枕草子133段 頭の弁の御もとより

二月官の司 枕草子
中巻上
133段
頭の弁の御もと
官得はじめ

(旧)大系:133段
新大系:126段、新編全集:127段後段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:136段
 


 
 頭の弁の御もとより、主殿司、ゑなどやうなるものを、白き色紙につつみて、梅の花いみじう咲きたるにつけて持て来たり。ゑにやあらむと、いそぎとり入れて見れば、餅餤といふ物を二つ並べてつつみたるなりけり。添へたる立文には、解文のやうにて、
 

進上 餅餤一包
例に依て進上如件
別当 少納言殿
 

 とて、「みまなのなりゆき」とて、奥に、「このをのこはみづからまゐらむとするを、昼はかたちわろしとてまゐらぬなめり」と、いみじうをかしげに書い給へり。御前に参りて御覧ぜさすれば、「めでたくも書きたるかな。をかしくしたり」などほめさせ給ひて、解文はとらせ給ひつ。
 「返り事いかがすべからむ。この餅餤持て来るには、物などやとらすらむ。知りたらむ人もがな」といふを、きこしめして、「惟仲が声のしつるを。呼びて問へ」と宣はすれば、端に出でて、「左大弁にもの聞こえむ」と侍して呼ばせたれば、いとよくうるはしくして来たり。
 「あらず、わたくし事なり。もし、この弁、少納言などのもとに、かかる物持てくるしもべどもなどは、することやある」といへば、「さることも侍らず。ただとめてなむ食ひ侍る。なにしに問はせ給ふぞ。もし上官のうちにて得させ給へるか」と問へば、「いかがは」といらへて、返り事を、いみじうあかき薄様に、「みづから持てまうで来ぬしもべは、いと冷淡なりとなむ見ゆ。如何」とて、めでたき紅梅につけて奉りたる、すなはちおはして、「しもべ候ふ。しもべ候ふ」と宣へば、出でたるに、「さやうのもの、そらよみしておこせ給へると思ひつるに、びびしくもいひたりつるかな。女のすこし我はと思ひたるは、歌よみがましくぞある。さらぬこそ語らひよけれ。まろなどに、さることいはむ人、かへりて無心ならむかし」など宣ふ。
 

 則光、なりやすなど、笑ひてやみにしことを、上の御前に人々いとおほかりけるに、かたり申し給ひければ、「『よくいひたり』となむ宣はせし」と、また人の語りしこそ、見苦しき我ぼめどもをかし。