徒然草188段 ある者、子を法師になして:完全対訳解説

よろづの道 徒然草
第五部
188段
ある者子を法師になして
今日はそのことをなさむと

 

原文 現代語訳 解釈上の問題点
 或者、子を法師になして、  ある者が、子を坊主にして、  
「学問して因果の理をも知り、 「学問をして因果の理も知り、  
説教などして世わたるたづきともせよ」 説教などをして世渡りのよすがとしなさい」 ・たづき:頼り・手段・方法
といひければ、 と言ったので、  
教へのままに説教師にならむために、 教えのままに説教師になるために、  
まづ馬に乗り習ひけり。 まず馬乗りを習った。

●馬に乗り=「吉田と申す馬乗り」(186段)=著者の吉田兼好と想定して読むと面白いと思う。
通説は、この「吉田と申す馬乗り」を未詳(旧大系・全集)とし、
有力説は「恐らく兼好が東国で聞き知った武士」(全注釈、角川)とするが吉田性と記述の実質を無視した当て推量に過ぎない。
ここでの描写も主観的かつ具体的で、東国武士より著者という根拠はある。

輿、車持たぬ身の、 コシや車などを持たない身で、  
導師に請ぜられむ時、 先生として呼ばれた時、  
馬など迎へにおこせたらむに、 馬などを迎えに寄越したとして、  
桃尻にて落ちなむは、 尻が座らず落ちるのは、 ・桃尻:面白表現
心憂かるべしと思ひけり。 情けないと思ったのだった。 ・こころうし
     
次に、仏事ののち、  次に、仏事の後で、  
酒など勧むることあらむに、 酒など勧められることがあるだろうと、  
法師のむげに能なきは、 坊主が全く芸がないのは、 ・むげに…打消
檀那すさまじく思ふべしとて、 檀家も興ざめに思うだろうと思って、 ・檀那:施主
・すさまじ
早歌といふことを習ひけり。 早歌というものを習った。 →「人は…愛敬ありて…ありたき事は…和歌…の道」(1段)
     
二つのわざやうやう境に入りければ、  二つの技がしだいに佳境に入って(面白くなって)きたので、 ●やうやう:だんだんと
→しだいに+熟達の境に入った(全注釈)
△ようやく+熟練の境にはいってきた(全集)
×やっと+熟練の域に達した(角川)
いよいよよくしたくおぼえて ますます良くしたいと思われて  
たしなみけるほどに、 嗜んでいたところ、 ●たしなむ【嗜む】:楽しむ。好んで親しむ。
cf. 嗜み程度=趣味や付き合い程度=熱中未満。謙遜に結び付く→著者性。
△好んで+精を出す(学研辞典)
×心がけて+励む(同上)
×心を入れて稽古+心がける(全集)
×身を入れて稽古+熱心に習う(全注釈)
×努力している(角川) 
※諸学説は励む定義部分のみ拡張し(嗜好欠落)、字義と余技余興文脈から離れ不適当
説教習ふべきいとまなくて年よりにけり。 説教を習うべき暇もなくて年をとってしまった。 ・以上兼好の境遇と完全に符合
     
 この法師のみにもあらず、  この法師だけではなく、  
世間の人、なべてこのことあり。 世間の人は、おしなべてこういうことがある。 ・なべて
     
若きほどは、諸事につけて、  若いころは、何事につけて、  
身を立て、大いなる道をも成し、 身を立て、大きな行跡をも成し、 〇道:ここでは行跡=業績=実績
△専門の道(全集)
△専門の業(全注釈)
△事業(角川・集成)
能をもつき、学問をもせむと、 能力もつけて、学問もしようと、 ・能
△芸能(旧大系・全注釈・集成)
△技能や芸能(角川)
行く末久しくあらますことども、 行く末長くこうあってほしい理想の筋書きなども、 〇あらまし:大体の予想・願望、あらすじ
△長く続く将来にわたって、あらかじめ計画する事の数々を(全注釈)
△将来まで遠く思いめぐらす諸事を(全集)
△遠い将来まで予想した計画などを(角川)
心にはかけながら、 心にはかけながら、  
世をのどかに思ひてうち怠りつつ、 世を安泰に思って何となく怠りつつ、  
まづさしあたりたる まずさしあたりの  
目の前のことにのみまぎれて 目の前のことにのみかかわって ・まぎれる
月日を送れば、 月日を送ると、  
事々なすことなくして身は老いぬ。 何事もなすことなく身は老いる。  
     
