伊勢物語~和歌一覧 209首とその配置

総論 伊勢物語
和歌一覧
伊勢全文

 
 伊勢物語の和歌一覧。定家本を基礎にして、全部で209首。
 歌の先頭に通し番を付し、原文の箇所にリンクさせている(読込みに少々時間がかかるが、待っていると推移する)。
 

 伊勢の歌が古今集で業平作と認定され、それを受け明確に業平死後の114段の歌が、後撰集でご都合で行平と認定されるが、それらは全て誤り。
 これらは基本全て著者の作。初段の陸奥の歌(百人一首14)もまずそう。実は著者の代作、そういう意味で書いている(ささやかな証拠作り)。
 その根拠は、81段で六条屋敷で地下で這った翁がトリで歌った描写、古今の源融のもう一つの普通の歌。出来が違いすぎる。しかも服の内容。
 なぜトリを務めるか。六歌仙だから。家の名も何もない、縫殿の下級役人で歌仙と称されるには、突き抜けた実力がないと、そう称されない。
 基本著者としたのは、小町の歌を除く意だが、実質は、著者が作って小町が歌った。だから小町は歌の数に比し、異様に説明がないのである。
 

 著者は匿名で表に出ず、小町も人格不詳ですぐ地方に引っ込むほどなのに、歌を量産したのは、こういう訳。25段の見る目なきも、そういう訳。
 25段のやりとりは、歌を作る際の二人のやりとり。小町は実名で歌を残しているので、人定の説明を省いて、伊勢に掲載している。物語が詞書。
 共に縫殿にいた。だから小町針という話がある。それは言い寄る男を悉く拒絶する話だが、それを物語にしたのが竹取。同じ著者。何も問題ない。
 

 業平は77段・78段で常行に歌わされ目をキョドらせマゴつく記述、101段で元より歌を知らずとされ、行平に無理に歌わされる記述があるので違う。
 しかも101段は、業平が藤原を藤氏と呼んでバカにした内容だが、その歌に、藤氏に掛けて「ありし(在氏)」とあるので、業平の歌ではありえない。
 著者は、63段の在五から始まり、常に業平を非難している。というのも話=歌を乗っ取られたから。書き進めるにつれ、それが看過できなくなった。
 積極的に吹聴していたかは定かではないが、少なくとも積極的に否定していない。だからそれに著者が抵抗しているが、結局覆らなかった。今まで。
 しかし呪いとも思える強さ。なぜことあるたび業平業平と言われるのだろう。一言も業平などと書いておらず、在五なのに。行平は書いているのに。
 
 

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 歌が厚いのは9~25、核心部は16~25、中核は21~24。最重要は21段。20から24の梓弓まで、ひとまとまりの話。
 田舎の筒井の男女の話、昔男の馴れ初め話。宮仕えに出る背景、遠距離恋愛の内容。ここに、というか物語前半に、業平は全く関係ない。
 9段の東下りでカキツバタ・唐衣の「つましあれば」という歌の妻は、筒井筒・梓弓の女のこと。死んだから泣いているし東に下っている。
 それを業平が三河に気ままにフラフラしに行って、都にいる妻を思い出して泣くというのは、珍妙かつ軍人として滑稽という他ない。
 

 著者が物語で一番重視したのは、上記の中核部分。客観的数字でそう言える。
 69段(狩の使)の伊勢斎宮の話は、後日談。そして結局、結ばれていない。
 二条の后との話にも、そこまで重きを置いてない。そちらは仕事の話と、騒動の弁明。
 95段に「二条の后に仕うまつる男」、そう明示されている(しかし一般はこの終盤で突如未知の男が出現すると見るが、あまりに無秩序)。
 関守の話は、仕事で男が付き添って行くと騒がれ面倒になった話。6段にそう記されている。つまり夜這いだの駆け落ちだのは外野の夢想。
 

 和歌上位6つは、21(思ふかひ)、82(渚の院)、23(筒井筒)、50(あだくらべ)、65(在原)、87(布引の)。
 ただ、この並びにそこまで意味はない。人が多いと多くなる。そうではないのが、2123
 50は、男が勤めている後宮(縫殿)での、女とのやりとり。そうしてみると、女とは多くなるのかもしれない。
 
