徒然草137段 花は盛りに:完全対訳解説

医師篤成 徒然草
第四部
137段
花は盛りに
祭過ぎぬれば

 

原文 現代語訳 解釈上の問題点
 花は盛りに、月はくまなきを  花は盛りを、月は曇りないことを  
のみ見るものかは。 だけ見るものだろうか。 ・かは:疑問or反語
雨に向かひて月を恋ひ、 雨に向かって月を恋い、  
たれこめて春のゆくへ知らぬも、 すだれをたれこめて春の行方を知らないのも、  
なほあはれに情け深し。 なお哀れで情け深い。  
咲きぬべきほどの梢、 咲きそうな頃の枝先、  
散りしをれたる庭などこそ、見どころ多けれ。 散り萎れている庭なども、見どころが多いようだ。  
歌の詞書にも、 和歌の前書においても、  
「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ」とも、 「花見に参ったところ、早く散り過ぎたので」とも、  
「障ることありてまからで」なども書けるは、 「支障があって参らずに」などとも書いたのは、  
「花を見て」といへるに劣れることかは。 「花を見て」と言うことに劣ることだろうか。  
花の散り、月の傾くを慕ふならひは、 花が散り、月が傾くことを慕う習慣は、  
さることなれど、 さることながらも、  
ことにかたくななる人ぞ、 特に頭が固い人こそ、 〇かたくな【頑な】:物のわからぬ人(全集)
△情趣を解さない(全注釈)×無教養(通説)→拡大解釈
「この枝、かの枝散りにけり。今は見どころなし」 「この枝、あの枝も散ってしまった。今は見所がない」  
などは言ふめる。 などと言うようだ。 ・めり
     
     
 よろづのことも、始め終はりこそをかしけれ。  全てのことも、始めと終わりこそ面白いものだ。  
     
     
男女の情けも、  男女の情事も、  
ひとへに 単に ●ひとへ:ただ(旧大系・全集)
×一途(全注釈)→かたくななる解釈
逢ひ見るをばいふものかは。 逢ってみることだけを言うものだろうか。


●逢い見る:あってみる。
×一緒になる・関係を結ぶ等(通説)→色眼鏡的拡大解釈

逢はでやみにし憂さを思ひ、 逢わずに終わった憂いを思い、  
あだなる契りを いたずらな約束を ●あだなり:不埒・不真面目・遊び(cf.仇名)
×かりそめ・はかない:シリアス・かなしさ
かこち、 当てにして ●かこつ【託つ】:かこつける・あてつける口実
△うらみ・嘆く
長き夜を独り明かし、遠き雲居を思ひやり、 長い夜を独り明かし、遠い空の彼方を思いやり、  
浅茅が宿に昔をしのぶこそ、 朝寝乱れた宿に昔をしのぶこそ、 ●浅茅が宿:歌詞・枕詞
×荒れた家・住居で恋人と語らった=肝心の宿(宿泊)性無視+想像
色好むとは言はめ。 色好みと言うのだろう。 ●色好:すきもの。古来不真面目な非堅物用語
×恋にひたむく・恋の情趣にひたりきる(通説)=頑な過ぎる拡大解釈
×一途だけでなくひたすらに=冒頭主題・後続文脈に反する
     
 望月のくまなきを  満月の曇りないのを  
千里の外まで眺めたるよりも、 千里の外まで眺めているよりも、  
暁近くなりて待ち出でたるが、 明け方近くなって、待って出てくるのが、  
いと心深う、青みたるやうにて、 とても心深く、青んでいる様で、  
深き山の杉の梢に見えたる、 それが
深い山の杉の枝先に見えたり、
 
木の間の影、 木の間の影や、

●影:ここでは影かつ陰(月が木の陰に隠れ、木がシルエットの影で見える様子)。
×影→光(通説)というのは、背理かつドグマ(とにかく正しいと信じて思い込む)。
※通説は、影の本質の非実体性、その歌詞の心(月影→面影)を解せず、即物的に影を光と真逆に定義し、それを皆が条件反射的に文脈無視で代入し続けているに過ぎない。
直後「月、花をば、さのみ目にて見るものかは」と問題提起されるのもこの表れ。

うちしぐれたる 時雨が降る時の  
むら雲隠れのほど、 むらがる雲に隠れるのも、  
またなくあはれなり。 またとなく趣深い。 ・またなし
     
椎柴、白樫などの 椎の柴むらや白い樫の木などの  
濡れたるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、 濡れたような葉の上がきらめいていることこそ  
身にしみて、心あらむ友もがなと、 身に染みて、心がわかる友もいればなと、 ・友(31段雪のおもしろのような人)
都恋しうおぼゆれ。 都が恋しく思われることだ。 ・おぼゆれ
     
