紫式部集73 槙の戸も:原文対訳・逐語分析

72天の戸の 紫式部集
第七部
栄花と追憶

73槙の戸も
異本68
74夜もすがら
原文
(実践女子大本)
現代語訳
(渋谷栄一)
〈適宜当サイトで改め〉
注釈
【渋谷栄一】
〈適宜当サイトで補注〉
返し、  返歌、  
     
槙の戸も 槙の戸〈中宮彰子〉も

槙・まき:古語では檜や杉。槙の戸で枕詞。マキで女子を寓意すると解す。独自。真+木=槙。真樹。「ま」は接頭語・美称。集成「檜や杉のような良質の建築材」、新大系「真木」「歌語。…ここは宮中の式部の局の戸をさす」のように、これを式部の戸とするのが有力説。

しかしこれは式部達が仕える中宮の戸と解する。先行するのが72番小少将の君の歌であること、その「天の戸」「月の通い路」(つまり天皇の夜の通い路)を受け具体化したもの。続く74・75番歌も槙の戸・水鶏で夜這いの文脈。後掲引歌の文脈からもそう言える。以上独自〉

鎖さでやすらふ 閉ざさないで休んでいる

〈鎖さでやすらふ:戸締りもせず寝ている=夜に致す準備を済ませ寝ている。誰でも良い訳ではなく通常事前の関係がある。続く75ただならじで式部は戸を閉めたまま追い返した〉

×「あなたがお出でになるかそれとも私が伺おうかとためらって寝ずにいる」(新大系)←語義を無視した後掲引歌の暗記主義的代入

×「私たちは寝ようかどうしようかと」(集成)←語義に反する

月影に 〈月夜に〉×月光のもと

〈月影:月夜。前段「月の通い路」と合わせ、中宮の暗喩を見る。独自〉。

×「素晴らしい月明かり」(新大系)←素晴らしいと光の根拠がない

×「夕月」(集成)←夕という根拠がない

何を開かずと 何を〈飽きずに〉開かないで 【開かず】-「開かず」と「飽かず」を掛ける。
叩く水鶏ぞ 不満だといって鳴く水鶏なのでしょうか

水鶏:くいな。鳴き声が戸を叩く音に喩えられる。ここでの水鶏は中宮彰子を尋ねて来た帝の揶揄と解する。独自。

ここでの「叩く」は、次段の夜に戸を叩きし人の歌とその日記の文脈から夜這いのことで、帝の夜の訪問を暗示。

歌の文脈は、女子が戸も閉めてないのに、何を戸を叩いているのかあの坊は。うるさいからはよ済まさんか〉

     

引歌

「君やこむ我やゆかむのいざよひに まきのいたともささずねにけり」(古今恋四690・よみ人しらす)
→「十六夜(いざよい)」をいざ宵(さあ夜だ)に掛けた、やる気満々の歌(独自)。新大系はこれで「恋の気分を演出」したというが、こじゃれた意味ではない。

後世の二次資料

「返し  紫式部
まきのともささでやすらふ月かげになにをあかずとたたくくひなぞ」(樋口芳麻呂氏本「新勅撰集」雑一 一〇六〇)