、夫の面目が潰れやしまいかと、遠慮し恥じて、身嗜みに気をつけて生活しているうちに、性格も悪いというのではありませんでしたが、ただこの憎らしい性質一つだけは、収まりませんでした。
 
57  そのかみ思ひはべりしやう、かうあながちに従ひ怖ぢたる人なめれり、いかで懲るばかりのわざして、おどして、この方もすこしよろしくもなり、さがなさもやめむと思ひて、まことに憂しなども思ひて絶えぬべき気色ならば、かばかり我に従ふ心ならば思ひ懲りなむと思うたまへ得て、ことさらに情けなくつれなきさまを見せて、例の腹立ち怨ずるに、  その当時に思いましたことには、このようにむやみにわたしに従いおどおどしている女のようだ、何とか懲りるほどの思いをさせて、脅かして、この嫉妬の方面も少しはまあまあになり、性悪な性格も止めさせようと思って、本当に辛いなどと思って別れてしまいそうな態度をとったならば、それほどわたしに連れ添う気持ちがあるのなら懲りるだろうと存じまして、わざと薄情で冷淡な態度を見せると、例によって怒って恨み言をいってくるので、
58  〔左馬頭〕『かくおぞましくは、いみじき契り深くとも、絶えてまた見じ。
 限りと思はば、かくわりなきもの疑ひはせよ。
 行く先長く見えむと思はば、つらきことありとも、念じてなのめに思ひなりて、かかる心だに失せなば、いとあはれとなむ思ふべき。
 人並々にもなり、すこしおとなびむに添へて、また並ぶ人なくあるべき』やうなど、かしこく教へたつるかなと思ひたまへて、われたけく言ひそしはべるに、すこしうち笑ひて、
 〔左馬頭〕『こんなに我が強いなら、どんなに夫婦の宿縁が深くとも、もう二度と逢うまい。
 最後と思うならば、このようなめちゃくちゃな邪推をするがよい。
 将来も長く連れ添おうと思うならば、辛いことがあっても、我慢してたいしたことなく思うようになって、このような嫉妬心さえ消えたならば、とても愛しい女と思おう。
 人並みに出世もし、もう少し一人前になったら、他に並ぶ人がない正妻になるであろう』などと、うまく教えたものよと存じまして、調子に乗って度を過ごして言いますと、少し微笑んで、
59  〔女〕『よろづに見立てなく、ものげなきほどを見過ぐして、人数なる世もやと待つ方は、いとのどかに思ひなされて、心やましくもあらず。
 つらき心を忍びて、思ひ直らむ折を見つけむと、年月を重ねむあいな頼みは、いと苦しくなむあるべければ、かたみに背きぬべききざみになむある』
 〔女〕『あなたの何かにつけて見栄えがしなく、一人前でないあいだをじっとこらえて、いつかは一人前にもなろうかと待っていることは、まことにゆっくりと待っていられますから、苦にもなりません。
 でも、辛い浮気心を我慢して、その心がいつになったら直るのだろうかと、当てにならない期待をして年月を重ねていくことは、まことに辛くもありましょうから、お互いに別れるのによいときです』
60  とねたげに言ふに、腹立たしくなりて、憎げなることどもを言ひはげましはべるに、女もえをさめぬ筋にて、指ひとつを引き寄せて喰ひてはべりしを、おどろおどろしくかこちて、  と憎らしげに言うので、腹立たしくなって、憎々しげな言葉を興奮して言いますと、女も黙っていられない性格で、わたしの指を一本引っ張って噛みついてまいりましたので、大げさに文句をつけて、
61  〔左馬頭〕『かかる疵さへつきぬれば、いよいよ交じらひをすべきにもあらず。
 辱めたまふめる官位、いとどしく何につけてかは人めかむ。
 世を背きぬべき身なめり』など言ひ脅して、『さらば、今日こそは限りなめれ』と、この指をかがめてまかでぬ。
 
 〔左馬頭〕『このような傷まで付いてしまったので、ますます役人生活もできるものでない。
 軽蔑なさるような官職で、ますます一層どのようにして出世して行けようか。
 出家しかない身のようだ』などと言い脅して、『それでは、今日という今日がお別れのようだ』と言って、この指を折り曲げて退出しました。
 
 

10
 〔左馬頭〕
『手を折りて あひ見しことを 数ふれば
 これひとつやは 君が憂きふし
 〔左馬頭〕
『あなたとの結婚生活を指折り数えてみますと
 この一つだけがあなたの嫌な点なものか
 
62  えうらみじ』  恨むことはできますまい』
63  など言ひはべれば、さすがにうち泣きて、  などと言いますと、そうは言うものの涙ぐんで、
 

11
 〔女〕
『憂きふしを 心ひとつに 数へきて
 こや君が手を 別るべきをり』
 〔女〕
『あなたの辛い仕打ちを胸の内に堪えてきましたが
  今は別れる時なのでしょうか』
 
64  など、言ひしろひはべりしかど、まことには変るべきこととも思ひたまへずながら、日ごろ経るまで消息も遣はさず、あくがれまかり歩くに、臨時の祭(訂正跡18)の調楽に、夜更けていみじう霙降る夜、これかれまかりあかるる所にて、思ひめぐらせば、なほ家路と思はむ方はまたなかりけり。
 
 などと、言い争いましたが、本当は別れようとは存じませんままに、何日も過ぎるまで便りもやらず、浮かれ歩いていたところ、臨時の祭の調楽で、夜が更けてひどく霙が降る夜、めいめい退出して分かれる所で、思いめぐらすと、やはり自分の家と思える家は他にはなかったのでしたなあ。
 
65  内裏わたりの旅寝すさまじかるべく、気色ばめるあたりはそぞろ寒くや、と思ひたまへられしかば、いかが思へると、気色も見がてら、雪をうち払ひつつ、なま人悪ろく爪喰はるれど、さりとも今宵日ごろの恨みは解けなむ、と思うたまへしに、火ほのかに壁に背け、萎えたる衣どもの厚肥えたる、大いなる籠にうち掛けて、引き上ぐべきものの帷子などうち上げて、今宵ばかりやと、待ちけるさまなり。
 さればよと、心おごりするに、正身はなし。
 さるべき女房どもばかりとまりて、『親の家に、この夜さりなむ渡りぬる』と答へはべり。
 
 内裏あたりでの宿直は気乗りがしないし、気取った女の家は何となく心寒くないだろうか、と存じられましたので、どう思っているだろうかと、様子見がてら、雪をうち払いながら、何となく体裁が悪くきまりも悪く思われるが、いくらなんでも今夜は数日来の恨みも解けるだろう、と存じましたところ、灯火を薄暗く壁の方に向け、柔らかな衣服の厚いのを、大きな伏籠にうち掛けて、引き上げておくべきの几帳の帷子などは引き上げてあって、今夜あたりはと、待っていた様子です。
 やはりそうであったよと、得意になりましたが、本人はいません。
 しかるべき女房連中だけが残っていて、『親御様の家に、今晩は行きました』と答えます。
 
66  艶なる歌も詠まず、気色ばめる消息もせで、いとひたや籠もりに情けなかりしかば、あへなき心地して、さがなく許しなかりしも、我を疎みねと思ふ方の心やありけむと、さしも見たまへざりしことなれど、心やましきままに思ひはべりしに、着るべき物、常よりも心とどめたる色あひ、しざまいとあらまほしくて、さすがにわが見捨ててむ後をさへなむ、思ひやり後見たりし。
 
 優美な和歌も詠まず、思わせぶりな手紙も書き寄越さず、もっぱらそっけなく無愛想であったので、拍子抜けした気がして、口やかましく容赦なかったのも、自分を嫌になってくれ、と思う気持ちがあったからだろうかと、そのようには存じられなかったのですが、おもしろくないままそう思ったのですが、着るべき物が、いつもより念を入れた色合いや、仕立て方がとても素晴らしくて、やはり離別した後までも、気を配って世話してくれていたのでした。
 
67  さりとも、絶えて思ひ放つやうはあらじと思うたまへて、とかく言ひはべりしを、背きもせずと、尋ねまどはさむとも隠れ忍びず、かかやかしからず答へつつ、ただ、『ありしながらは、えなむ見過ぐすまじき。
 あらためてのどかに思ひならばなむ、あひ見るべき』など言ひしを、さりともえ思ひ離れじと思ひたまへしかば、しばし懲らさむの心にて、『しかあらためむ』とも言はず、いたく綱引きて(奥入06)見せしあひだに、いといたく思ひ嘆きて、はかなくなりはべりにしかば、戯れにくくなむおぼえはべりし。
 
 そうは言っても、すっかり愛想をつかすようなことはあるまいと存じまして、いろいろと言ってみましたが、別れるでもなくと、探し出させようと行方を晦ますのでもなく、きまり悪くないように返事をしいし、ただ、『以前のような心のままでは、とても我慢できません。
 改心して落ち着くならば、また一緒に暮らしましょう』などと言いましたが、そうは言っても思い切れまいと存じましたので、少し懲らしめようという気持ちから、『そのように改めよう』とも言わず、ひどく強情を張って見せていたところ、とてもひどく思い嘆いて、亡くなってしまいましたので、冗談もほどほどにと存じられました。
 
68  ひとへにうち頼みたらむ方は、さばかりにてありぬべくなむ思ひたまへ出でらるる。
 はかなきあだ事をもまことの大事をも、言ひあはせたるにかひなからず、龍田姫と言はむにもつきなからず、織女の手にも劣るまじくその方も具して、うるさくなむはべりし」
 一途に生涯頼みとするような女性としては、あの程度で確かに良いと思い出さずにはいられません。
 ちょっとした風流事でも実生活上の大事でも、相談してもしがいがなくはなく、龍田姫と言っても不似合いでなく、織姫の腕前にも劣らないその方面の技術をもっていて、行き届いていたのでした」
69  とて、いとあはれと思ひ出でたり。
 中将、
 と言って、とてもしみじみと思い出していた。
 頭中将が、
70  〔頭中将〕「その織女の裁ち縫ふ方をのどめて、長き契りにぞあえまし。
 げに、その龍田姫の錦には、またしくものあらじ。
 はかなき花紅葉といふも、をりふしの色あひつきなく、はかばかしからぬは、露のはえなく消えぬるわざなり。
 さあるにより、難き世とは定めかねたるぞや」
 〔頭中将〕「その織姫の技量はひとまずおいても、永い夫婦の契りだけにはあやかりたいものだったね。
 なるほど、その龍田姫の錦の染色の腕前には、誰も及ぶ者はいないだろうね。
 ちょっとした花や紅葉といっても、季節の色合いが相応しくなく、はっきりとしていないのは、何の見映えもなく、台なしになってしまうものだ。
 そうだからこそ、難しいものだと決定しかねるのですな」
71  と、言ひはやしたまふ。
 
 と、話をはずまされる。
 
 
 

第二段 左馬頭の体験談(浮気な女の物語)

 
72  〔左馬頭〕「さて、また同じころ、まかり通ひし所は、人も立ちまさり心ばせまことにゆゑありと見えぬべく、うち詠み、走り書き、掻い弾く爪音、手つき口つき、みなたどたどしからず、見聞きわたりはべりき。
 見る目もこともなくはべりしかば、このさがな者を、うちとけたる方にて、時々隠ろへ見はべり(訂正跡19)しほどは、こよなく心とまりはべりき。
 この人亡せて後、いかがはせむ、あはれながらも過ぎぬるはかひなくて、しばしばまかり馴るるには、すこしまばゆく艶に好ましきことは、目につかぬ所あるに、うち頼むべくは見えず、かれがれにのみ見せはべるほどに、忍びて心交はせる人ぞありけらし。
 
 〔左馬頭〕「ところで、また同じころに、通っていました女は、人品も優れ気の働かせ方もまことに嗜みがあると思われるように、素早く歌を詠み、すらすらと書き、掻いつま弾く琴の音色、その腕前や詠みぶりが、みな確かであると、見聞きしておりました。
 見た目にも無難でございましたので、先程の嫉妬深い女を気の置けない通い所にして、時々隠れて逢っていました間は、格段に気に入っておりました。
 今の女が亡くなって後は、どうしましょう、かわいそうだとは思いながらも死んでしまったものは仕方がないので、頻繁に通うようになってみますと、少し派手で婀娜っぽく風流めかしていることは、気に入らないところがあったので、頼りにできる女とは思わずに、途絶えがちにばかり通っておりましたら、こっそり心を交している男がいたらしいのです。
 
73  神無月のころほひ、月おもしろかりし夜、内裏よりまかではべるに、ある上人来あひて、この車にあひ乗りてはべれば、大納言の家にまかり泊まらむとするに、この人言ふやう、〔殿上人〕『今宵人待つらむ宿なむ、あやしく心苦しき』とて(訂正跡20)、この女の家はた、避きぬ道なりければ、荒れたる崩れより池の水かげ見えて、月だに宿る住処を過ぎむもさすがにて、下りはべりぬかし。
 
