大和物語101段:季蝿の少将、病にいといたうわづらひて

季蝿の少将 大和物語
第四部
101段
くやしくぞ
酒井の人真

登場人物

 
 ♪季縄の少将
 近江守・公忠の君

原文

 
 
 季蝿の少将、
 病にいといたうわづらひて、
 すこしおこたりて、内にまゐりたりけり。
 

 近江守・公忠の君、
 掃部のすけにて蔵人なりけるころなりけり。
 
 その掃部のすけにあひて、いひけるやう、
 「みだり心地は、まだおこたりはてねど、
 いとむつかしう、心もとなくはべればなむ、まゐりつる。
 のちは知らねど、かくまで侍ること、まかりいでて、明後日ばかりまゐり来む。
 よきに奏したまへ」
 などいひおきて、まかでぬ。
 

 三日ばかりありて、
 少将のもとより文をなむ、おこせたりけるを見れば、
 

♪149
  くやしくぞ のちにあはむと 契りける
  今日をかぎりと いはましものを

 
 とのみ書きたり。
 

 いとあさましくて、涙をこぼして使に問ふ。
 「いかがものしたまふ」
 と問へば、
 使も、
 「いと弱くなりたまひにたり」
 といひて泣くを聞くに、
 さらにえ聞こえず。
 

 「みづからただいま、まゐりて」
 といひて、
 里に車とりにやりて待つほど、いと心もとなし。
 

 近衛の御門にいでたちて、待ちつけて乗りてはせゆく。
 五条にぞ少将の家あるにいきつけて見れば、
 いといみじうののしりて、門さしつ。
 死ぬるなりけり。
 

 消息いひ入るれど、なにのかひなし。
 いみじう悲しくて、泣く泣くかへりにけり。
 

 かくてありけることを、上の件、奏しければ、
 帝もかぎりなくあはれがりたまひける。
 
 

季蝿の少将 大和物語
第四部
101段
くやしくぞ
酒井の人真