 すべて、  総じて、 〇すべて=「よろづ」同旨
月、花をば、さのみ目にて見るものかは。 月や花を、そのように目のみで見るものだろうか。 ●さのみ~にて:そのようにのみ。
×そうむやみに
春は家を立ち去らでも、 春は家から外に出ないでも、 〇家を立ち去らで
月の夜は閨のうちながらも思へるこそ、 月の夜は寝室のうちにいながらも、頭で思うことこそ、 ・閨【ねや】:寝室
いと頼もしう、をかしけれ。 とても頼もしく、おかしく趣深いことだろう。  
     
よき人は、ひとへに好けるさまも見えず、  趣味の良い人は、単に好いた様子は見せず、 ●ひとへ
興ずるさまもなほざりなり。 楽しむ様も適当である。  
片ゐなかの人こそ、 片田舎の人こそ、 ・片田舎
色こく、よろづはもて興ずれ。 派手に、何事ももてはやすようだ。 ●色濃し:派手・あからさま
×拡大:あくどい・しつこい(通説)
花のもとには、ねぢ寄り立ち寄り、 花の元には、ねじ寄り立ち寄り、  
あからめもせずまもりて、 わき目もふらず見つめて、 ・あからめ【傍目】
酒飲み、連歌して、 酒を飲み、連歌をして、  
はては、大きなる枝、心なく折り取りぬ。 果ては、大きな枝を心なく折って取ってしまう。  
泉には手、足さしひたして、 泉には手足を差し浸して、  
雪には降り立ちて跡つけなど、 雪には降り立って跡をつけるなど、  
よろづの物、よそながら見ることなし。 全ての物を、はたから離れて見ることがない。  
     
 さやうの人の祭見しさま、  そのような人が祭りを見物した様子こそ、  
いとめづらかなりき。 とても珍しく見物だった。 〇めずらかなりき: △珍妙
「見ごといと遅し。  「見所はとても遅い。  
そのほどは桟敷不用なり」とて、 それまでは桟敷は不要である」と言って、  
奥なる屋にて酒飲み、物食ひ、 奥にある屋内で酒飲み、物を食い、  
囲碁、双六など遊びて、 囲碁、すごろくなどで遊んで、  
桟敷には人を置きたれば、 外の桟敷には人を置いておいて、  
「渡り候ふ」といふ時に、 「お渡りでございます」という時に、  
おのおの肝つぶるるやうに争ひ走り上りて、 各々の肝がつぶれる様に争い走り出て、  
落ちぬべきまで簾張りいでて押しあひつつ、 落ちそうなほどに簾を張って出て押し合いつつ、  
一事ももらさじとまもりて、 一つも漏らさないと見入って、  
「とあり、かかり」と物ごとにいひて、 「ああだ、こうだ」と事あるたびに言って、  
わたり過ぎぬれば、 行列が過ぎてしまうと、  
「また渡らむまで」といひて下りぬ。 「また来るまで」と言って奥に下がった。 ・下りぬ
ただ物をのみ見むとするなるべし。 ただ物をだけ見ようとするのだろう。  
     
 都の人のゆゆしげなるは、  都の人で言うのも憚られ畏れ多いような人は、 ●ゆゆし:とんでもない・甚だしい。
→帝など最上位で、寝ているとか良し悪しめいたことを言うのが憚られる。
続く「げなる」はその趣旨の婉曲。評価は本来上がするもの。
×いかにも身分ありげ(旧大系)
×りっぱな身分らしく見える(全集)
×立派な様子と見える(全注釈)
→「ゆゆし」を身分が高い・立派とするのは、一面的で肝心を無視した骨抜き解釈。
ねぶりていとも見ず。 眠っていてちっとも行列など見ない。 ・ねぶりて
・いとも…打消
若く末々なるは、宮づかへに立ちゐ、 若く末端の者達は、宮仕えに立ち居し、  
人のうしろにさぶらふは、 貴人の後ろに控えている者は、  
さまあしくも及びかからず、 みっともなくも押しかからず、 ・およびかかる
わりなく見むとする人もなし。 無理に見ようとする人もいない。  
     
何となく葵かけわたしてなまめかしきに、 何となく葵をかけ渡して優美であるところに、  
明けはなれぬほど、 日が明けはしないほど、  
忍びて寄する事どものゆかしきを、 人目を忍んで寄る者達の知りたさに、 ・ゆかし
それかかれかなど思ひよすれば、 誰それかなどと思い近寄ると、  
牛飼、下部などの見知れるもあり。 牛飼いや召使いなどで見知った者もいる。  
をかしくもきらきらしくも、 面白いのもきらびやかなのも、  
さまざまに行きかふ、 様々に行き交うのは、  
見るもつれづれならず。 見るのも退屈しない。  
     