 神無月の時分の、月の美しい夜に、内裏から退出いたしますに、ある殿上人が来合わせて、わたしの車に同乗していましたので、大納言殿の家へ行って泊まろうとすると、この人が言うことには、〔殿上人〕『今宵は、わたしを待っているだろう女が、妙に気にかかるよ』と言って、この女の家が、またやはり通らなけれならない道順にも当たっていたので、荒れた築地塀の崩れから池の水に月の光が映っていて、月でさえ泊まるこの宿をこのまま通り過ぎてしまうのも惜しいというので、降りたのでございました。
 
74  もとよりさる心を交はせるにやありけむ、この男いたくすずろきて、門近き廊の簀子だつものに尻かけて、とばかり月を(訂正跡21)見る。
 菊いとおもしろく移ろひわたり、風に競へる紅葉の乱れなど、あはれと、げに見えたり。
 
 以前から心を交わしていたのでしょうか、この男はとてもそわそわして、中門近くの渡廊の簀子のような所に腰を掛けて、暫く月を見ています。
 菊は一面にとても色美しく変色しており、風に勢いづいた紅葉が散り乱れているのなど、美しいものだなあと、実に思われました。
 
75  懐なりける笛取り出でて吹き鳴らし、〔殿上人〕『蔭もよし(奥入07)』などつづしり謡ふほどに、よく鳴る和琴を、調べととのへたりける、うるはしく掻き合はせたりしほど、けしうはあらずかし。
 律の調べは、女のものやはらかに掻き鳴らして、簾の内より聞こえたるも、今めきたる物の声なれば、清く澄める月に折つきなからず。
 男いたくめでて、簾のもとに歩み来て、
 懐にあった横笛を取り出して吹き鳴らし、〔殿上人〕『月影も美しい』などと笛の合い間合い間に少しずつ謡うと、良い音色のする和琴を、前もって調子を調えておいたもので、きちんと合奏していたところは、悪くはありませんでした。
 律の調子は、女性がもの柔らかく掻き鳴らして、御簾の内側から聞こえて来るのも、今風の楽の音なので、清く澄んでいる月にふさわしくなくもありません。
 その男はひどく感心して、御簾の側に歩み寄って、
76  〔殿上人〕『庭の紅葉こそ、踏み分けたる跡もなけれ』などねたます。
 菊を折りて、
 〔殿上人〕『庭の紅葉を、踏み分けた跡がないですね』などと嫌がらせを言います。
 菊を手折って、
 

12
 〔殿上人〕
『琴の音も 月もえならぬ 宿ながら
 つれなき人を ひきやとめける
 〔殿上人〕
『琴の音色も月も素晴らしいお宅ですが
 薄情な方を引き止めることができなかったようですね
 
77  悪ろかめり』など言ひて、『今ひと声、聞きはやすべき人のある時、手な残いたまひそ』など、いたくあざれかかれば、女、いたう声つくろひて、  悪いことを言ったようだ』などと言って、『もう一曲、喜んで聞きたいというわたしがいる時に、弾き惜しみなさいますな』などと、ひどく色っぽく言いかけますと、女は、とても気取った声を出して、
 

13
 〔女〕
『木枯に 吹きあはすめる 笛の音を
 ひきとどむべき 言の葉ぞなき』
 〔女〕
『冷たい木枯らしに合うようなあなたの笛の音を 
引きとどめる術をわたしは持ち合わせていません』
 
78  となまめき交はすに、憎くなるをも知らで、また、箏の琴を盤渉調に調べて、今めかしく掻い弾きたる爪音、かどなきにはあらねど、まばゆき心地なむしはべりし。
 ただ時々うち語らふ宮仕へ人などの、あくまでさればみ好きたるは、さても見る限りはをかしくもありぬべし。
 時々にても、さる所にて忘れぬよすがと思ひたまへむには、頼もしげなくさし過ぐいたりと心おかれて、その夜のことにことつけてこそ、まかり絶えにしか。
 
 と色っぽく振る舞い合いますので、わたしが憎らしくなってきたのも知らずに、今度は、筝の琴を盤渉調に調えて、今風に掻き鳴らす爪音は、才能が無いではないが、目を覆いたい気持ちが致しました。
 ただ時々に言葉を交わす宮仕え人などで、どこまでも色っぽく風流なのは、そうであっても付き合うには興味もありましょうが、時々であっても、通い妻として生涯の伴侶と致しますには、頼りなく風流すぎると嫌気がさして、その夜のことに口実をつくって、通うのをやめてしまいました。
 
79  この二つのことを思うたまへあはするに、若き時の心にだに、なほさやうにもて出でたることは、いと(訂正跡22)あやしく頼もしげなくおぼえはべりき。
 今より後は、ましてさのみなむ思ひたまへらるべき。
 御心のままに、折らば落ちぬべき萩の露、拾はば消えなむと見る玉笹の上(奥入08)の霰などの、艶にあえかなる好き好きしさのみこそ、をかしく思さるらめ、今さりとも、七年あまりがほどに思し知りはべなむ。
 なにがしがいやしき諌めにて、好きたわめらむ女に心おかせたまへ。
 過ち(訂正跡23)して、見む人のかたくななる名をも立てつべきものなり」
 この二つの例を考え合わせますと、若い時の考えでさえも、やはりそのように派手な女の例は、とても不安で頼りなく思われました。
 今から以後は、いっそうそのようにばかり思わざるを得ません。
 お気持ちのままに、手折るとこぼれ落ちてしまいそうな萩の露や、拾ったと思うと消えてしまいそうな玉笹の上の霰などのような、しゃれていてか弱く風流なのばかりが、興味深くお思いでしょうが、今はそうであっても、七年余りのうちにお分かりになるでしょう。
 わたくしめごとき卑賤の者の忠告として、色っぽくなよなよとした女性にはお気をつけなさいませ。
 そういう女が間違いを起こして、相手の男の愚かな評判までも立ててしまうものです」
80  と戒む。
 中将、例のうなづく。
 君すこしかた笑みて、さることとは思すべかめり。
 
 と、忠告する。
 頭中将は例によってうなずく。
 源氏の君は少し微笑んで、そういうものだろうとお思いのようである。
 
81  〔源氏〕「いづ方につけても、人悪ろくはしたなかりける身物語かな」とて、うち笑ひおはさうず。
 
 〔源氏〕「どちらの話にしても、体裁の悪くみっともない体験談だね」 と言って、皆でどっと笑い興じられる。
 
 
 

第三段 頭中将の体験談(常夏の女の物語)

 
82  中将、  中将は、
83  〔頭中将〕「なにがしは、痴者の(訂正跡24)物語をせむ」とて、「いと忍びて見そめたりし人の、さても見つべかりしけはひなりしかば、ながらふべきものとしも思ひたまへざりしかど、馴れゆくままに、あはれとおぼえしかば、絶え絶え忘れぬものに思ひたまへしを、さばかりになれば、うち頼めるけしきも見えき。
 頼むにつけては、恨めしと思ふこともあらむと、心ながらおぼゆるをりをりもはべりしを、見知らぬやうにて、久しきとだえをも、かうたまさかなる人とも思ひたらず、ただ朝夕にもてつけたらむありさまに見えて、心苦しかりしかば、頼めわたることなどもありきかし。
 
 〔頭中将〕「わたしは、馬鹿な体験談をお話しましょう」と言って、「ごくこっそりと通い始めた女で、そうした関係を長く続けてもよさそうな感じだったので、長続きのする仲とは存じられませんでしたが、馴れ親しんで行くにつれて、愛しいと思われましたので、途絶えがちながらも忘れられない女と思っておりましたが、それほどの仲になると、わたしを頼りにしている様子にも見えました。
 頼りにするとなると、恨めしく思っていることもあるだろうと、我ながら思われる折々もございましたが、女は気に掛けぬふうをして、久しく通って行かないのを、こういうたまにしか来ない男とも思っていないで、ただ朝夕にいつも心に掛けているという態度に見えて、いじらしく思えたので、ずっと頼りにしているようにと言ったこともあったのでした。
 
84  親もなく、いと心細げにて、さらばこの人こそはと、事にふれて思へるさまもらうたげなりき。
 かうのどけきにおだしくて、久しくまからざりしころ、この見たまふるわたりより、情けなくうたてあることをなむ、さるたよりありてかすめ言はせたりける、後にこそ聞きはべりしか。
 
 親もなく、とても心細い様子で、それならばこの人だけをと、何かにつけて頼りにしている様子もいじらしげでした。
 このようにおっとりしていることに安心して、長い間通って行かないでいたころ、わたしの妻の辺りから、容赦のないひどいことを、ある手づるがあってそれとなく言わせたことを、後になって聞きました。
 
85  さる憂きことやあらむとも知らず、心には忘れずながら、消息などもせで久しくはべりしに、むげに思ひしをれて心細かりければ、幼き者などもありしに思ひわづらひて、撫子の花を折りておこせたりし」とて涙ぐみたり。
 
 そのような辛いことがあったのかとも知らず、心中では忘れていないとはいうものの、便りなども出さずに長い間おりましたところ、すっかり悲観して不安だったので、幼い子供もいたので思い悩んで、撫子の花を折って、送って寄こしました」と言って涙ぐんでいる。
 
86  〔源氏〕「さて、その文の言葉は」と問ひたまへば、  〔源氏〕「それで、その手紙の内容は」とお尋ねになると、
87  〔頭中将〕「いさや、ことなることもなかりきや。  〔頭中将〕「いや、格別なことはありませんでしたよ。
 

14
 〔女〕
『山がつの 垣ほ荒るとも 折々に
 あはれはかけよ 撫子の露』
 〔女〕
『山家の垣根は荒れていても時々は
 かわいがってやってください撫子の花を』
 
88  思ひ出でしままにまかりたりしかば、例のうらもなきものから、いと物思ひ顔にて、荒れたる家の露しげきを眺めて、虫の音に競へるけしき、昔物語めきておぼえはべりし。  思い出したままに行きましたところ、いつものように無心なようでいながら、ひどく物思い顔で、荒れた家の庭が露にしっとり濡れているのを眺めて、虫の鳴く音と競うかのように泣いている様子は、昔物語めいて感じられました。
 

15
 〔頭中将〕
『咲きまじる 色はいづれと 分かねども
 なほ常夏に しくものぞなき』
 〔頭中将〕
『庭にいろいろ咲いている花はいずれも皆美しいが
 やはり常夏の花のあなたが一番美しく思われます』
 
89  大和撫子をばさしおきて、まづ塵をだに(奥入09・付箋①)など、親の心をとる。  子供の大和撫子のことはさておいて、まず『せめて塵だけは払おう』などと、親の機嫌を取ります。
 

16
 〔女〕
『うち払ふ 袖も露けき 常夏に
 あらし吹きそふ 秋も来にけり』
 〔女〕
『床に積もる塵を払う袖も涙に濡れている常夏の身の上に
 さらに激しい風の吹きつける秋までが来ました』
 
90  とはかなげに言ひなして、まめまめしく恨みたるさまも見えず。
 涙をもらし落としても、いと恥づかしくつつましげに紛らはし隠して、つらきをも思ひ知りけりと見えむは、わりなく苦しきものと思ひたりしかば、心やすくて、またとだえ置きはべりしほどに、跡もなくこそかき消ちて失せにしか。
 
 とさりげなく言いつくろって、本気で恨んでいるようにも見えません。
 涙をもらし落としても、とても恥ずかしそうに遠慮がちに取り繕い隠して、薄情を恨めしく思っているということを知られるのが、とてもたまらないらしいことのように思っていたので、気楽に構えて、再び通わずにいましたうちに、跡形なく姿を晦ましていなくなってしまったのでした。
 
91  まだ世にあらば、はかなき世にぞさすらふらむ。
 あはれと思ひしほどに、わづらはしげに思ひまとはすけしき見えましかば、かくもあくがらさざらまし。
 こよなきとだえおかず、さるものにしなして長く見るやうもはべりなまし。
 かの撫子のらうたくはべりしかば、いかで尋ねむと思ひたまふるを、今もえこそ聞きつけはべらね。
 
 まだ生きていれば、みじめな生活をしていることでしょう。
 愛しいと思っていましたころに、うるさいくらいにまつわり付くような様子に見えたならば、こういうふうには行方不明にはさせなかったものを。
 こんなにも途絶えはせずに、通い妻の一人として末永く関係を保つこともあったでしょうに。
 あの撫子がかわいらしゅうございましたので、何とか捜し出したいものだと存じておりますが、今でも行方を知ることができません。
 
92  これこそのたまへるはかなき例なめれ。
 つれなくてつらしと思ひけるも知らで、あはれ絶えざりしも、益なき片思ひなりけり。
 今やうやう忘れゆく際に、かれはたえしも思ひ離れず、折々人やりならぬ胸焦がるる夕べもあらむとおぼえはべり。
 これなむ、え保つまじく頼もしげなき方なりける。
 
