徒然草138段 祭過ぎぬれば:完全対訳解説

花は盛りに 徒然草
第四部
138段
祭過ぎぬれば
家にありたき

 

原文 現代語訳 解釈上の問題点
 「祭過ぎぬれば、 「葵祭りが過ぎてしまえば、  
後の葵不用なり」とて、 後の葵は不要である」といって  
ある人の、 ある人が、  
御簾なるを 御簾にあったのを ・御簾【みす】
皆取らせられ侍りしが、 皆お取りなってしまわれたが、 ・はべりし:「はべり」はあるの謙譲丁寧とされるが、自然に通す解釈力が問われる概念
色もなく覚え侍りしを、 それを味気もなく思われましたのを、  
よき人のし給ふ事なれば、 良い人がなされたことなので、  
さるべきにやと思ひしかど、 そのままにすべきかと思われたけれど、  
周防内侍が、 周防内侍が、 周防内侍【すおうのないし】:1037頃~1111以前、女房三十六歌仙
     
かくれども
かひなき物は
もろともに
みすの葵の
枯葉なりけり
隠しても
あえない物は
一緒に
見れなかった御簾の葵の
枯葉であった
〇みす:御簾+見ず
×かく:心に懸く?御簾に懸く?
×かれ:枯れ+離れ?離れ葉?
手あたり次第の掛詞扱いはナンセンス
    返し
かひなしと 思ひもかれず 葵草
心をかけぬ 折しなければ
と詠めるも、 と詠んだのも  
母屋の御簾に葵の、 母屋の御簾に葵が  
かかりたる枯葉を詠めるよし、 かかっている枯葉を詠んだ旨、 ・たり:完了存続
家の集に書けり。 家集に書いてあったし、 ・家集:プライベートな歌集
     
  さらに、  
古き歌の詞書に、 古い歌の前書きに、  
「枯れたる葵にさして遣はしける」 「枯れている葵にさして遣わした」  
とも侍り。 ともある。 ・はべり:あるの謙譲丁寧だが、ここは尊重引用なので自然な語調を優先した。
     
枕草子にも、 枕草子にも、  
「来しかた恋しき物、 過ぎ去って恋しい物は、 ・来し方【きしかた・こしかた】:過去
枯れたる葵」 枯れている葵  
と書けるこそ、 と書いたのこそ、  
いみじく 非常にしみじみ ・いみじ:甚だしい・並々でない(口語調)
△たいそう(全注釈・角川)
なつかしう 懐かしく ・なつかし:
△親しみを感じるように
×魅力的(角川)
思ひ寄りたれ。 思い致される。 〇思い寄る:
△思いつく(全注釈)
△発見(角川)
     
鴨長明が四季物語にも、 鴨長明の四季物語にも、 ・四季物語:長明作か確証はないとする説、偽作とする説がある
「玉垂に後の葵は留まりけり」 「玉だれに後の葵は留まっていた」 ・玉垂【たまだれ】:すだれの美称。玉簾(たますだれ)とも。
とぞ書ける。 と書いていた。  
     
     
己れと枯るるだにこそ 自然と枯れるのでこそ ●だに+こそ:せめて・でさえ・であって+こそ
あるを、 葵であるのに △枯れてしまうのでさえ惜しまれる・名残惜しい(角川・全注釈)
名残なく、 その名残も跡形なく ・なごりなし:跡形もない。「名残」=枯れた葵 
※先段「花は盛りに…のみ見るものかは」文脈参照
いかが取り捨つべき。 どうして取って捨てられようか。 ・べし:ここでは可能・適当
     
     
 御帳にかかれる  御帳にかかっている ・みちょう【御帳】:寝床の囲い、とばり、たれぎぬ
薬玉も、 くす玉も、 ・くすだま【薬玉】:邪気よけとして吊るす装飾
九月九日、 九月九日に  
菊に取り換へらるるといへば、 菊に取り換えられるというので、  
菖蒲は菊の折までも あやめも菊の頃まで  
あるべきにこそ。 あるべきだろう。 △あるはずのもの+であろう(全注釈)
?そのままあってもよい+だろう(角川)
     
枇杷皇太后宮 枇杷の皇太后宮が ・枇杷皇太后宮:藤原妍子(ふじわら の けんし/きよこ、994年4月- 1027年10月16日)
かくれ給ひて後、 お亡くなりになって後、  
古き御帳の内に、 古い御帳の中に、  
菖蒲、薬玉などの あやめ・くす玉などで  
枯れたるが侍りけるを見て、 枯れているのが供されてたのを見て、 〇侍り:
  (菖蒲の草を枯れた涙におきかえて) 上の句「菖蒲草 涙の玉に ぬきかへて」
「折ならぬ根を なほぞかけつる」 「時節でない根を なおかけている」 cf:あやめ草淀野に生ふるものなれば 根ながら人は引くにやあらむ(公実)
淀野(地名)→夜殿、根→寝
※菖蒲が夜殿にあるから根(寝る)だけなのに人を引きつけるのだろうか
弁の乳母の言へる返事に、 と弁の乳母が言った返事に、 弁の乳母:藤原明子。三条天皇皇女禎子内親王の乳母。歌人。
  (魂の抜けた) (玉ぬきし)
「あやめの草は ありながら」 「あやめの草は ありながら」  
  (夜に殿がいてほしいものと見た) (よどのはあれむ ものとやは見し)※枯れる前に戻ってほしい
とも、 とも、  
江侍従 江侍従が ・江侍従:赤染衛門の娘、大江匡子。歌人。
詠みしぞかし。 詠んだというのだから。 ・かし:(念押し・言い聞かせ)…よ。…ね。