枕草子301段 三月ばかり、物忌しにとて

陰陽師の 枕草子
下巻下
301段
三月ばかり
十二月廿四日

(旧)大系:301段
新大系:282段、新編全集:282段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後は最も索引性に優れ三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:280段
 


 
 三月ばかり、物忌しにとて、かりそめなる所に、人の家に行きたれば、木どもなどのはかばかしからぬ中に、柳といひて、例のやうになまめかしはあらず、ひろく見えてにくげなるを、「あらぬものなめり」といへど、「かかるもあり」などいふに、
 

♪28
  さかしらに 柳の眉の ひろごりて
  春のおもてを 伏する宿かな
 

とこそ見ゆれ。
 

 その頃、またおなじ物忌しに、さやうの所に出で来るに、二日といふ日の昼つ方、いとつれづれまさりて、ただ今もまゐりぬべき心地するほどしも、仰せごとのあれば、いとうれしくて見る。浅緑の紙に、宰相の君いとをかしげに書い給へり。
 

♪29
  いかにして 過ぎにしかたを 過ぐしけむ
  くらしわづらふ 昨日今日かな
 

となむ。私には、「今日しも千年の心地するに、あかつきにはとく」とあり。この君の宣ひたらむだにをかしかるべきに、まして、仰せごとのさまはおろかならぬ心地すれば、
 

♪30
  雲の上も くらしかねける 春の日を
  所がらとも ながめつるかな
 

私には、「今宵のほども、少将にやなり侍らむとすらむ」とて、あかつきにまゐりたれば、「昨日の返し、『かねける』いとにくし。いみじうそしりき」と仰せらる、いとわびし。まことにさることなり。
 
 

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三月ばかり
十二月廿四日