 これがおっしゃられた頼りない女の例でしょう。
 平気をよそおって辛いと思っているのも知らないで、愛し続けていたのも、無益な片思いでしたよ。
 今はだんだんと忘れかけて行くころになって、あの女は女でまたわたしを忘れられず、時折自分のせいで胸を焦がす夕べもあろうかと思われます。
 この女は、永続きしそうにない頼りない類であったよ。
 
93  されば、かのさがな者も、思ひ出である方に忘れがたけれど、さしあたりて見むにはわづらはしくよ、よくせずは、飽きたきこともありなむや。
 琴の音すすめけむかどかどしさも、好きたる罪重かるべし。
 この心もとなきも、疑ひ添ふべければ、いづれとつひに思ひ定めずなりぬるこそ。
 世の中や、ただかくこそ。
 とりどりに比べ苦しかるべき。
 このさまざまのよき限りをとり具し、難ずべきくさはひまぜぬ人は、いづこにかはあらむ。
 吉祥天女を思ひかけむとすれば、法気づき、くすしからむこそ、また、わびしかりぬべけれ」とて、皆笑ひぬ。
 
 それだから、あの嫉妬深い女も、思い出される女としては忘れ難いけれども、実際に結婚生活を続けて行くのにはうるさいしね、悪くすると、嫌になることもきっとありましょうよ。
 琴が素晴らしい才能だったという女も、浮気な欠点は重大でしょう。
 この頼りない女も、疑いが出て来ましょうから、どちらが良いとも結局は決定しがたいのだ。
 男女の仲は、ただこのようなものだ。
 それぞれに優劣をつけるのは難しいことで。
 このそれぞれの良いところばかりを身に備えて、非難される欠点を持たない女は、いったいどこにいましょうか。
 吉祥天女に思いをかけようとすれば、抹香臭くなり、人間離れしているのも、また、おもしろくないでしょう」と言って、皆笑った。
 
 
 

第四段 式部丞の体験談(畏れ多い女の物語)

 
94  〔頭中将〕「式部がところにぞ、けしきあることはあらむ。
 すこしづつ語り申せ」と責めらる。
 
 〔頭中将〕「式部のところには、変わった話があろう。
 少しずつ、話して聞かせよ」と催促される。
 
95  〔式部丞〕「下が下の中には、なでふことか、聞こし召しどころはべらむ」  〔式部丞〕「下の下のわたくしめごとき者には、何の、お聞きあそばす話がありましょう」
96  と言へど、頭の君、まめやかに「遅し」と責めたまへば、何事をとり申さむと思ひめぐらすに、  と言うけれど、頭中将の君が、真面目に「早く早く」とご催促なさるので、何をお話し申そうかと思案したが、
97  〔式部丞〕「まだ文章生にはべりし時、かしこき女の例をなむ見たまへし。
 かの、馬頭の申したまへるやうに、公事をも言ひあはせ、私ざまの世に住まふべき心おきてを思ひめぐらさむ方もいたり深く、才の際なまなまの博士恥づかしく、すべて口あかすべくなむはべらざりし。
 
 〔式部丞〕「まだ文章生でございました時、畏れ多い女性の例を拝見しました。
 先程、左馬頭が申されましたように、公事をも相談し、私生活の面での心がけも考え廻らすこと深く、漢学の才能はなまじっかの博士が恥ずかしくなる程で、万事口出すことは何もございませんでした。
 
98  それは、ある博士のもとに学問などしはべるとて、まかり通ひしほどに、主人のむすめども多かりと聞きたまへて、はかなきついでに言ひ寄りてはべりしを、親聞きつけて、盃持て出でて、『わが両つの途歌ふを聴け(奥入17・19)』となむ、聞こえごちはべりしかど、をさをさうちとけてもまからず、かの親の心を憚りて、さすがにかかづらひはべりしほどに、いとあはれに思ひ後見、寝覚の語らひにも、身の才つき、朝廷に仕うまつるべき道々しきことを教へて、いときよげに消息文にも仮名といふもの書きまぜず、むべむべしく言ひまはしはべるに、おのづからえまかり絶えで、その者を師としてなむ、わづかなる腰折文作ることなど習ひはべりしかば、今にその恩は忘れはべらねど、なつかしき妻子とうち頼まむには、無才の人、なま悪ろならむ振る舞ひなど見えむに、恥づかしくなむ見えはべりし。
 まいて君達の御ため、はかばかしくしたたかなる(訂正*26)御後見は、何にかせさせたまはむ。
 はかなし、口惜し、とかつ見つつも、ただわが心につき、宿世の引く方はべるめれば、男しもなむ、仔細なきものははべめる」
 それは、ある博士のもとで学問などを致そうと思って、通っておりましたころに、主人の博士には娘が多くいるとお聞き致しまして、ちょっとした折に言い寄りましたところ、父親が聞きつけて、盃を持って出て来て、『わたしが両つの途を歌うのを聴け』と謡いかけてきましたが、少しも結婚してもよいと思って通っていませんで、あの父親の気持ちに気兼ねして、そうは言うもののかかずらっておりましたところ、とても情け深く世話をし、閨房の語らいにも、身に学問がつき、朝廷に仕えるのに役立つ学問的なことを教えてくれて、とても見事に手紙文にも仮名文字というものを書き交ぜず、本格的に漢文で表現しますので、ついつい別れることができずに、その女を先生として、下手な漢詩文を作ることなどを習いましたので、今でもその恩は忘れませんが、慕わしい妻として頼りにするには、無学のわたしは、どことなく劣った振る舞いなど見られましょうから、恥ずかしく思われました。
 ましてあなた様方の御ためには、しっかりして手ぬかりのない奥方様は、何の必要がおありあそばしましょうか。
 つまらない、残念だ、と一方では思いながらも、ただ自分の気に入り、宿縁もあるようでございますので、男という者は、他愛のないもののようでございます」
99  と申せば、残りを言はせむとて、「さてさてをかしかりける女かな」とすかいたまふを、心は得ながら、鼻のわたりをこづきて語りなす。
 
 と申し上げるので、続きを言わせようとして、〔頭中将〕「それにしてもまあ、何と興味ある女だろうか」と、おだてなさるのを、そうとは知りながらも、鼻のあたりをおかしなかっこうさせて語り続ける。
 
100  〔式部丞〕「さて、いと久しくまからざりしに、もののたよりに立ち寄りてはべれば、常のうちとけゐたる方にははべらで、心やましき物越しにてなむ逢ひてはべる。
 ふすぶるにやと、をこがましくも、また、よきふしなりとも思ひたまふるに、このさかし人はた、軽々しきもの怨じすべきにもあらず、世の道理を思ひとりて恨みざりけり。
 
 〔式部丞〕「そうして、ずいぶん長く行きませんでしたが、何かのついでに立ち寄ってみましたところ、いつものくつろいだ部屋にはおりませんで、不愉快な物を隔てて逢うのでございます。
 嫉妬しているのかと、ばかばかしくもあり、また、別れるのにちょうど良い機会だと存じましたが、この畏れ多い女という者は、軽々しい嫉妬をするはずもなく、男女の仲を心得ていて恨み言を言いませんでした。
 
101  声もはやりかにて言ふやう、  声もせかせかと言うことには、
102  〔女〕『月ごろ、風病重きに堪へかねて、極熱の草薬を服して、いと臭きによりなむ、え対面賜はらぬ。
 目のあたりならずとも、さるべからむ雑事らは承らむ』
 〔女〕『数月来、風邪が重いのに堪え兼ねて、極熱の薬草を服して、大変に臭いので、面会は御遠慮申し上げます。
 直接にお目にかからずとも、必要な雑用などは承りましょう』
103  と、いとあはれにむべむべしく言ひはべり。
 答へに何とかは。
 ただ、『承りぬ』とて、立ち出ではべるに、さうざうしくやおぼえけむ、
 と、いかにも殊勝にもっともらしく言います。
 返事には何と言えようか。
 ただ、『承知しました』とだけ言って、立ち去ります時に、物足りなく思ったのでしょうか、
104  〔女〕『この香失せなむ時に立ち寄りたまへ』と高やかに言ふを、聞き過ぐさむもいとほし、しばしやすらふべきに、はたはべらねば、げにそのにほひさへ、はなやかにたち添へるも術なくて、逃げ目をつかひて、  〔女〕『この臭いが消えた時にお立ち寄り下さい』と声高に言うのを、聞き捨てるのも気の毒ですが、しばしの間でもためらっている場合でもありませんので、言うとおり、その臭いまでが、ぷんぷんと漂って来るのも堪りませんので、きょろきょろと逃げ時をうかがって、
 

17
 〔式部丞〕
『ささがにの ふるまひしるき 夕暮れに
 ひるま過ぐせと いふがあやなさ
 〔式部丞〕
『蜘蛛の動きでわたしの来ることがわかっているはずの夕暮に
  蒜が臭っている昼間が過ぎるまで待てと言うのは訳がわかりません
 
105  いかなることつけぞや』  どのような口実ですか』
106  と、言ひも果てず走り出ではべりぬるに、追ひて、  と、言い終わらず逃げ出しましたところ、追いかけて来て、
 

18
 〔女〕
『逢ふことの 夜をし隔てぬ 仲ならば
 ひる間も何か まばゆからまし』
 〔女〕
『逢うことを一夜も置かずに毎晩逢っている夫婦仲ならば
 蒜の臭っている昼間に逢ったからといってどうして恥ずかしいことがありましょうか』
 
107  さすがに口疾くなどははべりき」  さすがに返歌は素早うございました」
108  と、しづしづと(訂正*27)申せば、君達あさましと思ひて、「嘘言」とて笑ひたまふ。
 
 と、落ち着いて申し上げるので、公達は興醒めに思って、「空言を」と言ってお笑いになる。
 
109  〔頭中将〕「いづこのさる女かあるべき。
 おいらかに鬼とこそ向かひゐたらめ。
 むくつけきこと」
 〔頭中将〕「どこにそのような女がいようか。
 おとなしく鬼と向かい合っていたほうがましだ。
 気持ちが悪い話よ」
110  と爪弾きをして、「言はむ方なし」と、式部をあはめ憎みて、  と爪弾きして、「何とも評しようがない」と、藤式部丞を軽蔑し非難して、
111  「すこしよろしからむことを申せ」と責めたまへど、  〔頭中将〕「もう少しましな話を申せ」とお責めになるが、
112  〔式部丞〕「これよりめづらしきことはさぶらひなむや」とて、をり。
 
 〔式部丞〕「これ以上珍しい話がございましょうか」と言って、澄ましている。
 
113  〔左馬頭〕「すべて男も女も悪ろ者は、わづかに知れる方のことを残りなく見せ尽くさむと思へるこそ、いとほしけれ。
 
 〔左馬頭〕「すべて男も女も未熟者は、少し知っている方面のことをすっかり見せようと思っているのが、困ったものです。
 
114  三史五経(奥入18)、道々しき方を、明らかに悟り明かさむこそ、愛敬なからめ(訂正跡28)、などかは、女といはむからに、世にあることの公私につけて、むげに知らずいたらずしもあらむ。
 わざと習ひまねばねど、すこしもかどあらむ人の、耳にも目にもとまること、自然に多かるべし。
 
 三史五経といった学問的な方面を、本格的に理解するというのは、好感の持てないことですが、どうして女だからといって、世の中の公私の事々につけて、まったく知りませんできませんと言っていられましょうか。
 本格的に勉強はしなくても、少しでも才能のあるような人は、耳から目から入って来ることが、自然に多いはずです。
 
115  さるままには、真名を走り書きて、さるまじきどちの女文に、なかば過ぎて書きすすめたる、あなうたて、この人のたをやかならましかばと見えたり。
 心地にはさしも思はざらめど、おのづからこはごはしき声に読みなされなどしつつ、ことさらびたり。
 上臈の中にも、多かることぞかし。
 
 そのようなことから、漢字をさらさらと走り書きして、お互いに書かないはずの女どうしの手紙文にも、半分以上書き交ぜているのは、ああ何と厭味な、この人が女らしかったらいいのになあと思われます。
 気持ちの上ではそんなにも思わないでしょうが、自然とごつごつした声に読まれ読まれして、わざとらしく感じられます。
 上流の中にも多く見られることです。
 
116  歌詠むと思へる人の、やがて歌にまつはれ、をかしき古言をも初めより取り込みつつ、すさまじき折々、詠みかけたるこそ、ものしきことなれ。
 返しせねば情けなし、えせざらむ人ははしたなからむ。
 
 和歌を詠むことを鼻にかけている人が、そのまま和歌のとりことなって、趣のある古歌を初句から取り込み取り込みして、相応しからぬ折々に、それを詠みかけて来ますのは、不愉快なことです。
 返歌しないと人情がないし、出来ないような人は体裁が悪いでしょう。
 