つひにものの上手にもならず、  しまいに物事は上手にもならず、 〇物の上手:上級者
思ひしやうに身をも持たず、 思ったような自分にもならず、  
悔ゆれどもとり返さるるよはひならねば、 後悔をしても取り返せる年齢ではないので、  
走りて坂をくだる輪のごとくに衰へゆく。 走って坂を下る輪のように衰えて行く。  
     
されば一生のうち、 だから一生の中で、 ・されば
むねとあらまほしからむことの中に、 主旨でこうあってほしいことの中で、  
いづれかまさるとよく思ひくらべて、 いずれが秀でるかと良く思い比べて、  
第一のことを案じ定めて、 第一のことを考え定めて、  
その外は思ひ捨てて、 その他は思い捨てて、  
一事を励むべし。 一つの事を励むべきである。  
     
一日の中、一事の中にも、 一日の中、一つの事の中にも、  
あまたのことのきたらむ中に、 沢山のことが起きる中で、  
すこしも益のまさらむことを営みて、 少しでも有益なことを営んで、  
その外をばうち捨てて、 その他はうち捨てて、  
大事を急ぐべきなり。 大事なことを急ぐべきである。  
何方をも捨てじと心に執り持ちては、 どちらをも捨てないと心に執着しては、  
一事も成るべからず。 一つの事も成就しないだろう。  
     
たとへば、碁をうつ人、  例えば、碁を打つ人が、  
一手もいたづらにせず、 一手も無駄にせず、  
人にさきだちて、 相手に先立って、  
小を捨て大につくが如し。 小を捨て大につくようなことである。  
それにとりて、 それ(碁を打つ人)にとって、 ●解釈
△その場合において(全注釈・角川)
△それについていえば(全集)
三つの石を捨てて、十の石につくことはやすし。 三つの石を捨てて、十の石につくことは容易である。  
十を捨てて、十一につくことはかたし。 作ってきた十を捨てて、十一の石につくことは難しい。  
一つなりともまさらむかたへこそつくべきを、 一つであっても勝っている方につくべきなのを、  
十まで成りぬれば惜しくおぼえて、 十までなってしまうと惜しく思って、  
多くまさらぬ石にはかへにくし。 多く勝らない石とは替えにくい。 ●多くはまさらぬ:大差はない・僅差で勝る
△利が多くない(全注釈)
×大して益のない(全集)
→であれば換える意味がない
これをも捨てず、かれをも取らんと思ふ心に、 これも捨てず、あれも取ろうと思う心に、  
かれをもえず、これをもうしなふべき道なり。 あれも得ず、これも失う道がある。  
     
 京に住む人、急ぎて東山に用ありて、  京に住む人が、急ぎで東山に用があって、  
すでに行きつきたりとも、 すでに行きつけたとしても、  
西山に行きてその益まさるべきことを思ひ得たらば、 西山に行った方が有益であろうことを考えついたならば、  
門よりかへりて西山へ行くべきなり。 門から引き返して西山に行くべきである。  
ここまで来着きぬれば、 ここまで来てしまったから、 ・来つくぬれば
このことをばまづいひてむ。 このことをまず言っておこう、  
日をささぬことなれば、 日の指定はないことだから、  
西山のことは帰りてまたこそ思ひ立ため 西山のことは帰ってまた予定を決めよう  
と思ふゆゑに、 と思うために、  
一時の懈怠、すなはち一生の懈怠となる。 一時の怠りが、つまり一生の怠りとなる。  
これを恐るべし。 これを恐れるべきである。  
     