 暮るるほどには、  暮れるころには、  
立てならべつる車ども、 立て並べた車たちも、  
所なくなみゐつる人も、 所せましと並んでいた人も、 ・なみゐつる
いづかたへか行きつらむ、 どちらかへか行ったのだろう、  
ほどなくまれになりて、 ほどなくわずかになって、  
車どものらうがはしさもすみぬれば、 車達がごたごたしているのも済んでしまうと、 ・らうがはし:ごたごたしている、騒々しい
簾、畳もとりはらひ、 すだれ・タタミも取り払い、  
目の前にさびしげになり行くこそ、 目の前が寂しげになって行くことこそ、  
世のためしも思ひ知られてあはれなれ。 世の例も思い知られて哀愁を感じる。 ・ためし
大路見たるこそ、 (行列でなく)一条大路を見ることこそ、  
祭見たるにてはあれ。 葵祭を見たというものだろう。 ・にてはあれ
     
     
 かの桟敷の前を、  あの座敷の前を、  
ここら行きかふ人の、 そこらを行き交う人で  
見知れるがあまたあるにて知りぬ、 見知った顔が多くいるので分かる。  
世の人数もさのみは多からぬにこそ。 世の人数はそれほど多くないということを。  
この人みな失せなむ後、 この人々が皆いなくなった後、  
わが身死ぬべきに定まりたりとも、 自分が死ぬと決まっていても、  
ほどなく待ちつけぬべし。 それほど待つことはないだろう。 ・待ちつく
大きなる器に水を入れて、 大きな器に水を入れて、  
細き穴をあけたらむに、 細い穴をあけたようなところに、 ・らむ
したたることすくなしといふとも、 したたる量は少ないといっても、  
怠る間なく漏り行かば、 休む間もなく漏れて行けば、  
やがて尽きぬべし。 いずれすぐに尽きてしまうだろう。 〇やがて
都の中に多き人、 都の中にいる多くの人が、  
死なざる日はあるべからず。 死なない日はないだろう。  
一日に一人二人のみならむや。 一日に一人二人だけだろうか。  
鳥部野、舟岡、さらぬ野山にも、 鳥部野、舟岡、そうでない野山でも、 ・鳥部野、舟岡:墓地
送る数多かる日はあれど、送らぬ日はなし。 送る数が多い日はあっても、送らない日はない。  
されば棺をひさく者、 なので棺を日にさばく者が、  
作りてうち置くほどなし。 作って置いておく間もない。  
若きにもよらず、強きにもよらず、 若さにもよらず、強さにもよらず、  
思ひかけぬは死期なり。 思いがけないのは死期である。  
けふまでのがれ来にけるは、 今日まで逃れて来たことは、  
ありがたき 貴重で有難く ●ありがたし:尊い・貴重
×珍しく・実に稀な(通説)
∵当時でも平均寿命10~20歳以下とされてはいない
不思議なり。 人知の及ばないことである。 ●不思議
     
 しばしも世をのどかには思ひなむや。  少しの間でも世を安穏に思うだろうか。  
まま子だてといふものを、双六の石にて作りて、 継子立てというものを、すごろくの石で作って、 ・継子立て
立て並べたるほどは、 立て並べた時は、  
取られむことのいづれの石とも知らねども、 取られることがどの石とも分からないが、  
数へあてて一つを取りぬれば、 数え当てて一つを取ってしまうと、  
その外はのがれぬと見れど、 その他は逃れたと見るが、  
またまた数ふれば、 またまた数えると、  
かれこれ間抜き行くほどに、 あれこれと間引いて行くうちに、  
いづれものがれざるに似たり。 どれも逃れられないのと似ている。  
兵の軍にいづるは、死に近きことを知りて、 兵が戦に出る時は、死に近いことを知って、  
家をも忘れ、身をも忘る。 家をも忘れ、自身をも忘れる。  
世をそむける草の庵には、 (そういう)世を逃れた人の草庵において、  
しづかに水石をもてあそびて、 静かに水辺の石を(双六のように)もてあそんで、 ●水石:水辺・水中の石。石が動きやすい状態。
△泉水や庭石(旧大系)
△水の流れや石のたたずまい(全注釈)
→水と石を切り離しており不適当
×閑居して自然を賞翫(全集)
→石の文脈を無視しており不適当
これを この話を ・これ
よそに聞くと思へるは 他人のことと思えることは、 ・よそに聞く
いとはかなし。 とても儚ない。 ・はかなし:頼りない・虚しい
     
しづかなる山の奥、無常の敵、 静かな山の奥に、無常という敵が、 ・無常の敵:死期
競ひ来たらざらむや。 迫り寄って来ないことがあろうか。 ●競ひ来:迫り来る、急に来る
×勢いこんで押し寄せる(通説)→不自然
その死に臨めること、 その人が死に臨んでいることは、  
軍の陣に進めるに同じ。 戦の陣に進んでいる(死に行く)ことと結局同じである。