117  さるべき節会など、五月の節に急ぎ参る朝、何のあやめも思ひしづめられぬに、えならぬ根を引きかけ、九日の宴に、まづ難き詩の心を思ひめぐらして暇なき折に、菊の露をかこち寄せなどやうの、つきなき営みにあはせ、さならでもおのづから、げに後に思へばをかしくもあはれにもあべかりけることの、その折につきなく、目にとまらぬなどを、推し量らず詠み出でたる、なかなか心後れて見ゆ。
 
 しかるべき節会などで、五月の節会に急いで参内する朝に、落ち着いて分別などしていられない時に、素晴らしい菖蒲の根にかこつけてきたり、重陽の節会の宴会のために、何はともあれ難しい漢詩の趣向を思いめぐらしていて暇のない折に、菊の露にかこつけたような、相応しからぬことに付き合わせ、そういう場合ではなくとも自然と、なるほどと後から考えればおもしろくもしみじみともあるはずのものが、その場合には相応しくなく、目にも止まらないのを、察しもせずに詠んで寄こすのは、かえって気がきかないように思われます。
 
118  よろづのことに、などかは、さても、とおぼゆる折から、時々、思ひわかぬばかりの心にては、よしばみ情け立たざらむなむ目やすかるべき。
 
 万事につけて、どうしてそうするのか、そうしなくとも、と思われる折々に、時々、分別できない程度の思慮では、気取ったり風流めかしたりしないほうが無難でしょう。
 
119  すべて、心に知れらむことをも、知らず顔にもてなし、言はまほしからむことをも、一つ二つのふしは過ぐすべくなむあべかりける」  総じて、心の中では知っているようなことでも、知らない顔をして、言いたいことも、十中に一つ二つは言わないでおくのが良いというものでしょう」
120  と言ふにも、君は、人一人の御ありさまを、心の中に思ひつづけたまふ。
 「これは足らず、またさし過ぎたることなく、ものしたまひけるかな」と、ありがたきにも、いとど胸ふたがる。
 
 と言うにつけても、源氏の君は、お一方の御様子を、胸の中に思い続けていらっしゃる。
 「この結論に足りないことまた出過ぎたところもない方でいらっしゃるなあ」と、比類ないことにつけても、ますます胸がいっぱいになる。
 
121  いづ方により果つともなく、果て果てはあやしきことどもになりて、明かしたまひつ。
 
 どういう結論に達するというでもなく、最後は聞き苦しい話に落ちて、夜をお明かしになった。
 
 
 

第三章 空蝉の物語

 
 

第一段 天気晴れる

 
122  からうして今日は日のけしきも直れり。
 かくのみ籠もりさぶらひたまふも、大殿の御心いとほしければ、まかでたまへり。
 
 やっと今日は空の模様も好くなった。
 こうしてばかり籠っていらっしゃるのも、左大臣殿のお気持ちが気の毒なので、退出なさった。
 
123  おほかたの気色、人のけはひも、けざやかにけ高く、乱れたるところまじらず、なほ、これこそは、かの、人びとの捨てがたく取り出でしまめ人には頼まれぬべけれ、と思すものから、あまりうるはしき御ありさまの、とけがたく恥づかしげに思ひしづまりたまへるをさうざうしくて、中納言の君、中務などやうの、おしなべたらぬ若人どもに、戯れ言などのたまひつつ、暑さに(訂正跡29)乱れたまへる御ありさまを、見るかひありと思ひきこえたり。
 
 邸内の全体的な様子や、姫君の感じも、端麗で気高く、くずれたところがなく、やはり、この女君こそは、あの、人びとが捨て置き難く取り上げた実直な妻としては信頼できるだろう、とお思いになる一方では、度を過ぎて端麗なご様子で、打ち解けにくく気づまりな感じにとり澄ましていらっしゃるのが物足りなくて、中納言の君や中務などといった、人並み優れている若い女房たちに、冗談などをおっしゃりおっしゃりして、暑さにお召し物もくつろげていらっしゃるお姿を、素晴らしく美しい、と思い申し上げている。
 
124  大臣も渡りたまひて、うちとけたまへれば、御几帳隔てておはしまして、御物語聞こえたまふを、「暑きに」とにがみたまへば、人びと笑ふ。
 「あなかま」とて、脇息に寄りおはす。
 いとやすらかなる御振る舞ひなりや。
 
 左大臣殿もお渡りになって、くつろいでいらっしゃるので、御几帳を間に立ててお座りになって、お話を申し上げなさるのを、「暑いのに」と苦い顔をなさるので、女房たちは笑う。
 「お静かに」と制して、脇息に寄り掛かっていらっしゃる。
 いかにも大君らしい鷹揚なお振る舞いであるよ。
 
125  暗くなるほどに、  暗くなるころに、
126  〔女房〕「今宵、中神(追注加之)、内裏よりは塞がりてはべりけり」と聞こゆ。
 
 〔女房〕「今夜は、天一神が、内裏からこちらの方角へは方塞がりになっておりますわ」と申し上げる。
 
127  〔源氏〕「さかし、例は忌みたまふ方なりけり。
 二条の院にも同じ筋にて、いづくにか違へむ。
 いと悩ましきに」
 〔源氏〕「そのとおりだ。
 普通は、お避けになる方角だったよ。
 二条院も同じ方角なので、どこに方違えをしようか。
 とても気分が悪いのに」
128  とて大殿籠もれり。
 「いと悪しきことなり」と、これかれ聞こゆ。
 
 と言って寝所で横になっていらっしゃる。
 「大変に具合悪いことです」と、誰彼となく申し上げる。
 
129  〔供人〕「紀伊守にて親しく仕うまつる人の、中川のわたりなる(訂正*30)家なむ、このころ水せき入れて、涼しき蔭にはべる」と聞こゆ。
 
 〔供人〕「紀伊守で親しくお仕えしております者の、中川の辺りにある家が、最近川の水を堰き入れて、涼しい木蔭でございます」と申し上げる。
 
130  〔源氏〕「いとよかなり。
 悩ましきに、牛ながら引き入れつべからむ(訂正跡31)所を」
 〔源氏〕「とても良い考えである。
 気分が悪いから、牛車のままで入って行かれる所を」
131  とのたまふ。
 忍び忍びの御方違へ所は、あまたありぬべけれど、久しくほど経て渡りたまへるに、方塞げて、ひき違へ他ざまへと思さむは、いとほしきなるべし。
 紀伊守に仰せ言賜へば、承りながら、退きて、
 とおっしゃる。
 内密の方違えのお邸は、たくさんあるに違いないが、長いご無沙汰の後にいらっしゃったのに、方角が悪いからといって、期待を裏切って他へ行ったとお思いになるのは、気の毒だと思われたのであろう。
 紀伊守に御用を言い付けなさると、お引き受けは致したものの、引き下がって、
132  〔紀伊守〕「伊予守の朝臣の家に慎むことはべりて、女房なむまかり移れるころにて、狭き所にはべれば、なめげなることやはべらむ」  〔紀伊守〕「伊予守の朝臣の家に、慎み事がございまして、女房たちが来ている時なので、狭い家でございますので、失礼に当たる事がありはしないか」
133  と、下に嘆くを聞きたまひて、  と、陰で嘆息しているのをお聞きになって、
134  〔源氏〕「その人近からむなむ、うれしかるべき。
 女遠き旅寝は、もの恐ろしき心地すべきを。
 ただその几帳のうしろに」とのたまへば、
 〔源氏〕「そうした人が近くにいるのが、きっと嬉しいことだろう。
 女気のない旅寝は、何となく不気味な心地がするからね。
 ちょうどその几帳の後ろに」とおっしゃるので、
135  「げに、よろしき御座所にも」とて、人走らせやる。
 いと忍びて、ことさらにことことしからぬ所をと、急ぎ出でたまへば、大臣にも聞こえたまはず、御供にも睦ましき限りしておはしましぬ。
 
 「なるほど、適当なご座所で」と言って、使いの者を走らせる。
 とてもこっそりと、格別に大げさではない所をと、急いでお出になるので、左大臣殿にもご挨拶なさらず、お供にも親しい者ばかりを連れておいでになった。
 
 
 

第二段 紀伊守邸への方違へ

 
136  「にはかに」とわぶれど、人も聞き入れず。
 寝殿の東面払ひあけさせて、かりそめの御しつらひしたり。
 水の心ばへなど、さる方にをかしくしなしたり。
 田舎家だつ柴垣して、前栽など心とめて植ゑたり。
 風涼しくて、そこはかとなき虫の声々聞こえ、蛍しげく飛びまがひて、をかしきほどなり。
 
 「あまりに急なことで」と迷惑がるが、誰も聞き入れない。
 寝殿の東面をきれいに片づけさせて、急拵えのご座所を設けた。
 遣水の趣向などは、それなりに趣深く作ってある。
 田舎家風の柴垣を廻らして、前栽など気を配って植えてある。
 風が涼しく吹いて、どこからともない微かな虫の声々が聞こえ、蛍がたくさん飛び交って、趣のある折柄である。
 
137  人びと、渡殿より出でたる泉にのぞきゐて、酒呑む。
 主人も肴求むと、こゆるぎのいそぎ(奥入15)ありくほど、君はのどやかに眺めたまひて、かの、中の品に取り出でて(訂正跡32)言ひし、この並ならむかしと思し出づ。
 
 供人たちは、渡殿の下から流れ出ている泉に臨んで座って、酒を飲む。
 主人の紀伊守もご馳走の準備に走り回っている間、源氏の君はゆったりとお眺めになって、あの人たちが、中の品の例に挙げていたのは、きっとこういう程度の家の女性なのだろう、とお思い出しになる。
 
138  思ひ上がれる気色に聞きおきたまへる女なれば、ゆかしくて耳とどめたまへるに、この西面にぞ人のけはひする。
 衣の音なひはらはらとして、若き声どもにくからず。
 さすがに忍びて、笑ひなどするけはひ(訂正跡33)、ことさらびたり。
 格子を上げたりけれど、守、「心なし」とむつかりて下しつれば、火灯したる透影、障子の上より漏りたるに、やをら寄りたまひて、「見ゆや」と思せど、隙もなければ、しばし聞きたまふに、この近き母屋に集ひゐたるなるべし、うちささめき言ふことどもを聞きたまへば、わが御上なるべし。
 
 高い望みをもっていたようにお耳になさっていた女性なので、どのような女性かと知りたくて耳を澄ましていらっしゃると、この寝殿の西面に人のいる感じがする。
 衣ずれの音がさらさらとして、若い女性の声々が愛らしい。
 そうは言っても小声で、笑ったりなどする感じは、わざとらしい。
 格子を上げてあったが、紀伊守が、「不用意な」と小言を言って下ろしてしまったので、火を灯している明りが、襖障子の上から漏れているので、そっとお近寄りになって、「見えるだろうか」とお思いになるが、隙間もないので、少しの間お聞きになっていると、自分に近い方の母屋に集っているのであろう、ひそひそ話している内容をお聞きになると、ご自分の噂話のようである。
 
139  〔女房〕「いといたうまめだちて。
 まだきに、やむごとなきよすが定まりたまへるこそ、さうざうしかめれ」
 〔女房〕「とてもたいそう真面目ぶって。
 まだお若いのに、高貴な北の方が定まっていらっしゃるとは、なんとつまらないのでしょう」
140  〔女房〕「されど、さるべき隈には、よくこそ、隠れ歩きたまふなれ」  〔女房〕「でも、人の知らない所では、うまくもまあ、隠れて通っていらっしゃるということですよ」
141  など言ふにも、思すことのみ心にかかりたまへば、まづ胸つぶれて、「かやうのついでにも、人の言ひ漏らさむを、聞きつけたらむ時」などおぼえたまふ。
 
 などと噂しているのにつけても、胸の内にあることばかりが気にかかっていらっしゃるので、まっさきにどきりとして、「このような噂話の折にも、人が言い漏らすようなことを、人が聞きつけるような事が起こったら」などとご心配なさる。
 
142  ことなることなければ、聞きさしたまひつ。
 式部卿宮の姫君に朝顔奉りたまひし歌などを、すこしほほゆがめて語るも聞こゆ。
 「くつろぎがましく、歌誦じがちにもあるかな、なほ見劣りはしなむかし」と思す。
 
 別段のこともないので、途中まで聞いてお止めになった。
 式部卿宮の姫君に、朝顔の花を差し上げなさった時の和歌などを、少し文句を違えて語るのが聞こえる。
 「ゆっくり気楽そうに和歌を口にすることよ、やはり見劣りすることだろう」とお思いになる。
 