 


 
 
 1:初冠 2:西の京(の女) 眺め暮しつ 3:ひじき藻 4:西の對(の女) 5:関守 築土の崩れ 6:芥河 7:かへる浪 尾張のあはひ 8:浅間の嶽 9:東下り 八橋 10:たのむの雁 みよし野 11:空ゆく月  12:武蔵野 13:武蔵鐙(あぶみ) 14:陸奥の国 15:しのぶ山  16:紀(の)有常 17:年にまれなる人 18:白菊 19:天雲のよそ  20:楓のもみぢ 21:思ふかひなき世 22:千夜を一夜 23:筒井筒 24:梓弓 25:逢はで寝る夜 26:もろこし舟 27:たらひの影 28:あふごかたみ  29:花の賀 30:はつかなりける女 31:忘草 よしや草葉よ 32:しづのをだまき(倭文の苧環) 33:こもり江 34:つれなかりける人 35:玉の緒を 合(あわ)緒によりて 36:玉葛 37:下紐 38:恋といふ 39:源の至 40:すける(物)思ひ あかぬわかれ 41:紫 上のきぬ 42:誰が通ひ路  43:名のみ立つ しでの田長  44:馬のはなむけ 45:行く蛍 46:うるはしき友 47:大幣 48:人待たむ里 49:若草 50:あだくらべ 鳥の子 51:前栽の菊 52:飾り粽(かざりちまき) 53:あひがたき女 54:つれなかりける女 55:思ひかけたる女 言の葉 56:草の庵 57:恋ひわびぬ 58:荒れたる宿 59:東山 60:花橘 61:染河 62:古の匂は こけるから  63:つくもがみ(髪) 64:玉すだれ(簾) 65:在原なりける男 66:みつの浦 67:花の林 68:住吉の浜 69:狩の使 70:あまの釣舟 71:神のいがき 72:大淀の松 73:月のうちの桂 74:重なる山 75:大淀の 海松(みる) 76:小塩の山 77:安祥寺のみわざ 78:山科の宮 79:千ひろあるかげ 80:おとろへたる家 81:塩釜 82:渚の院(の櫻)  83:小野(の雪) 84:さらぬ別れ 85:目離れせぬ雪 86:おのがさまざま 87:布引の滝(瀧) 88:月をもめでじ 89:なき名 人しれず 90:桜花 91:惜しめども 92:棚なし小舟 93:たかきいやしき 94:紅葉も花も 95:彦星 96:天の逆手(さかて) 97:四十の賀 98:梅の造り枝 99:ひをりの日 100:忘れ草 101:藤の花 102:あてなる女 世のうきこと 103:寢ぬる夜 104:賀茂の祭(見) 105:白露 106:龍田川 107:身を知る雨 藤原の敏行 108:浪こす岩 109:人こそあだに 110:魂結び 111:まだ見ぬ人 112:須磨のあま(蟹) 113:短き心 やもめにて(いて) 114:芹河に行幸(芹川行幸) 115:みやこしま(都島) おきの井 116:はまびさし(浜びさし)  117:住吉に行幸(住吉行幸) 118:たえぬ心(絶えぬ心) 玉葛 119:形見こそ 120:筑摩の祭 121:梅壷 122:井出の玉水 123:深草(にすみける女)(鶉) 124:われとひとしき人 125:つひにゆく道
 

 
 

1段 初冠

 
1 春日野の 若紫の すりごろも
 しのぶの乱れ かぎりしられず
2 陸奥の しのぶもぢ摺り 誰ゆゑに
 乱れそめにし 我ならなくに
 
 

2段 西の京

 
3 起きもせず 寝もせで夜を 明かしては
 春のものとて 眺め暮しつ
 
 

3段 ひじき藻

 
4 思ひあらば 葎の宿に ねもしなむ
 ひじきのものには 袖をしつゝも
 
 

4段 西の対

 
5 月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ
 わが身は一つ もとの身にして
 
 

5段 関守

 
6 人知れぬ わが通ひ路の 関守は
 宵々ごとに うちも寝ななむ
 
 

