奥の細道 門出(序・旅立ち):原文対照

全文 奥の細道
門出
草加


『おくのほそ道』
素龍清書原本 校訂
『新釈奥の細道』
   月日は百代の過客にして、 月日は百代の過客にして
  行きかふ年もまた旅人なり。 ゆきかふ年も又旅人なり
     
  舟の上に生涯を浮かべ、 舟の上に生涯をうかべ
  馬の口とらへて老いを迎ふる者は、 馬の口とらへて老をむかふるものは
  日々旅にして旅をすみかとす。 日〳〵旅にして旅をすみかとす
  古人も多く旅に死せるあり。 古人も多く旅に死せるあり
     
   予も、いづれの年よりか、 予もいづれの年よりか
  片雲の風に誘はれて、 片雲の風にさそはれて
  漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、 漂泊の思ひやます海濱にさすらへ
  去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて、 去年の秋江上の破屋に蜘のふるすを拂ひて
  やや年も暮れ、 やゝ年もくれ
  春立てる霞の空に、白河の関越えんと、 春立る霞の空に白川の關越んと
  そぞろ神の物につきて心を狂はせ、 そゞろ神の物につきて心をくるはせ
  道祖神の招きにあひて、取るもの手につかず、 道祖神のまねきにあひて取物手につかず
  ももひきの破れをつづり、笠の緒付けかへて、 もゝひきの破れをつゞり笠の緖付かへて
  三里に灸すうるより、 三里に灸すゆるより
  松島の月まづ心にかかりて、 松島の月先心にかゝりて
  住めるかたは人に譲り、杉風が別墅に移るに、 住る方は人にゆづり杉風か別墅に移るに
     

1
 草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家  草の戶も 住かはる世は一本そトアリ ひなの家
     
  表八句を庵の柱に掛け置く。 おもて八句を庵の柱にかけおき
     
   弥生も末の七日、 彌生も末の七日
  あけぼのの空朧々として、 明ぼのゝ空朧々として
  月は有明にて光をさまれるものから、 月は有明にて光おさまれる物から
  富士の峰かすかに見えて、 不二の峰幽にみへて
  上野、谷中の花の梢、またいつかはと心細し。 上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそし
  むつましきかぎりは宵よりつどひて、 むづまじきかぎりは宵よりつどひて
  舟に乗りて送る。 舟にのりて送る
     
  千住といふ所にて舟をあがれば、 千住といふ所にて舟をあがれは
  前途三千里の思ひ胸にふさがりて、 前途三千里のおもひ胸にふさがりて
  幻の巷に離別の涙をそそく。 幻の巷に離別の泪をそゝぐ
     

2
 行く春や 鳥啼き魚の 目は涙  行春や 鳥は啼き魚の 目は泪
     
   これを矢立の初めとして、行く道なほ進まず。 是を矢立の初めとして行道猶すゝまず
  人々は途中に立ち並びて、 人々は途中に立並びて
  後ろ影の見ゆるまではと、見送るなるべし。 後影の見ゆる迄はと見送るなるべし
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