一事を必ず成さむと思はば、 一事を必ず成そうと思うならば、  
他のことの破るるをも 他のことが御破算になることも 〇破るる:無になる △失敗・駄目になる(通説)
いたむべからず。 惜しんではならない。 〇いたむ【痛む・傷む】:痛む・嘆く・悲しむ
人のあざけりをも恥づべからず。 人の嘲りをも恥じてはならない。  
万事にかへずしては、 全てに引き換えずして、  
一の大事成るべからず。 一つの大事が成就するはずがない。 ・べからず
     
 人のあまたありける中にて、或者、  人が沢山いた中で、ある者が、 ・或者:冒頭との符合に注意
「ますほの薄、 「ますほのすすき、  
まそほの薄などいふことあり。 まそほのすすきなどと言うことがある。  
わたのべの聖、この事を伝へ知りたり」と語りけるを、 渡辺の聖がこの事を伝え知っている」と語ったのを、  
登蓮法師、その座に侍りけるが聞きて、 その座にいらした登蓮法師が聞いて、 ・法師:冒頭との符合に注意
雨の降りけるに、 雨が降っていたのに、  
「簑笠やある、貸し給へ。 「蓑・笠はあるか、貸しておくれ。  
かの薄のこと習ひに、 かのすすきのことを習いに、  
わたのべの聖のがり尋ねまからむ」 渡辺の聖のもとに尋ね参ろう」 ・まかる 【罷る】
といひけるを、 と言ったのを、  
「あまりに物騒がし。雨やみてこそ」 「あまりに物騒がしい、雨が止んでからに」  
と人のいひければ、 と人が言ったので、  
「むげの事をも仰せらるるものかな。 「酷いことをおっしゃられるものだな。  
人の命は雨のはれ間をも待つものかは。 人の命は雨の晴れ間をも待つものだろうか。  
我も死に、聖も失せなば、 私も死に、聖もいなくなれば、 〇失す:死亡or行方不明。どちらかは限定できない
尋ね聞きてむや」 誰が尋ね聞けるだろうか」 〇てむ:つ+む=完了確述(可能)+推量
・尋ね聞くことができようか(旧大系)
・聞き出されようか(全集)
・探し出して聞くことができようか(全注釈)
とて走り出でて行きつつ と言って、走り出て行きつつ、  
習い侍りにけり 教えを受けたのでした  
と申し伝へたるこそ と申し伝えることこそ、  
ゆゆしく とんでもなく ●ゆゆし:エグい・やばい・とんでもない
△実に(角川ソ)
×語義から離れた拡大解釈:まったくすばらしく(全集)
×すばらしく(全注釈)
→冒頭と最後の文脈に反する
なお大谷は技術と職が一致しており登蓮とは異なる
ありがたうおぼゆれ。 稀有なこと思われる。 〇ありがたし
△殊勝(角川ソ)
     
「敏きときは則ち功あり」とぞ  「機敏な時は即ち成功する」と、  
論語と云ふ文にも侍るなる。 論語という本にも申すのである。 ●侍るなる:あるの謙譲+なり
×ありますということです(全集)
×あるといいます(角川)
×ございますそうです(全注釈)
→ここだけ突如著者の言葉を丁寧にするのは極めて不自然
     
この語をいぶかしく思ひけるやうに、 この語を不審に思ったように、 〇いぶかし 【訝し】:怪訝・不審・不明
△知りたい(全集・全注釈)
一大事の因縁をぞ この世の一大事の因縁こそ ・一大事の因縁:法華経の表現
思ふべかりける。 一途に思うべきだったことよ。 ●べかりける=べし+けり
●けり=過去・詠嘆
△思わなくてはならないのである(全集)
△思わなくてはならなかったのだ(全注釈)
△考えなければならなかったのである(角川)
  ※自分への思い。あるいは登蓮にも。 冒頭全体の文脈=両者とも法師なのに和歌に執心。
両者の十の石=和歌の実績
徒然草の和歌5首は意図的に絞ったと言える