6段 芥河

 
7 白玉か なにぞと人の 問ひし時
 露とこたへて 消えなましものを
 
 

7段 かへる浪

 
8 いとゞしく 過ぎ行く方の 恋しきに
 うらやましくも かへる浪かな
 
 

8段 浅間の嶽

 
9 信濃なる 浅間の嶽に たつ煙
 をちこち人の 見やはとがめぬ
 
 

9段 東下り

 
10 唐衣 きつゝ馴にし つましあれば
 はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ
11 駿河なる 宇津の山辺の うつゝにも
 夢にも人に 逢はぬなりけり
12 時しらぬ 山は富士の嶺 いつとてか
 鹿の子まだらに 雪の降るらむ
13 名にしおはゞ いざこと問はむ 都鳥
 わが思ふ人は ありやなしやと
 
 

10段 たのむの雁

 
14 みよし野の たのむの雁も ひたぶるに
 君が方にぞ 寄ると鳴くなる
15 わが方に 寄ると鳴くなる みよし野の
 たのむの雁を いつか忘れむ
 
 

11段 空ゆく月

 
16 忘るなよ ほどは雲居に なりぬるとも
 空ゆく月の めぐりあふまで
 
 

12段 武蔵野

 
17 武蔵野は 今日はな焼きそ 若草の
 つまもこもれり われもこもれり
 
 

13段 武蔵鐙(むさしあぶみ)

 
18 武蔵鐙を さすがにかけて 頼むには
 問はぬもつらし 問ふもうるさし
19 問へば言ふ 問はねば恨む 武蔵鐙
 かゝる折にや 人は死ぬらむ
 
 

14段 陸奥の国

 
20 なかなかに 恋に死なずは 桑子にぞ
 なるべかりける 玉の緒ばかり
21 夜も明けば きつにはめなで くた鶏の
 まだきに鳴きて せなをやりつる
22 栗原の あねはの松の 人ならば
 都のつとに いざといはましを
 
 

15段 しのぶ山

 
23 しのぶ山 しのびて通ふ 道もがな
 人の心の 奥も見るべく
 
 

16段 紀有常

 
24 手を折りて あひ見しことを 数ふれば
 十といひつゝ 四つはへにけり
25 年だにも 十とて四つは 経にけるを
 いくたび君を 頼み来ぬらむ
26 これやこの 天の羽衣 むべしこそ
 君が御衣と 奉りけれ
27 秋や来る 露やまがふと 思ふまで
 あるは涙の 降るにぞありける
 
 

17段 年にまれなる人

 
28 あだなりと 名にこそたてれ 桜花
 年にまれなる 人も待けり
29 今日来ずは 明日は雪とぞ 降りなまし
 消えずはありとも 花と見ましや
 
 

18段 白菊

 
30 紅に にほふはいづら 白雪の
 枝もとをゝに 降るかとも見ゆ
31 紅に にほふがうへの 白菊は
 折りける人の 袖かとも見ゆ
 
 

19段 天雲のよそ

 
32 天雲の よそにも人の なりゆくか
 さすがに目には 見ゆるものから
33 天雲の よそにのみして 経ることは
 わが居る山の 風はやみなり
 
 

20段 楓のもみぢ

 
34 君がため 手折れる枝は 春ながら
 かくこそ秋の 紅葉しにけれ
35 いつの間に 移ろふ色の つきぬらむ
 君が里には 春なかるらし
 
 

21段 思ふかひなき世

 
36 いでていなば 心かるしと 言ひやせむ
 世のありさまを 人は知らねば
37 思ふかひ なき世なりけり 年月を
 あだに契りて 我や住まひし
38 人はいさ 思ひやすらむ 玉かづら
 面影にのみ いとゞ見えつゝ
39 今はとて 忘るゝ草の たねをだに
 人の心に まかせずもがな
40 忘草 植ふとだに聞く ものならば
 思ひけりとは 知りもしなまし
41 忘るらむ と思ふ心の うたがひに
 ありしよりけに ものぞかなしき
42 中空に 立ちゐる雲の あともなく
 身のはかなくも なりにけるかな
 