143  守出で来て、灯籠掛け添へ、灯明くかかげなどして、御くだものばかり参れり。
 
 紀伊守が出て来て、灯籠を掛け添えて、灯火を明るく掻き立てたりして、お菓子ぐらいのものを差し上げた。
 
144  〔源氏〕「とばり帳も(奥入16)、いかにぞは。
 さる方の心もとなくては、めざましき饗応ならむ」とのたまへば、
 〔源氏〕「『帷帳』の準備も、いかがなっておるか。
 そうした方面の趣向がなくては、興醒めなもてなしであろう」とおっしゃると、
145  〔紀伊守〕「何よけむ(奥入16)とも、えうけたまはらず」と、かしこまりてさぶらふ。
 端つ方の御座に、仮なるやうにて大殿籠もれば、人びとも静まりぬ。
 
 〔紀伊守〕「はて、『何がお気に召しますやら』、わかりませんので」と、恐縮して控えている。
 端の方のご座所に、仮寝といったふうに横におなりになると、供人たちも静かになった。
 
146  主人の子ども、をかしげにてあり。
 童なる、殿上のほどに御覧じ馴れたるもあり。
 伊予介の子もあり。
 あまたある中に、いとけはひあてはかにて、十二、三ばかりなるもあり。
 
 主人の子供たちが、かわいらしい格好でいる。
 その子供で、童殿上している間に見慣れていらっしゃっる者もいる。
 伊予介の子もいる。
 大勢いる中で、とても感じが上品で、十二、三歳くらいになるのもいる。
 
147  〔源氏〕「いづれか、いづれ」など問ひたまふに、  〔源氏〕「どの子が誰の子か」などと、お尋ねになると、
148  〔紀伊守〕「これは、故衛門督の末の子にて、いとかなしくしはべりけるを、幼きほどに後れはべりて、姉なる人のよすがに、かくてはべるなり。
 才などもつきはべりぬべく、けしうははべらぬを、殿上なども思ひたまへかけながら、すがすがしうはえ交じらひはべらざめる」と申す。
 
 〔紀伊守〕「この子は、故衛門督の末っ子で、大変にかわいがっておりましたが、まだ幼いうちに親に先立たれまして、姉につながる縁で、こうしてここにいるわけでございます。
 学問などもできそうで、悪くはございませんが、童殿上なども考えておりますが、すらすらとはできませんようで」と申し上げる。
 
149  〔源氏〕「あはれのことや。
 この姉君や、まうとの後の親」
 〔源氏〕「気の毒なことだ。
 この子の姉君が、そなたの継母か」
150  〔紀伊守〕「さなむはべる」と申すに、  〔紀伊守〕「さようでございます」と申し上げると、
151  〔源氏〕「似げなき親をも、まうけたりけるかな。
 主上にも聞こし召しおきて、『宮仕へに出だし立てむと漏らし奏せし、いかになりにけむ』と、いつぞやのたまはせし。
 世こそ定めなきものなれ」と、いとおよすけのたまふ。
 
 〔源氏〕「年に似合わない継母を、持ったことだなあ。
 主上におかれてもお耳にお忘れにならず、『宮仕えに差し上げたいと、ちらと奏上したことは、その後どうなったのか』と、いつであったか仰せられた。
 人の世とは無常なものだ」と、とても大人びておっしゃる。
 
152  〔紀伊守〕「不意に、かくてものしはべるなり。
 世の中といふもの、さのみこそ、今も昔も、定まりたることはべらね。
 中についても、女の宿世は浮かびたるなむ、あはれにはべる」など聞こえさす。
 
 〔紀伊守〕「思いがけず、こうしているのでございます。
 男女の仲と言うものは、所詮、そのようなものばかりで、今も昔も、どうなるか分からないものでございます。
 中でも、女の運命は定めないのが、哀れでございます」などと申し上げかけて止める。
 
153  〔源氏〕「伊予介は、かしづくや。
 君と思ふらむな」
 〔源氏〕「伊予介は、大事にしているか。
 主君と思っているだろうな」
154  〔紀伊守〕「いかがは。
 私の主とこそは思ひてはべるめるを、好き好きしきことと、なにがしよりはじめて、うけひきはべらずなむ」と申す。
 
 〔紀伊守〕「どう致しまして。
 内々の主君として世話しておりますようですが、好色がましいことだと、わたくしめをはじめとして、納得できないほどでございます」と申し上げる。
 
155  〔源氏〕「さりとも、まうとたちのつきづきしく今めきたらむに(訂正跡34)、おろしたてむやは。
 かの介は、いとよしありて気色ばめるをや」など、物語したまひて、
 〔源氏〕「そうは言っても、そなたたちのような若く相応しい当世風の人に、若妻を譲るであろうか。
 あの伊予介は、なかなか風流心があって、気取っているからな」などと、お話なさって、
156  〔源氏〕「いづかたにぞ」  〔源氏〕「それで、今どこに」
157  〔紀伊守〕「皆、下屋におろしはべりぬるを、えやまかりおりあへざらむ」と聞こゆ。
 
 〔紀伊守〕「女たちは皆、下屋に下がらせましたが、まだ下がりきらないで残っているかも知れません」と申し上げる。
 
158  酔ひすすみて、皆人びと簀子に臥しつつ、静まりぬ。
 
 酒の酔いが回って、供人は皆簀子にそれぞれ横になって、寝静まってしまった。
 
 
 

第三段 空蝉の寝所に忍び込む

 
159  君は、とけても寝られたまはず、いたづら臥しと思さるるに御目覚めて、この北の障子のあなたに人のけはひするを、「こなたや、かくいふ人の隠れたる方ならむ、あはれや」と御心とどめて、やをら起きて立ち聞きたまへば、ありつる子の声にて、  源氏の君は、気を緩めてお寝みにもなれず、空しい独り寝だと思われるとお目も冴えて、この北の襖障子の向こう側に人のいる様子がするので、「ここが、話に出た女が隠れている所であろうか、かわいそうな」とご関心をもって、静かに起き上がって立ち聞きなさると、先程の子供の声で、
160  〔小君〕「ものけたまはる。
 いづくにおはしますぞ」
 〔小君〕「もしもし。
 どこにいらっしゃいますか」
161  と、かれたる声のをかしきにて言へば、  と、かすれた声で、かわいらしく言うと、
162  〔空蝉〕「ここにぞ臥したる。
 客人は寝たまひぬるか。
 いかに近からむと思ひつるを、されど、け遠かりけり」
 〔空蝉〕「ここに臥せっています。
 お客様はお寝みになりましたか。
 どんなにお近かろうかと心配していましたが、でも、遠そうだわね」
163  と言ふ。
 寝たりける声のしどけなき、いとよく似通ひたれば、いもうとと聞きたまひつ。
 
 と言う。
 横になっている声で無造作のが、とてもよく似ていたので、その姉だなとお聞きになった。
 
164  〔小君〕「廂にぞ大殿籠もりぬる。
 音に聞きつる御ありさまを見たてまつりつる、げにこそめでたかりけれ」と、みそかに言ふ。
 
 〔小君〕「廂の間にお寝みになりました。
 噂に聞いていたお姿を拝見いたしましたが、噂通りにご立派でしたよ」と、ひそひそ声で言う。
 
165  〔空蝉〕「昼ならましかば、覗きて見たてまつりてまし」  〔空蝉〕「昼間であったら、覗いて拝見できるのにね」
166  とねぶたげに言ひて、顔ひき入れつる声す。
 「ねたう、心とどめても問ひ聞けかし」とあぢきなく思す。
 
 と眠そうに言って、顔を衾に引き入れた声がする。
 「惜しいな、気を入れてもっと聞いていればよいに」と残念にお思いになる。
 
167  〔小君〕「まろは端に寝はべらむ。
 あなくるし」
 〔小君〕「わたしは、端に寝ましょう。
 ああ、疲れた」
168  とて、灯かかげなどすべし。
 女君は、ただこの障子口筋交ひたるほどにぞ臥したるべき。
 
 と言って、灯心を引き出したりしているのであろう。
 女君は、ちょうどこの襖障子口の斜め向こう側に臥しているのであろう。
 
169  〔空蝉〕「中将の君はいづくにぞ。
 人げ遠き心地して、もの恐ろし」
 〔空蝉〕「中将の君はどこですか。
 誰もいないような感じで、何となく恐い」
170  と言ふなれば、長押の下に、人びと臥して答へすなり。
 
 と言うらしい、すると、長押の下の方で、女房たちは臥したまま答えているらしい。
 
171  〔女房〕「下に湯におりて。
 『ただ今参らむ』とはべる」と言ふ。
 
 〔女房〕「下屋に、お湯を使いに下りていますが。
 『すぐに参ります』とのことでございます」と言う。
 
172  皆静まりたるけはひなれば、掛金を試みに引きあけたまへれば、あなたよりは鎖さざりけり。
 几帳を障子口には立てて、灯はほの暗きに、見たまへば唐櫃だつ物どもを置きたれば、乱りがはしき中を、分け入りたまへれば、ただ一人いとささやかにて臥したり。
 なまわづらはしけれど、上なる衣押しやるまで、求めつる人と思へり。
 
 皆寝静まった様子なので、掛金を試しに開けて御覧になると、向こう側からは鎖してはないのであった。
 几帳を襖障子口に立てて、灯火はほの暗いが、御覧になると唐櫃のような物どもを置いてあるので、ごたごたした中を、掻き分けて入ってお行きになると、ただ一人だけでとても小柄な感じで臥せっていた。
 女は何となく煩わしく感じるが、上に掛けてある衣を源氏の君が押しのけるまで、呼んでいた女房だと思っていた。
 
173  〔源氏〕「中将召しつればなむ。
 人知れぬ思ひの、しるしある心地して」
 〔源氏〕「中将をお呼びでしたので。
 人知れずお慕いしておりました、その甲斐があった気がしまして」
174  とのたまふを、ともかくも思ひ分かれず、物に襲はるる心地して、「や」とおびゆれど、顔に衣のさはりて、音にも立てず。
 
 とおっしゃるのを、すぐにはどういうことかも分からず、魔物にでも襲われたような気がして、「きゃっ」と脅えたが、顔に衣が触れて、声にもならない。
 
175  〔源氏〕「うちつけに、深からぬ心のほどと見たまふらむ、ことわりなれど、年ごろ思ひわたる心のうちも、聞こえ知らせむとてなむ。
 かかるをりを待ち出でたるも、さらに浅くはあらじと、思ひなしたまへ」
 〔源氏〕「突然のことで、一時の戯れ心とお思いになるのも、ごもっともですが、長年、恋い慕っていましたわたしの気持ちを、聞いていただきたいと思いまして。
 このような機会を待ち出たのも、決していい加減な気持ちからではない深い前世からの宿縁と、お思いになって下さい」
176  と(訂正跡35)、いとやはらかにのたまひて、鬼神も荒だつまじきけはひなれば、はしたなく、「ここに、人」とも、えののしらず。
 心地はた、わびしく(訂正跡36)、あるまじきことと思へば、あさましく、
 と、とても優しくおっしゃって、鬼神さえも手荒なことはできないような物腰なので、ぶしつけに「ここに、変な人が」とも、大声が出せない。
 気分は辛く、あってはならない事だと思うと、情けなくなって、
177  〔空蝉〕「人違へにこそはべるめれ」と言ふも息の下なり。
 
 〔空蝉〕「お人違いでございましょう」と言うのもやっとである。
 
178  消えまどへる気色、いと心苦しくらうたげなれば、をかしと見たまひて、  消え入らんばかりにとり乱した様子は、まことにいたいたしく可憐なので、いい女だと御覧になって、
179  〔源氏〕「違ふべくもあらぬ心のしるべを、思はずにもおぼめいたまふかな。
 好きがましきさまには、よに見えたてまつらじ。
 思ふことすこし聞こゆべきぞ」
 〔源氏〕「間違えるはずもない心の導きを、意外にも理解しても下さらずはぐらかしなさいますね。
 好色めいた振る舞いは、決して致しません。
 気持ちを少し申し上げたいのです」
180  とて、いと小さやかなれば、かき抱きて障子のもと、出でたまふにぞ、求めつる中将だつ人来あひたる。
 
 と言って、とても小柄なので、抱き上げて襖障子までお出になるところへ、呼んでいた中将らしい女房が来合わせた。
 
181  〔源氏〕「やや」とのたまふに、あやしくて探り寄りたるにぞ、いみじく匂ひみちて、顔にもくゆりかかる心地するに、思ひ寄りぬ。
 あさましう、こはいかなることぞと、思ひまどはるれど、聞こえむ方なし。
 並々の人ならばこそ、荒らかにも引きかなぐらめ、それだに人のあまた知らむは、いかがあらむ。
 心も騷ぎて、慕ひ来たれど、動もなくて、奥なる御座に入りたまひぬ。
 
