源氏物語 花散里:巻別和歌4首・逐語分析

賢木 源氏物語
和歌一覧
各巻別内訳
11帖 花散里
須磨

 
 源氏物語・花散里(はなちるさと)巻の和歌4首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。

 

 内訳:2(源氏)、1×2(女房or中川の女、麗景殿=桐壺帝女御=花散里姉)※最初最後
 

花散里・和歌の対応の程度と歌数
和歌間の文字数
即答 0  40字未満
応答 2首  40~100字未満
対応 2首  ~400~1000字+対応関係文言
単体 0  単一独詠・直近非対応

※分類について和歌一覧・総論部分参照。

 

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 上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。
 なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
 


  原文
(定家本校訂)
現代語訳
(渋谷栄一)
166
をちかへり
えぞ忍ばれぬ
ほととぎす
ほの語らひし
宿の垣根に
〔源氏〕昔にたちかえって
懐かしく思わずにはいられない、
ほととぎすの声だ
かつてわずかに契りを交わした
この家なので
167
ほととぎす
言問ふ声は
それなれど
あなおぼつかな
五月雨の空
〔女房〕ほととぎすの
声は
はっきり分かりますが
どのようなご用か分かりません、
五月雨の空のように
168
橘の香
なつかし
ほととぎす
花散る里
たづねてぞとふ
〔源氏〕昔を思い出させる橘の香を
懐かしく思って
ほととぎすが
花の散ったこのお邸に
やって来ました
169
人目なく
荒れたる宿
橘の
こそ軒の
つまとなりけれ
〔麗景殿〕訪れる人もなく
荒れてしまった住まいには
軒端の
橘だけが
お誘いするよすがになったのでした

 ここで三連続の「ほととぎす」は万葉以来、花橘・五月とセット(10/1980等)。「さつき待つ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」の句がある伊勢60段(花橘)の橘の香、なつかし、つまを受け、花橘は夫婦の前世を象徴するアイテム(古今は元々原典ではない)。源氏でも常にこの意味があるが、一般にそのような解釈はされていないのは、前世など所詮作り話とみくびっているから。

 花散里は、直前で早世した妻・葵の身代わり。花は若い女性で、散は死で、里は実家。

「荒れたる宿」は花橘の前の伊勢58段の題名と歌詞。このような解釈はまず存在しないが、伊勢物語では名もなき女達の田舎(実家)の別宅を暗示している(そこの隣なりける宮ばらにこともなき女どもの田舎なれければ)。京目線の「こともなき(大したことがない)」は「やんごとなき」の人のことと解すべきものである。大したことがないのは、周囲目線ではなく自分の理想が高いから。

 ここで麗景殿女御の「荒れたる」も、一世一代や数代の成り上がりのように家を物でごちゃつかせないことを暗示した表現。これは十代続けば成り上がりではないという意味ではなく生来卑しくない(金に物言わせない)こと。