 

22段 千夜を一夜

 
43 憂きながら 人をばえしも 忘れねば
 かつ恨みつゝ なほぞ恋しき
44 あひ見ては 心ひとつを かは島の
 水の流れて 絶えじとぞ思ふ
45 秋の夜の 千夜を一夜に なずらへて
 八千夜し寝ばや 飽く時のあらむ
46 秋の夜の 千夜を一夜に なせりとも
 ことば残りて 鳥や鳴きなむ
 
 

23段 筒井筒

 
47 筒井つの 井筒にかけし まろがたけ
 過ぎにけらしな 妹見ざる間に
48 くらべこし ふりわけ髪も 肩過ぎぬ
 君ならずして 誰かあぐべき
49 風吹けば 沖つ白浪 龍田山
 夜半にや君が ひとり越ゆらむ
50 君があたり 見つゝを居らむ 生駒山
 雲な隠しそ 雨は降るとも
51 君来むと 言ひし夜毎に 過ぎぬれば
 頼まぬものゝ 恋ひつゝぞ経る
 
 

24段 梓弓

 
52 あらたまの 年の三年を 待ちわびて
 新枕すれ たゞ今宵こそ
53 梓弓 ま弓つき弓 年を経て
 わがせしがごと うるはしみよせ
54 梓弓 引けど引かねど 昔より
 心は君に 寄りにしものを
55 あひ思はで 離れぬる人を とゞめかね
 わが身は今ぞ 消え果てぬめる
 
 

25段 逢はで寝る夜

 
56 秋の野に 笹分けし朝の 袖よりも
 あはで寝る夜ぞ ひぢまさりける
57 みるめなき わが身を浦と 知らねばや
 離れなで海人の 足たゆく来る
 
 

26段 もろこし舟

 
58 思ほえず 袖にみなとの 騒ぐかな
 もろこし舟の 寄りしばかりに
 
 

27段 たらひの影

 
59 我ばかり もの思ふ人はまたもあらじと
 思へば水の 下にもありけり
60 水口に われや見ゆらむ 蛙さへ
 水の下にて もろ声に鳴く
 
 

28段 あふごかたみ

 
61 などてかく あふごかたみに なりにけむ
 水漏らさじと 結びしものを
 
 

29段 花の賀

 
62 花に飽かぬ なげきはいつも せしかども
 今日のこよひに 似る時はなし
 
 

30段 はつかなりける女

 
63 あふことは 玉の緒ばかり おもほえて
 つらき心の ながく見ゆらむ
 
 

31段 忘草

 
64 つみもなき 人をうけへば 忘草
 おのがうへにぞ 生ふといふなる
 
 

32段 しづのをだまき

 
65 古の しづのをだまき くりかへし
 昔を今に なすよしもがな
 
 

33段 こもり江

 
66 芦辺より みち来るしほの いやましに
 君に心を 思ひますかな
67 こもり江に 思ふ心を いかでかは
 舟さす棹の さして知るべき
 
 

34段 つれなかりける人

 
68 いへばえに いはねば胸に 騒がれて
 心ひとつに 嘆くころかな
 
 

35段 玉の緒を

 
69 玉の緒を 沫緒によりて むすべれば
 絶えてののちも 逢はむとぞ思ふ
 
 

36段 玉葛

 
70 谷せばみ 峯まではへる 玉かづら
 絶えむと人に わが思はなくに
 
 

37段 下紐

 
71 我ならで 下紐解くな 朝顔の
 夕影待たぬ 花にはありとも
72 ふたりして 結びし紐を ひとりして
 あひ見るまでは 解かじとぞ思ふ
 
 

38段 恋といふ

 
73 君により 思ひならひぬ 世の中は
 人はこれをや 恋問いふらむ
74 ならはねば 世の人ごとに なにをかも
 恋とはいふと 問ひし我しも
 
 

39段 源の至

 
75 出でていなば かぎりなるべみ ともしけち
 年へぬるかと なく声を聞け
76 いとあはれ なくぞ聞ゆる ともしけち
 消ゆるものとも 我は知らずな
 
 