 〔源氏〕「これ、これ」とおっしゃるので、不審に思って手探りで近づいたところ、大変に薫物の香があたり一面に匂っていて、顔にまで匂いかかって来るような感じがするので、理解がついた。
 意外なことで、これはどうしたことかと、おろおろしないではいられないが、何とも申し上げようもない。
 普通の男ならば、手荒に引き放すこともしようが、それでさえ大勢の人が知ったらどうであろうか、胸がどきどきして、後からついて行ったが、平然として、奥のご座所にお入りになった。
 
182  障子をひきたてて、〔源氏〕「暁に御迎へにものせよ」とのたまへば、女は、この人の思ふらむことさへ、死ぬばかりわりなきに、流るるまで汗になりて、いと悩ましげなる、いとほしけれど、例の、いづこより取う出たまふ言の葉にかあらむ、あはれ知らるばかり、情け情けしくのたまひ尽くすべかめれど、なほいとあさましきに、  襖障子を引き閉てて、〔源氏〕「明朝、お迎えに参られよ」とおっしゃるので、女は、この女房がどう思うかまでが、死ぬほど耐えられないので、流れ出るほどの汗びっしょりになって、とても悩ましい様子でいる、それは、気の毒であるが、例によって、どこから出てくる言葉であろうか、愛情がわかるほどに、優しく優しく、言葉を尽くしておっしゃるようだが、やはりまことに情けないので、
183  〔空蝉〕「現ともおぼえずこそ。
 数ならぬ身ながらも、思しくたしける御心ばへのほども、いかが浅くは思うたまへざらむ。
 いとかやうなる際は、際とこそはべなれ」
 〔空蝉〕「現実のこととは思われません。
 しがない身の上ですが、お貶みなさったお気持ちのほどを、どうして浅いお気持ちと存ぜずにいられましょうか。
 まことに、このような身分の女には、それなりの生き方がございます」
184  とて、かくおし立ちたまへるを、深く情けなく憂しと思ひ入りたるさまも、げにいとほしく、心恥づかしきけはひなれば、  と言って、このように無体なことをなさっているのを、深く思いやりがなく嫌なことだと思い込んでいる様子も、なるほど気の毒で、気後れがするほど立派な態度なので、
185  〔源氏〕「その際々を、まだ知らぬ、初事ぞや。
 なかなか、おしなべたる列に思ひなしたまへるなむうたてありける。
 おのづから聞きたまふやうもあらむ。
 あながちなる好き心は、さらにならはぬを。
 さるべきにや、げに、かくあはめられたてまつるも、ことわりなる心まどひを、みづからもあやしきまでなむ」
 〔源氏〕「おっしゃる身分身分の違いを、まだ知りません、初めての事ですよ。
 かえって、わたしを普通の人と同じように思っていらっしゃるのが残念です。
 自然とお聞きになっているようなこともありましょう。
 むやみな好色心は、まったく持ち合わせておりませんものを。
 前世からの因縁でしょうか、おっしゃるように、このように軽蔑されますのも、当然なわが惑乱を、自分でも不思議なほどで」
186  など、まめだちてよろづにのたまへど、いとたぐひなき御ありさまの、いよいようちとけきこえむことわびしければ、すくよかに心づきなしとは見えたてまつるとも、さる方の言ふかひなきにて過ぐしてむと思ひて、つれなくのみもてなしたり。
 人柄のたをやぎたるに、強き心をしひて加へたれば、なよ竹の心地して、さすがに折るべくもあらず。
 
 などと、真面目になっていろいろとおっしゃるが、まことに類ないご立派さで、ますます打ち解け申し上げることが辛く思われるので、無愛想な気にくわない女だとお見受け申されようとも、そうしたつまらない女として押し通そうと思って、ただそっけなく身を処していた。
 人柄がおとなしい性質なところに、無理に気強く張りつめているので、しなやかな竹のような感じがして、さすがにたやすく手折れそうにもない。
 
187  まことに心やましくて、あながちなる御心ばへを、言ふ方なしと思ひて(訂正跡37)、泣くさまなど、いとあはれなり。
 心苦しくはあれど、見ざらましかば、口惜しからまし、と思す。
 慰めがたく、憂しと思へれば、
 本当に辛く嫌な思いで、源氏の君の無理無体なお気持ちを、何とも言いようがないと思って、泣いている様子など、まことに哀れである。
 気の毒ではあるが、この女と逢わなかったらどんなに心残りであったろうか、とお思いになる。
 気持ちの晴らしようもなく、情けないと思っているので、
188  〔源氏〕「など、かく疎ましきものにしも思すべき。
 おぼえなきさまなるしもこそ、契りあるとは思ひたまはめ。
 むげに世を思ひ知らぬやうに、おぼほれたまふなむ、いとつらき」と恨みられて、
 〔源氏〕「どうして、こうお嫌いになるのですか。
 思いがけない逢瀬こそ、前世からの因縁だとお考えなさい。
 むやみに男女の仲を知らない者のように、とぼけていらっしゃるのが、とても辛い」と、恨み言をいわれて、
189  〔空蝉〕「いとかく憂き身のほどの定まらぬ、ありしながらの身にて(奥入14)、かかる御心ばへを見ましかば、あるまじき我が頼みにて、見直したまふ後瀬をも思ひたまへ慰めましを、いとかう仮なる浮き寝のほどを思ひはべるに、たぐひなく思うたまへ惑はるるなり。
 よし、今は見きとなかけそ(奥入10)」
 〔空蝉〕「とてもこのような情けない身の運命が定まらない、『昔のままのわが身』で、このようなお気持ちを頂戴したのならば、とんでもない身勝手な希望ですが、再びお逢いして愛していただける時もあろううかと存じて慰めましょうに、とてもこのような、一時の仮寝のことを思いますと、どうしようもなく心惑いされてならないのです。
 たとい、こうとなりましても、『逢ったとは言わないで下さい』まし」
190  とて、思へるさま、げにいとことわりなり。
 おろかならず契り慰めたまふこと多かるべし。
 
 と言って、悲しんでいる様子は、いかにもごもっともである。
 並々ならず行く末を約束し慰めなさる言葉は、きっと多いことであろう。
 
191  鶏も鳴きぬ。
 人びと起き出でて、
 鶏も鳴いた。
 供びとが起き出して、
192  〔供人〕「いといぎたなかりける夜かな」  〔供人〕「ひどく寝過ごしてしまったなあ」
193  〔供人〕「御車ひき出でよ」  〔供人〕「お車を引き出せよ」
194  など言ふなり。
 守も出で来て、
 などと言っているようだ。
 紀伊守も起き出して来て、
195  〔紀伊守〕「女などの御方違へこそ。
 夜深く急がせたまふべきかは」など言ふもあり。
 
 〔紀伊守〕「女性などの方違えならばともかくも。
 暗いうちからお急ぎあそばさずとも」などと言っているのも聞こえる。
 
196  君は、またかやうのついであらむこともいとかたく、さしはへてはいかでか、御文なども通はむことのいとわりなきを思すに、いと胸いたし。
 奥の中将も出でて、いと苦しがれば、許したまひても、また引きとどめたまひつつ、
 源氏の君は、再びこのような機会があろうこともとても難しいし、わざわざ訪れることはどうしてできようか、お手紙などを通わすことはとても無理なことをお思いになると、ひどく胸が痛む。
 奥にいた中将の君も出て来て、とても困っているので、お放しになっても、再びお引き留めになっては、
197  〔源氏〕「いかでか、聞こゆべき。
 世に知らぬ御心のつらさも、あはれも、浅からぬ世の思ひ出では、さまざまめづらかなるべき例かな」
 〔源氏〕「どのようにして、お便りを差し上げたらよかろうか。
 ほんとうに何とも言いようのない、あなたのお気持ちの冷たさといい、慕わしさといい、深く刻みこまれた思い出は、いろいろとめったにないことであったね」
198  とて、うち泣きたまふ気色、いとなまめきたり。
 
 と言って、お泣きになる様子は、とても優美である。
 
199  鶏もしばしば鳴くに、心あわたたしくて、  鶏もしきりに鳴くので、気もせかされて、
 

19
 〔源氏〕
「つれなきを 恨みも果てぬ しののめに
 とりあへぬまで おどろかすらむ」
 〔源氏〕
「あなたの冷たい態度に恨み言を十分に言わないうちに夜もしらみかけ
  鶏までが取るものも取りあえぬまであわただしく鳴いてわたしを起こそうとするのでしょうか」
 
200  女、身のありさまを思ふに、いとつきなくまばゆき心地して、めでたき御もてなしも、何ともおぼえず、常はいとすくすくしく心づきなしと思ひあなづる伊予の方の思ひやられて、「夢にや見ゆらむ」と、そら恐ろしくつつまし。
 
 女は、わが身の上を思うと、まことに不似合いで眩しい気持ちがして、源氏の君の素晴らしいお持てなしも、何とも感ぜず、平生はとても生真面目過ぎて嫌な男だと侮っている伊予国の方角が思いやられて、「夢に現われやしないか」と思うと、何となく恐ろしくて気がひける。
 
 

20
 〔空蝉〕
「身の憂さを 嘆くにあかで 明くる夜は
 とり重ねてぞ 音もなかれける」
 〔空蝉〕
「わが身の辛さを嘆いても嘆き足りないうちに明ける夜は 
鶏の鳴く音に取り重ねて、わたしも泣かれてなりません」
 
201  ことと明くなれば、障子口まで送りたまふ。
 内も外も人騒がしければ、引き立てて、別れたまふほど、心細く、隔つる関(奥入11)と見えたり。
 
 ずんずんと明るくなるので、襖障子口までお送りになる。
 建物の内も外も騒がしいので、引き閉てて、お別れになる時、心細い気がして、『仲を隔てる関』のように思われた。
 
202  御直衣など着たまひて、南の高欄にしばしうち眺めたまふ。
 西面の格子そそき上げて、人びと覗くべかめる。
 簀子の中のほどに立てたる小障子の上より仄かに見えたまへる御ありさまを、身にしむばかり思へる好き心どもあめり。
 
 御直衣などをお召しになって、南面の高欄の側で少しの間眺めていらっしゃる。
 西面の格子をせかせかと上げて、女房たちが覗き見しているようである。
 簀子の中央に立ててある小障子の上から、わずかにお見えになるお姿を、身に感じ入っている好色な女もいるようである。
 
203  月は有明にて、光をさまれるものから、かげ(訂正跡38)けざやかに見えて、なかなかをかしき曙なり。
 何心なき空のけしきも、ただ見る人から、艶にもすごくも見ゆるなりけり。
 人知れぬ御心には、いと胸いたく、言伝てやらむよすがだになきをと、かへりみがちにて出でたまひぬ。
 
 月は有明で、光は弱くなっているとはいうものの、月の面ははっきりと見えて、かえって趣のある曙の空である。
 無心なはずの空の様子も、ただ見る人によって、美しくも悲しくも見えるのであった。
 人に言われぬお心には、とても胸痛く、文を通わす手立てさえないものをと、後ろ髪を引かれる思いでお出になった。
 
204  殿に帰りたまひても、とみにもまどろまれたまはず。
 またあひ見るべき方なきを、まして、かの人の思ふらむ心の中、いかならむと、心苦しく思ひやりたまふ。
 「すぐれたることはなけれど、めやすくもてつけてもありつる中の品かな。
 隈なく見集めたる人の言ひしことは、げに」と思し合はせられけり。
 
 お邸にお帰りになっても、すぐにもお寝みになれない。
 再び逢える手立てのないのが、自分以上に、あの女が悩んでいるであろう心の中は、どれほどであろうかと、気の毒にお思いやりになる。
 「特に優れた所はないが、見苦しくなく身嗜みもとりつくろっていた中の品の女であったな。
 何でもよく知っている人の言ったことは、なるほどだ」と思い合わされるのであった。
 
205  このほどは大殿にのみおはします。
 なほいとかき絶えて、思ふらむことのいとほしく御心にかかりて、苦しく思しわびて、紀伊守を召したり。
 
 最近は左大臣邸にばかりいらっしゃる。
 やはり、すっかりあれきり途絶えているので、思い悩んでいるであろうことが、気の毒にお心にかかって、心苦しく思い悩みなさって、紀伊守をお召しになった。
 
