枕草子314段 僧都の御乳母のままなど

大納言殿 枕草子
下巻下
314段
僧都の御乳母
男は

(旧)大系:314段
新大系:294段、新編全集:294段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後は最も索引性に優れ三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:293段
 


 
 僧都の御乳母のままなど、御匣殿の御局にゐたれば、男のある、板敷のもと近う寄り来て、「からい目を見候ひて、誰にかはうれへ申し侍らむ」とて、泣きぬばかりのけしきにて、「なにごとぞ」と問へば、「あからさまにものにまかりたりしほどに、侍る所の焼け侍りにければ、がうなのやうに、人の家に尻をさし入れてのみ候ふ。馬づかさの御秣積みて侍りける家より出でまうで来て侍るなり。ただ垣を隔てて侍れば、夜殿に寝て侍りけるわらはべも、ほとほと焼けぬべくてなむ。いささかものもとうで侍らず」などいひをるを、御匣殿も聞き給ひて、いみじう笑ひ給ふ。
 

♪33
  みまくさを もやすばかりの 春の日に
  夜殿さへなど 残らざるらむ
 

と書きて、「これをとらせ給へ」とて投げやりたれば、笑ひののしりて、「このおはする人の、家焼けたなりとて、いとほしがりて賜ふなり」とて、とらせたれば、ひろげて、「これは、なにの御短冊にか侍らむ。物いくらばかりにか」といへば、「ただ読めかし」といふ。
 「いかでか。片目もあきつかうまつらでは」といへば、「人にも見せよ。ただいま召せば、とみにて上へ参るぞ。さばかりめでたき物を得ては、なにをか思ふ」とて、みな笑ひまどひ、のぼりぬれば、人にや見せつらむ、里に行きていかに腹立たむなど、御前に参りてままの啓すれば、また笑ひさわぐ。
 御前にも、「など、かくもの狂ほしからむ」と笑はせ給ふ。
 
 

大納言殿 枕草子
下巻下
314段
僧都の御乳母
男は