40段 すけるもの思ひ

 
77 いでていなば 誰か別れの かたからぬ
 ありしにまさる けふは悲しも
 
 

41段 紫 上のきぬ

 
78 紫の 色濃き時は めもはるに
 野なる草木ぞ わかれざりける
 
 

42段 誰が通ひ路

 
79 出でて来し あとだに未だ かはらじを
 誰が通ひ路と 今はなるらむ
 
 

43段 名のみ立つ

 
80 ほととぎす 汝が泣く里の あまたあれば
 なほ疎まれぬ 思ふものから
81 名のみたつ しでの田長は けさぞ鳴く
 庵あまた 疎まれぬれば
82 いほり多き しでの田長は なほ頼む
 わが住む里に 声し絶えずは
 
 

44段 馬のはなむけ

 
83 いでてゆく 君がためにと脱ぎつれば
 我さへもなく なりぬべきかな
 
 

45段 行く蛍

 
84 行く蛍 雲の上まで いぬべくは
 秋風吹くと 雁に告げこせ
85 暮れがたき 夏のひぐらし ながむれば
 そのことゝなく ものぞ悲しき
 
 

46段 うるはしき友

 
86 目離るとも おもほえなくに 忘らるゝ
 時しなければ 面影にたつ
 
 

47段 大幣

 
87 大幣の ひく手あまたに なりぬれば
 思へどこそ 頼まざりけれ
88 大幣と 名にこそたてれ 流れても
 つひによる瀬は ありといふものを
 
 

48段 人待たむ里

 
89 今ぞ知る 苦しきものと 人待たむ
 里をば離れず 訪ふべかりけり
 
 

49段 若草

 
90 うら若み 寝よげに見ゆる 若草を
 人の結ばむ ことをしぞ思ふ
91 初草の などめづらしき 言の葉ぞ
 うらなくものを 思ひけるかな
 
 

50段 あだくらべ

 
92 鳥の子を 十づゝ十は 重ぬとも
 思はぬ人を おもふものかは
93 朝露は 消え残りても ありぬべし
 誰かこの世を 頼みはつべき
94 吹く風に 去年の桜は 散らずとも
 あな頼みがた 人の心は
95 ゆく水に 数かくよりも はかなきは
 思はぬ人を 思ふなりけり
96 ゆく水と 過ぐるよはひと 散る花と
 いづれ待ててふ ことを聞くらむ
 
 

51段 前栽の菊

 
97 植ゑしうゑば 秋なき時や 咲かざらむ
 花こそ散らめ 根さへ枯れめや
 
 

52段 飾り粽(かざりちまき)

 
98 菖蒲刈り 君は沼にぞ まどひける
 我は野に出でて かるぞわびしき
 
 

53段 あひがたき女

 
99 いかでかは 鶏の鳴くらむ 人しれず
 思ふ心は まだ夜ぶかきに
 
 

54段 つれなかりける女

 
100 行きやらぬ 夢路を頼む たもとには
 天つ空なる 露やおくらむ
 
 

55段 思ひかけたる女 言の葉

 
101 思はずは ありもすめらど 言の葉の
 をりふしごとに 頼まるゝかな
 
 

56段 草の庵(いほり)

 
102 わが袖は 草の庵に あらねども
 暮るれば露の 宿りなりけり
 
 

57段 恋ひわびぬ

 
103 恋ひわびぬ あまの刈る藻に 宿るてふ
 われから身をも くだきつるかな
 
 

58段 荒れたる宿

 
104 荒れにけり あはれいく世の 宿なれや
 住みけむ人の おとづれもせぬ
105 葎おひて 荒れたる宿の うれたきは
 かりにも 鬼の集くなり
106 うちわびて 落穂ひろふと きかませば
 我も田面に ゆかましものを
 
 

59段 東山

 
107 住わびぬ 今はかぎりと 山里に
 身をかくすべき 宿をもとめてむ
108 わが上に 露ぞ置くなる 天の河
 門渡る船の かいのしづくか
 
 

60段 花橘

 
109 さつき待つ 花橘の 香をかげば
 昔の人の 袖の香ぞする
 
 