206  〔源氏〕「かの、ありし中納言の子は、得させてむや。
 らうたげに見えしを。
 身近く使ふ人にせむ。
 主上にも我奉らむ」とのたまへば、
 〔源氏〕「あの、先日の故中納言の子は、わたしに下さらないか。
 かわいらしげに見えたが。
 身近に使う者としたい。
 主上にも、わたしから童殿上として差し上げたい」とおっしゃると、
207  〔紀伊守〕「いとかしこき仰せ言にはべるなり。
 姉なる人にのたまひみむ」
 〔紀伊守〕「まことに恐れ多いお言葉でございます。
 姉に当たります人にこの仰せ言を申し聞かせてみましょう」
208  と申すも、胸つぶれて思せど、  と、申し上げるにつけても、どきりとなさるが、
209  〔源氏〕「その姉君は、朝臣の弟や持たる」  〔源氏〕「その姉君は、そなたの弟をお持ちか」
210  〔紀伊守〕「さもはべらず。
 この二年ばかりぞ、かくてものしはべれど、親のおきてに違へりと思ひ嘆きて、心ゆかぬやうになむ、聞きたまふる」
 〔紀伊守〕「いえ、ございません。
 この二年ほどは、こうして暮らしておりますが、父親の意向と違ったと嘆いて、気も進まないでいるように聞いております」
211  〔源氏〕「あはれのことや。
 よろしく聞こえし人ぞかし。
 まことによしや」とのたまへば、
 〔源氏〕「気の毒なことよ。
 まあまあの評判であった人だが。
 本当に、器量が良いか」とおっしゃると、
212  〔紀伊守〕「けしうははべらざるべし。
 もて離れてうとうとしくはべれば、世のたとひにて、睦びはべらず」と申す。
 
 〔紀伊守〕「悪くはございませんでしょう。
 離れて疎遠に致しておりますので、世間の言い草のとおり、親しくしておりません」と申し上げる。
 
 
 

第四段 それから数日後

 
213  さて、五六日ありて、この子率て参れり。
 こまやかにをかしとはなけれど、なまめきたるさまして、あて人と見えたり。
 召し入れて、いとなつかしく語らひたまふ。
 童心地に、いとめでたくうれしと思ふ。
 いもうとの君のことも詳しく問ひたまふ。
 さるべきことは答へ聞こえなどして、恥づかしげにしづまりたれば、うち出でにくし。
 されど、いとよく言ひ知らせたまふ。
 
 そうして、五、六日が過ぎて、紀伊守がこの子を連れて参上した。
 きめこまやかに美しいというのではないが、優美な姿をしていて、良家の子弟と見えた。
 招き入れて、とても親しくお話をなさる。
 子供心に、とても素晴らしく嬉しく思う。
 姉君のことも詳しくお尋ねになる。
 答えられることはお答え申し上げなどして、こちらが恥ずかしくなるほどきちんとかしこまっているので、ちょっと用件を言い出しにくい。
 けれども、とても上手につくろってお話なさる。
 
214  かかることこそはと、ほの心得るも、思ひの外なれど、幼な心地に深くしもたどらず。
 御文を持て来たれば、女、あさましきに涙も出で来ぬ。
 この子の思ふらむこともはしたなくて、さすがに、御文を面隠しに広げたり。
 いと多くて、
 このようなことであったのかと、ぼんやりと分かるのも、意外なことではあるが、子供心に深くも考えないで、姉の許に源氏の君のお手紙を持って来たので、女は、あまりのことに涙が出てしまった。
 弟がどう思っていることだろうかときまりが悪くて、そうは言っても、お手紙で顔を隠すように広げた。
 とてもたくさん書き連ねてあって、
 

21
 〔源氏〕
「見し夢を 逢ふ夜ありやと 嘆くまに
 目さへあはでぞ ころも経にける
 〔源氏〕
「夢が現実となったあの夜以来、再び逢える夜があろうかと嘆いているうちに
  目までが合わさらないで眠れない夜を幾夜も送ってしまいました
 
215  寝る夜なければ(奥入12・付箋②)」  『眠れる夜がない』ので」
216  など、目も及ばぬ御書きざまも、霧り塞がりて、心得ぬ宿世うち添へりける身を(訂正跡39)思ひ続けて臥したまへり(訂正跡40)。
 
 などと、見たこともないほどの素晴らしいご筆跡にも、目も涙に曇って不本意な運命がさらにつきまとう身の上を思い続けて臥せってしまわれた。
 
217  またの日、小君召したれば、参るとて御返り乞ふ。
 
 翌日、小君をお召しになっていたので、参上しようとして、源氏の君へのお返事を催促する。
 
218  〔空蝉〕「かかる御文見るべき人もなし、と聞こえよ」  〔空蝉〕「このような貴いお手紙を見るような人はここにいません、と申し上げなさい」
219  とのたまへば、うち笑みて、  とおっしゃると、にこっと微笑んで、
220  〔小君〕「違ふべくものたまはざりしものを。
 いかが、さは申さむ」
 〔小君〕「人違いではないようにおっしゃったのに。
 どうして、そのように申し上げられましょうか」
221  と言ふに、心やましく、残りなくのたまはせ、知らせてけると思ふに、つらきこと限りなし。
 
 と言うので、不愉快に思い、すっかりおっしゃられ、知らせてしまったのだ、と思うと、辛く思われること、この上ない。
 
222  〔空蝉〕「いで、およすけたることは言はぬぞよき。
 さは、な参りたまひそ」とむつかられ(訂正跡41)て、
 〔空蝉〕「いいえ、ませた口をきくものではありませんよ。
 それなら、もう参上してはいけません」と不機嫌になられたが、
223  〔小君〕「召すには、いかでか」とて、参りぬ。
 
 〔小君〕「お召しになるのに、どうして」と言って、参上した。
 
224  紀伊守、好き心にこの継母のありさまをあたらしきものに思ひて、追従しありけば、この子をもてかしづきて、率てありく。
 
 紀伊守は、好色心をもってこの継母の様子をもったいない人と思って、何かとおもねっているので、この子も大切にして、連れて歩いている。
 
225  君、召し寄せて、  源氏の君は、お召しになって、
226  〔源氏〕「昨日待ち暮らししを。
 なほあひ思ふまじきなめり」
 〔源氏〕「昨日一日中待っていたのに。
 やはり、わたしがおまえを思うほどには思ってくれないようだね」
227  と怨じたまへば、顔うち赤めてゐたり。
 
 とお恨みになると、顔を赤らめて畏まっている。
 
228  〔源氏〕「いづら」とのたまふに、しかしかと申すに、  〔源氏〕「それで、どこに」とおっしゃると、これこれしかじかです、と申し上げるので、
229  〔源氏〕「言ふかひなのことや。
 あさまし」とて、またも賜へり。
 
 〔源氏〕「だめだね。
 呆れた」と言って、またお手紙をお与えになった。
 
230  〔源氏〕「あこは知らじな。
 その伊予の翁よりは、先に見し人ぞ。
 されど、頼もしげなく頚細しとて、ふつつかなる後見まうけて、かく侮りたまふなめり。
 さりとも、あこはわが子にてをあれよ。
 この頼もし人は、行く先短かりなむ」
 〔源氏〕「おまえは知らないのだね。
 わたしはあの伊予の老人よりは、先に関係した人だよ。
 けれど、頼りなく弱々しいと思って、不恰好な夫をもって、このように馬鹿になさるらしい。
 そうであっても、おまえはわたしの子でいてくれよ。
 あの頼りにしている人は、どうせ老い先短いでしょう」
231  とのたまへば、「さもやありけむ、いみじかりけることかな」と思へる、「をかし」と思す。
 
 とおっしゃると、「そういうこともあったのだろうか、大変なことだな」と思っているのを、「かわいいい」とお思いになる。
 
232  この子をまつはしたまひて、内裏にも率て参りなどしたまふ。
 わが御匣殿にのたまひて、装束などもせさせ、まことに親めきてあつかひたまふ。
 
 この子を連れて歩きなさって、内裏にも連れて参上などなさる。
 ご自分の御匣殿にお命じになって、装束なども調達させ、本当に親のように面倒見なさる。
 
233  御文は常にあり。
 されど、この子もいと幼し、心よりほかに散りもせば、軽々しき名さへとり添へむ、身のおぼえをいとつきなかるべく思へば、めでたきこともわが身からこそと思ひて、うちとけたる御答へも聞こえず。
 ほのかなりし御けはひありさまは、「げに、なべてにやは」と、思ひ出できこえぬにはあらねど、「をかしきさまを見えたてまつりても、何にかはなるべき」など、思ひ返すなりけり。
 
 源氏の君からのお手紙はいつもある。
 けれど、女は、この子もとても幼い、うっかり落としでもしたら、軽々しい浮名まで背負い込む、自分への評判も相応しくなく思うと、我が幸せも自分の身分に釣り合ってこそはと思って、心を許したお返事も差し上げない。
 ほのかに拝見した源氏の君の感じやご様子は、「本当に、並々の人ではなく素晴らしかった」と、思い出し申さずにはいられないが、「お気持ちにお応え申しても、今さら何になることだろうか」などと、考え直すのであった。
 
234  君は思しおこたる時の間もなく、心苦しくも恋しくも思し出づ。
 思へりし気色などのいとほしさも、晴るけむ方なく思しわたる。
 軽々しく這ひ紛れ立ち寄りたまはむも、人目しげからむ所に、便なき振る舞ひやあらはれむ(訂正跡42)と、人のためもいとほしく、と思しわづらふ。
 
 源氏の君は、お忘れになる時の間もなく、心苦しくも恋しくもお思い出しになる。
 悩んでいた様子などのいじらしさも、払い除けようもなく思い続けていらっしゃる。
 気軽にひそかに隠れてお立ち寄りなさるのも、人目の多い所なので、不都合な振る舞いを見せはしまいかと、相手にとっても気の毒である、と思案にくれていらっしゃる。
 
235  例の、内裏に日数経たまふころ、さるべき方の忌み待ち出でたまふ。
 にはかにまかでたまふまねして、道のほどよりおはしましたり。
 
 例によって、内裏に何日もいらっしゃるころ、都合のよい方違えの日をお待ちになる。
 急に退出なさるふりをして、途中からお越しになった。
 
236  紀伊守おどろきて、遣水の面目とかしこまり喜ぶ。
 小君には、昼より、「かくなむ思ひよれる」とのたまひ契れり。
 明け暮れまつはし馴らしたまひければ、今宵もまづ召し出でたり。
 
 紀伊守は驚いて、先日の遣水を光栄に思い、恐縮しつつ喜ぶ。
 小君には、昼から、「こうこうしようと思っている」とお約束なさっていた。
 朝に夕に連れ従えていらっしゃったので、今宵も、まっさきにお召しになっていた。
 
237  女も、さる御消息ありけるに、思したばかりつらむほどは、浅くしも思ひなされねど、さりとて、うちとけ、人げなきありさまを見えたてまつりても、あぢきなく、夢のやうにて過ぎにし嘆きを、またや加へむ、と思ひ乱れて、なほさて待ちつけきこえさせむ(訂正跡43)ことのまばゆければ、小君が出でて往ぬるほどに、  女も、そのようなお手紙があったので、工夫をこらしなさるお気持ちのほどは、浅いものとは思われないが、そうだからといって、心を許してお逢いし、みっともない様をお見せ申すのも、つまらなく、夢のようにして過ぎてしまった嘆きを、さらにまた味わおうとするのかと、思い乱れて、やはりこうしてお待ち受け申し上げることが気恥ずかしいので、小君が出て行った間に、
238  〔空蝉〕「いとけ近ければ、かたはらいたし。
 なやましければ、忍びてうち叩かせなどせむに、ほど離れてを」
 〔空蝉〕「お客様の御座所にとても近いので、気が引ける。
 気分が悪いので、こっそりと肩腰を叩かせたりしたいので、少し離れた所に」
239  とて、渡殿に、中将といひしが局したる隠れに、移ろひぬ。
 
 と言って、渡殿に、中将の君といった者が部屋を持っていた奥まった処に、移ってしまった。
 
240  さる心して、人とく静めて、御消息あれど、小君は尋ねあはず。
 よろづの所求め歩きて、渡殿に分け入りて、からうしてたどり来たり。
 いとあさましくつらし、と思ひて、
 そのつもりで、供人たちを早く寝静まらせて、お便りなさるが、小君は尋ね当てられない。
 あらゆる場所を探し歩いて、渡殿に入りこんで、やっとのことで探し当てた。
 ほんとうにあんまりなひどい、と思って、
241  〔小君〕「いかにかひなしと思さむ」と、泣きぬばかり言へば、  〔小君〕「どんなにか、役立たずな者と、お思いになるでしょう」と、泣き出してしまいそうに言うと、
242  〔空蝉〕「かく、けしからぬ心ばへ(訂正跡44)は、つかふものか。
 幼き人のかかること言ひ伝ふるは、いみじく忌むなるものを」と言ひおどして、「『心地悩ましければ、人びと避けずおさへさせてなむ』と聞こえさせよ。
 あやしと誰も誰も見るらむ」
 〔空蝉〕「このような、不埒な考えは、持っていいものですか。
 子供がこのような事を取り次ぐのは、ひどくしてはならないことだと言うのに」ときつく言って、「『気分がすぐれないので、女房たちを側に置いて身体を揉ませております』とお伝え申し上げなさい。
 変だと皆が皆見るでしょう」
243  と言ひ放ちて、心の中には、「いと、かく品定まりぬる身のおぼえならで、過ぎにし親の御けはひとまれるふるさとながら、たまさかにも待ちつけたてまつらば、をかしうもやあらまし。
 しひて思ひ知らぬ顔に見消つも、いかにほど知らぬやうに思すらむ」と、心ながらも、胸いたく、さすがに思ひ乱る。
 「とてもかくても、今は言ふかひなき宿世なりければ、無心に心づきなくて止みなむ」と思ひ果てたり。
 
