浮舟の和歌 26首:源氏物語の人物別和歌

夕霧 源氏物語
和歌一覧
人物別内訳
浮舟
匂宮

 

 浮舟(八の宮の三女)の和歌全26首(贈4、答11、独詠11、唱和0)。

 相手内訳:独詠11、匂宮6、中将の君(浮舟母)3、(薫・中将)2×2、(中の君(浮舟姉)・妹尼)1×2。

 

 浮舟は源氏物語中和歌最多の女性(女性二位の紫の上より3首多い)。しかしその傾向は他の全ての女性陣共通の性質と異なる特徴を持つ。
 第一に、独詠が極めて多い(3分の1以上)。
 第二に、最初の歌に男が関わらない(母への贈歌。源氏の世のヒロインは対源氏、浮舟姉達は父との唱和)。
 第三に、その歌は東屋一首を除き、浮舟・手習二巻に集中して存在する(一巻十首以上の女性は浮舟のみ。著者の意図的調整)。
 第四に、和歌の相手は匂宮が最多で、源氏没後、読者から主人公扱いされ最後まで浮舟に言い寄った薫ではない。

 

 以上まとめると、源氏物語終盤・東屋(54巻中50巻)以降は、薫でも匂宮でもなく浮舟の物語。主人公扱いの薫の和歌最多は総角12首で、浮舟の浮舟巻13首を超えない。一貫十首以上は、源氏・夕霧・薫・浮舟以外存在せず夕霧は一巻12首のみ。そして薫は夕霧的。浮舟はそれらを超える田舎娘つまり著者の投影で最初の空蝉と対になる。

 

  原文
(定家本)
現代語訳
(渋谷栄一)
 

東屋 1/11首

727
ひたぶるに
 うれしからまし
 の中に
 あらぬ所
 思はましかば
〔中将の君:浮舟母←〕一途に嬉しいことでしょう
ここが世の中で別の世界だと思えるならば
 
 

浮舟 13/22首

734
贈:
まだ古りぬ
 物にはあれど
 君がため
 深き心に
 待つと知らなむ
〔中の君:浮舟姉←〕まだ古木にはなっておりませんが、若君様のご成長を
心から深くご期待申し上げております
736
心をば
 嘆かざらまし
 のみ
 定めなき世
 思はましかば
〔匂宮→〕心変わりなど嘆いたりしないでしょう
命だけが定めないこの世と思うのでしたら
738
をも
 ほどなき袖に
 せきかねて
 いかに別れを
 とどむべき身ぞ
〔匂宮→〕涙も狭い袖では抑えかねますので
どのように別れを止めることができましょうか
740
絶え間のみ
 世にはふき
 宇治橋
 朽ちせぬものと
 なほ頼めとや
〔薫→〕絶え間ばかりが気がかりでございます宇治橋なのに
朽ちないものと依然頼りにしなさいとおっしゃるのですか
742
橘の
 小島
の色は
 変はらじを
 この浮舟
 行方知られぬ
〔匂宮→〕橘の小島の色は変わらないでも
この浮舟のようなわたしの身はどこへ行くのやら
744
降り乱れ
 みぎはに凍る
 よりも
 中にてぞ
 我は消ぬべき
〔匂宮→〕降り乱れて水際で凍っている雪よりも
はかなくわたしは中途で消えてしまいそうです
747
の名を
 わが身に知れば
 山城の
 宇治のわたりぞ
 いとど住み憂き
里の名をわが身によそえると
山城の宇治の辺りはますます住みにくいことよ
748
かき暮らし
 晴れせぬ峰の
 雲に
 浮きて世をふる
 身をもなさばや
〔匂宮→〕真っ暗になって晴れない峰の雨雲のように
空にただよう煙となってしまいたい
749
つれづれと
 身を知る雨
 小止まねば
 さへいとど
 みかさまさりて
〔薫→〕寂しくわが身を知らされる雨が小止みもなく降り続くので
袖までが涙でますます濡れてしまいます
752
嘆きわび
 身をば捨つとも
 亡き影に
 憂き名流さむ
 ことをこそ思へ
嘆き嘆いて身を捨てても亡くなった後に
嫌な噂を流すのが気にかかる
753
からをだに
 憂き世の中に
 とどめずは
 いづこをはかと
 君も恨みむ
〔匂宮→〕亡骸をさえ嫌なこの世に残さなかったら
どこを目当てにと、あなた様もお恨みになりましょう
754
贈:
後にまた
 あひ見むことを
 思はなむ
 このの夢に
 心惑はで
〔中将の君:浮舟母←〕来世で再びお会いすることを思いましょう
この世の夢に迷わないで
755
贈:
鐘の音の
 絶ゆる響きに
 音を添へて
 わが尽きぬと
 君に伝へよ
〔中将の君:浮舟母←〕鐘の音が絶えて行く響きに、泣き声を添えて
わたしの命も終わったと母上に伝えてください
 
 

蜻蛉 0/11首

 
 

手習 12/28首

767
身を投げし
 涙の川の
 早き瀬を
 しがらみかけて
 誰れか止めし
涙ながらに身を投げたあの川の早い流れを
堰き止めて誰がわたしを救い上げたのでしょう
768
我かくて
 憂き世の中に
 めぐるとも
 誰れかは知らむ
 月の都
わたしがこのように嫌なこの世に生きているとも
誰が知ろうか、あの月が照らしている都の人で
777
はかなくて
 世に古川の
 憂き瀬には
 尋ねも行かじ
 二本の
〔妹尼返歌有〕はかないままにこの世につらい思いをして生きているわが身は
あの古川に尋ねて行くことはいたしません、二本の杉のある
779
心には
 秋の夕べを
 分かねども
 眺むる袖に
 露ぞ乱るる
わたしには秋の情趣も分からないが
物思いに耽るわが袖に露がこぼれ落ちる
781
憂きものと
 思ひも知らで
 過ぐす身を
 もの思ふ人
 人は知りけり
〔中将→〕情けない身の上とも分からずに暮らしているわたしを
物思う人だと他人が分かるのですね
782
なきものに
 身をも人をも
 思ひつつ
 捨ててしをぞ
 さらに捨てつる
死のうとわが身をも人をも思いながら
捨てた世をさらにまた捨てたのだ
783
限りぞと
 思ひなりにし
 の中を
 返す返す
 背きぬるかな
最期と思い決めた世の中を
繰り返し背くことになったわ
785
心こそ
 憂き世の
 離るれど
 行方も知らぬ
 海人の浮木を
〔中将→〕心は厭わしい世の中を離れたが
その行く方もわからず漂っている海人の浮木です
789
かきくらす
 野山の
 眺めても
 降りにしことぞ
 今日も悲しき
降りしきる野山の雪を眺めていても
昔のことが今日も悲しく思い出される
791
深き
 野辺の若菜
 今よりは
 君がためにぞ
 年もむべき
〔妹尼→〕雪の深い野辺の若菜も今日からは
あなた様のために長寿を祈って摘みましょう
792
袖触れ
 人こそ見えね
 花の香
 それかと匂ふ
 春のあけぼの
袖を触れ合った人の姿は見えないが、花の香が
あの人の香と同じように匂って来る、春の夜明けよ
794
尼衣
 変はれる身にや
 ありし世の
 形見に袖を
 かけて偲ばむ
尼衣に変わった身の上で、昔の形見として
この華やかな衣装を身につけて、今さら昔を偲ぼうか
 
 

夢浮橋(ゆめのうきはし) 0/1首