61段 染河

 
110  染河を 渡らむ人の いかでかは
 色になるてふ ことのなからむ
111 名にし負はば あだにぞあるべき たはれ島
 浪の濡れ衣 着るといふなり
 
 

62段 古の匂は

 
112 いにしへの にほひはいづら 桜花
 こけるからとも なりにけるかな
113 これやこの 我にあふみを のがれつゝ
 年月経れど まさり顔なき
 
 

63段 つくもがみ

 
114 百歳に 一歳たらぬつ くも髪
 われを恋ふらし おもかげに見ゆ
115 さむしろに 衣かたしき 今宵もや
 恋しき人に 逢はでのみ寝む
 
 

64段 玉すだれ

 
116 吹く風に わが身をなさば 玉すだれ
 ひま求めつつ 入るべきものを
117 取りとめぬ 風にはありとも 玉すだれ
 誰が許さば かひもとむべき
 
 

65段 在原なりける男

 
118 思ふには 忍ぶることぞ 負けにける
 逢ふにしかへば さもあらばあれ
119 恋せじと 御手洗川に せしみそぎ
 神はうけずも なりにけるかな
120 あまの刈る 藻にすむ虫の 我からと
 音をこそなかめ 世をばうらみじ
121 さりともと 思ふらむこそ 悲しけれ
 あるにもあらぬ 身を知らずして
122 いたづらに 行きては来ぬる ものゆゑに
 見まくほしさに いざなはれつゝ
 
 

66段 みつの浦

 
123 難波津を けさこそみつの 浦ごとに
 これやこの世を 海わたる舟
 
 

67段 花の林

 
124 昨日けふ 雲のたちまひ かくろふは
 花のはやしを 憂しとなりけり
 
 

68段 住吉の浜

 
125 雁鳴きて 菊の花さく 秋はあれど
 春のうみべに 住吉の浜
 
 

69段 狩の使

 
126 君やこし 我や行きけむ おもほえず
 夢かうつゝか 寝てか醒めてか
127 かきくらす 心の闇に まどひにき
 夢現とは こよひ定めよ
128-1 かち人の 渡れどぬれぬ 江にしあれば
128-2  またあふさかの 関は越えなむ
 
 

70段 あまの釣舟

 
129 みるめかる かたやいづこぞ 棹さして
 われに教へよ あまの釣舟
 
 

71段 神のいがき

 
130 ちはやぶる 神のいがきも 越えぬべし
 大宮人の 見まくほしさに
131 恋しくは 来ても見よしかし ちはやぶる
 神のいさなむ 道ならなくに
 
 

72段 大淀の松

 
132 大淀の 松はつらくも あらなくに
 うらみてのみも かへる波かな
 
 

73段 月のうちの桂

 
133 目には見て 手にはとられぬ 月のうちの
 桂の如き 君にぞありける
 
 

74段 岩根ふみ 重なる山

 
134 岩根ふみ かさなる山にはあらねど
 逢はぬ日おほく 恋ひわたるかな
 
 

75段 みるをあふにて

 
135 大淀の 浜に生ふてふ みるからに
 心はなぎぬ かたらはねども
136 袖ぬれて あまの刈りほす わたつ海の
 みるを逢ふにて やまんとやする
137 岩間より 生ふるみるめし つれなくは
 汐干汐満 ちかひもありなむ
138 涙にぞ ぬれつゝしぼる 世の人の
 つらき心は 袖のしづくか
 
 

76段 小塩の山

 
139 大原や をしほの山も 今日こそは
 神代のことも 思ひいづらめ
 
 

77段 安祥寺のみわざ

 
140 山のみな うつりて今日に 逢ふことは
 春の別れを とふとなるべし
 
 

78段 山科の宮

 
141 あかねども 岩にぞかふる 色見えぬ
 心を見せむ よしのなければ
 
 

79段 千ひろあるかげ

 
142 我が門に 千尋ある陰を 植えゑつれば
 夏冬たれか 隠れざるべき
 
 

80段 おとろへたる家

 
143 ぬれつゝぞ しひて折りつる 年のうちに
 春はいくかも あらじと思へば
 
 

