紫式部日記 14 例の渡殿より見やれば 逐語分析

男子誕生の慶び 紫式部日記
第一部
出産直後の渡殿
御佩刀
目次
冒頭
1 例の、渡殿より見やれば
2 殿、出でさせたまひて
3 心の内に思ふことあらむ人も
4 右の宰相中将は権中納言と

 

原文
(黒川本)
現代語訳
(渋谷栄一)
〈適宜当サイトで改め〉
注釈
【渋谷栄一】
〈適宜当サイトで補注〉

1

 例の、  いつものように、  
渡殿より
見やれば、
渡殿の部屋から
寝殿の方を見やると、
【渡殿より】-紫式部の居室である渡殿の戸口の局から。
妻戸の前に、 その妻戸の前に、  
宮の大夫、 中宮大夫藤原斉信や 【宮の大夫】-中宮大夫藤原斉信
春宮の大夫など、 春宮大夫藤原懐平など〈や〉、 【春宮の大夫】-藤原兼平
さらぬ
上達部も
あまた
さぶらひ
たまふ。
〈そこまでではない〉
上達部たちも
大勢
伺候して
いらっしゃる。
△その他の
〈さらぬ (然らぬ):①そうではない、その他の、②そこまでではない
通説(全集・集成・全注釈)は①とするが、直前の「など」の意味と重複し、択一的に解する必然もないことから、掛詞的に②主①従と見る。独自〉

2

 殿、
出でさせたまひて、
 殿が
お出ましになって、

【殿】-藤原道長。

〈紫式部はどうやら渡殿と殿をセットで書いている。独自〉

日ごろ
埋もれつる
遣水
つくろはせたまふ。
この数日来、
落ち葉などで〈うずもれ〉ていた
遣水の
手入れを命じさせなさる。

△被われ

〈道長が遣水(やりみず:庭の水路)を手入れさせる光景は以前にもあり、出産手配で手一杯だったのが一息つき、直後に自ら庭を見回っているので強いルーティン性を表す。つまり庭好きなおじさん〉

人びとの
御けしきども
心地よげなり。
殿上人たちの
御様子も
気分よさげである。
 

3

心の内に
思ふことあらむ人も、
心の内には
〈思うことあろう人も〉
×悩みがあるだろう人も、
〈思ふことあらむ:口に出さないが不満なこと。根に持っていること。と言うこと自体、その一人が式部。一つに彰子の母・倫子とのエピソード
ただ今は
紛れぬべき
世のけはひなる
うちにも、
この時ばかりは
それを忘れてしまうほどの
雰囲気である
中でも、
 
宮の大夫、 中宮大夫が、  
ことさらにも
笑みほこり
たまはねど、
〈ことさらにも〉
得意げな笑みを浮かべて
いらっしゃるわけではないが、

△格別に

〈殊更は過剰な・これみよがし・あからさまな意味がある〉

人よりまさる
うれしさの、
誰よりまさる
うれしさが、
 
おのづから
色に出づるぞ
ことわりなる。
自然と
〈顔色に出ているのは
無理からぬことである〉

△顔に現れているのが
 もっともである。

〈はたから見るとかなりにやにやしてるだが、今はまあ仕方ないよね、の意〉

4

右の宰相中将は
権中納言と
たはぶれして、
右宰相中将兼隆は
権中納言隆家と
〈歓談して〉

【右の宰相中将】-藤原兼隆
【権中納言】-藤原道隆の四男、故皇后定子や伊周の弟、隆家。三十歳。

△冗談を言い交わして、

対の簀子に
ゐたまへり。
東の対の簀子に
座っていらっしゃった。
【対の簀子】-東の対の西面の簀子〈すのこ〉。