論語7-13 子在齊聞韶三月:原文対訳・解説

斉戦疾 論語
述而第七
13
不知肉味
伯夷叔斉
原文 書き下し
漢文叢書
現代語訳
下村湖人+【独自】
要検討

在齊
子し
斉せいに在あり、
 先師は
斉にご滞在中、

三月
韶せうを聞きくこと
三月ぐわつ、
韶しょうをきかれた。
そして三月の間それを楽んで、
不知
肉味
肉にくの味あぢはひを
知しらず。
肉の味も
【知らなかった】
×おわかりにならないほどであった。
     
曰く、 その頃、先師はこういわれた。
不圖
爲樂之
至於斯
楽がくを為なすの
斯こゝに至いたるを
図はからざる
なり。
「これほどのすばらしい
音楽があろうとは、
思いもかけないこと
だった。」
斉戦疾 論語
述而第七
13
不知肉味
伯夷叔斉

下村湖人による注釈+【当サイト注】

 

舜の音楽(前出、六五章【3-25:つまり伝統的な音楽】)
不知肉味
肉の味を知らないというのは、飲食を忘れた、というような意味であろう。
 
【とされるが、そうではなく三か月滞在し一度も肉も食べる機会がなかった、戦前日本のような野菜と穀物が基本の台所事情の貧しい国だったと見る。前章で孔子が慎んだ所は「」とされたことと関連し、菜食で通したことの裏返した表現と解する。
 齊は6-22軍国主義の国と一般に理解されており、下村湖人は富国強兵の国と注しているが、彼は明治生まれで昭和の戦前に旧制高校校長だった人物で、富国強兵とは軍国主義・先軍政治のことだから、その文脈・空気感で本章も6-22も理解する必要がある。戦前日本でも肉を食べる人(最近でいう上級国民)は普通に食べていただろうが、孔子はそういう生活はしなかったという意味。
 論語で飲食は、普通に飯や食とされ(すぐ後の7-15「子曰飯疏食飮水」、12-7:子曰足兵民信之矣。「斉戦疾」とも対比)、(6-3)、前後の文脈から粗食(疏食)であったと解され、下村注のように一般飲食をあえて肉という必然がない。注釈者はそういう食事をしていたのだろうか。

 音楽が良かったというのは、孔子が戦前日本や某国に招待されたと思ってもらえれば、心中察せられると思う。 以上独自】