81段 塩釜

 
144 塩釜に いつか来にけむ 朝凪に
 釣りする舟は こゝによらなむ
 
 

82段 渚の院

 
145 世の中に 絶えて桜の なかりせば
 春の心は のどけからまし
146 散ればこそ いとゞ桜は めでたけれ
 うき世になにか 久しかるべき
147 狩り暮らし たなばたつめに 宿からむ
 天の河原に 我は来にけり
148 一年に ひとたび来ます 君まてば
 宿かす人も あらじとぞ思ふ
149 あかなくに まだきも月の かくるゝか
 山の端にげて 入れずもあらなむ
150 おしなべて 峯もたひらに なりななむ
 山の端なくは 月もいらじを
 
 

83段 小野(の雪)

 
151 枕とて 草ひき結ぶ こともせじ
 秋の夜とだに たのまれなくに
152 忘れては 夢かぞとおもふ 思ひきや
 雪ふみわけて 君を見むとは
 
 

84段 さらぬ別れ

 
153 老いぬれば さらぬ別れの ありといへば
 いよいよ見まく ほしく君かな
154 世の中に さらぬ別れの なくもがな
 千代もといのる 人の子のため
 
 

85段 目離れせぬ雪

 
155 思へども 身をしわけねば めかれせぬ
 雪のつもるぞ わが心なる
 
 

86段 おのがさまざま

 
156 今までに 忘れぬ人は 世にあらじ
 おのがさまざま 年の経ぬれば
 
 

87段 布引の滝(瀧)

 
157 あしの屋の なだの塩焼き いとまなみ
 黄楊の小櫛も ささず来にけり
158 わが世をば けふかあすかと 待つかひの
 涙のたきと いづれたかけむ
159 ぬき乱る 人こそあるらし 白玉の
 まなくもちるか 袖のせばきに
160 はるゝ夜の 星か河辺の 蛍かも
 わが住むかたの あまのたく火か
161 わたつみの かざしにさすと いはふ藻も
 君がためには 惜しまざりけり
 
 

88段 月をもめでじ

 
162 おほかたは 月をもめでじ これぞこの
 つもれば人の 老いとなるもの
 
 

89段 なき名 人しれず

 
163 人知れず われ恋ひ死なば あぢきなく
 何れの神に なき名をおほせむ
 
 

90段 桜花

 
164 桜花 けふこそかくにね にほふとも
 あな頼みがた あすの夜のこと
 
 

91段 惜しめども

 
165 をしめども はるのかぎりの けふの日の
 夕暮れにさへ なりにけるかな
 
 

92段 棚なし小舟

 
166 葦べ漕ぐ 棚なし小舟 いくそたび
 行きかへるらむ 知る人もなみ
 
 

93段 たかきいやしき

 
167 あふなあふな 思ひはすべし なぞへなく
 高きいやしき 苦しかりけり
 
 

94段 紅葉も花も

 
168 秋の夜は 春日わするゝ ものなれや
 霞に霧や 千重まさむらむ
169 千ぢの秋 ひとつの春に むかはめや
 もみじ花も ともにこそ散れ
 
 

95段 彦星

 
170 彦星に 恋はまさりぬ 天の河
 へだつる関を いまはやめてよ
 
 

96段 天の逆手(さかて)

 
171 秋かけて いひしながらも あらなくに
 この葉降りしく えにこそありけれ
 
 

97段 四十の賀

 
172 さくら花 散りかひ曇れ 老いらくの
 来むといふなる 道まがふがに
 
 

98段 梅の造り枝

 
173 わがたのむ 君がためにと 折る花は
 ときしもわかぬ ものにぞありける
 
 

99段 ひをりの日

 
174 見ずもあらず 見もせぬ人の 恋ひしくは
 あやなくけふや ながめ暮さむ
175 知る知らぬ 何かあやなく わきていわむ
 思ひのみこそ しるべなりけれ
 
 

100段 忘れ草

 
176 忘草 生ふる野辺とは みるらめど
 こはしのぶなり のちもたのまむ
 
 

101段 藤の花

 
177 咲く花の したにかくるる 人を多み
 ありしにまさる 藤のかげかも
 
 

