徒然草128段 雅房大納言:原文

改めて益なき 徒然草
第四部
128段
雅房大納言
顔回

 
 雅房大納言は、才賢く、よき人にて、大将にもなさばやと思しけるころ、院の近習なる人、「ただ今、あさましき事を見侍りつ」と申されければ、「何事ぞ」と問はせけるに、「雅房卿、鷹に飼はむとて、生きたる犬の足を切り侍りつるを、中垣の穴とり見侍りつ」と申されけるに、うとましく、憎くおぼしめして、日ごろのみけしきもたがひ、昇進もし給はざりけり。
さばかりの人、鷹をもたりけるは思はずなれど、犬の足は跡なきことなり。
そらごとは不便なれども、かかる事を聞かせ給ひて、憎ませ給ひける君の御心はいと尊きことなり。
 

 おほかた、生けるものを殺し、痛め、闘はしめて遊び楽しまん人は、畜生残害のたぐひなり。
よろづの鳥、獣、小さき虫までも、心をとめて有様を見るに、子を思ひ、親をなつかしくし、夫婦をともなひ、ねたみ、怒り、欲多く、身を愛し、命を惜しめること、ひとへに愚癡なるゆゑに、人よりもまさりてはなはだし。
かれに苦しみを与へ、命を奪はんこと、いかでかいたましからん。
 

 すべて一切の有情を見て、慈悲の心なからんは、人倫にあらず。