 とつっぱねたが、心中では、「ほんとうに、このように身分の定まってしまった身の上でなく、亡くなった親の御面影の残っている邸にいたままで、たまさかにでもお待ち申し上げるならば、喜んでそうしたいところであるが。
 無理にお気持ちを分からないふうを装って無視したのも、どんなにか身の程知らぬ者のようにお思いになるだろう」と、心に決めたものの、胸が痛くて、そうはいってもやはり心が乱れる。
 「どっちみち、今はどうにもならない運命なのだから、非常識な気にくわない女で、押しとおそう」と思い諦めた。
 
244  君は、いかにたばかりなさむと、まだ幼きを、うしろめたく待ち臥したまへるに、不用なるよしを聞こゆれば、あさましくめづらかなりける心のほどを、「身もいと恥づかしくこそなりぬれ」と、いといとほしき御気色なり。
 とばかりものものたまはず、いたくうめきて、憂しと思したり。
 源氏の君は、どのように手筈を調えているかと、まだ小さいので不安に思いながら横になって待っていらっしゃると、不首尾に終った由を申し上げるので、驚くほどにも珍しい女の気の強さなので、「このわが身の面目までが丸つぶれになってしまった」と、とてもお気の毒なご様子である。
 しばらくは何もおっしゃらず、ひどく嘆息なさって、辛いとお思いになっていた。
 

22
 〔源氏〕
「帚木の 心を知らで 園原の
 道にあやなく 惑ひぬるかな
 〔源氏〕「近づけば消えるという帚木のような、あなたの心も知らないで 近づこうとして、園原への道に空しく迷ってしまったことです
 
245  聞こえむ方こそなけれ」  申し上げるすべもありません」
246  とのたまへり。
 女も、さすがに、まどろまざりければ、
 と詠んで贈られた。
 女も、やはり、まどろむこともできなかったので、
 

23
 〔空蝉〕
「数ならぬ 伏屋に生ふる 名の憂さに
 あるにもあらず 消ゆる帚木」
 〔空蝉〕
「しがない境遇に生きるわたしは情けのうございますから
 見えても触れられない帚木のようにあなたの前から姿を消すのです」
 
247  と聞こえたり。
 
 とお答え申し上げた。
 
248  小君、いといとほしさに眠たくもあらでまどひ歩くを、人あやしと見るらむ、とわびたまふ。
 
 小君が源氏の君をとてもお気の毒に思って、眠けも忘れてうろうろと行き来するのを、女房たちが変だと思うだろう、と女君は心配なさる。
 
249  例の、人びとはいぎたなきに、一所すずろにすさまじく思し続けらるれど、人に似ぬ心ざまの、なほ消えず立ち上れりける、とねたく、かかるにつけてこそ、心もとまれと、かつは思しながら、めざましくつらければ、「さばれ」と思せども、さも思し果つまじく、  例によって、供人たちは眠りこけているが、源氏の君お一方はぼうっと白けた感じで思い続けていらっしゃるが、他の女とは違った気の強さが、やはり消えるどころかはっきり気高く立ち現れている、と思うと悔しく、こういう女であったから心惹かれたのだと、一方ではお思いになるものの、癪にさわり情けないので、ええいどうともなれとお思いになるが、そうともお諦めきれず、
250  〔源氏〕「隠れたらむ所に、なほ率て行け」とのたまへど、  〔源氏〕「隠れている所に、それでも連れて行け」とおっしゃるが、
251  〔小君〕「いとむつかしげにさし籠められて、人あまたはべるめれば、かしこげに」  〔小君〕「とてもむさ苦しい所に籠もっていられて、女房が大勢いますようなので、そこへお連れするのは恐れ多いことで」
252  と聞こゆ。
 いとほしと思へり。
 
 と申し上げる。
 お気の毒に思っていた。
 
253  〔源氏〕「よし、あこだに、な捨てそ」  〔源氏〕「それでは、おまえだけは、わたしを裏切るでないぞ」
254  とのたまひて、御かたはらに臥せたまへり。
 若くなつかしき御ありさまを、うれしくめでたしと思ひたれば、つれなき人よりは、なかなかあはれに思さるとぞ。
 
 とおっしゃって、お側に寝かせなさった。
 お若く優しいご様子を、小君が嬉しく素晴らしいと思っているので、源氏の君はあの薄情な女よりも、かえってかわいく思われなさったということである。
 
 
 

【注釈】

 
   巻末の奥入と本文中の付箋に記されている藤原定家の注釈を掲載した。
 
 ( )の中に、その出典名と先行指摘の注釈書を記した。
 
 
 
  奥入01 まどのうちなるほどは
  長恨歌
  楊家有女初長成 養在深宮人未識(白氏文集「長恨歌」、自筆本奥入)
 
  奥入02 伊行注
    かすがののわかむらさきのすり衣しのぶのみだれかぎりしられず(古今六帖3309、源氏釈・自筆本奥入)
 
  奥入03 しかりとてとすればかかりかくすればあないひしらずあふさきるさに(古今集1060、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入04 はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆをたまとあざむく(古今集195、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入05 観身岸額離根草 論命江頭不繋舟(和漢朗詠790、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入06 ひきよせばただにはよらで春駒のつなびきするぞなはたつときく(拾遺集1185、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入07 あすか井にやどりはすべしかげもよくみもひもさむしみまくさもよし(催馬楽「飛鳥井」、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入08 いづらにかやどりとならむあさひこのさすやをかべのたまざさのうへ(古今六帖269、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入09 ちりをだにすへじとぞ思さきしよりいもとわがぬるとこなつの花(古今集167、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入10 それをだに思ふこととてわがやどを見きとなかけそ人のきかくに(古今集811、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入11 あふさかの名をばたのみてこしかどもへだつるせきのつらくもあるかな(新勅撰集731、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入12 こひしきをなににつけてかなぐさまむ夢だにみえずぬるよなければ(拾遺集735、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入13 すずか山いせをのあまのぬれ衣しほなれたりと人や見るらむ(後撰集718、源氏釈)  
  奥入14 取り返すものにもがなや世の中をありしながらのわが身と思はむ(出典未詳、源氏釈)  
  注 奥入13と14は「空蝉」奥入の竄入である。
 猶、源氏釈では正しく「空蝉」に指摘している。
 
 
  奥入15 風俗
     玉だれの かめをなかにすへて あるじはも や さかなもりに さかなもとめにに こゆるぎの いそにわかめ かりあげに(風俗歌「玉垂れ」、源氏釈)
 
  奥入16 催馬楽
     我家は とばり帳も たれたるを おほきみきませ むこにせむ みさかなに なによけむ あはびさだをか かせよけん あはびさだをか かせよけむ(催馬楽「我家」、源氏釈・自筆本奥入)
 
  奥入17 二道
    父家居住せば孝心可有男家居住せば[女+叟]仕をせよといふ事也(「語釈「二道」、自筆本奥入)
 
  奥入18 三史 史記 漢書 後漢書
   五経 毛詩 礼記 左伝 周易 尚書
   三道 紀伝 明経 明法(語釈「三史五経」、源氏釈・自筆本奥入)
     以上伊行所注也
 
  奥入19 ふたつのみち 両途
     文集 秦中吟
     天下無正声 悦耳即為娯 人間無正色 悦目即為妹<カホヨキ> 顔色非相遠<ヒカレル> 貧富則有殊<ナルコト> 貧時為所<ラル>弃 富為時所<ラル>趁 紅楼富家女 金縷繍羅襦 見人不斂手 矯癡二八初 母兄未開口 已<ニ>嫁<テハ>不須臾 緑窓貧家女 寂寞二十余 荊釼不直銭 衣上無真珠 幾廻人欲娉<ヨハムト> 臨日又踟躊 主人会良媒 置酒満玉壺 四座且勿飲 聴我歌両途 富家女易<ヤスシ>嫁 嫁早軽其夫 貧家女難嫁 嫁晩孝於姑<シウトメ> 聞若欲<ナラハ>娶<トラムト>婦 娶<トラムコト>婦意如何(白氏文集「議婚」、自筆本奥入)
追注加之
  なかゝみ 何神字 長歟中歟
  問安家答云、なかゝみ天一神也。
  世俗所称事旧事可為中字歟。
  金樻経云、天一立中央為十二将定吉凶断事者也。
 如此文者中字無不審歟。
  凡天一神巡方八方猶天子巡狩方岳云々。
 毎其方名号注異未有中神之号。
 只和語凡俗之詞所伝承也。
 件方忌事古今所違来也(自筆本奥入 大島本「空蝉」奥入に竄入、今正しい位置に戻した)
 
 
  付箋① ちりをだにすへじとぞおもふ咲しよりいもとわがぬるとこ夏の花(古今集167、源氏釈・自筆本奥入)  
  付箋② 恋しさのなににつけてかなぐさまん夢にもみえずぬるよなければ(拾遺集735、源氏釈・自筆本奥入)  
 
 

【本文校訂】

 
   本書の親本(青表紙原本)の本文訂正跡と書写者一筆の訂正跡、及び先人によって指摘された誤写箇所について、本行本文を訂正した。  
  備考--(本行本文/訂正本文) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ ナゾリ--&  
 
  訂正01 心よく--心き(き/$)よく  
  訂正02 すさび--すま(万/$さ)ひ  
  訂正03 うち--(/+うち)  
  訂正04 さびしく--(/+さ)ひしく  
  訂正05 思ふ--おもしつ *元の字「ふ」を「しつ」と2字に誤写  
  訂正06 うち--そ(そ2/$う)ち  
  訂正07 心にくく--心にくし *元の文字「ゝ」を「し」と誤写  
  訂正08 近くて--ちかえて *元の文字「く2」を「え」と誤写  
  訂正09 腹立たしく--はら(はら/$)はらたゝしく  
  訂正10 ゐたらむ--ねたらむ *元の文字「ゐ」を「ね」と誤写  
  訂正11 もの恥ぢ--物はかり *元の字「ち」を「可り」と2字に誤写  
  訂正12 あらむ人を恨みて、気色ばみ背かむ、はたをこがましかりなむ。
 心は移ろふ方--(/+あらむ人をうらみてけしきはみそむかんはたをこかまし/+かりなん心はうつろふ方) *「かりなん」以下、墨色を異にするが、臨模本書写者の一筆
 
  訂正13 出だす--い(い/+多)す  
  訂正14 移りて--うつもて *元の文字「り」を「も」と誤写  
  訂正15 はべらざり--侍(侍/+ら)さり  
  訂正16 はべりて--侍(侍/+て)  
  訂正17 ためにはと--ためにハ(ハ/$者)と  
  訂正18 臨時の祭--り(里/+む)しのまつり  
  訂正19 見はべり--(/+見)侍  
  訂正20 とて--(/+とて)  
  訂正21 月を--(月/+を)  
  訂正22 いと--(/+いと)  
  訂正23 過ち--あやあや(あや/$)まち  
  訂正24 痴者の--しれ(れ/+ものゝ)  
  訂正25 常夏に--とこ夏に(夏に/$)なつに  
  訂正26 したたかなる--したしかなる *元の文字「ゝ」を「し」と誤写  
  訂正27 しづしづと--しつ/\ニ *元の文字「と」を「ニ」と誤写  
  訂正28 なからめ--な(な/+可)らめ  
  訂正29 暑さに--あつ万(万/$さ)に  
  訂正30 なる--なり *元の文字「る」を「り」と誤写  
  訂正31 つべからむ--徒へき(き/$)可らむ  
  訂正32 取り出でて--とり(り/+い)てゝ  
  訂正33 けはひ--を(を/$け者ひ)  
  訂正34 たらむに--たる(る/$ら)むに  
  訂正35 たまへと--給へは(ハ/$と)  
  訂正36 わびしく--わる(る/$日)しく  
  訂正37 思ひて--思ひ(日/+て)  
  訂正38 かげ--可本(本/=遣歟) *傍書に従う  
  訂正39 身を--身(身/+を)  
  訂正40 たまへり--給へりける(ける/$)  
  訂正41 むつかられ--むつか(か/+ら)れ  
  訂正42 あらはれ--あら(ら/+者れ)  
  訂正43 きこえさせむ--あきこえ(え/+さ勢)む  
  訂正44 心ばへ--(所/$心)者え  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)明融臨模本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。
 明融臨模本「帚木」(東海大学蔵桃園文庫影印叢書)を底本とし、その本行本文と一筆の本文訂正跡を基に本文整定をしたとのこと。