102段 あてなる女 世のうきこと

 
178 そむくとて 雲には乗らぬ ものなれど
 世の憂きことぞ よそになるてふ
 
 

103段 寢ぬる夜

 
179 寝ぬる夜の 夢をはかなみ まどろめば
 いやはかなにも なりまさるかな
 
 

104段 賀茂の祭(見)

 
180 世をうみの あまとし人を 見るからに
 めくはせよとも 頼まるゝかな
 
 

105段 白露

 
181 白露は けなばけななむ 消えずとて
 玉にぬくべき 人もあらじを
 
 

106段 龍田河

 
182 ちはやぶる 神代もきかず 龍田河
 からくれなゐに 水くゝるとは
 
 

107段 身を知る雨

 
183 つれづれの ながめにまさる 涙川
 袖のみひぢて 逢ふよしもなし
184 浅みこそ 袖はひづらめ 涙川
 身さへながると 聞かばたのまむ
185 かずかずに 思ひ思はず 問ひがたみ
 身をしる雨は 降りぞまされる
 
 

108段 浪こす岩

 
186 風吹けば とはに浪こす いはなれや
 わが衣手の かわく時なき
187 よひ毎に 蛙のあまた 鳴く田には
 水こそまされ 雨は降らねど
 
 

109段 人こそあだに

 
188 花よりも 人こそあだに なりけれ
 何れをさきに 恋ひむとかし
 
 

110段 魂結び

 
189 思ひあまり 出でにし魂の あるならむ
 夜深く見えば 魂むすびせよ
 
 

111段 まだ見ぬ人

 
190 古は ありもやしけむ 今ぞ知る
 まだ見ぬ人を 恋ふるものとは
191 下紐の しるしとするも 解けなくに
 かたるが如は こひずぞあるべき
192 恋ひしとは さらにいはじ 下紐の
 解けむを人は それと知らなむ
 
 

112段 須磨のあま(蟹)

 
193 須磨のあま の塩焼く 煙風をいたみ
 思はぬ方に たなびきにけり
 
 

113段 短き心 やもめにて

 
194 ながからぬ 命のほどに 忘るゝは
 いかに短き 心なるらむ
 
 

114段 芹河に行幸

 
195 翁さび 人な咎めそ 狩衣
 けふばかりとぞ 鶴も鳴くなる
 
 

115段 みやこしま

 
196 おきのゐて 身を焼くよりも 悲しきは
 都のしまべの 別れなりけり 
 
 

116段 はまびさし

 
197 浪間より 見ゆる小島の 浜びさし
 ひさしくなりぬ 君に逢ひみで
 
 

117段 住吉に行幸

 
198 我見ても ひさしくなりぬ 住吉の
 岸のひめ松 いく代へぬらむ
199 むつまじと 君は白浪 瑞籬の
 久しき世より いはひそめてき
 
 

118段 たえぬ心

 
200 玉葛 はふ木あまたに なりぬれば
 絶えぬこころの うれしげもなし
 
 

119段 形見こそ

 
201 かたみこそ 今はあだなく これなくは
 忘れるゝ時も あらまほしきものを
 
 

120段 筑摩の祭

 
202 近江なる 筑摩の祭 とくせなむ
 つれなき人の 鍋のかず見む
 
 

121段 梅壷

 
203 鴬の 花を縫ふてふ 笠もがな
 ぬるめる人に きせてかへさむ
204 鴬の 花を縫ふてふ 笠はいな
 おもひをつけよ 乾してかへさむ
 
 

122段 井出の玉水

 
205 山城の 井出のたま水 手にむせび
 頼みしかひも なき世なりけり
 
 

123段 深草

 
206 年を経て すみこし里を 出でていなば
 いとゞ深草 野とやなりなむ
207 野とならば 鶉となりて 鳴きをらむ
 狩だにやは 君はこざらむ
 
 

124段 われとひとしき人

 
208 思ふこと いはでぞたゞに 止みぬべき
 我とひとしき 人しなければ
 
 

125段 つひにゆく道

 
209 つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど
 きのふけふとは 思はざりしを